Is it scary? |
天が、吼えている。 雷雲は、真上に居座ったきり、動く気配もない。 寮に帰ろうと、縁側から外に出ようとしたが、諦めた。 この大雨では、傘など役に立たないだろう。 水川家の風呂から上がり、廊下を通ったとき、俺はかすかな鈴の音を聴いた。 空耳だろう。そう思って、繁の待つ和室に急いだ。 そして今。 獣のかたちに這わされた俺は、後ろから繁を迎え入れていた。 すでに一度、中で出されたせいか、それは滑らかな動きを見せていたが、 さっきから、わざと焦らすように、欲しいところをうがってはこない。 「……っ、あ……んんっ、ん……し……げるっ!」 「ん〜〜? 何だい、金子君」 「そこ、じゃない……。わざ……とやって、る……だろ……!」 余裕たっぷりな言い方がまた、癪にさわる。 繁は、入り口ばかりを責め、それ以上は入ってこなくなった。 要するに、俺を屈服させたいのだ。 屈服させて、俺の口から乞わせる気だ。そうはさせるか。 先だけ少し挿れた繁が、円を描くように動かした。 「っあ! うう……!」 そのまま、中ほどを突いてほしい。 そう思っても、叶えてはもらえず、後ろを満たされぬまま、 せめて前でと、恥を承知で自らの茎に手を添えようとすると……。 「だ〜〜〜〜〜〜め。まだ、だよ」 両手をとらえられ、包み込むように上から握られる。 「たの……む、もう……。限界、だ」 「どうして欲しい?」 「もっと……深く……突い――!」 言いかけた瞬間、一度抜いた繁が、一気に奥まで突いてきた。 それを何度も繰り返され、あまりの衝撃に目がくらむ。 「あ、あ、あ、ああ! っはあっ! はあ……っ、や……」 敷布に爪を立て、限界まで肩を落とし、律動に身体を任せる。 「は……っ、あああ、あ! あ、もう……っ……!」 中の快感だけで達しそうになり、上げた声に重ねるように――。 さっきの鈴音が、した。 そして、それを追う足音。 大の男が、駆け抜けていくような大音響だった。 「こら! うるさいよ! 静かにおし」 「……っ、ひ、あああ……んん……っ!」 「うわ、金子君、そんなにしめつけると……! まさか君、今ので、達ったの?」 「…………はあ……はあ……っ、達った……から、もう、動くな! 待て。この家には、他に誰かいるのか?」 来る時間が合わないせいか、ついぞ見かけない、家政婦のトミさんとやらか。 それにしては、足音が重かったようだが……。 それよりも、最中の声を聴かれたか、ということが重要だ。 「いや? だ〜れもいないよ。僕と、金子君だけ」 「そんな、確かに今……」 音が、目の前を通った。 待てよ。 音のした廊下側は、下が硝子になっている雪見障子だ。 誰かが通ったのなら、見えるはず。 「通ったねえ……何か。君にも視えちゃったかい?」 「いや……。音だけだ。足音だけが、目の前を通っていった」 言ってみて、ぞっとした。 そういえば、この大嵐の中、鈴の音のような小さな音が、あんなにはっきり 聴こえるというのも妙だ。 泥棒……か、不法侵入の不埒者か、と、なんとか思おうとしたが、 姿がないことの説明がつかない。 「お化け……か?」 「違うねえ。お化け、じゃなくて幽――」 「皆まで言うな!!!!!」 鬼語らばすなわち怪到る。 そんなものを呼び寄せてしまっては、対処のしようがない。 「でもさあ、金子君、今まで何度もこの家に泊まったけど、何にも感じなかったよねえ?」 「生まれてこのかた、こんな体験をしたことはない」 「やっぱり、僕のそばにずっといたからかな? それとも、僕と繋がってたから?」 「………………はあ?」 「僕はこう見えても、英吉利の血が半分、入っているからねえ。 『そういうの』には慣れてるんだ。 あちらの国では、いわゆる『そういうの』付の屋敷というのは、歴史があるって 好まれるらしいよ。値段も、かえって高いとか」 「理解できん」 「まあ、酔狂のたぐいだとは思うけどね。 実際、僕があちらの国で撮った写真の幾枚かは、変なものが写っていたしねえ。 ただの部屋を撮ったはずなのに、なんて言ったらいいか……。 画面が炭酸ソオダみたいに、小さな丸いもので埋め尽くされていたよ。 倫敦塔なんかは行くもんじゃあない。