<< 今年のくどうのぞみ 2007〜2005年

さよなら金魚
今日金魚が死んでしまった。
8歳くらいだったと思う。うちに来た人は皆その体長20センチに驚愕し、「どうやったらこんなに育つのか」とよく質問されたものだ。
水槽は「いけす」と呼ばれ、遊びに来た子どもには「フナ」と呼ばれ、うちの主みたいなやつが突然死んでしまった。
ここ2,3日、いつもなら皆の方を向いてゆらゆら漂っているのに、奧の方で静かにしていたので、ちょっとおかしいなとは思っていた。
今日夕方見たら横たわっていたので、あわててヒーターを買いに走ったが、戻って来たらもうエラが動いていなかった。
でも私は見た。最後に胸ビレをひらひらと、まるで「バイバイ」というみたいに振ったのを。本当に見たのだ。
お線香をあげて、今日はお通夜にした。明日土に埋めてあげよう。8年間ありがとう。長生きしてくれてありがとう。
 

update : 2007.11.29

Superfly
Mステーションに好きなウルフルズが出ていたので見ていたら、 最後にとんでもないバンドが出ていた。
新人?!ほんとに!?
Superflyというバンド(調べたら2人組らしい)だけど、 いやあ〜、ひさびさに本物を見た!!って感じ。
70年代ロックを意識しているステージングで、 楽曲も歌もパフォーマンスもびっくりするほど良かった。
鳥肌たった。ジャパニーズ ジャニス ジョプリンだ! たいしたことない奴に限って自分の事を「アーティスト」と言いたがるものだが、この人達にはぜひ「アーティスト」と名乗ってもらいたい。
音楽聞いても感動しないよなあ〜、と思っていたこのごろ。
感動した!!(小泉さん風に)
http://jp.youtube.com/watch?v=qMSbEIsc184&v3
 

update : 2007.8.3

バレリーナ
友人のお嬢様のバレエの発表会に行った。
八頭身の彼女は「浅田舞」ちゃんみたいに美しく華麗で、 どうかこのまま傷つかずに染まらずにまっすぐ大人になって欲しいと願うばかりだ。
友人が発狂しそうになりながら縫った衣裳もそれは美しく、 動くたびにひらひらキラキラ。 それはそれは砂糖菓子のように可憐で、 いつも殺伐とした男子どもに囲まれている自分の日常を呪った。
そして、最年少の部にいつも私はナミダする。
恐らく3歳くらいだろう。まだまだ風邪をひいたり、感染症に簡単に参ってしまう年令だ。それなのに、ヒラヒラのちっちゃなチュチュを身にまとい、ピヨピヨ踊っている。(踊っていない子もいたりするけど)
そのいたいけな姿に、お母さんの苦労を重ねてしまって泣けるのだ。
見終わったあと、毎度「ああ女の子が良かった・・」と深いタメ息をつくのであった・・・。はー。


余談だけど、「何か記念のプレゼントを」と買いに走ったお店は、
・・・・・休みだった・・・・。まただよ。。。。

update : 2007.8.1

生かされて。


3詭 ・・というタイトルの本を買った。
PHP研究所が出している。 作者はイマキュリー・イリギバザ。 ルワンダの大虐殺を生き延びた女性の手記だ。
編集長に仕事でお世話になっていて、 イマキュリーさんの来日の際の苦労話などを聞いたので、 ぜひ買って読んでみようと思ったのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・もうなんというか、色々考えた。 人間の本性とはいかなるものかとか、 信仰心とか(私は無宗教)世界情勢とか・・・。 だって想像できますか? ある日、仲良くしていた沖縄出身の友達に 「出身が北海道だから」という理由で家族を鉈でなぶり殺しにされるような、そんなことが・・・。
当時、ルワンダについての詳しい報道はほとんどなかったんじゃないかな。自分の国に利益がなさそうだと世界って無視するらしいの。国連だってしばらく何もしなかったそうだ。日本の大臣なんて、虐殺してる側に物資を送って満足してたらしいし・・・。
何はともあれ、一度読んだ方がいい本。人として。

