君はなんにもわかっていない 紫龍は本当に欲がなく、何かをねだるということがまずない。だいぶ年下だし何と言っても若いし、年長で収入もある私に対してもっとあれが欲しいこれが欲しいと我儘を言いそうなものだけれど、別に我慢をしている訳ではなく、もともと欲望が希薄な性格なのだと思う。 私もしつこく欲しいものを尋ねないことにしている。かえって彼を困惑させるからだ。私を喜ばせるために無理をして欲しいものを作ろうとする紫龍など、もう見たくない。甘えられていい気分になるのはエゴイズムに過ぎないと、最近思い知った。 「クリスマスだから」と浮かれる性格でもないとわかっている。クリスチャンでもないのに、雰囲気に流されて恋人と教会へ行くような今どきの若者とは違う。ましてや高価な品物を贈り合う日だという認識もゼロだろう。 それとなく水を向けたことは何度かある。 「12月の24、5日頃は…どう過ごす予定?」 こういう聞き方しか出来ない自分が情けない。「クリスマスだから会いましょう」という発想は、恐らく彼には通じない。 紫龍の答えはたいてい次のうちのどちらかだ。 「年末締め切りの課題に追われていると思います。老師は期日に厳しくて。」 または 「春麗の学校の宿題を手伝う約束をしています。彼女は数学が得意じゃないから。」 そして必ず「ムウは?」と問い返す。 私はこう返事をするしかないではないか…。 「多分当直だろうな。その時期は休みを取りたがる者が多いからね…。」 そんな訳で、私達は知り合ってもう何年にもなるけれど、クリスマスにイベントらしきものを行ったことはただの一度もないのである。 だから私はひどく驚いたのだ。女神の日本のお住まいで青銅聖闘士がクリスマスパーティーを開くことになり、意外にも紫龍はその幹事を務めているという。 他薦だろうと思った。しっかりしているから人望も厚いだろうし、或いは誰もが面倒臭がる仕事をうまい具合に押し付けられただけかもしれないけれど、責任感が強いから断れなかったに違いない。 それが蓋を開けてみれば、どうだ。なんと立候補したと言うではないか。 「ほら、こうして項目毎に表を作ると一目でわかるでしょう?こっちが料理で、これは花屋の…」 ノートをめくりながらいささかも悪びれず、実に無邪気に私に聞かせてのけるこの無神経…! 「ツリーは本物のモミの木で、それからアミダくじでプレゼントを交換して…そうそう、沙織さんの口利きでロイヤルホテルの製菓部が特別に聖衣型のケーキを…」 ツリー。プレゼント交換。ケーキ。クリスマスに付き物の単語が出るわ、出るわ。 「…で大変でした。皆、自分の聖衣にして欲しいもんだから。でも職人さんが、是非アンドロメダをロウソクと飴細工のチェーンで飾りたいと言い出して…」 あんなに淡白だったのに、いつの間にクリスマスに関心を持つようになったのだ、紫龍。皆の先頭に立ってパーティーの準備をするとは…。 私だって本当はずっと、君と一緒にクリスマスを過ごしたかったのだ。つまり具体的には、クリスチャンでもないのに教会に行ったり、ドラマチックな演出でプレゼントを贈ったり、夜景を見たり食事をしたり(+豪華な部屋を奮発したり未成年の紫龍に飲酒させたり普段しないようなことをちょっと試してみたり)したかった。いや、今だってしたいと思っている。 「会費はいくらなんだ、紫龍。」 一緒にいられるのなら2人っきりじゃなくてもいい―自分でも信じられない気持ちの変化であるが、長いこと封印してきた私のクリスマス願望は破裂寸前まで膨れ上がっていた。 「1人700円ですけど…(沙織さんがそれでいいって言うから)」 Japanese¥か…この時間、両替はもう閉まっているだろう。 「私も参加したい。ユーロでいいかな?今、円の手持ちがないのだ。」 紫龍は慌ててノートを閉じ、身を乗り出す。 「そんな、駄目です!青銅聖闘士ばかりなのに…黄金の人が来たら皆びっくりします。」 「私服で行くから大丈夫だよ。」 (作者注:ムウ様は本気です。) 「いや、そういう問題じゃなくて…」 簡単に引き下がれるか。序盤だけ顔を出して途中で連れ出してもいいのだ。あとは何とでもなる。 「あくまでプライベートで!ただのムウということで!聖闘士じゃなくて!」 しつこいぐらいに畳み掛けると、紫龍は赤い顔をして言い淀んだ。 「そっそれは…無理ではないでしょうか…。現実的に考えて…俺はともかく皆にとって、あなたはやはり…」 おおかた予想通りの反応ではある。しかしここは押し通させてもらいたい。 「余興はもう決まっているの?必要だったら手品でも何でもやるよ。」 「えっ…余興ですか?」 紫龍の目に動揺が走る。思った通りだ。余興のことなど何も考えていなかったに違いない。 「ああ…でも、きっともう素晴らしい余興を手配しているんだろうね。私の手品など素人芸だから、かえって座を白けさせてしまうかな。」 (作者注:もちろん超能力いんちき手品です。) 「え……」 もうひと押しだ。 「幹事は大変だね。パーティーを盛り上げなくてはいけないのだから。」 「…………」 困っている表情だ。気の毒な紫龍。だが私も後には引けない。今年こそは、薄ら寒い教皇宮の穴埋め当直から脱却したいのだ。 「そうだ、いい考えが!」 数十秒間悩んだ後で、紫龍は明るい声を上げた。よしよし、迷いは吹っ切れたようだ。物事をいい加減に処理出来ない性分。気が済むまで考え抜いて、さあ、これで円満解決! ところが話は私の望んだ方向へ展開しないのである。紫龍は思いがけない言葉を口にした。 「新年会にいらしては?そっちだったら絶対に大丈夫!」 「新年会?」 「沙織さん主催の新年会です。いつも瞬が準備を手伝っていて、最近では招待客の人選まで任されているんです。ムウにも招待状を送るように言っておきます。もちろん会費は不要です!」 晴れやかな表情で言い切った紫龍の声は自信に溢れ、瞳はキラキラと輝いている。 私は紫龍が何か誤解をしているような奇妙な感じを覚えたが、私のために知恵を絞って提案してくれたのは確かな様子なので、とりあえず礼を言った。 「それは…どうもありがとう。」 「いえ。楽しんでもらえれば。」 そして彼はこう続けた。 「未成年者が中心だからお酒は出ないんですけど…聖域関係者も来ますし、話し相手には不自由しないはずです。」 私の思惑を大きく外れる音が聞こえ始める…。 「俺達のクリスマスパーティーと違って盛大な会です。何百人もお客を招いて…あっ、よかったら貴鬼も…」 ズレている。根本的にズレている。だのに私は自虐的にも敢えて確認してしまうのだった。 「その新年会に…君は…?」 「毎年行かないんです。本当は手伝いを申し出るべきですが、ああいった賑やかな場所は得意じゃなくて…それで、せめて内輪のクリスマスぐらいはと思って、幹事を…」 やはり紫龍にとってクリスマスは特別な意味を持たないのだ。彼の中では、クリスマスも新年会も同列の行事なのである。 「手品の件、沙織さんに伝えておきます。存分に腕をふるって…」 そして私は、単なるパーティー好きだと思われているらしい。ああ大ショック。君はなんにもわかっていない。 20061221 紫龍の出方を待っていないで、「クリスマスは私と過ごすために空けておけ!」と言ってしまえばいいのに… 不思議そうな顔をされたり、断られたりして傷付くのが怖いムウ様なのです。(弱) |