Bonbon à la liqueur






 いつもあなたはカップの中に、薔薇の水を落としてからお茶を飲む。まるで何かの儀式のように、小さな瓶を注意深く傾けて。
 しばらくの間あなたは、雫のゆくえを見守る。その透き通った液体が、お茶の中に溶け込むさまなど見えるはずはないのに、決まってそうする。
 僕はそんなあなたに見とれる。手つきも、まなざしも、薔薇が香る湯気も何もかも、一部始終がきれいで見とれる。




 来られなかった友達のために、セロファンを敷いた箱にボンボンを詰める。割れないよう気をつけて、フレーズ、スリーズ、フランボワーズ。もうひとつフレーズ。同じ色ばかりだとつまらないからカシス。
「カミュ、もうそのくらいで。あとは君がお食べよ。」
5個目を並べたところであなたに優しく遮られ、僕は箱に蓋をした。




 「あの元気な子が寝込むなんて、少し心配だね。」
ボンボンは口の中でシャラシャラと壊れて、甘いリキュールが舌の上に溢れ出す。
「病気ではないんですけど、ショックなことがあったらしくて。」
遠回しに言ったつもりが、勘の良いあなたはすぐに理解してしまう。
「ああ、そういうこと…。」




 本屋の前でフリージアを売っている、おかっぱ頭が可愛い少女。先週の日曜日、ほかの男と一緒にカフェにいた。
 花売り娘は悪びれず、笑顔でこう言ってのけたそうだ。
 彼トハ遊び。アナタトハ本気。ダカラ心配シナクテイイノヨ。
 それ以来すこぶる機嫌が悪い。はちみつ色した巻き毛の友達。




 「本気と断言してくれたんだから、いいじゃないかと慰めました。」
僕がそう言うと、何杯目かのお茶を注ぎながら、あなたはフッと息だけで笑った。
「だって、遊びならいつか帰って来るもの!心変わりされるのはたまらないけど。」
静かにポットを置いた後、角砂糖を3粒つまんだ指先が、僕のカップに寄り道して2粒。
「だから早く気分を切り替えて、いつものミロに戻るべきだと言ってやったのです。」
それからあなたのお茶に1粒。沈んでゆく砂糖。崩れてゆく輪郭。




 銀のスプーンは飾り気のないデザイン。シンプルな食器を好むあなたらしい趣味。軽くかき混ぜる手の動きが優雅で、またしても僕は見とれてしまう。
 「私は、遊びだったら許さない。」
きっぱりと言い放つ、凛と眩しい大輪の薔薇。気さくそうだけど気位高くて、柔和でいて毅然としている人。
 そのあなたが続けてこんな言葉を。
「だけど…心変わりは、許さなくてはいけないだろうな。」




 「『許す』って、どういうこと?引き止めずに見送るのですか?」
問い返しても答えはなく、ただ微笑んで瓶の栓を緩めるあなた。
「『許さない』って、どうするの?怒って嫌いになるということですか?」
薔薇の雫をお茶に落として、ゆくえを見守るあなただけの儀式。
 光を湛えた瞳の奥に、ほんの数滴混じった愁い。柔らかな香りの湯気の先、見えているものは何でしょうか?




 白い皿に並んだ色とりどりのリキュールボンボン。もろくて美味しい曇りガラス。
「アフロディーテ、好きな人いる?」
「今はいない…。」
いつかボンボンじゃなくてその薔薇水を、僕にも勧めてくれる日が来るのでしょうか?
 あなたはカップを持ち上げて、慈しむように薔薇の香りを確かめる。伏せられた睫毛。わずかに傾げた首の角度。
 舌に甘い痺れを感じながら、僕はそんなあなたに見とれる。遠い面影のあの人に、ちょっと似ている。











 20050306






 カミュ12歳、アフロディーテ14歳。ぐらいで…。
 当サイト「Rose-water」という話から、ちょっとだけつながっています。





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