薄荷(はっか)の煙






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 ジャミールは想像以上に暑いところだとシャカは思った。来る前は、高地だから涼しいだろうと漠然と考えていた。
「意外と直射日光がきついでしょう?」
土産の茶葉を木の匙ですくい、ポットに移しながらムウが言った。
「湿気が少ないから感じが違うだろうけれど、気温だけならコルカタあたりとそう変わらないのでは?」
自分の出身地に近い都市の名を挙げられて、確かにそうだとシャカは思う。体温より高い気温はジャミールもコルカタもそう変わらないだろう。だがここは蒸していない分だけ木陰や屋内へ入ると涼しく、時折吹く乾いた風は、じりじりと陽に炙られた皮膚から瞬時に汗を奪い、サラリと軽く心地良い。
 湯を注す前にムウはポットの中を覗き込み、香りを嗅いだ。
「シャカ、これ…ダージリンのお茶?」
ひと嗅ぎで銘柄を当てるとはたいしたものだ。
「よく知っているな。この辺りではインドの茶など飲まないのではないか?」
「シオン様がお好きだったから。ちょっと緑色の…明るい香り…。」
なるほど、とシャカは合点した。教皇シオンの弟子であるムウ。幼い頃から、居住地域と関係のない世界中の美味を口にする機会に恵まれていたことは想像に難くない。
 ムウが聖域を離れてからもう十年近くになる。ある日急に姿を消したと思ったら、それきり帰って来なかった。ようやく数年前、故郷ジャミールでひとり修復を続けているとの消息を得て以来ずっとこの古い友人の暮らしぶりを気にかけてきたシャカであったが、ここへ来てムウを訪う任務を負うまで対面が実現することはなかったのである。
 思い出が胸中を去来し、シャカは湯を注ぐムウの姿をしみじみと見詰めた。あどけなかった頬はすっきりと引き締まり、コロコロした体型も思春期の少年特有のひょろりとしたものに変貌していたが、やや吊った大きい目は幼い日そのままの面影を残し、懐かしい色を湛えていた。
「君は変わらないな。」
「そうかな…陰気臭くなっただろう。」
自嘲気味に言い捨て、ムウは髪の毛を掻き揚げる。肩の辺りで切り揃えていた髪は不揃いに腰まで伸び、経過した時間の長さを思わせた。
「シャカは背が伸びたのだね…私より小さかったのに。」
最後に会ったのは処女宮に設えた池の前だった。蓮の花が咲いていた。自分はムウを見上げていた記憶がある。
 あの日、思い詰めた目をして遠くを見ていたムウ。そこに宿る怒りと悲しみに触れることをこの友は望んでいない気がして、ただ隣に座り蓮を眺めていた。慰めようとした訳でもないけれど、思いついてインドの子守歌を小声で口ずさんだとき、ゆるりと緊張が解けてムウが淡く微笑んだ。
 それが最後の思い出だった。





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