Break of dawn |
ひどい顔をしている――。 出会い頭にそう言われた。 つくづく、人の気持ちを逆撫でするのが上手い。 そして…………鋭い。要らないところで。 「あんたほどじゃないけどね!」 言い捨ててその場を去ろうとした肩を、後ろからつかまれた。 「相変わらず失敬だな、木下」 耳元で囁かれた。 睨んでふりほどき、取り落とした本を拾う。 仕方ない……というように相手も一緒に拾いながら。 「話がある。いつもの場所に来い」 それだけ言って、去っていった。 僕の都合なんてこれっぽっちも考えちゃいない、いつも通りの尊大な物言い。 だけど――………………ちょっと嬉しかった。悔しいけど。 |
あの二人が姿を消した。 僕の心を、かき乱すだけ乱しておいて、どこかへ去ってしまった。 残されたのは僕と――。 この、底意地の悪い 「先輩」 。 要さんもせめて、もうちょっとましな相手を残してくれたらよかったのに。 僕は、盛大なため息をついた。 |
「まだ、あいつらのことを気にかけているのか」 「……いけない?」 「好きで行方をくらましたんだ。放っておけばいいだろう。 「いいよね。あんたはお気楽で。 「本当に貴様は意地が悪いな」 「あんたに言われたくないよ」 「せっかく俺が柄にもなく心配してやってるのに……」 「ほら、また始まった。 「………………」 「……何様のつもりだよ。どうせ、いつもの気まぐれなんだろ。 ぱしん、と頬が鳴った。 先輩は……僕より辛そうな顔をしている。 「いい加減にしろ。……頭を冷やせ」 「…………………」 「俺は……悪いが、お前があいつらから離れられて良かったと思ってる。 「要さんを悪く言うな! 「木下……」 「あんたに……何がわかるんだよ。 「ああ……わからんな!!」 「……金子先輩?」 「悪いが、俺には皆目、想像もつかん。 「な…………何言ってんだよ!」 「守られる……だと? 笑えるな。 「…………っ!」 「そんなに支配されるのが好みか? 「あんたは……!」 「否定できるか?」 真っ向から見据えられた。 少し嫌味な感じの、切れ長の瞳。 「……………………」 「俺は、傍で見ていて、何度月村を殴ってやろうと思ったか知れん。 「先輩」 「俺ならお断りだな。従っているフリをして、寝首をかいてやるくらいのことはする」 苦々しく吐き捨てて、持っていた煙草を床で揉み消す。 「ここまで言ってやって、それでも目が覚めないのなら、お前はそこまでの奴だ。 邪魔をしたな、勝手に一人で悩んでいろ、 そう言って、金子先輩は倉庫を出ていこうとした。 立ち上がり、背中が遠ざかる――。 「………………!」 気づくと、その背中にすがりついていた。 「木下?」 「勝手なことばかり言って……自分だけ格好つけて去ろうとしたって駄目だよ」 「……まったく」 「僕はもう……支配される気はないよ。 「本当に、可愛げのない奴だな」 「あんたに、可愛いなんて思われたくないね」 |
互いに悪態をつきながら、僕たちは長い口づけを交わした。 信じてみよう…………と思う。 今度はきっと、大丈夫だから――。 |
END |