Borderline
 

   茫然とした。
 この、口から先に生まれたような僕が、言葉を失った。

 返ってきた答えが、僕の予想の在庫にあったものと、あまりにもかけ離れていたから。
 
 僕は、彼を見下ろして、もう一度尋ねた。
 僕の聞き間違いだったかもしれないから。


「土田君、君……本気で言ってる?」

 言ってみて、2秒後に後悔した。
 彼は、こういったことで冗談を言えるような子じゃなかった。

「どうした。……するんだろう?」

「え……ええと。そうだね」

 真顔で問われ、こちらの頭の回線が灼き切れそうになる。
 罪の意識が湧いてくる前に、目の前にある彼に手を添えた。

 口腔で育っていく彼を吸い上げ、先に舌を滑らせる。
 ここまでは、今までも何度もやってきた。
 …………でも。

 ここからは、未知の領域だ。
 僕は、彼が完全に勃ち切ったのを確認すると、土田君の腰に枕を当て、
彼の内側に舌先を潜らせた。

「…………っ」

 土田君が息を殺すのがわかる。

「怖い?」

 舌の動きを止め、そう問いかけてみる。
 返答によっては、ここでやめるつもり。
 もともと、ここまでする気はなかったのだから。

「いや。怖くはないが」

「ないが?」

「俺はいつもあんたに、こんなことを強いてきたのか、と思った」

「……え?」

「俺は……あんたほどよくはないかもしれん。
 あんたほど、悦い声では啼けん。
 それほどの物を、すべて納めるには、日がかかるかもしれん。
 だが……その、……努力する」

「………………」

「? おい?」

 ここまで言われて、僕は彼に何をしたかを知った。
 何をしてしまったのかを――。

 『たまには僕に、挿れさせてくれない?』 と言った。
 わざと冗談めかして。
 
 それは、賭けだった。
 そして、彼は答えた。

 『あんたが愉しめるのなら、俺はかまわん』

 あっさりしたものだった。
 それが実にあっさりと、あまりにさっぱりとしすぎていて、僕は茫然となったのだった。

「…………どうした?」

「ああ。ごめん。
 僕は……何てことをしたんだろう」

 後悔の念とともに、あふれてきた涙が、頬を伝った。
 僕は、泣きながら、笑うしかなかった。
 自分の愚かさを。

「おい……」

「僕はね、あのころから変わっていないんだ。
 昔……忘れてしまいたいくらいに荒れていた僕は、
 僕の相手に――悪友に、同じことを訊いた」

「同じこと?」

「『たまには僕にさせてよ』ってさ。
 彼は、何と言ったと思う?」

「……………………」

「『いい加減にしろ。俺は断じてごめんだ』。
 あいつは、そう言うと、僕から離れていった。
 ……僕が何を言おうとしてるか、わかるかい?」

「もうよせ」

「僕は君を試したんだよ!
 あいつと同じように、僕に背を向けるかどうか。
 それでもいいと思ってた。
 君が、誰に想いを寄せてたか……想いを寄せてるか、知ってたからね」

「もうよせ!!」

 土田君の腕が上げられ、僕は、頬を張られるかと思って、一瞬身を固くした。
 びくん、とすくみ上がった僕を、その腕は、優しく抱き寄せた。

 かなわないな、と思った。
 
 いつも、僕は境界線をひく。
 そこからは、相手が近づいてこないように。
 僕からも、相手に近づきすぎないように。

 でも。
 でも、いつも君は、その線を越えてくるんだ。
 僕がどんなに試しても、どんなに拒んでも、折れない強さで。
 そして、そんなちっぽけな僕を、包み込んでくれるんだ。

「ねえ、土田君」

「うん?」

「幻滅したかい?
 こんな、救いようのない僕に」

「…………あんたに初めて会ったとき、」

「え?」

「あんたは、腹をすかせて薔薇の下で伸びていた」

「……? そうだね」

「最初から、幻滅するほど高く見積もってはいない」

「……あはは」

「やっと、普通に笑ったな」

「…………!」

「俺は、あんたの過去には興味ない。
 未来を見通せるほど、賢くもない。
 つまりは、そういうことだ。
 ここに今いるあんたしか見えん」

「土田君……君って、さ」

「何だ?」

「前にも言ったけど、気持ちの大きな男だねえ。
 とっても、僕なんかが抱ける器量はないよ」

「どういう意味だ?」

「説明すると、かなり無粋なんだけどねえ……。
 仕方ない。ざっと要約してみるよ。
 …………ねえ。『僕を抱いてくれない?』」

 誘いつつ、彼のものに指を絡ませた。

「確かに無粋だ」
 
 土田君は、一瞬、あきれたように笑うと、唇を重ねてきた。
 これから先は、いつもどおり。
 いや。
 いつもより、濃く、長い刻を共にすごした……とだけ、言っておこう。
 

END