Interlude |
文机の前に座り、ペンをとる。 あとは、思いの向くままに、升目を埋めていくだけの作業なのに。 白い原稿用紙が、地平線の向こう側まで広がっているような心地がして。 じじっ、と音がした。 朝おろしたばかりの蝋燭が、燃え尽きるところだった。 ペンを握った同じ姿勢のまま、いったいどれだけの時が過ぎていたのだろう。 物語が、まったく浮かばなかったことは何度もある。 でも、ここまでひどいのは初めてだ。 僕は、自分がどうなってしまうのか想像もつかなかったので、葬式には出なかった。 でも、あの長い煙突から、かつての朋輩が煙になって昇っていくのを、 遠くから見守っていた。 天の国にも、地獄にも、受け入れてはもらえなそうな、彼のことを。 それからだ。 全てがもっていかれたように、何も書けなくなってしまったのは。 ふう、とため息をつき、立ち上がる。 このままでは、文字通り真っ暗になってしまうだろう。 新しい蝋燭は、まだあったはずだ。 ふりむくと、そこには土田君がいた。 「やあ……来てたの」 「………………」 へらりと力のない笑みを贈り、蝋燭を新しいものに替えてしまうと、 僕はまた、ため息をつく。 肺に残る空気がないんじゃないかと思うほど、深いため息。 土田君は、きっとかなり前から来ていたんだろう。 でも、彼は執筆中に声をかけるようなことはしない。 おそらくずっと、待っていたのだろう。 僕の手元が、少しも動いていないのを知っていたとしても。 ふわ、と丸い灯りがともると、少しばかり安心する。 「君、ずっといたのかい」 「…………どのくらいがずっとなのかは知らんが、 正座をしていたら脚が痺れるくらいは、いた」 「声をかけてくれればいいのに」 そう言うと、邪魔になるだろう、と予想どおりの答えが返ってきた。 「邪魔になんてならないよ。邪魔になるほどのことは何もしてない。 ……何も」 「編集の岩永が、週末には来るのではなかったか?」 「うん。わかってるよ。 でも、何もできないんだから仕方がない。 壺を作ろうにも、土がない。 絵を描こうにも、書くべき風景がどこにもないんだ」 「…………何か、軽くつまむものでも作ってくるか」 「土田君――!」 僕は、とっさに土田君の手をつかんで引き止めた。 握ったその手は温かかった。 ずっと黙って僕の背中を見守ってくれた彼の心のように。 「……おい」 「…………え?」 土田君と目が合った。 顔を上げた瞬間、座布団にぱたぱた、と染みができた。 涙……? 膝立ちから、腰が抜けてしまったように座り込んでしまう。 どうしてしまったんだろう。僕は。 立ち上がるのをやめた土田君は、横に座り、抱き寄せて髪を撫でていてくれた。 声を上げて泣くほどではなかったけれど、ただ涙が止まらなかった。 しゃくり上げるうちに、呼吸困難になりかけて、背景がぐらりとゆがんだ。 ああ、そうか。 僕は、泣くべき時を逸していたんだ。 想いが深すぎて、そして複雑すぎて、涙を流す余裕もなかった。 無様に、子供のように泣く僕を、土田君は長いこと撫でていてくれた。 「泣きたいなら泣け。きちんと悲しめ」 土田君は、泣くな、とは言わなかった。 きちんと悲しめなかった僕は、壊れかけていたのだろう。 それをとどめてくれたのが、彼だった。 「ありがとう……」 僕は、手の甲で涙をぬぐうと、土田君に口づけした。 自ら舌を絡め、渇きの求めるまま、彼を求めた。 求めに応じ、彼もまた僕に答えた。 やがて、僕が彼の前をくつろげて、喉まで使っても余るものを育て始めると、 待てと言って、僕を止めた。 駄目なのか、としょんぼりしかけた僕に、 「その……違う…………俺だけがされるのは…………、」 消え入りそうな声で彼が答えた。 そういうことなら、と、僕は土田君を押し倒すと、上下逆に重なった。 土田君は、目の前の僕の肌を割り、中心に舌を滑らせてきた。 「……ん、っあ!」 脳天まで、電気のような刺戟がはしる。 