tell a graphic lie
I remember h2o.



(2005.3.16)-1
ぼくが居なくなる段取りが少しずつ進んでゆく。昨日は手続きのほとんどを終わらせた。今日は机と書類棚の整理をした。それから、太宰治賞、二次で落ちていた。
(2005.3.18)-1
荷物をまとめはじめる。とりあえず、近々読まれることのない未読の文庫本たちと、聴かれなくなったCD、ガンダムのフィギュアやらなんやら、何の用もなさないインテリア小物たちを箱詰めする。部屋が少しばかり殺風景になって、クロゼットの前に段ボールの小山ができたけれども、まだ、日々の動作には、特に影響はない。こうしてみると、つくづく、生活のために必要なものというは、いかに少ないかがわかる。ぼくには、数冊の文庫本と、数枚のCD、PCとコンポ、それから、寝床、フロトイレ、飢えない程度の食物があればいいのだ。
(2005.3.18)-2
 その熱気に冒されたか、あるいは、事件に「僕」と同じ関心を抱いたためかは判然としないのだが、とにかくぼく自身もこうして今、「僕」の誘いかけに乗じて、ウェークフィールド氏について、あれこれと空想をめぐらせ始めている。「僕」もはっきりと言明するように、ぼくもまた、「ウェークフィールド」について、氏の事例や、氏についての文章を書いた「僕」を名ざして、ぼく個人の考えを形成するのは自由だ。ウェークフィールド氏はどんな人間だったか。また、この事例について、少々気恥ずかしいほど熱っぽい記事を書いてしまう「僕」とは、どんな種類の人間だったのか。「僕」が想像した、十九世紀のロンドンとは、また、そこに住まいながら、ほとんど非存在だったと言ってもいい、ウェークフィールド氏という男は、いったいどんな風だったのだろうか。残念なことには、これからする試みは、「僕」ほどの気概も信念も、ぼく自身の裡にあってのことではないのだが、ほとばしる熱意や率直な態度ばかりが、ある事に取り組む際の正統な姿勢ではないだろう。現に、「僕」の熱っぽい記事は、たしかに読者の興趣を誘いはするけれども、少し真面目になって検討してみれば、考察の粗い部分もいくつかも目につくのである。
 そこで、ぼくとしては、この大変に結構な記事を書いた「僕」に、ひとつご登場を願い、彼にいくつかの、大変に素朴な質問をさせてもらって、それを入りぐちとして、彼(「僕」)やウェークフィールド氏、それから、氏の韜晦という事件そのものについて、ぼくの興味を満たして貰おうと思うのだ。そう、つまり、「僕」がウェークフィールド氏について、あれこれ勝手な想像を巡らせ、氏のとった行動や、氏の生活について、力づよく描き出してみせたように、ぼくもまた、彼よりは貧弱かも知れないけれども、わずかの持ち合わせはあるつもりでいる空想力を使って、「僕」をここに呼び出してみようというのである。彼も言うように、「思考はいつの場合にも、その霊験を伴うもの」なのだ(なんというよい言葉だろう。これほど、ぼくを勇気づけてくれる言葉はない)から。
 「僕」に登場していただく前にまずは、ぼくもまた、彼のしたように、「僕」という人間についてのおおまかな輪郭を探し出しておかなければならない。彼は二十代の後半で、それなりの熱意はあるが、あまり報われてはいない、つまりパッとしない、地方紙に所属する無名の記者だ。記者になりたてのころは、彼も他の新米記者の例にもれず、その名の響きの持つ、ある尊い使命の感覚がもたらす義務感や昂揚にしたがって、巷のあらゆる事件に首を突っこみ、その全てを正確に、余すところなく伝えようと、限られた紙面と時間とを相手に苦闘していたものだが、今は記者生活にも慣れ、かつての昂揚もそろそろ失われ、日々書く記事の、さらには、記者という職業そのものの持つ限界のようなものが、うっすらと見えはじめている。それに伴い、生来のどこか虚無的なものの見方が、徐々に頭をもたげてきており、記事にする食指の動く対象も、どちらかといえば、些細な、目立たない、出来事や人物へと変わりつつある。そして、取りあげた事件のいくつかについて、これも生来のものである、芳醇な想像力を駆使して、空想に長時間ふけることが多くなっている。
(2005.3.18)-3
さて、ということで、「ウェークフィールド」と同じ形式で、それについて何か書くという、今回の試みは、ウェークフィールド本人よりも、むしろ、氏に関心を寄せて記事にした、ホーソーンの分身に対する興味の方が先行しそうである。彼自身は、今のところ、ウェークフィールドほどには、珍奇な人生を送っているわけではないので、内容の面白さというよりもむしろ、彼の詠嘆調の文体による、彼自身の意見に対してぼくの対論を示し、彼の楽しげな想像については、そのアラを指摘して、より具体的なウェークフィールド像に迫ろうとする姿勢を示そうとする、というのが、主な作業になろうかと思う。なにしろ、相手は「米国人初の正銘の小説家」であるから、対抗するには、重箱の隅をつつく、いやらしい詮索が一ばんなのだけれども、それをしてしまうと、小説ではなくなってしまうので、彼の提示する非常に素晴らしいウェークフィールド像に沿いながら、数点の補足を試み、それを足がかりに、どうかして、それを書くホーソーンの思想というものを浮かび上がらせようとすることになるだろう。あんまり成算はないのだが、ともかく、なぞるだけでよいお手本がある、というのは、心強いことではある。
