「真紅の太陽」


 「ハロー、アース(航海中の宇宙船から、航宙管制局へ通信する際の慣用句)こちら探査船ビッグバード」
 管制室のモニターいっぱいに写し出されたのは、25,6歳の女性の姿だった。どちらかと言うとふっくらとした家庭的な雰囲気のする女性で、連邦宇宙局の船内着を正しく着込み、ヘッドセットを着用する姿は、どこかの若妻が間違えて宇宙船に乗り込んでしまったと言うような違和感を醸し出している。
 「あたしは連邦宇宙局惑星探査室の通信オペレーター、スーザン・アドリーです。管制室でこの映像が再生される頃には、ビッグバードが通信を絶って軌道を外れた理由をみんな知りたくなっていると思うので、今のうちにこの船に起こった出来事について、記録を残しておこうと思います。たぶん今からビッグバードを追いかけても、この間発表になった最新の亜空間航宙船でさえも追いつけない位のタイムラグを、あらかじめ設定してあるけど、絶対に追いかけて来ちゃダメよ。そんなことしたらあたしの行いがすっかり無駄になっちゃうからね。そんな人がいたら、力ずくで引き留めてよ、ベティ」
「オーケイ、スー」
 今や、連邦宇宙局管制室の大画面モニターの前には、普段では決して見られないほどの人だかりが出来ていた。
 スーザンの言葉を受けて、人混みに紛れていた背の高い黒人女性のオペレーターが力無く頷いた。そんな彼女に周囲にいる者達が向ける目には同情が感じられた。
「あたしたちは、そもそもメルドール宙域にある未探査星、メルボルンに探査目的で着陸した探査船グースが連絡を絶った理由を探るために、出発しました。メルボルンは水も空気も有り人類の生存可能惑星と判定出来ますが、現段階では、バクに似た知能の低い生命体が存在するだけでした。彼らは大人しく、草をむさぼるばかりで、あたしたちに興味も無いようでした。
 敵対生物が存在しない以上、グースが連絡を絶った理由を知るためには、直接乗り込んでみるしかありませんでした。グースはメルボルンの地表を探査する事で容易に見つけることが出来ました。あたし達はグースのすぐそばに着陸し、グースに乗り込みました。探査船自体は正常に作動していました。アタシたちが船外から操作すると、探査船のドアはいとも簡単に開きました。そして、船内へ入ると、三人の乗組員全員が息絶えていたのです
 遺体には外傷は無く、状況を見ても争った形跡などは一切見あたりません。そこでなにが起こったのかまったく不明でした。
 いつまでも調べていても仕方がないので、あたしたちは、グースと乗り組み員の遺体を回収し、地球へ戻る軌道に乗りました。」
 スーは、ここでいったん言葉を切った。一気に喋り続けたために喉が渇いたのか、ウォーターパックを引き寄せ、一口飲み込んだ。
 一息つき、パックを置いた。
 その時、スーザンの動きが一瞬止まった。
 スーザンの顔からたちまち表情が消え、能面の様な無表情を経て、再び表情が浮かんだ。 しかし、現れたのはそれまでのスーザンのそれでは無かった。
 「僕にも喋らせてよ、スー」
 どこか好奇心に満ちあふれた少年の様な笑顔を浮かべて、そう言ったのは確かにスーザンだった。しかし、モニターを見つめる管制室の者達は、一瞬でスーザンが別人になってしまった様に見えて、全員が一瞬押し黙った。
 次の瞬間にはまた、能面のような無表情を経て、それまでのスーザンに戻っていた。
 「ダメよ、まだ話しは大事な所に差し掛かっていないんだから」
 再び表情が変わる。
 「でも、僕もちゃんと挨拶しておかないと」
 一言ごとに、スーザンの表情は次々切り替わった。
 「いいの!あたしの話が終わってからにして」
 「分ったよ」
 管制室は、狐につままれたような静寂に包まれた。誰もがスーザンの神経を疑っているのか一言も発しない。
 画面の中の女性は、再び元の表情を取り戻していた。
 「生物の存在しないと思われたメルボルンには、実はこれまで発見されていなかった生物が存在したのです。それは、知性を持った微生物と言ったような物で、他の生物に寄生して初めて存在する事が出来るのです。これまではメルボルンの知性の低いバクに寄生していたのですが、グースの乗組員にしろあたしたちにしろ、メルボルンの空気に触れることによって、空気中を彷徨っていた彼らを取り込んでしまったようなのです。それは、帰還のための航行中に判明しました・・・」
 ビッグバードからの映像が途絶え、大画面モニターには通常時に常に表示されている航路図が映し出された。
 
