Love Profusion 
 
甘美な毒に、身を浸していた。
その毒が身を、心をじわじわと蝕んでいくのを愉しんでいた。

思いつくかぎりのことをした。
ごっそりと持って行かれてしまった「何か」を埋めるために。
破滅的な酩酊の助けを借りて、気絶するように眠る――ほんの束の間。
しかし酩酊は、虚無をつれてくる。
追いすがってくるその手から逃れるためにまた、僕はお決まりの場所へ行く。

一夜かぎりの快楽を求める男女が集う倶楽部。
相手のことは何も詮索してはならない、それだけが規則。

白くけぶる部屋には数人の先客がいた。
伸びかけの金髪は、ここでも人目をひいてしまうようで、
すぐに、そっちの趣味のある好き者たちが群がってくる。
その中のひとりが、強引に煙草の煙を口うつししてきた。
ごほごほとむせる暇も与えられずもう一度、もう一度、と繰り返されるうちに、
手足の力が失われ、飾り立ててきた洋装が剥ぎ取られていく。
笑いさざめく声が、妙にはっきりと聴こえる。
陳腐だった音楽が、名曲に聴こえる。
男たちの息遣いが肌に触れた、ただそれだけで、ちりちりと電気が走るような感覚。
分かってる。五感が妙に研ぎ澄まされているのは「あれ」のせいだ。

やがて、床で始まる、裸の群舞。
今日の生贄は…………僕だ。
誰のものともしれぬ指が、舌が、鋭敏になりすぎた肌に這う。
怪しげな香油を使って念入りにほぐされ、突き入れられつつ、前にも舌が絡む。
焦れたらしい他の客が胸の突起に歯を立てる。
声をあげるその口にも、誰かの屹立が差し出される。
悪夢のような、長い悦楽。
何度か、後ろの相手が入れ替わったとき、小声で、そろそろ良いのではないか、
という含み笑いを聴いた気が……した。
何が良いのか――、と思った瞬間、申し合わせた二人の男が同時に侵入してきた。
流石に、そんなことは初めてだった。
抵抗は、いとも簡単に封じられた。
悲鳴は、掠れて空に消えた。
無理矢理にひらかれ、二人が擦れ合うのを感じながら、僕の意識は灼き切れた。





――おい! …………おい!

「ん………………」

頬を軽く叩かれて、戻ってきた。
おそらく僕は、また目を開けたまま夢を見ていたんだろう。
思い出したくもない昔、無茶をしていた時の、白日夢のようなものを。

今ここにある現実は……えーと。
ちょっと困ったような顔をした土田君。
事の途中で、僕は「あっち」へ行っていたらしい。

「大丈夫か」
「だい、じょうぶ。ちょっと、よすぎて……意識が飛んじゃうところだったよ」
「…………!」
「あはは。だから、もう、一回」
「仕方のない奴だな」

フラッシュ・バック。
あんなもの、もう起こらないと思っていたのに。
もともと、習慣になるほどやったわけじゃない。
何か、きっかけがあるはずだ……何か。
しっかりしろ、水川「抱月」。
思い出せ。

身体の奥を、土田君が、ぐん、と突いた。
ああ、と声が洩れる。
彼は僕の好きなところを、すぐに覚えてくれる。
そして、その瞬間、稲光のように天啓が降ってきた。

そうだ。
――匂いだ。
それも、つい最近嗅いだばかりの。
幹彦の教授室。
………………幹彦?
ん、ん、ァ、そこ、だよ、土田君。

おかしい。
幹彦には、そんな性癖はなかったはず。
彼は僕らとは、根本的に違うもの。
そんなことは思い知らされたはずじゃないか。……身をもって。
じゃあどうして…………。
んんっ!

あの煙草の、もうひとつの効用は――。
……………………ああ、そうか。
そういうことか。
僕には皆、分かってしまった。
幹彦があんな計画を急いだ理由。
幹彦が最近、妙に痩せて見える理由。
すべて、符合するじゃないか。

どうする?
幹彦に忠告する?
それとも、要君にそれとなく言ってみようか?
――残念ながら僕は、それほど善い人間に生まれついていないみたいだ。
  そんなに善い人間なら、「あの」時点で世間に事件を公表しているだろうしね。
  初恋の相手を売ってでも。
僕は、黙っていよう。
黙りとおしてみせるさ。
幹彦の前でも、要君の前でも、いくらだって作り笑顔はできる。
僕はそういう人間だ。
そうして、「その時」が来たなら、責任を持って見届ける。
月村幹彦を愛してしまった者として、このくらいの役得はあっていいだろう。
………………いや、罰、かな。

そうと決まれば……。
後は、お定まり。
土田君、ごめんね。
僕はやっぱり、君に甘えるよ。


「駄目だよ、まだ、抜かないで」
「……だが」
「いいから」

媚薬のように甘く、囁く。

「I got you under my skin…………」

「何だ、それは?」
「おや? 分からない?」
「独語なら少しは分かるが……英吉利の言葉はさっぱりだ」
「英吉利……というよりは、亜米利加の使い方だね。
 この言葉、不思議な言葉でねえ。
 昔は、『虫酸が走るほど君が憎い』っていう意味だったんだけど、今はその逆。
 逆も逆」
「逆?」
「『君はすっかり僕の虜』。しかも直訳すれば、肌の奥っていうことになるから」
僕は土田君を、強めに締めつけた。
「ここ? かな」

目の前の土田君が、真っ赤になるのが分かった。
そして、中のものが育ってくる感覚。
僕は含み笑いを洩らして、何度も囁いた。

「I got you under my skin…………」

「よせ……」
「ねえ、もう一度。今夜くらいは、僕の虜になってみない?」

仕方ない奴だ、ともう一度呟いて、それでも優しい腕が僕を抱いた。

僕の居心地のいい場所は君の腕の中だけ。
君だけが、僕の気持ちを動かす。
少しだけでいいから、僕につきあっておくれ。
………………せめて毒が回りきるまで、愛の花が咲き乱れる幻が見たいから。

END