どっちがどっちか






 「どっちだろう。」
俺が思ったことをそのまま口に出すと、ヘッドボードにもたれて地図を読むムウは、即座に何が?と問い返してきた。
「腹の虫。今、聞こえたでしょう。」
たった今、肌掛けの下で、グウという音が鳴ったのだ。
「あなたの?俺の?」
「何言ってるんだ…君のだよ!」
ムウは驚いたように、でも少し笑いながら言った。
「自分でわからないのか?」




 俺はムウの隣へ這い出る。背中に当たる木の感触が硬い。ムウに倣ってヘッドボードに枕を立て掛け、そこに体を預ける。
 広げられているのは俺の知らない土地の地図だった。
「ずいぶん急な話ですね。明日の正午出発なんて。」
支給されたばかりらしい、真新しい折り目の地図。ムウは赤いペンを持ち、所々に印を書き入れている。
「急でもないよ。決まったのは3日も前だし。」
 そう言えば俺が聖域に着いた日、正装した使者の一団が教皇宮から出て来るのを見た。あれは白羊宮へ向かう使者だったのかもしれない。




 「言ってくれれば来るの遠慮したのに。」
ムウの手を離れた地図は、バサリと嵩高な音を立てて、シーツと同化してゆく。
「言えば来ないと思ったから。」
俺とムウの境界も次第に曖昧になってゆく。俺の呼吸はムウのまばたきに重なり、ムウの睫毛は俺の耳朶とつながる。
 頬と頬が触れる。くるぶしと踵がぶつかる。頭の奥が脈打ち、喉骨が軋む。
 早く畳まないと地図が破れる。夜食の盆を抱えた給仕がもうすぐ扉を叩く。あれもこれも気になるけれど、ムウが俺になり俺がムウになる感覚は、興奮と沈静の間を振幅し、やがて甘やかな疼きの中に溶け込んで、抗わなくても許されそうな、たゆんだ気分が胸に広がり出す。
 コキ、と関節が鳴った。一体どちらの音なのかわからない。




 「痛っ!」
体勢を変えようと肘をついたら、そこは髪の毛の上で、同時にムウが短く叫んだ。
「あっ、自分の髪かと思った…」
俺は慌てて謝る。無防備な状態で髪を引っ張られるのは本当に痛い。
「いいけど…いやしかし、わからないものかなぁ…?」
ムウはひとしきりおかしそうに笑って、手早く髪を束ね直し、それからベッドを降りてカーテンの向こうのガラスの引き戸を開け、柱に掛けてある木の札を外した。
「いつの間に?」
俺がそう尋ねると、ムウは額を人差し指でトン、トンと突付きながら言った。
「さっき、ちょっと。操った。」
そして電話の受話器を取り上げ、穏やかな声で話し始める。
「『ノックしないで下さい』の札が出たままでしたね…そう…そう、悪いけどもう一度………空腹なので少し急いで……」
 やっぱりムウの腹の虫だったんじゃないだろうか。











 20070622






 ベッドでゴロゴロいちゃいちゃしている感じ。


 夜食って何でしょう?
 a.サンドイッチ b.白羊宮名物チベット餃子モモ c.夜のお菓子うなぎパイ





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