お弟子同盟






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 諸事情により若返った童虎は、有り余る体力が嬉しくて嬉しくてどうしようもない。同じように若返った旧友シオンとともに、夜な夜な盛り場を豪遊していた。
 今夜もキャーキャー歓声を上げるオネエチャン数名を引き連れ、寿司屋の暖簾をくぐる童虎。既にかなり酒が入ったご機嫌状態である。そしてその後ろから、派手な毛皮の外套に身を包んだシオンが続く。
(あんなの…老師じゃない。あれは…あれは、俺の知らない『童虎さん』だ…!)
カバン持ちの紫龍は、電信柱の陰から師の後ろ姿を見つめ、ひそかに涙をこぼす。と、その時、肩をポン!と叩かれる感触。振り向けば…
「あっ、シオン様のお弟子のムウさん!」










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 「お疲れ様。お互い苦労しますね。」
流派は違えど、同じ聖闘士道を修める者として、また師同士が親しい関係であるために、ムウと紫龍は見知った間柄であった。
「ごっ、ご無沙汰しています。先日の大会ではお世話になりました。」
急いで涙を拭い、鼻をすすり上げて挨拶をする紫龍。深々と頭を下げれば、ムウの手に、シオンが普段使いしているL・V社のアタッシュケースが提げられているのが目に入る。
「あ…今日は貴鬼くんではなく、ムウさんがシオン様の荷物を持っているのですね。」
「貴鬼は初級の検定が近いから、私が代わったのです。」
「そうですか。いいな、貴鬼くんは。ウチは、弟子は自分1人ですから…検定が近かろうと病気になろうと、代わってくれる人など誰もいないのです。」
そう言って、紫龍は、童虎愛用のM印良品のブリーフケースをギュッと抱えた。










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 寿司屋の戸がガラリと開き、店内のさざめきが賑々しく外へ漏れ出でた。紫龍はハッと我に返り、あわてて弁解する。
「すみません…!何だか愚痴めいたことを…どうか…どうか忘れて下さい!」
ムウはそんな紫龍をいたわるように言った。
「良いのですよ。どうやら、あなたは少し疲れているようだ。」
何もかも見通したようなムウの優しい声音に、思わずまた涙を浮かべてしまう紫龍である。だが、こらえようとすればするほど、身も心も芯から震え、新しい涙が止め処もなく溢れてくるのだった。
「すみません……すみま…せ……」
ひたすら謝ろうとするのだが、ついしゃくり上げてしまい、うまく言葉にならない。どうしたら良いのか自分でもわからず、うろたえる紫龍。その背中を、ムウは後ろからそっと支えた。










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 耳元で響くムウの声は柔らかい。
「私はあなたの気持ちがよくわかりますよ。」
紫龍の胸が違った意味で震え出す。それは今まで体験したことのない、甘酸っぱく疼くような、せつない胸の高鳴りだった。
(何だろう。すごくドキドキする…。)
ムウは紫龍の背後に立ったまま、シオンのアタッシュケースを地面に置いた。そして両腕をスッと紫龍の体に回す。
「私だって…紫龍…」
「あっ…!」
突然の抱擁に戸惑いながらも、紫龍は、ムウの腕にすべてを預けた。
(ムウさん…このまま甘えてしまっても…寄り掛かってもいいですか…?)
抱きかかえられ、体を回転させられる。紫龍のまなざしの先には、寿司屋の脇の路地がある。
「私だって、師のあんな姿を毎日見ていたら…きっと気が変になってしまう…。」
(ああっ!!)
紫龍は心の中で叫んだ。
 いつの間に店を出てきたのか。鼻歌まじりの童虎が、そこで立小便をしていた。 【完】











 20080614






 07年秋に掲示板で連載していた作品です。





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