(2005.3.18)-4
聴く音楽のカテゴリにクラシックを付け加えたように、読書のカテゴリに、小説としてはSFを、それから論考として、経済学と社会学とを付け加えたいと思っている。とは言っても、まだ、小段ボール3箱以上の未読の小説がある者の言っていることなので、いつ始められるかは全くさだかではないのだけれど。でももう、イタロ・カルヴィーノは数冊持っているし、マックス・ウェーバーはAmazonのカートに入っている。あと必要なのは、それらを読む時間で、これについては、これからどうにかなるだろう。
(2005.3.18)-5
それから、ライブドア社長、堀江貴文と、彼の取り巻きがもたらす、パラダイムシフト、あるいはブレイクスルーについて、企業買収ではなく、メディアのあり方でもなく、もっと下、コミュニケーションの作法の変化から捉えようとする、ぼくの試みについて、もういくつか説明したい事柄がある。彼のしようとしていることは、作法の変化という言葉が示すように、第一段階メタレベルにおける、人間とそれ自体を内包する社会との関わり方の変化だ。ぼくらはもう時期、相手の心理を慮ったり、場の空気を読んだりといった、皮膚感覚的なレベルのコミュニケーションから解放されることになる。日本人同士にあっても、いずれ、言葉による意思伝達だけしか信用ならないという、一億総孤立化の様相を呈さざるを得ない局面に、遅かれ早かれ立ち入ることになるだろう。そして、その代替として、あるいはそれを促す強力な手段として、脳に直接接続する、増設記憶媒体および、ネットワーク機器が普及することだろう。とにかく、ぼくらのコミュニケーションばかりではなく、ぼくらの思考そのものにまで、外部処理が関与するようになり、それは次第に、脳の絶対性、即ち、個人の絶対性を、言いようもないくらいに希釈してゆくことになるだろう。驚くべきことには、その一連の現象には、なんら不都合も、また、不健全なところも見出されない。それは、ある種の不安を伴っているにも関わらず、適切な進歩として、ぼくらの前に現れることになりそうなのである。
(2005.3.18)-6
 句が作れなくなったと感じつつ星の無い夜空を仰ぐ
 酔いつぶれるよりよき言葉を持たずして、薄明
 肩を抱いたことを拠りどころにして離れつつある暁光を仰ぐ
 ディジタル信号でも温度は伝わるのでせうか
 電子線も重力に引かれることを想いながら、ディスプレイから世界へ入り込む
 手も足も背も腹も胸も顔もみんな汚いから、ぼくはプロトコルに載るだろう
 アスファルトを踏み続けてあなたまでたどり着きたい
 霜葺いたアスファルトに両手つく
 ただ黒いだけの夜空の下で寝起き
 会話する人を失うために家を出る

(2005.3.19)-1
〜彼は、それら、彼の興味を惹いたものたちを、手帳や記憶に留めて自室へ持ち帰る。そして、粗末な夕食で空腹を満たしたあと、もう長いこと陽にあたらないので、じっとりと湿ったベッドに身を投げ、ときどきたもとの手帳に目をやったりしながら、かなり長い時間にわたって、空想に耽るのである。そのような傾向が深まるにつれて、おそらく彼の活力が、以前よりも彼自身の内部へと向かうようになったためだろうが、だんだんと口数は少なくなり、自室での夜の空想の習慣を外へ持ち出して来たような、思慮深かげというよりは、心ここに在らずといった体の、沈黙と無表情とがあらわれるようになっていった。彼の記者仲間たちは、どこか得体の知れない落ち着きを示すようになった彼を不思議がって、何か特別によくない出来事があったのではないか、あるいは、誰か恋こがれる人ができたのではないかなど、しばらくの間、あれこれ詮索したり、直接、あるいはそれとなく、彼に問いただしたりしたのだが、彼はそれらの関心に対して、曖昧な微笑を以て返事とするだけで(実際のところ、彼には、彼らに納得のいくような答えの持ち合わせなど無かったのであるが)、彼らの自身への関心に対しても、ほとんど無頓着、無関心のふうであったから、詮索好きな記者たちもついに匙を投げ、「あいつの心の半分は、神さまが持って行っちまったのさ」など言い合うのだった。彼の物事の捉え方は、その孤独な性情と相まって、厭世的な無常観を基本としていたのだが、人びとの単純な善意までを疑ってかかるほどの極端さにまでは至っておらず、また、これは記者という職業を続けてゆくうえでも不可欠の性質であっただろうが、単調な日々の暮らしのなかから、目新しさや驚きを見つけ出し、微笑みをもってそれを眺める姿勢も失ってはいなかった。ただ、夜中の空想の時間が長くなり、彼の関心が、彼の内面に集まるにつれて、世間への無関心から来る、ある種の傲岸さを次第に帯びるようになったのは、如何ともしがたかったけれども。