 

update : 2007.6.18



森林公園


いい天気だったので、 コロン連れで森林公園まで足をのばした。
乗り物酔い(犬ってけっこう酔うの)が心配だったけど なんとか持ちこたえた。(帰りはちょっとぎりぎりセーフな感じ・・)
やや暑かったが、とてもいい気持だった。青い空、渡る風。 森林公園は遊具が何もない所と、いつもすいてる所、そして、 芝生がひろーーーい所がとても気に入っている。 写真でわかってもらえると思うけど、ほら、すいてるでしょ?
ついでに、結婚記念日だったので、夜は国際ホテルのバイキングを食べにいった。 さすがにコロンはお留守番。
落ち着いた雰囲気に洒落た野菜料理の数々。ステーキは焼きたてを持ってきてくれる。 幸せ〜。

そんなこんなで、楽しい週末だったけど、今日いきなり「ZARD」の訃報を知った。特にファンということはなかったけど、同年代の死ってショックなものである。
私が公園で「いい気分だな〜」なんてのんきにしている時にこの人はひとりで死んでしまったのか・・と思うと、なんともやりきれない気分。
結婚まる12年。自分はZARDより年上なわけで、夫や息子や犬や友人がいてくれることをありがたい奇跡として、毎日大事に暮らしていかないとなと思う。

ところで、昨日夫の菜園に行って、(彼は今家庭菜園に燃えている)明らかに採り頃のキュウリを一本発見した。私は採って帰ろうよと言ったんだけど、夫は明日にしようよと言ったのでそのまま帰った。 今日彼が朝行ったら、なんと、そのキュウリがこつぜんと消えていた。 明らかに人災だ。誰かが折って行ったのだ。なんだかいやーな気3詭分。誰だよ〜。

まぶしいよー。update : 2007.5.28

さえないけれど


なんとな〜くパッとしないことが続くと
さすがにちょっとずつどんよりとしてくるもので...
どことはいわないけど、宅配すしを頼んだら髪の毛とキッチンペーパー入りだったり (しかも誠意ある謝罪が全くなし。思い出しても頭に来る)
どことはいわないけど某和食レストランで注文したものが来ないうえに 頭に来てその旨伝えて帰ろうとしたらそのままの金額 でレジを通そうとしてたり (これも誠意ある謝罪全くなし。なんで私が怒られるの?って感じのバイト)
それから家族内でのちょっとしたトラブルもちらほら。(家族に怒られるので書けないけど)
そしてそして、実はこれが一番ショックだったんだけど
ゴールデンウイーク中休みなしで描いた絵本の発売がクライアントの都合で半年延ばされたのだった。
なんともいえないやりきれなさ。
さすがにこれはめずらしく落ち込んだ。
まあでも、今日が無事で、ごはんが食べられて、犬も元気で、 本質的にはとても幸せなことには変わりないんだなーと、犬の寝顔を見ていて思うワタクシ。
変な店は必ずつぶれるし、家族内のトラブルはどこんちにでもあるささいなことで、本は半年待てば出る。
  そのうちね、いいこともあるさね。

無防備。update : 2007.5.17

シャンプー


コロンのシャンプー券があったので、
彼の出身地エス○ットへ予約して行った。
到着するなり、古巣のせいか愛想をふりまくコロン。
トリマーのお姉さんに「大きくなったねーー!」と言われ、 ますます尻尾を振りまくる。
一時間後、すっかりフカフカいい匂いになったコロンたん。
そしてお姉さんのサービスで、
なんと青いリボンがちょこんと結ばれていた!!
コロンでなくロン子になってしまったが、
あんまりかわゆいのでずっと付けっぱなし。
記念撮影したけど、わかるかな?耳の後ろのちっこいのがそうだよ。

女の子みたいでしょ。update : 2007.5.1

                     
クリームコロン


うちに犬がやってきた。

近所のホームセンターに 前から何度も見に行って、悩んで、 やっと覚悟を決めて連れて来たミニチュアダックスの男の子だ。
実は2匹候補がいて、 本当はもうひとまわり小さい子が有力だったのだけど、 両方抱っこしたときに、この子の方が「目が訴えていた」気がしたので、 (そのうえちょっと大きくなっていたので値下がりしていた) 「この子にします!」と言ってしまった。
耳の毛がふわふわしていたので、夫と私は以前から彼を「王子」と呼んでいた。でも「王子は呼びにくい」と息子に却下され、 クリーム色だし、すぐにお腹をみせてコロンと転がるので 「コロン」と名前をつけた。(命名、夫)
無駄吠えしないし、人が大好き。「遊んで」と目で訴える。顔も超ハンサム!犬界にジャニーズがあったら間違いなく入れたい!(親バカ)

