All I Ask Of You
 
  「水川抱月」は確かに苛ついている様子だった。
 座布団に座っていても、何だかそわそわと落ち着かない。

 俺は、いつもの壁によりかかり、読書をしているふりをして、
それを眺めていた。

 いったい、何が気に入らないというのだ?
 自分が邪魔、ということははなから頭にない。
 これまで、何度となくこうして原稿が出来上がるのを横で待った。
 話しかけても、機嫌がよければ応じてくれる。
 なのに今日は……?

「はい、できた!!!」

 抱月は乱暴に、俺に一枚、紙を放ってよこした。
 今回は長編のはずだ。こんなに早くできるはずがない。

 だが、貴重な水川抱月の自筆原稿の一枚だ。
 俺は拾って――。

「何だこれは!!!!」

 呆れはてた。
 右から箇条書きで、

 「みたらしだんご」「あんころもち」「あんみつ」「豆大福」
 「板チョコレエト」「飴(※苺の!!!)」「りんご飴」「たいやき」
 「綿菓子」「焼いたマシマロ」「僕のお気に入りの店のビスキュイ」
 「ミルクホオルのきなこドオナッツ」「生クリイム(ジョッキで!)」
 「ホットチョコレエト、ミルク割り」「落花生入りの飴玉」
 「ウエハアス(しけてないの!)」「麦入りチョコレエト」

 いらつくので他は割愛するが、原稿用紙一枚にわたって、びっしりと
甘味の名前が書かれていた。
 抱月…………否、繁は、その黄金の左手と才能をまたも無駄使いしたのだった。

「何やらじっと考えこんでいると思えば! こんな目録を作る暇があったら、
 一字でも一行でも本業に使え!!」

「やだよ! 僕だってたまには、サボタージュしたくもなるさ。
 君がいつも、学院の物置でやってるようにね」

「まったく」

 繁は、急に思い出したように立ち上がって、本棚にある壺の蓋を開けた。
 ひっくり返し、カラン、と音を立てたのは、煎餅の小さいの。
 あられ、おかき、どっちでもかまわないが、そんなものが机の上にひとつだけ
落ちてきた。

