手続き






 柔らかな内側に触れても、紫龍はすぐには馴染まない。いつまでも歯列を開こうとしなかったり、上体を硬直させたり、その戸惑いは、再会までの時間の長さに比例する。
 ムウは、ただ従うままの舌を自らのそれで解きほぐし、徐々に慣れてきた紫龍が動きに応え、自発的に触れ合わせ、果てはムウの中に進入して自由に感情を訴えるようになるまで、根気よく待ち、導く労を厭わない。




 「好きだから欲しくなる」なんて常套句には古風な人ほど懐疑的。
 望んで手を取ったのに、愛情にかこつけた衝動をなかなか認めたくない潔癖症。相手にも。自分にも。




 いつか「婚姻関係を結んだ男女にしか許されぬ行為」だと言って顔を覆った紫龍を、ムウは未だに覚えていて、その美しい記憶を反芻しながら、ひとつずつ、丹念に、然るべき手続きを踏む。




 初めは唇の裏でためらっている紫龍だが、ムウが誘うと意外にも素直に応じ、少しきつく抱けば、背に回された腕に、控え目ながらも相応の力が加わる。
 ムウの長い指が漆黒の流れへ滑り出すと、紫龍も自らの指をムウの髪の中に沈ませ、尖った爪の縁で耳の輪郭をなぞると、冷たい指先はたどたどしくうなじを伝い始める。




 本当は歓迎している証拠。今すぐに耽りたい触覚。




 紫龍を束縛するものの根拠は、倫理という名のあやふやな実体であり、躊躇しているだけで決して逃げはしないとムウにはわかっているから、強引に押し通す必要も急ぐ必要もない。
 順を追って自由にしてやる。そうすることで自分自身も自由になれる。




 歯茎も頬の内側も、口蓋も、届く限りのあらゆる場所を撫で合う粘膜の温度さえ共有し、どこまでが自分でどこから先が相手なのか、どんどん曖昧になってゆく境界。
 頑なな「良心」は確実にほぐれ、精神と肉体を隔てる壁も壊れて、どこもかしこも許可が下りるその寸前、不意に紫龍は身を翻す。
「こういうことをするためだけに来ているんじゃない。」




 内心相当焦れているけれど、何でもないことのようなさり気なさが肝要と心得るムウは、至極淡々と、まじないの文句を唱える。
「こういうことをするためだけに呼んでいるんじゃない。」
それで紫龍はようやく安心する。最後の手続きが完了する。




 たったひと手間かけるだけで随分違うことを、ムウは知っている。
 後は大体思い通りに事を進められる。











 20060614






 お疲れ様ですって感じのムウ様…。





特別室入口へ戻る    目次へ戻る