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来羅(らいら)っ!」

 普段は冷静な青年が、今は酷く焦った声で叫んだ。

百夜(びゃくや)……。もう時間がない」

 呼ばれた少女は悲しそうに笑う。
「……駄目だ! 君を一人で行かせやしない」
「でも、今やらないと。」
 決意を固めた表情で少女は言った。
 時を操る彼女の力。
 その中でも今しようとしている事は一番大きな力を必要とされる。彼女がその力を蓄えてから二千年、一番力が頂点に達している時が今。
 失敗は許されない。もし失敗しようものなら、また二千年力をためるしかない。
 その間に彼らは死ぬ。彼らの手助けが必要なのは今じゃなく……二千年後の世界なのだ。
「来羅!!」
 青年が少女へと手を伸ばす。
 少女はさっと身をかわすと、口を挟むまいと少し離れたところに立っていた三人の男女に目を移す。
 その視線の意図を察した三人が、少女に向かおうとしていた青年を抑えた。
 なおももがく青年を力づくで押さえつけると、大丈夫だと言うように少女を見返す。

霧生(きりゅう)(いさご)紅月(こうづき)……また、二千年後に会いましょう」

 そう言って微笑むと、自らの手首を小刀で切る。
 一瞬顔を歪めその痛さに耐えると、滴り落ちた血で地面に陣を描いた。
 描かれた陣が月明かりに照らされ、たちまち光を放ち始める。

「では二千年後、またここで」

 そう言った瞬間、目の前の四人が消えた。




 少女はゆっくり今の今まで人が居たその空間に手を伸ばす。

「まだ温かい……」

 愛おしそうに両手を地面へ当てる。
 突然その背後でけたたましく警報が鳴り響く。遠くの方で火の手が上がり、夜だと言うのに空が明るく照らされた。
 その様子を見た少女は顔を緊張でこわばらせる。
 その火は彼女達を焼き尽くすはずの火だったから。
 自分の為に無関係の人間まで巻き込まれているのかと考えると、胸がはち切れるそうな思いになる。
 だが、今は自分が生き延びるしかなかった。
 名残惜しそうに地面から手を離すと、少女は闇の中へとその姿を消した。

 彼女はこれから二千年の時を、たった一人で生き続けなければならない。







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