「………………あられもない……………………」

 繁は、魂まで抜けていきそうな長いため息をついた。

「あられもない……姿をした君なら、大歓迎でいただくんだけど、
 今は非常事態だよ」

「後先考えず、家中の甘味を食い尽くすからだ。
 ネズミでも次の日の分は考えるぞ」

「ネズミでもなんでもいいさ。甘いものわけてくれるんならね」

「まったく…………」

 土田ならば、どこからか餡を取り出して、餡餅でも作ってやるんだろうが、
俺にはその技量も材料もない。
 あとは……買ってくるだけだ。
 
 雷鳴が轟いた。
 続いて、土蔵の屋根にたたきつける雨音。

「ああ……また、降ってきちゃったねえ」

 冬だというのに、何だこのとってつけたような大嵐は。
 子供のころから、何か大きなことのある日は必ず雨だったが。
 龍にでも好かれているのかと思う。

「こんな雨では、傘は役に立たん。
 紙袋に入れてきても、菓子はすべて水びたしだな」

「僕が身を挺してでも紙袋を護ってみせるから、
 角の甘味屋まで行かせてくれないかい?」

「駄目だ」

「なんだい、金子君のけち。
 僕が糖分を切らすと書けなくなるの知っててさ」

「水川繁がずぶ濡れになって風邪をひくのはかまわないが、
 水川抱月が風邪をひけば、来月分の小説が読めん」

「金子君のけーーーーーち!
 君は、そういえば、僕の誕生日も覚えててくれなかった」

「…………?」

「十月十六日! 水川抱月生誕祭を、派手に祝ってくれなかったろう」

「失念していた……もう、そんな季節だったか」

「僕は覚えてるよ。君の誕生日。十二月十日。
 それだけじゃない。
 君は今日、髪型が少し違うね。分け目変えたのかい?」

「この雨でどこもかしこも湿気ていて、寝癖が直らなかった」

「前髪を上げる油も変えた」

「………………!」

「それに、その開襟、いつもと少し色味が違うね。
 襟のカットも違う。新調したね」

「………………!!」

「それに、薄く沈丁花の香りもするよ。
 香水でもつけてるのかい?」

「き……貴様」

「なんだい。鳩が豆鉄砲くらったような顔をして。
 そんなに不思議かい?」

「シャアロック・ホームズを気取っているつもりか?」

「Elementary,my Dearest Watson!
初歩的なことだよ、金子君……『力いっぱい親愛なる』は省略。
 これだけ毎日のように見てれば、変化には気づくさ。
 気になる相手なら、特にね。
 僕は半分だけだけど、英吉利人のたしなみだよ」

「そうなのか?」

「まあね。それなのに君ときたら、僕の髪がある時真っ赤になっていても
 気づいてくれないんじゃないかい?」

「それほど観察してない……のは、認める。
 だが、日本人ならこんなものだろう」

「それが、少し前まで洒落めかして夜の街を徘徊しては
 女の子を口説いていた男の言うことかい?」

「貴様は、喧嘩を売りたいのか?」

「残念ながら売りたくても現在品切れ。
 ようは、僕にもっと関心をもってくれてもいいんじゃないかってこと。
 僕の作品だけじゃなくね」

「どうすればいい」

「そうだね。
 一日すぎちゃったけど、欧羅巴では十月の終わり、収穫祭のついでに
 お化けのお祭りがあってね。
 十一月一日は万聖節といって、世界中の聖人の日だから、その前の日に
 あらゆる邪悪なものが集まるのさ。
 魔女、かぼちゃのお化け、黒猫、吸血鬼なんかに変装した子供たちが
 家々を回って、お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ、っていうお祭り」

「日本でいうと、亡者が帰ってくる盆みたいなものか?」

「ちょっと違うけどね。
 お菓子でもてなしてくれない人には、悪戯していいことになってる」

「面倒な祭りだな」

「少し妙だと思わないかい? 悪戯と、お菓子が対になってる。
 僕なら、お菓子も欲しいし、悪戯もしたいよ」

「ちょ……ちょっと、待て!」

「Trick & Treat!
 実は、君が来たときにあげたハッカの飴、あれがうちの在庫の最後
 だったんだよねえ。今ならまだ、ハッカの味、残ってるかもしれない」

