Cast away -side M- |
妙にくぐもって聴こえる、轟音。 広い背に、大輪の薔薇が咲く。 まるで活動の遅回しのように緩慢に、崩れおちていく身体。 慌てて駆け寄ろうとする。 しかし、濡れた綿のように重い足は、動かない。 叫ぶ声は、音を紡がない――――。
僕という人間はきっと、あのころから変わっていないのだ。 |
「――どうした」 |
――――おい。 ――――………………おい!! …………呼んでる。 ぼんやりと思っていた。すると。 柔らかい感触。何かが口に流しこまれた。 「…………ん」 「気がついたか」 「あ、……やあ、土田君。お早う」 「悠長なことを言っている場合か!」 「え、何がさ」 「その……平気か」 「ああ。……そういうこと。 僕なら大丈夫だよ。……さすがに……腰がたたないみたいだけど」 苦笑すると、土田君は思ってもみない行動に出た。 いきなり、抱きしめてきたのだ。 「…………! え?? え? どうしたんだい、いきなり」 「……あんたが」 「…………?」 「あんたが目覚めないから、……本当に、壊してしまったかと――思った」 消え入りそうな声で言った。 やれやれ、どこまで優しいんだろうねえ……君は。 僕は、少々ちくちくするその頭を抱きながら囁いた。 「平気だって。本当だよ? なんならもう一回……するかい?」 「馬鹿をいうな!!!」 はいはい。大人しくしてるよ。 さすがの僕も、ちょっと無理をしすぎたからね。 ふと見ると、畳に瓶が転がっている。さっきの、僕の気つけ代わりに使ったらしい。 あれ、この家には酒は置いてないはずだけど、と思ってよく見てみると……。 それは料理酒の瓶だった……道理で妙な味がしたわけだ。 僕は苦笑した。 「何が可笑しい」 「え? ううん。何でもないよ。こっちのこと」 何だか急に、この腕の中の存在がいとおしくなった。 「……苦しい。そろそろ放さんか」 「やだよ」 「……まったく」 仕方のない、というように土田君がため息をついた。 |
僕は、腕の中の温もりを感じながら思っていた。 あの悪夢はこれからも時折、僕を苦しめるだろうけれど――。 決して、渡さない。 それに彼なら、何があっても戻ってくるだろう……きっと。 僕たちは、一言では言えない奇妙な関係ではあるけれど、 そのつながりはそう簡単に切れてしまうものではない。 そう……思いたい。 |
料理酒の瓶が、朝日を弾いて輝いている。 見えない僕の手紙を入れたその瓶は、波間を漂い、届くだろうか。 …………………………君のもとに。 |
END |