連載コラム
第31回 標準/非標準の住処―都市住宅の近作からーその2

「TROLLEY 都市の隙間に住まう-非標準的住処-」

 TROLLEY(トロリ)は、東京に残る唯一の市街電車である都電荒川線と道路の狭間にたつ。敷地形状は、南面の間口35mに対して、奥行は西端の3.5mから東端に向かって軌道なりに45cmまで窄まっている。保安上、敷地内で工事を完結する必要から、平面は西端の内法2.7mから東端に向かって1.6mまで狭められ、道路斜線による外壁の後退、駐車場の確保、風圧を軽減させる必要から建物の外郭が決定されている。

 内部には、帯状に4枚の床が差し込まれ、内外の諸機能が線路に沿って数珠繋ぎに連結されている。諸室相互は、開放性の高い引き戸とサッシにより緩やかに分節し、各階に配された外部空間を介して、東西上下に視線の抜けと奥行きを生み出している。上階の東西端には、室内幅の開口を設け、屋上のデッキや食堂から居間を介して東に連続する荒川線の停車場と桜並木を見通すことができる。一方で、長大な南北面に穿たれた開口は、それぞれが地域の特徴的な風景を切り取っている。

 建物形状から、室面積に比して過大となる内壁は、防火と防音のための石膏ボードにシナベニヤを打ち付けて、下地をつくることに留めている。つまり、日本画家であり、ふたりの幼女の母である妻のアトリエとして将来的な改変やハードな使用に対応できる自由度を優先したためである。床版は、H型鋼による梁を型枠として打設した100mm厚のRCスラブを現しにすることで、特異な縦横比をもつ建物形状に剛性を与え、限られた階高の中に最大限の気積を確保しておくこととした。

 かつて、テレビ番組の企画で建て主が募られたにもかかわらず、本気で住もうという人は現れなかったという。視聴者は、破格の土地に興味を抱きながらも、無意識に市場の標準であろうとする感覚によって、不安を募らせたのかもしれない。しかしながら、住まい手は、電車の車両を連結するように、細長い空間に自分自身の生活を投影してみることで、未知の可能性を感じたという。そんな意識を閉じないように、柔らかな輪郭を差し込むことで、隙間を押し広げること。標準的な宅地に向けて組み立てたTRICOTに対して、ここでは、場所性、敷地条件、さらには住まい手自身の生活感覚を顕わにすることとなった。

 

 

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