我が家は、猫には親しみがあるし、 以前はうさぎがいたけど、犬は初めて。
初めて だ3詭らけで、皆ややそわそわしていて、緊張ぎみなのがわかる。
トイレもまだまだだし、どうすれば喜ぶのか、どうしつけをしたらいいのか、まだよくわからない。遊びで噛んでくるし息子の袖口なんか一瞬でボロボロにしてしまった。具合が悪くないか、淋しくないか、皆ですごーく気を使っている。まるで赤ん坊がうちに来たときみたいに・・・・。
早く慣れて、うさぎの次は犬のエキスパートになりたい。
いや、うちのことだから、過保護に甘やかして、わがまま坊主にしてしまうかも・・。どうなるんだろう。まだまだ未知の世界は続く。

問題なのは、全然仕事にならないこと。
「犬が来たんで・・・」って言い訳にならないしなあ・・・

はじめましてー。update : 2007.3.28
                       

キャラメルブーム再来
昨夜の手抜きケーキは、 出来合いのロールケーキ用スポンジに、 バナナとチョコ生クリームをくるくる巻いて、 さらにチョコ生でコーティングしたのち、 キャラメルクリームを飾りにトロトロかけて、 けずった板チョコをのっけたものだった。
で、キャラメルクリームが余ったのであるが、 これが美味しいんだなあ〜、もう!
かりっと焼いたトーストに、クラッカーに、ホットケーキに、 アイスクリームに・・・。 用途は数知れず、作る時に鍋肌について取れなかった部分も、 牛乳で溶かして、キャラメルミルクティーにするという念の入れよう。
思い起こせば、サーティーワンの「キャラメルリボン」に魅了され、 あのキャラメル部分だけどうにかして作れないものかと、 でたらめで作っちゃあハナミズみたいなのができたり、 ただのべっこう飴になっちゃったりと、繰り返し失敗していたもんだっ た。今や、どのようなでたらめな分量でも想定内の味になるこの成長ぶりよ!去年の今頃もよく作っては一人で食べまくっていたっけ。
今年はブームは去ったと思われていたけど、また来ちゃったかも・・。 (そして太るかも・・)
update : 2006.12.25
                       

幸せ感
私は無宗教で、どちらかというと
「戦争が起こるくらいなら宗教なんかなくなればいいのに」 とさえ思う「ジョン・レノン教」に属している派なんだけど、
最近寝る前に今日一日がどれだけ幸せだったか感謝して寝る。
身体がどこも痛くない、苦しくないということ
近親者が誰も泣いたり死んだりしていないということ
晩ご飯の出来がよくって、家族でおいしいといって食べること
お笑い番組をみんなで見てバカみたいに笑えること
外は寒いけどとりあえず家の中が暖かであること
仕事があって必要とされていること
誘ってくれる友達がいること
どれをとっても最高に贅沢なことで、
あまりの幸せ感にクラッとする。
別にうちなんか特別恵まれた方でもないんだけど、
文句をつけようと思えばなんだかんだと出てくるんだけど、
「えっ、そんなもんで満足なの?安上がり〜!」と言われそうだけど、
どういうわけか「幸せ感」はここんとこ続いていて、
また今日も感謝して眠れそうなのだ。
いや、年末進行なんで、何時に寝られるんだろ・・。 昨日も4時半だった。きつい・・・でも幸せ・・・。でも早くおわんないかな・・・。
update : 2006.12.12
                       

実は7月21日にかわいがっていたうさぎのねねこが死んでしまいました。
朝ごはんをあげようとしてのぞいたらいつも寝ているところに目をあけたまま動かなくなっていました。
夜は元気だったのに。オヤツをねだるほど元気だったのに。どこが悪かったんだろう。なんで気付いてやらなかったんだろう。
しばらくは皆で泣き、後悔し、台所に立つとついついケージを振り返って、「ああいないんだった」とまた涙の日々。
でもやっと、楽しい良い思い出ばかりだったと振り返ることが出来るようになりました。
しばらく何かを飼うことはできないと思うけど、いつかまた縁あってうちに来る子がいたら、 また思いっきり甘やかしてかわいがってやろうと思っています。
update : 2006.8.25
                       

クリスタル ケイ
が好きだな〜と思ってたら、誕生日が一緒で嬉しかった。
桑田佳祐、岡本太郎、山下洋輔、サッカーの三浦カズ、
みんなおめでとう。
あ、岡本太郎は故人だった・・。

ついでに自分、おめでとう。
よくここまで生き延びました。
生かしてくれた何かに感謝!