あそこに行った後、熱を出して動けなくなったねえ。 ああ、そう言えば『支那の小箱』の取材に行った上海で――」 「もういい。黙れ」 「この家も、『そんなもの』付。 いやあ。そのおかげで、安く借りられたんだよ。日本でよかった」 「帰る」 「ええ? 今から? 外をごらん。 滝なんてメじゃないくらいの大嵐だよ。こんな中、しかも夜中に帰れないよ」 「俺は帰る。即刻、帰る!」 「へえ? 金子君、怖いんだ。 普段、なんとか坂の殺人事件、とか、なんとか館の殺人とか、 そんな血なまぐさい小説ばっかり読んでる癖にさ」 「その血なまぐさい小説の大部分は貴様が書いてる! 俺は、怖いんじゃない。そういう、論理で説明のつかんことが嫌いなだけだ!」 俺は、雪見障子をわざと手荒に開け、廊下に出ようとした。 くそ、土田でもいてくれたら、わけのわからん魍魎でも、気合で斬ってくれそうなのに! 「金子君、お待ち!」 「待たん!」 「その敷居から出ちゃいけない!」 「…………敷居?」 一瞬遅かった。 俺の右足がすでに、敷居の向こう側を踏んでいた。 乾いた、木の廊下を踏んだはずだった。 しかし、裸足の足の裏が感じたのは、ぬめる液体で。 「…………血…………?!」 後ろをふりむくと、血の海を作った張本人が立っていた……。 それが、連続殺人鬼であっても、それはそれで怖いのだが、この場合は、怖さの種類が違う。 何故なら、その男は、灰色で向こうの景色が透けていて、何より――。 首が、ぱっくりと切り裂かれていた。 「……………………!!!!!!!!!!」 逃げようとしても足が動かず、叫ぼうとしても声が出なかった。 灰色の男は、俺の首を両手で絞めあげてきた。 「……ぐ……っ、う……」 「金子君!」 「……し……げる……」 「あなたの無念はわかる。でも、それを他人にぶつけるのは感心しないね。 よくごらん、彼はあなたの娘じゃない!」 灰色の男の、洞穴のような瞳がこちらをみつめた。 男は、自分が探しているのは俺ではないと悟ったのか、俺の首を放し、闇に消えていった。 繁が俺を部屋に引き戻し、雪見障子をぴったりと閉めた。 「はあ……危なかった。 なんだって、怪しい音の聴こえたほうに行ったりするんだい。 僕だってそんなことは――。いや、そんなことは二の次だね。 大丈夫かい、金子君」 「……何だかわからんが、助かった。 あいつはいったい、何者なんだ?」 「傷の感じからいって、多分、ここの前の住人だよ。 この家で殺された」 「ころ……?! なんでそんなことを今まで黙っていたんだ?」 「だって、訊かれなかったし、言っても仕方がないし。 あの男は、自分を殺した、幼い娘を探しているんだよ。 まあ、幼いといっても当時で、今は年頃だろうけどね」 一刻も早く、この場から離れたいと思ったが、この雪見障子を開ける勇気はもうない。 今はこの部屋にいるしかないだろう。 そう思った瞬間、身体から力が抜け、膝からくずれおちた。 「うわ、ちょ……本当に大丈夫かい?」 「安心したら……力が抜けた」 「ええと……」 「…………どうした?」 「これは、支那の言い伝えだったと思ったけれど、『ああいうもの』が嫌うものがあるんだよ。 退魔の力のある、桃の枝とか、獣の血とか、易経とか、鶏の声――」 「…………? どれも、今はここにはないが?」 「……性の営みとか」 「………………はあ?????」 「というわけで。夜があけるまで、僕が傍にいてあげるよ。 いろんな意味で、足腰たたなくしてあげよう」 「ことわ……………………………………頼む」 「正直な子は好きだよ」 「今度来るときは、ありったけの護符を身に着けてくる」 「そんなことをしたら、いざ外したときが怖いよ〜〜〜〜?」 「いい加減にしろ! その、続きを……するんだろう、布団まで運べ!」 「金子君、君ってさあ……」 「何か文句でもあるか?」 「つくづく、憎らしいんだか、可愛いんだかわからないよねえ……」 繁は、俺を無造作に抱き上げると、公約を実行にうつした。 …………それはもう律儀に。 俺が泣いてすがってもやめなかったおかげで、『あれ』のことはしばし、忘れることができた。 その後しばらく、夜厠に行くときは、土田を用心棒にした……ことはここだけの秘密だ。 |