「ま……待て!
 さっきのあられはどうした!」

「湿気てたし、食べちゃったから、あれはなかったことにする」

「都合がよすぎるぞ、貴……さ、ま…………っ!」

 長い腕に抱き寄せられ、唇を奪われる。
 
「いつもこんなに近くにいるんだし、もっと僕を見ておくれ。
 君ばっかり、気持ちよくなってないでさ」

「わ……かった、から、……あ!」

「じたばたしない。せっかくの、おとっときの開襟が破れちゃうよ?」

 気づくと、器用な指が開襟の釦を外している。
 服の間から差し入れられた、体温の低い掌は、胸の粒を探り当て、
こするように、つねるように刺激をはじめる。

「ここも、毎日のように触ってたら、だんだん熟れてきたね。
 もっと感じやすくなって、開襟の布が触れるだけで声がおさえられない
 くらいになればいいのに」

「……っ、は、…………うぅ!」

「声、殺したって駄目だよ。ほら、胸を少し舐めただけで、前が辛そうだよ?」

 学生服のズボンの上から、繁の手が、つうっと形をなぞった。
 張りつめて、苦しい。
 早く、なんとかしてほしい。

「ほら、どうしてほしい? 言ってごらん?」

「俺……が、悪かった、から……!」

「から、何?」

「布ごしでは……足らん!」

「どうしよう、か、な?」

 迷うふりをして繁は、一気に俺の下半身を剥いた。
 勢いよく出てきたものに、躊躇なく口づけする。

「あ、ああ、ああ!」

 温かい口の中の感触に酔いはじめていたとき、繁は意地悪く止めた。
 自分の前もはだけて、俺の前に膝立ちする。

「たまには、僕にもしてくれたって、減らないと思うよ?
 むしろ、かさが増す?」

 とろけかけた俺の頭で考えるまでもなく、その巨きなものにすいよせられていく。
 喉の奥まで使ってしごいてもまだ余りあるそれを、窒息しそうになりながら育てる。
 
「ん、上手、だよ、金子君……」

 頭の後ろを大きな掌で押さえられ、喉の奥を突かれて、気が遠くなりかける。

「もういいよ。ありがとう」

 繁は俺を、土蔵の隅に横たえ、俺の勃ちきったものを数回しごくと、
脚をひらき、中心を指で突いた。

「…………!!」

 ぐる、と中で螺旋を描かれ、息がつまる。
 かぎ状にした中指で、強く感じるところをかすめられ、ああ、と声が出た。
 
「ほら、今朝したばかりだから、まだ中はとろとろだよ」

「……言う、な、……ああ、嫌、だ、かき出すな!」

「君の中が、まだ僕でいっぱいだ。
 これなら、それほどほぐさなくてもいけそうだね」

 赤面するような台詞を吐くと、
繁は中の感触を楽しみつくしたらしい指を引き抜き、
かわりに雄をあてがった。
 
「っあ、ま……て!」

「待てない」

「ん、んぅ、うぅ……く、あ……!」

「そんなに、苦しくはないはずだよ。ほら、こんなに――」

「あ、あ、あ、ああ……!」

「僕を欲しがって、中がひくついてる。やらしい身体だね」

「貴様の……せいだ!」

「そうだねえ。すっかり僕の形になっちゃって。
 これじゃあもう、僕以外では満足できないね?」

「……………………!!」

 しばらく、入り口のほうをこね回すように動いていたそれは、
先ほど指が触れた、火のついたように感じてしまう場所を突いた。

「あああ! ん! よせ、あ! あ! あぅ!」

 そして、その壁の一点をこすり上げるように、彼の届く
最奥を突いた。

 鞘にすべておさめられ、揺らされると、快楽の波に飲まれ、
声すらも出せなくなった。
 稲光が、閉じたまぶたにも斬りこんでくる。
 それとも、快楽の頂点にいるときにだけ見える、火花なのか。

「金子君、金子君」

 ぺちぺちと顔を叩かれ、覚醒させられる。
 もっと、酔っていたいのに。

「君ばっかり愉しんでないで。僕を見てごらん」

 見上げた繁は、腰を激しく叩きつけつつも――。
 美しい。上気した肌、その上を流れる汗さえも。
 陶然と見つめる湖のような瞳、振り乱す金の髪。

 俺は今まで、こんなときに繁を見たことがあったか。
 悔しいが、美しい。淫らなまでに美しい。
 彼は今、すべて俺のものだ。

 そう意識すると、身体の奥に雷が走ったように痙攣が起き、
繁を強くしめつけた。
 同時に、自分を高みへ追い込んだ。

 達する瞬間、俺は思わず腕を伸ばして、その唇を奪っていた。
 奥の繁が弾けるのを、ぼんやりと感じながら、舌をからめ……。
 そのまま、失神した…………らしい。

 
 裸のまま座布団に座り、今度こそ原稿を執筆しているらしい背中が見えた。
 這いずって近づくと、繁は驚いて――。

 口にくわえていたものを落とした。
 チョコレエトだ。

「貴様、最後の在庫だと――」

「いやね、蝋燭を入れとく箱を調べたら、あったんだよねえ、買い置き。
 一枚だけだけど。
 これも、英吉利人のたしなみ……ってね」

「………………ほう」

 言いたいことはそれだけか。
 
「悪戯が許されるのは、その乱痴気騒ぎの日だけだな?」

「まあ、そうだけど?」

「日付は変わった。悪戯には相応の罰が必要だ」

 俺は、机の上の蝋燭を手にとると、繁の裸の背に、ゆっくりそれを傾けた。

END