update : 2006.2.26

明けましておめでとうございます。
明けましておめでとうございます。
年賀状を一日かかって書いた。
今年は2005年だと思っていたら
ついさっき2006年であることに気が付いた。
出す前に気付いて良かった・・・。(そういうことか?)
このような私ではございますが、
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
                  
update : 2006.1.1
                       

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冬が嫌いなわけその2
冬といえばずばり病気の季節だ。
昨年のとある冬の日、どうしたわけか腰が痛い感じで、
何となく寒気がするし頭も痛いけど、 大事な打ち合わせがあったので、 無理無理出かけて行ったのだが、
帰ってきて発熱。そう、インフルエンザだったんですねーこれが!
私は生まれてこのかたインフルエンザなんかにかかったことはなく、 息子と一緒に毎年予防注射もしてたので、
まさかかかるなんて思っていなかった。
ああ〜!またまたそんな季節が到来だ〜〜!!
そして病気はたいてい息子が学校から持ってくるのであるが、
こどもから大人へ伝染った菌というのは、 ものすごい威力を持っていて、 単独でかかるよりもはるかに症状が重いのだ。

テレビで、「風邪やインフルエンザを流行らせない方法は、
ずばり、人混みを作らないことです!!」と言ってたけど、 そんなことできるんかい!!!ええ!?
摩邪に言わせりゃ、「人混みを作らないだと?ハア?」だ。
そして病の身体を押しながらやっとこたどりついた混雑しまくる病院の待ち時間の苦痛!!
だから冬は嫌なんだ!!常夏の島に暮らしたいぜ〜〜〜!!

と言う私は真冬の2月生まれ。
しかも北海道育ちで、
氷点下でもスケートやってました。

update : 2006.2.26
                       


ラッキーな毎日
焼き肉を食べようと思って出かけたらビルごとつぶれていた

マックでテイクアウトしたらアップルパイが入っていなかった

友達の展示に出かけたら昨日で終わっていた

オニオングラタンスープを頼んだら
明らかに私よりあとにきた親父が先に飲んでいた

図書館に本を返しに行ったら閉まっていて、
返却ボックスにも鍵がかかっていた

暖中に行ったらつぶれていた

子供会の班長会だと思って行ったら
一ヶ月日にちを間違えていた

参観日に学校に行ったらもう終わっていた

レストランに行ったら定休日だった
後日改めて行ったら「予約でいっぱい」と断られた

カルボナーラを頼んだら明らかに忘れられていた

ここふた月くらいの間の出来事です。
いやあ私ってついてるなあ・・・アハハ・・アハハ・・。

update : 2005.11.25
                       


冬が嫌いなわけその1
私は牡蠣が食べられない。
味が嫌いとか形がだめとかそういうのでなくて、
身体に入れると3時間以内に激しい苦しみと吐き気に襲われ
一晩中地獄を見るのだ。
20歳そこそこまでは確か平気だった。
生牡蠣大会という知人のイベントで、
レモンをしぼって食べても全然平気だった。
嫌いだっていう女の子も多いのに、
よく食べられるねえ、偉い偉いなんて誉められたりしたもんだ。
しかしその日は突然やってきた。
確か23歳の冬。
家族全員が食べて平気だった牡蠣フライで、
私だけが何故か前述のような症状に襲われたのだった。
その後2度ほどトライしてみたが、
やはり同じ。ただ一度目ほどひどい症状ではなかった。
というか、なんとなくこわかったので、食べる量も少なかったからだと思う。
決して精神的なものでなく、
私の身体のどこかが牡蠣の毒に過剰反応するものと思われる。
あんなものはもう食用にすることはないのだ!
だいたい冬はどこ行っても「牡蠣フェアー」かなんかやってるし、
忘年会に呼ばれたら「土手鍋コース」で、何も食べられなかった事だってある。
なんで牡蠣専門店は「オイスターバー」というんだ?
なんで牡蠣で「バー」?なんでだ!?誰か知ってたら教えて!!
とにかく冬が嫌いなわけのひとつに
「牡蠣」が出回るから!!
私に恨みなどある方がいたら、
無理矢理口に牡蠣ねじこんだらイチコロだわよ。
update : 2006.2.12
                       