(2005.3.19)-2
ふだん見る時計を箱詰めしてしまったので、ちょっと困っている。
(2005.3.19)-3
駄目だと言われたので、かえって、いいところを探したくなっている。
(2005.3.21)-1
ここ二三日はスクウェアプッシャーを聴いているのである。
(2005.3.21)-2
おしゃべりをしてばかりいるので、先へは進めない(べつにいいけど)。ほとんど小説も読んでいない(これも、べつに構わない)。でも、もうネタ切れかな。
(2005.3.23)-1
 さて、それでは、記者の「僕」に登場していただくことにしよう。対面の時と、それから場所は、どうしたらよいだろうか。「ふむ。ここはひとつ、「僕」に決めさせたらよかろう」など、仔細げに顎をなでようとしたとき、遅ればせながら、ひとつ、とても大きな見落としがあったことに気がついた。これから、ぼくは、「僕」を呼び出そうとしているのだが、そのために、彼を名指して呼びかけることが、このままではできないのである。記者の「僕」には、名前が無い。これは迂闊であった。記者の「僕」も、何をおいても、一ばんはじめに、小説の主人公たるウェークフィールド氏に、その名を与えることをしているではないか。たしかに、小説「ウェークフィールド」の語り部たる「僕」には、小説のなかにおいては、自身の名をなのる必要は無かったであろう。だが、いまや彼も、ぼくの書くこの文章の書かれる対象、被写体である。しかも、ぼくは彼を観察し、描写しようとするばかりではなく、ただの記者ではない、非常に個人的な動機と情熱によって「ウェークフィールド」を書いた、一人の正銘の書き手と認めたうえで、話しあいたいと思っているのである。そのような彼に、名前が無くてよいはずがない。二〇年以上の永きにわたって、ほとんど非存在ともいえる状態であった、ウェークフィールド氏にすら、名前があるのである。やはり、人間には名前がなければならぬ。でなければ、どうして、この人間で埋め尽くされた土地にあって、また、混乱し、錯綜し、劣化し続ける各々の意識や記憶のうちにあって、いま見る相手を、紛れもなく、当の相手として認識し続けることを、また、それを保証しつづけることができるだろうか。背格好、貌、仕草、声色。それらだけでは、どうにも不十分で、容易く混同され、記憶から消え失せる。やはり、名前でなければならない。記述されうる識別子、名前。
「君、名前は何というのですか」
「いや、べつに、僕に名前は要らないよ」
「それは、こちらとしては、とても困るのです。それは、ウェークフィールド氏にも名を与えた君には、よくわかってもらえることだと思いますけれども」
「しかし、なんと言われても、僕は名乗りたくないね」
「どうしてですか」
「ねぇ、僕はあれ(「ウェークフィールド」)を書いたんだよ。理由なら、それで十分だと思うけどな。君も、そのことが、僕にとってどのような意味を持つのか、僕に関心を持つくらいなのだから、察しがつかないわけでもあるまい」
「それは、そうかもしれませんが…でも、それでは、どうにもならないではないですか。まさか、『無名記者の「僕」』と呼んだり、あるいは単に、「僕」と呼んだりするわけにはいかないでしょう」
「どうして?僕は、それでかまわないよ」
「ぼくが「僕」に呼びかけるのですか?ぼくが「僕」について、あれこれ言いたてるのですか?まさか。これはインタビューであって、ナンセンス喜劇でもなければ、自己逡巡の小説でもなければ、精神分裂ものでもないのですよ」
「そう?みな似たようなものじゃあないのかね」
「…とにかく。君が名のならないなら、ぼくは君をホーソーン君とでも呼ばなければならない」
「ホーソーン…それは、君。一ばん、まずいよ」
「ですから、君には、君の名前がいるのです」
「なんだか、脅迫じみているね…」
「しかたがないのです。君は、ここではもう、主体ではなく客体なのです」
「ちぇっ。しようがないな…名前か…なにが、いいだろう…君、何がいいと思う?」
「ぼくは、ホーソーンがいいと思っていますよ。あなたの名前は、ナサニエル・ホーソーン」
「だから、それは駄目だよ。それこそ、僕が、僕自身を呼びつけるようなものじゃないか」


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