秋




 「旅行しようか。」
 そんなことを言われたのは初めてで
 「どこか行きたい所は?」
 すぐに返事が出来なかった。


 「無理に誘わないけれど。」
 いいえ、すごく嬉しいのです。
 ただ突然でびっくりしただけ。


 まるで普通の恋人同士。
 (普通って何?)
 「旅先で誕生日を祝おう。」
 ありふれたようで夢のような話。


 「海と山ならどっちがいい?」
 あなたは海が好きなのでしょう。
 「私のことではなくてね、」
 俺はどちらでもいいのです。


 「君に聞いているのに。」
 主体性がないと責められているようで痛い。
 遠慮でも譲歩でもなく、ただあなたに喜んで欲しいだけ。


 あなたの行きたい場所へ行きたいと思うのに。
 (それでは許してもらえませんか?)
 「悪い癖だね。」
 望みひとつ絞り出すのにこんなに苦労するなんて。


 耳を澄ましてみても
 目を凝らしてみても
 あなたのことしか出てこない。
 自分の心なのに
 そこに自分はいなくて
 愕然とする 秋


 多分まだ大人になれない。


 愛と名を付けて頷くことは簡単だけど
 少し違うような気もして
 躊躇する 秋


 ひとつ年を取ろうとしている。







 20040924



 何だか紫龍は思い悩んでますが、誘ったほうのムウ様はこんな気持ちだったのでした。


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