ドライブ マイ カー
数年前、どうしても車を運転しなくてはいけない日があった。
しかも大雪の次の日。タイヤは普通。運転はこのころほぼペーパー。
夫が別車で先導してくれるはずだったのだが、
「待ってて」と言われたにもかかわらず、
謝って左カーブ車線に入ってしまった私は
前に進まねばにっちもさっちもいかない状況になってしまい、
目を白黒させながらカーブに突入した。
前のトラックが溶けた雪の泥水をはねあげ、
フロントガラスは泥だらけ。
「こんな時は何かいい手があったはずだ・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・そうだ、ワイパーだ!!」
ワイパーの存在をやっと思い出した私は、
なんとか視界をクリアにすることに成功した。(当たり前)
車道はまだ轍のあとを通ってゆけば良かった。
問題は家のまわりのあまり車が走行していない 狭い道路だった。 残雪にタイヤが埋まってしまい、身動きが取れなくなる。
だが運の良いことに、 私が埋まるたびに、たまたま雪かきしていたおじさんが、 タイヤの前を掘ってくれたり、
ただの通りすがりの人が、 雪道はハンドルを左右に振って走るんだよと教えてくれたりした。
そういえば教習所でやった気もするが、
どういう感覚かよくわかっていなかった。
とにかくそんなこんなでようやく家に無事たどりついた。
あー、生きて帰れて本当に良かった。
道中助けてくれた皆さんありがとう。

雪の日(の次の日)の危なっかしい思い出。
update : 2005.11.24


ホームカミングデー
今日は母校女子美のホームカミングデーだった。
卒業?周年の元クラスメイトが懐かしの学食に集まった。
女子美の友達は皆ノリが良くてつっこみ上手なので、
ついついこっちもハイテンションになってしまう。
途中何度か顔を合わせているメンバーがほとんどだったので
「この人すごい変わっちゃったなあ〜」とかいう驚きはなかった。
それより自分が学校へ行く道のりの景色を全く覚えていないことに驚いた。
あの頃は、絵も、服の着方も、人との接し方もヘタクソだったなあ。
今くらいの智恵と、図々しさで、もう一度あそこからやり直せたら、私の人生はもっと賢く、要領よく、そしてお金もあったかもなあなんて考えてしまった。
ただ色々な経験がないままの若いだけの自分に戻るのは嫌だな。
外見は落ちる一方だけど、中身は今の方が好きかも。なんてね。                
update : 2005.10.29


過ちを誘発する女。
私が何かをしようとすると、
よくあることの一つに、
「人の過ちを誘発する」というのがある。
これは後日長々と書きたいテーマの、
「行ったら店が休み」に続く、
私の大きな改善したい体質のひとつである。
例えばベテラン美容師さんが私のカット中、自分の指を切り
血を流しながら控え室へ駆け込む。(3年ぶりにやっちゃいました、と言ってた。)
例えば帯広空港行きの飛行機に飼い猫を一緒に連れて行こうとしたら、なぜか猫だけ「女満別」に連れていかれそうになる。(気づいて抗議して事なきをえた。)
例えばベテラン歯科医がドリルの手がすべって舌の裏側に穴をあける。(ものすごく痛かった。)などなど・・・。
オーダーが私だけ来ないなんてのもよくある。
ドリンクバーのカフェラテなんて、私が行くと牛乳が切れていてただの「エスプレッソ」になっていることがよくある。 他人の過ちで最も忘れがたい事件がある。
あれは私が小学校2年の頃。
学校で先生が適当に応募した「未来の絵」で、私は銀賞をもらった。(最近まで「お母さんの絵」だと思っていたが、記憶をたどると、「お母さんの絵」は4年の時だった。)そして名前が北海道新聞に載ったわけだが、なにせ2年生なので、ひらがな表記だった。わくわくして新聞をのぞいた幼き私の目に飛び込んできたもの、それは、
「銀賞 くどう みみぞのちゃん」
というすさまじい誤植であった。
みみぞの〜〜〜〜!??
どこの親が娘にみみぞのなんて名前をつけるんじゃい〜〜!今なら迷わず新聞社に電話して菓子折でもせしめる私であったが、当時はひどく傷つき、学校でもそのことは黙っていた。そうしたら先生が「くどうさんが未来の絵で銀賞を取りました、おめでとう!」と発表してくれたと同時にクソ男子(名前忘れた)が、「せんせえ、みみぞのちゃんってかいてありました」と手を挙げて発表しやがった!!ああ〜〜〜!!恥〜〜〜〜!!!名誉の「新聞に名前デビュー」が、とんだ恥かきデーになってしまった。写植を打った誰だか知らんが、あたしは忘れてないぞ!!!。
・・・とまあ、こういうことを嘆くと、
「自分ばっか不幸ぶっちゃって・・」などと言う友人がいるけど、違うっちゅーの!!ラッキーなあんたにはわかんないの!!同じ症状の人、いたら仲良くしましょう。
そして一緒に町を歩き、どっちがより多く人の過ちを誘発するか競いましょう。         
update : 2005.10.22

