「遺跡の見る夢」
僕の見たのはこんな夢だ。
汗と精液の咽る様な匂い。
欲情に飲み込まれた女達の喘ぎ声。
女達を犯す男達の荒い息遣い。
僕の足下で、石張りのホールを埋め尽くす程の人間が裸で蠢いている。
石積みの壁は闇を吸い込んだかの様に黒く、部屋を照らすための無数の燭台の上では無数の炎が揺らめき、闇よりも濃い影を落としている。
光と影の乱舞の中、彼らには理性も道徳もなく、ただ本能のまま欲求を満たし合っているのだ。
一人の女がひときわ大きく喘いだ。
よがる声は途絶えることなくどこまでも昇りつめていく。
今までに経験したこともないような快楽に脳髄まで痺れ切っている筈だ。その女とつながっている男もまたうつろな目をして盛んに腰を振っている。
女の声が昇りつめて途絶えた。 力尽きたように倒れ込む。
その瞬間、行き場を失った男の精液があたりで絡み合う男女に降り注いだ。射精が終っても液体は降り注いだ。
歯止めをなくした肉体は更に快感を求めた。 放尿したのだ。
男は、官能の余韻に震えた。
精液と尿をかけられた別の女が、それを身体に、自分の乳房に塗り付ける。また別の女は手に擦りつけ、はちみつか何かのように嘗めたくった。
そして、余韻の去った男は何かに取りつかれたようにまた女を求める。何しろ数え切れないほどの男女がひしめき合っている。男は、快感に見をひねってぶつかってきたほかの女の、もうひとつの穴に入っていった。
男と繋がっていた女は、自慰行為に耽り出した。
快楽は終らない。
快楽は快楽を呼び、それは決して途絶えることがない。
僕が、そう差し向けた。
そういう薬を使ったのだ。
その薬を飲んだ者は官能に溺れ、乱れ狂い、やがて死に至る。
僕は壇上の玉座にもたれ彼らを見下していた。
理性を剥がれた人間の姿が目の前にある。
人間などこんなものだ。この程度のものだ。
自然に唇がほころんだ。
ホールの一角に天井まで届く大きな扉がある。
僕は、それを横目で眺めた。
もうすぐ彼が来る。
その扉が何処に繋がっているのか、王である僕にもわからない。
しかし、その扉からやって来るのが何者なのかは知っている。
扉が開いた。
中は暗闇だ。黒く塗り潰した様な真の闇だ。
闇は、巨大な質量を伴って、吐き出された。
王に神と呼ばれる存在。
黒い液体があふれ出した。グチュグチュと嫌らしい音をたてながらホール全体に広がり、情欲を貪る者達を飲み込んだ。
そして激しく痙攣し、瞬間縮んだように見えた。
いや、確かに縮んだのだ。
今までホールを満たしていた精液と汗のむせるような匂いは去り、代わりにホールを満たしたのは咽返るような血の芳香。
僕は……、いいや、王は狂喜した。
骨の砕ける音に、頬をひきつらせて笑った。
肉塊をもみしだく音に、忍び笑いを漏らした。
それはやがて、高笑いに変わった。
(いやだ!)
犠牲者たちを消化し終えた神は、身体を紅に染めていた。
(いやだ!やめろ!)
神が満足げに震えた。
(やめろ!!)
王は、まだ笑い声を漏らしながら、神に言った。
「契約は履行した。今こそわが望を叶えたまえ、アーグラカータよ」
彼の目は、大きく見開かれた。
僕は嫌悪と身の危険と感じて王から離脱した。
(やめろぉ!!)
目を覚ました。
正確には戻って来たと表現するのが正しい。
「過去見」は夢を見る様に過去を見る。
過去に実在した人物にシンクロして視界を借り受けるのだ。
「憑依」と言うのに似ているかもしれない。実感として僕らは他人に取り憑いている。
相手が自分に似ているかいないかで疲労の仕方に大きな違いが出る。僕は限界に達していた。
酷い悪夢だった。
玉座から立ち上がろうとしたがそのまま跪いた。
疲労感と脱力感で込み上げてくるものを抑えることも出来ず、吐くものがなくなるまで吐き続けた。
再び立ち上がるとふらついたが考古学者が支えてくれた。
落ち着きを取り戻した僕に考古学者は訪ねた。
「何が見えた?」
彼は必死の表情で僕を見つめる。彼に掴まれた肩が痛い。
「視えたよ。あんたの思ったとおりだった。」
考古学者の腕を解いて言った。
「そうか!」
叫んで彼は小躍りしながらキャンプへ向かって走って行く。
僕の事など忘れてしまったかのようだ。彼の説がようやく実証されたのだから無理もないが。
考古学者は立ち止まって振り向いた。
「本部で待ってるから早く来てくれ、詳しい話が聞きたい!」
「わかった!」
僕が答えると彼は木々の向こうに姿を消してしまった。
僕はジャングルに飲み込まれた神殿の残骸を見上げた。
無残に崩れて見る影もないが、昔大きなホールだったその場所に玉座がひとつ形を保ったまま放置されていた。
自分が座っていたその場所に一瞥をくれるとキャンプへ向かって歩き出した。
報告を待っている学者達にどう話を切り出すか、もう僕は決めていた。
(1999年7月脱稿)
SFジュブナイル