うなじ






 シャカはいつでも髪を束ねない。たまに気が向いて鍛錬場に顔を出すときも、長い髪をそのままにして現れる。
 ときどき顔にかかるのを邪魔そうにしていたり、今日のように陽気が良い日は汗ばむのだろう、毛束をバサバサと持ち上げて風を通していたりする。
 「縛ればいいのに。」
そう言ってみたら、
「頭皮が引っ張られるようで窮屈なのだ。」
と返された。




 あまり厚みのないシャカの金色の髪は、私が片手で作った筒に細くまとまって納まり、軽く手を緩めると、スルッとほぐれてシーツに落ちる。そのときに鳴るパサリと布を打つ音は、私だけが聞くことを許された音のようで、独占欲が満たされる快感に酔いながら私は、何度も同じことを繰り返してしまう。
「人の髪で遊ぶのはよせ…」
シャカはベッドに腹這いになって本を読みながら、感情のこもらない口調で形ばかりの抗議をする。夏掛けからはみ出した白い肩と背中が、カーテンを透かして射し込む西日に照らされて、いっそう白い。
「縛ればいいのに。」
気がつくと私はまた同じ言葉を口にして、シャカの髪を指で梳いている。
「ほら、こうすると似合う。」
すくって持ち上げた髪の束は、日差しを吸ってじんわりと熱い。シャカは頁に視線を定めたまま呟く。
「やめろ、うなじが焦げる…」
後れ毛の垂れた華奢なうなじに、日の光が当たっている。
「焦げたりなどしないよ。」
そう言いながらも私は、あり得ることかもしれないと思ったりもする。
 いつも髪の毛に隠されている白いうなじ。薄い皮膚。
 誰も知らないうなじ。誰も知らないシャカ。




 庭先で水を浴びた後、更紗の腰巻だけ身につけたシャカは、暑気払いにライムと塩のソーダ水をひとくち飲んで、頬に垂れかかった髪を煩わしげに耳にかける。
「根元から離れた場所をゆるく結べばいいんだよ。うなじが出ない位置で…そしたら日に焼けないし、頭も痛くならないだろう?」
木陰で涼む私達にも真夏の風は吹き付けて、たった今まで毛先から雫を落としていたシャカの髪は、風に晒されもう乾き始め、サラサラと宙をなびいている。
「それでは君と同じになってしまうではないか。」
どういうわけか、シャカにも私にも髪を短く切るという発想は全くない。
 私は椅子に座るシャカの背後に回り、束ねた髪をぐるぐると巻貝型に高く持ち上げ、近くの木から折った小枝を挿して留めた。
「こうすると、本当に似合うんだよ。遺跡に残るレリーフの女神みたいだ。」
シャカは黙ってソーダ水を飲む。コップを呷った拍子に髪はほどけて、美しいうなじは一瞬のうちに隠されてしまう。
「残念。気に入らなかった?」
けれども私は本気で残念がってなどいない。
 誰の目にも触れないうなじ。
 誰も知らないシャカ。私だけのシャカ。











 20120903






 ライムソーダは、塩とマサラが入ったインド味。





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