不動尊のおじさん 
あれはもう3年も前の話。
近所にある古い不動尊に寝泊まりしているおじさんがいた。
建物の中ではなく、軒下にふとんをひいて寝ていた。
その界隈はちょっとした林になっていた。夏はさぞ蚊も多い
だろうし、冬の寒さもきついだろうと思われる、雨風をしのぐには木の本数がちょっと足りない、そんな場所だ。
もうおじいさんといった方が良い年齢だったかもしれない。
私は息子の手をひいて毎日、そこを通って幼稚園の送り迎え
をした。おじさんはいつも清潔にしていたし、どうやら仕事
もしているようで、スラックスにジャンバーを羽織っていた。
晴れた日にはふとんを干し、スーパーでお弁当を買い、ごみの始末なんかもちゃんとしていたようだったので、別段怖いと思うこともなく、「近道だから」という理由でそこを通った。

ある日、幼稚園の帰りに息子がぐずりだした。
泣き虫だった彼はよくだだをこねては短気な母を困らせた。
不動尊を通りかかったとき、「男の子はそんなに泣くもんじゃないぞ」とどこからか声がした。あのおじさんだった。
怒って言っているわけではなく、なぐさめてくれているのがわかった私は「そうですよね、お騒がせしてすみません」と頭を下げて通った。
その何日かあと、そこを通るとおじさんが寄ってきた。
近くで見るとおじさんは歯を何本か失っていた。
「これ、ボクに。なんにもないけど。」
おじさんはどこで仕入れたのか、青いミニカーを息子にくれた。
その後も、小さなおみやげを「なんにもないけど」と何度かもらった。指人形やパズル、カード。
一度なぜか「GUAM」という刺繍の入った熱帯魚のかたちの
「なべしき」をもらった。「友達がグアムに行って来たので」と言っていた。友達よ。グアムみやげ(しかも使うはずのないなべしき!)など渡すことより、もっと違うことをしてあげるべきなんじゃあないのか!?と心の中で叫んだが、ありがとうございます と受け取っている自分がいた。ホームレスの人に物をもらう主婦ってのもあんまりいないよなあ〜と思いながら。

ある日おじさんがいなくなった。
ふとんもなくなった。
掃除道具や、ゴミ箱として使われていたらしい箱は残っていた。
おじさんどうしたんだ!?何か病気にでもかかったのか!?
疑問を持ちつつ一週間後、いた!!おじさんだ!!
掃除をしていたおじさんは前よりもっと小綺麗になっていた。
「施設に行くことになってね」
ああそうだったのか。ちょっとほっとした。
色々御世話になりました。と、私は言ったと思う。多分。
それきりだ。

あの不動尊は1年後放火され、土台だけが残っている。
たくさんおみやげをもらったお礼を何かするべきだったかなあと、時々思い出す。不動尊のおじさん。

update : 2005.08.29

夏の終わり
この季節、いつも思い出すことがある。
確かY新聞だったと思うが、
人生相談コーナーにあった投書のことだ。
その人は30歳くらいの主婦だったと思う。
彼女にはどうしても怖くてたまらない、それを発見するともう
いたたまれないほどのものがあって真剣に悩んでいる、
という内容だった。こんなものを怖がるなんて自分でも変だと思うし
なんとかして克服したいのだが・・という内容だった。
その怖いものとは、「セミの死骸」。
今朝花に水をあげていて玄関先に
抜群にでかいセミの死骸を発見してぎょっとなった。
そしてそのことを思い出した。
彼女の中の何がそんなにセミの死骸を拒絶するのだろうか・・?
そもそも、怖いという気持ちのスイッチを押すのは、
皆なんとなく特定されたものに限られてくるのだけど、
そのスイッチは一体いつどのようにしてできあがるのだろう。
彼女の「セミこわい」スイッチは一体、
いかなる環境のもとでできあがってしまったのだろう・・・。
私はどっちかというとふつうにゴッキーの方が怖い。
一週間ほどゴキと戦う日々な続いたが、
(しかもダースベーダーみたいな奴)
なぜかぱったりと会わなくなった。
近所でシロアリ駆除やってたせいで、うちに引っ越ししたかったのかな。だめだよ。
update : 2005.08.28
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