「お前の父さん何してる人?」
この質問が、俺は一番困る。だってほら、
「うちの父さん魔法使いなんだ」
なんて言えないだろ?
「うちのパパは魔法使い」
街の郊外に建つ小さな一軒家。学校へ通うにはちょっと不便だけど、秘密がある家には丁度良い位置。
特に魔法使いの父親が居る家には……。
「父さん!! 父さんってばっ!!」
うちの父さんは朝が弱い。低血圧なんだと本人は言ってるけど、俺に言わせればただの夜更かしだ。毎晩夜遅くまで部屋で何かごそごそやってる。
前に一度覗いたことがあるけど、見なければ良かったと心底後悔した。良く分からない、というか分かりたくもない得体の知れない紫色の煙や、未だかつて嗅いだことのない胃と腎臓が同時に鷲掴みにされたような臭いが襲い掛かってきた瞬間、俺は死の覚悟までした。
まぁ、朝にはそれらの異物は綺麗さっぱり消えてるからまだ良いけど。
「父さん……、今日は七時に起こしてくれって言ってたじゃないか」
布団をひっかぶったままびくともしないこの男は、昨日の晩に俺に言ったんだ。
『明日は大事な仕事があるから、絶対七時に起こしてくれ』って。
起こさなかったら明日から食べる物にも困ると思えとまで言ったのに――……
「起きやしねぇ」
これだけの騒音の中、すやすやと安眠体制を崩さないのには、いっそ敬意さえ払えるかも知れない。俺以外の人間だったらの話だけど。
一気に毛布をはぐ。この寒空の下(屋根はあるけど)安眠できるはずがない………っていう考えが甘いんだよな。この父親には。
「……魔法使いやがった」
毛布をなくして一気に冷えたはずなのに、無意識に魔法使って寒さをしのいだらしい。手を伸ばしてみれば父さんの周りを南国のような暖気が取り巻いている。あれだけ念を押して起こすよう頼んだくせに、無意識とはいえここまでするか……。腹いせに枕を抜いてやる。それでも起きない。
小さく舌打ちして最後の手段に出る。
「悪く思うなよ。起きなかった父さんが悪いんだからな」
呼びかけても無駄だが、取り合えず最後通牒はしておこう。そう、俺が悪いんじゃない。ここまでして起きなかった父さんが悪いんだ。
ベッドのへりに両手をかける。上に乗っているのは父さんとシーツだけだ。枕も毛布も既に床に落としてあった。
両手にありったけの力を入れて、重力に逆らう。簡単に言えば――
「ベッドごとひっくり返してやるッ!!」
急に手にかかっていた力が消え、反動で尻餅をつく。前を見るとさっきまでは無かった壁が出来ていた。つまりはベッドの"壁"。
どすんと何かが落ちる音がして壁の裏を覗けば、案の定そこには眠りから覚めた父さんの姿。ぼーっとして焦点の合わない目。
「大丈夫かよ?」
この事態の直接の原因は確かに俺だけど、招いたのは父さん自身なんだから同情の余地は無い。軽い調子で声をかけると、明らかに事態を把握してない表情で彼は言った。
「うはよう、あっきー」
一発殴ってやろうかと思ったのは、取り合えず内緒にしておく。
俺の名前は谷川昭博、中三の健全な男子。好きなものは平和、嫌いなものは揉めごと。
備考、父親の職業は魔法使い。