オアシスで 沙漠に熱風が吹く。 駱駝草が点々と生えるだけの荒れた土壌は、強烈な陽射しを受け白く乾き上がり、行く手に連なる山の肌も白茶けた色で炎天にそびえる。 ムウは案じて度々振り向く。ついて来ているか。疲れて座り込んでいないか。 屈んで靴の紐を締め直す間に、肩で息をしながら紫龍が追いつく。ムウは殊更ゆっくり裾の汚れなど払う。紫龍は切れた息を整え、水を飲む。 どこへ行くにも、ムウの力で移動するのを紫龍は好まなかった。幾ばくかでもムウを消耗させることを嫌い、揃って同じ場所へ向かうときでさえ、自分だけ歩いて行くと言って譲らなかった。 そしてなるべく「普通に」していたいという紫龍の願いを、ムウはよく理解していた。だから自分も紫龍のために、ものの10秒で移動出来る距離を、5時間かけて共に歩くのだった。 砂礫に覆われた地面、駱駝草。突き当たりに山。それ以外は人間2人しか存在しないこの荒れ地で、日光は何に遮られることもなく思いのままにすべてを突き刺し、気温以上の暑さをもたらす。 「大丈夫です。進みましょう。」 平気を装う陰に疲労の色が見て取れ、どうしたものかとムウは思案する。 「重いのだろう…貸してごらん。水だけ自分で持って。」 身軽になれば少しは楽だろうと背中の荷物に手を掛けると、紫龍は慌てて身を翻した。 「大丈夫、これくらい…」 それでも構わずチェストベルトを外そうとするムウの手を押し返し、紫龍は苛立った声を上げた。 「いい!自分で背負う!」 隊商宿の中庭で涼むムウの隣に、浴場から戻った紫龍が座る。 「迷わずに行けた?」 小刀で胡瓜の皮を剥きながらムウが訊くと、紫龍は無言で頷いた。熱の和らいだ風に吹かれ、洗い髪から湯の香りが立ち上る。 マスジェドの方角から、礼拝を始める合図が聞こえる。 共鳴するかのように、どこかで犬が遠吠えをする。 ムウは、日暮れ前にはオアシス入りしなければならないと告げたときの紫龍の表情を思い出していた。憤りと悲しみの入り混じる、何とも複雑な面持ちだった。 「機嫌直して。」 半分に切った胡瓜を差し出す先に、先程と同じ顔がある。 「別に…機嫌悪くなんかない…。」 あの場合ほかに方法がなかったことは、紫龍が一番よく知っている。 そっとしておこうとムウは思う。 「さ、私も行ってこよう。」 小刀を清めて鞘に収め、ムウは立ち上がった。 「先に休んでいなさいね…明日もたくさん歩くのだから。」 紫龍は返事をせずに、タオルで目元をこする。湯上りの汗を拭ったのか濡れた前髪を拭いたのか、ムウは詮索しないことにする。 日没後の夕闇に、ナツメヤシの実が赤い。 三つ編みをほどいて軽く指を通してから、ムウは波打つ毛髪を背中で束ね直した。 空を切り抜いたような三日月の下、マスジェドから届く祈りの声は辺り一帯に朗々と響き、紫龍が胡瓜をかじる小さな音は、やがて掻き消されていった。 20050520 「さばく」には、砂で覆われた「砂漠」と、水気のない荒れ地を意味する「沙漠」があるのだそうです。 ここでは後者。 「マスジェド」とは、「モスク」のペルシア語です。 |