意識を持っていかれないようにしながら、僕もそそり立つものを口であやす。 喉奥まで使って扱き、頭を上下して揺さぶる。 すると、土田君の舌が同じ律動で僕の中を潤ませはじめる。 いつも彼の巨きなものが出入りするせいで、僕の肉は簡単にめくりあがり、 土田君を迎え入れる準備を整えてしまう。 「んん! んぅ!」 続いて挿入ってきた指が、僕の腹側の、感じやすいところを引き出すようにすると、 僕の腰は勝手に揺れ、もっともっととせがんでしまう。 「……ん……ん、んんん!」 口と後ろを同時に責められ、まだ触れられてもいない前がはぜる。 中の指をしめつけ、その存在を強く感じて立て続けに達する。 がくがくする膝をなんとか立てて、彼と上下をいれかえる。 もうすでにほころんだ僕の身体が、悦んで彼を受け入れた。 「……う、……はあっ……んん!」 「つらいか?」 「ぜんぜ……っん! ああ! そこ……!」 僕の中のさっきの一点を、彼の張り出した部分がこすりあげる。 びくびくと反応を示した僕に、同じ刺戟が繰り返される。 「ああ、あ、ひあ……っ、ァ、んんん!」 「そん……なに、締めつけるな…………っ!」 「無理……だって」 身体の中で、ごり、と音がした気がした。 その瞬間、質量を増した彼が、僕の中に全てを注いだ。 熱いたぎりを身体の奥に感じながら、僕はまだ余裕があった。 ……その時には。 抜こうとした彼を、逃すまいと締めつけ、背に脚を絡めた。 「…………!」 「まだ、駄目だよ」 「まったく……」 息を乱して腰を揺すると、中の彼が勢いをとりもどしてきた。 一度達したせいで、滑りがよくなったそれは、一気に最奥まで突き入ってきた。 「……く、……んん!」 土田君でないと届かない最奥を、拡げるように動かされ、回すようにこねられて、 僕はたちまち、余裕を失っていった。 広い背中に爪をたて、涙を流しながら、次をせがんでいた。 やがて、奥を突いたそれは抽きだされ、僕の身体が侵入を拒むかのように動き出すと それを逆撫でするように突き入ってくる、激しい動きに変わった。 僕の中も、いつの間にか、彼を奥へ引き込むような蠕動を起こしていた。 「ひ、……ん、つち……く、……!」 泣きじゃくるように彼の名を呼び、彼とともに揺れる。 頭の中に、心の中に渦巻いていた黒いものが、すべてかき出されるような心地がした。 「……繁……」 僕のすべてを抱きとめるようなその声は、なだめるように僕の名を呼び続けていてくれた。 もう何度達したかわからない。 気づくと、僕の胸のあたりまで、その証がしぶいていた。 身も心もとろとろになるまで、彼にゆだね、彼を求めつづけたのち。 体力の限界ちかくなったのか、彼は鞘から自身を引き抜いた。 とたん、どろりと逆流してくる白濁。 僕の中に叩きつけられた彼の激情が、音をたててこぼれだしてきた。 生々しさに、ちょっと赤面する。 すると。 「風呂へ行くぞ」 「え……?」 「立てるか」 「……たぶん、なんとか」 しわになった大島を、ガウンのように僕に着せかけて――。 「さっき、風呂をわかしてきた。まだ、冷たくはなっていないと思う」 「うん……」 快楽の残滓で頭が回らない僕に、彼は言い放った。 「手伝おう」 「……背中なら自分で洗えるよ?」 「いや」 「…………?」 「手伝う。……その、かき出すのを。明日、岩永が来た時……流れてきては困るだろう」 「…………!!!!」 体感温度が何度か上がった。この子は、真顔でいったい何を言い出すんだろう。 「嫌か?」 「……そんなんじゃないよ、ただ!」 「ただ……?」 「そんなことされたら――」 「ん?」 「また、君が欲しくなっちゃうじゃないか。……奥に」 僕の言葉を肯定ととったのか、彼は丁寧に実行に移し、風呂場では……以下略! ため込んでいた感情をすべて吐き出したせいか、次の日は魔法のように筆がのり、 岩永さんの前でいろいろと大変なことになることはなかった……とだけ、書いておこう。 |