Secret
 
……そうだ。

僕は、泣いていたんだった。

薄暗い部屋で、先生の椅子によりかかるようにして。

部屋の隅で燐寸を擦る音がして、驚いてふり向くと、そこに先生がいて――。

何も言わずに隣に腰をおろして、僕の髪を撫でていてくれた。

癖のある、煙草の味のくちづけ。

口移しされている煙に酔っているのか、くちづけに酔っているのか。

吐息とともに何度も囁かれる、その言葉に酔っているのか。

頭の芯が、じいんと痺れた。

あれ?

…………どうして僕は、泣いていたのだろう。

こんなに、幸せなのに……――?

 
――…………要君。

また、囁かれた。

天鵞絨の艶やかさをもつこの声に、そっと肌を撫で上げられるだけで、身体が熱くなる。

「あ…………、せん……せい」

――はい。要君。

僕が呼ぶたびに、こうして返事をしてくれる。

――ここにいますよ……いつでも。
   こんなに近くにいるのに、こんなに触れあっているのに、まだ足りないのですか?

含み笑いがそう言っている。

身体のなかで蠢く指に翻弄されながら、僕は思っていた。

…………足りない。

不安で、怖くてたまらない。

こんなに近くにいるのに。こんなに触れあっているのに。

先生が確かにここにいる証がほしい。

どうしてこんなことを思うのだろう。

悪夢から醒めたばかりの子供のような、苦い不安。

突然指が、くっと折り曲げられ、思わず声をあげた。

「…………や…………もう、」

本当に欲しいところをかすめて通り過ぎる指。舌。熱い……吐息。

気の狂いそうな長い時をかけて、焦らされ続けている。

「もう、ゆるして……ください、せんせ……!」

涙声ですがってしまった僕をからかうように、先生は喉の奥でひくく笑った。

――達かせてほしいですか?  要君?

「…………っ、あ!」

まともに答えることもできずに、うなずいて意志を伝えると。

――構いませんよ? どうぞ、好きなだけお達きなさい。

さあ、とうながされる。

「……でも――!」

言葉とは裏腹に、しっかりと絡みついた指がそれを許してくれない。

――どうしました? さあ。

「い……や、月村先生、お願いですから――!」

――まだ…………駄目ですよ、要。

「…………!」

――まだです。一分でも一秒でも長く……、

「っ、んあっ!」

さんざんほぐされたそこに、分け入ってくる感覚。

――君とこうしていたい……わかりますか?  要?
   達きたいのならば、

ぐん、と突いてくる。

――ここだけで……お達きなさい。

「いや…………あ、あ、っ、あ、……んんっ!」

――要。

「せんせ……い、あ――――!」

――要。私の要。愛していますよ…………。

その言葉が嬉しくて、何故かひどく切なくて。

どうにかなってしまいそうな身体を、心をもてあまして。

僕はただ、泣きながら先生にすがりついた。

 
――――――――
 
やれやれ。

さすがに、もうあまり無理はできないか――。

マリワナ煙草2、3本くらい、昔はどうってことなかったんだけどねえ。

頭ががんがんする。

バッド・トリップにもほどがある…………ついさっきまで、確かに「居た」。

要君にもきっと、視えていたんだろう。

僕の腕の中で、幹彦の名を呼んでいたし。

泣いてすがりつかれるのは嫌いじゃないけど、ねえ。

横で眠っている要君の髪を撫でながら、小声でなじってみる。

 
まあ、そうしむけたのは僕のほうだから、全部僕のせい……といえないこともない。

ちょっと、魔法を使っただけだ。

マリワナの力と、探偵作家の想像力。

そして――。

以前、気まぐれで要君にされたときの記憶。

その中から、僕が教えたことを除けばいい。

そうすれば、幹彦の癖がわかる……というわけ。

簡単なトリックだ。

金子君あたりなら、すぐに勘づかれてしまいそうだけれど、要君なら。

なんて言ったら、怒られるかな?

 
――ねえ幹彦。

これは、お前の嫌いな「嘘」にあたるかい?

「嘘」で食っていってるような僕が言うことじゃないけどね。

とりあえず今回は、要君の夢、ってことにしておこうか。

本当のことを言わないだけだから、今回だけは大目にみておくれよ。

そうだ。

二人だけの「隠し事」ってことにしないかい?  幹彦。

要君には、内緒だよ。

END