True Colors 
「ああ、ようやく乾いてきた……かな?」
 
 水川家の母屋。
 勝手知ったる何とやらで、内風呂に入って、和室へ戻ってくると、
繁が背を向けて髪をとかしていた。

 いつも、紐で結わえている金髪が、肩口から光の滝のようにこぼれている。
 思わず目を奪われていると。

「あ、金子君。
 どうしたんだい。そんなところで惚けて」

「………………な、何でもない!
 そう長いと、手入れが面倒だろうなと思っただけだ!」

「手入れ……ねえ。
 一度伸ばすと、後は放っておけるから、散髪は減って楽なんだけど、
 僕の場合、別の問題があってねえ…」

「別の問題?」

「和製の石鹸だの、椿油だのがさっぱり合わないんだよ。
 昔、寮の石鹸で洗ったら、もう大変。一回でトウモロコシの髭みたいに
 ごわごわのばさばさになっちゃってさあ」

「それは見てみたかったな」

「さすがに懲りてさ。
 それからは、ちょっと面倒だけど、舶来品を使うことにしてるよ。ほら」

 繁が、手元の空瓶を投げてよこした。
 
「hair treatment……?」

「Excellent! 綺麗な発音だね。君、独語専門じゃなかったのかい?」

「嗜む程度はな」

「その程度で十分だよ」

 そう言うと、繁は一瞬黙りこみ、昔を懐かしむように呟いた。

「僕もさ、この国で、こういう姿に生まれついて、いろいろ苦労しなかった訳じゃないよ」

「やっぱり、いじめられたりしたのか」

「したさ。でもねえ。言ってやったよ。
 『犬や猫は、自分の毛皮の色や目の色を、選んで生まれられるのか』ってね。
 トラ猫も、好きでトラ柄に生まれてきたんじゃないと思うんだよねえ」

「ははは。それはそうだ」

「あはは」

 乾いた、笑い。
 繁には似合わない、哀しい笑いだ。
 この男は、時々、こういう一面をみせる。
 なつっこい、人当たりのいい笑顔をみせながら、その奥には暗闇を抱えている……。
 それは自分などには到底、癒すことはできないかもしれない。それでも。

「…………………………」

「金子君?」

「言っておくが! 俺は貴様が『水川抱月』だから好きなのではないぞ。
 正体を知ったのも、随分後のことだったし、正体が繁だと知ったからといって、
 何も変わらなかったろう?」

「え? え? だしぬけに何だい?」

「だから!
 俺はお前の肩書きが好きなわけでも、毛皮や目の色が好きなわけでもない!
 何の飾りもない『繁』のままでいていいと言っている」

「品も良くなければエロティックでもなく、暗い影がまとわりついた美形でもなくても?」

「〜〜〜〜〜〜〜!!
 またそれを持ち出す! どこまで粘着質なんだ貴様は!」

「まったく…………何を突然言い出すかと思えば。生意気に、愛の告白かい?」

「っっはあ? 誰が??」

「……だ〜か〜ら、声、ひっくり返ってるって」

「くだらん! 俺はもう寝る!」

「どうも僕は、まぜっかえす癖がついてていけないね……。
 ありがとう。君の気持ち、嬉しかったよ」

「繁……?」

「で、その心ばかりのお返し、
 これから朝までかけてしようと思うんだけど……どう?」

「それがいかんというのだ…………って、どこ触っ……あ……んんっ!」

 結局、せっかく入った風呂は、朝、もう一度沸かし直すことになった。
 
 二人の心の温度と同じように。
 
 

END