Break of dawn

 
ひどい顔をしている――。

出会い頭にそう言われた。

つくづく、人の気持ちを逆撫でするのが上手い。

そして…………鋭い。要らないところで。

「あんたほどじゃないけどね!」

言い捨ててその場を去ろうとした肩を、後ろからつかまれた。
驚いて身体が硬直する。

「相変わらず失敬だな、木下」

耳元で囁かれた。

睨んでふりほどき、取り落とした本を拾う。

仕方ない……というように相手も一緒に拾いながら。

「話がある。いつもの場所に来い」

それだけ言って、去っていった。

僕の都合なんてこれっぽっちも考えちゃいない、いつも通りの尊大な物言い。

だけど――………………ちょっと嬉しかった。悔しいけど。

 
あの二人が姿を消した。

僕の心を、かき乱すだけ乱しておいて、どこかへ去ってしまった。

残されたのは僕と――。

この、底意地の悪い 「先輩」 。

要さんもせめて、もうちょっとましな相手を残してくれたらよかったのに。

僕は、盛大なため息をついた。

 
「まだ、あいつらのことを気にかけているのか」

「……いけない?」

「好きで行方をくらましたんだ。放っておけばいいだろう。
 月村の顔など、思い出したくもない」

「いいよね。あんたはお気楽で。
 ああ……そうか、そうだよね。あの夜のことを思い出すから嫌なんだ?
 先輩、涙浮かべながら僕にされてたもんね。そんなによかった?」

「本当に貴様は意地が悪いな」

「あんたに言われたくないよ」

「せっかく俺が柄にもなく心配してやってるのに……」

「ほら、また始まった。
 『せっかく』、心配して『やってる』、だって?
 先輩は、よっぽどお偉いんだね」

「………………」

「……何様のつもりだよ。どうせ、いつもの気まぐれなんだろ。
 それならもう放っておいてくれたって――!」

ぱしん、と頬が鳴った。

先輩は……僕より辛そうな顔をしている。

「いい加減にしろ。……頭を冷やせ」

「…………………」

「俺は……悪いが、お前があいつらから離れられて良かったと思ってる。
 完全にとらわれてしまう前に離れないと、とりかえしのつかないことになる
 ……そんな気がしていた」

「要さんを悪く言うな!
 あの人は……僕を守ってくれるって言ったんだ。
 そんなこと言ってくれる人、初めてだった。
 それとも何? あんたがその代わりになってくれるの?」

「木下……」

「あんたに……何がわかるんだよ。
 欲しいものは何だって持ってる、恵まれてる人間なんかに、僕の気持ちなんか
 わかるもんか……!
 僕には……何もないんだ。もう、何ひとつね!」

「ああ……わからんな!!」

「……金子先輩?」

「悪いが、俺には皆目、想像もつかん。
 だがな。これだけはわかる。あのままでいては、お前は駄目になった」

「な…………何言ってんだよ!」

「守られる……だと? 笑えるな。
 確かに、ある意味それは正しいかもしれん。
 だが、俺から言わせてもらえば、お前は体よく利用されていただけだ。
 要の、そして月村の甘い言葉に支配されてな。……反吐が出る」

「…………っ!」

「そんなに支配されるのが好みか?
 それなら俺は止めないがな。
 亜弓……だったか? その名前が要、に変わっただけじゃないのか?」

「あんたは……!」

「否定できるか?」

真っ向から見据えられた。

少し嫌味な感じの、切れ長の瞳。

「……………………」

「俺は、傍で見ていて、何度月村を殴ってやろうと思ったか知れん。
 いいように使われて、お前はそれでいいのか、この馬鹿が」

「先輩」

「俺ならお断りだな。従っているフリをして、寝首をかいてやるくらいのことはする」

苦々しく吐き捨てて、持っていた煙草を床で揉み消す。

「ここまで言ってやって、それでも目が覚めないのなら、お前はそこまでの奴だ。
 俺は見込み違いだったと諦める他ないが」

邪魔をしたな、勝手に一人で悩んでいろ、

そう言って、金子先輩は倉庫を出ていこうとした。

立ち上がり、背中が遠ざかる――。

「………………!」

気づくと、その背中にすがりついていた。

「木下?」

「勝手なことばかり言って……自分だけ格好つけて去ろうとしたって駄目だよ」

「……まったく」

「僕はもう……支配される気はないよ。
 誰にも。あんたにだってね。
 支配されるくらいなら、やり返す。
 金子先輩…………あんたを、ふり回してやるよ」

「本当に、可愛げのない奴だな」

「あんたに、可愛いなんて思われたくないね」

 
互いに悪態をつきながら、僕たちは長い口づけを交わした。

信じてみよう…………と思う。

今度はきっと、大丈夫だから――。

 
END