 「メッセージはこれでお仕舞いか?」
 それまで黙って映像を見ていた司令官が、オペレーターの女性に聞いた。
 「いえ、容量の関係で二つに分けた様です。残り、再生します」
 その時、管制室に駆け込んで来た者があった。もの凄い勢いでドアが開いたかと思うと、一直線に司令官の所に走り寄ってきた。25,6歳の男性だった。スーツの上に白衣を羽織っている。すっと走ってきたのか、額には汗が浮き、呼吸は乱れ、肩で息をしていた。
 「スーザンは!?」
 「落ち着きたまえ、リチャード。今、スーザンが遅延レーザー通信で送ってきたビデオレターを再生していた所だ。説明しよう。君の奥さんは・・・」
 司令官が、リチャードにこれまでのビデオレターの内容を手短に説明した。
 「なんて事だ・・・」
 リチャードは額を手で押さえた。
 ベティーがリチャードの側に来ていた。
 「リチャード・・・ツライだろうけど、しっかりして・・・」
 「ああ、大丈夫だ。ありがとう、ベティー」
 司令官がモニターを指し示した。
 「ここからが私の話の続きだ。再生してくれたまえ」
 「・・・再生します」
 オペレーターが端末を操作すると、再びモニターにスーザンが現れた。
 
 モニターに映し出されたスーザンは、端末に突っ伏していた。管制室がざわめいた。
 「まだダメよ、もう少し・・・」
 そう言って、顔を上げた。肩で息をしていて、呼吸が苦しそうだ。そうしながらも表情が入れ替わって、意味不明の言葉を発する。 「急がないと・・・もう僕も押さえきれないよ・・・」
 「分ってるわ・・・」
 やっと、と言う感じで体を起こすと、再び話し始めた。
 「さっきから、あたしの口を使ってあたしの話に割り込んできているのが、その寄生体です。彼らは非常に知能が高く、とても友好的でした。彼らに寄生されると、物事を良く理解できる・・・と言うか・・・直感が鋭くなると言えば良いでしょうか、例えば、他の人が何か言ったときにその心の中まで瞬時に理解できてしまう様になるのです。
 「彼らの存在に気が付く暇もなく、ビッグバードの乗組員3人全員が寄生されていました。」
 
 「あたしたちは、最初はこれまでと違う感覚を、無邪気に楽しんでいました。正直、他人の考えていることが分ると言うのは、新鮮な体験で、三人ともお互いの考えを当て合って、楽しんだりしていました。ところが、時間が経つに連れ、最初はお互いの表層的な意識しか読めなかったのが、もっと深いところまで読めるようになってきてしまったのです。あたしたちは怯えました。それぞれ自室に引きこもり、なるべく他の二人と顔を合わせないようにしました。それでも、お互いの考えが分ってしまうようになったとき、些細なことがきっかけで、争いが起きました。一人が弾みで撃った衝撃銃が至近距離で命中して一人が命を落としました。その時、生き残った一人の考えがあたしの頭に流れ込んできました。彼は錯乱していました。あたしも殺して、あたしと先に撃ち殺した一人が殺し合った様に見せかけようと考えていました。あたしは自室に籠もって防衛しようとしましたが、向こうも必死でした。もう少しで、部屋に侵入されそうでした。でも、そうはならなかったのです。半分破壊された部屋に扉から上半身を突きだしてあたしを捕まえようともがいていた彼は、急に力尽きたようにその場に崩れ落ちてしまったのです。近くに寄ってみると息絶えていました。彼の体には、特に変化は無いように見えました。ところが、近くへ寄ってみると、何十、何百という形にならない思考が一斉にあたしの頭の中に流れ込んでくるのです。あたしは、あたしの寄生体に聞いてみました。彼は、「自分たちは宿主の中で分裂増殖する・・・」と言いました。彼ら自体が望んでそうすると言うよりも、本能によってそうなってしまうのだそうです。」
 ここで、スーザンは深くため息をついた。
 一気に話したために喋り疲れてしまったようだった。
 スーザンの顔から再び表情が消え、再び戻ってきた。寄生体に入れ替わったようだった。
 「僕たちは宿の主の体の中で分裂し、増殖し、仲間を増やす生き物の様です・・・というのは、僕らは生まれてすぐ他の生物に寄生するため、自分以外の同族を知らないのです。と言うことは、人類の様に教育を受けたりする事がないために、自分がどういう生物であるか、こうなって見るまで分りませんでした。スーザンの体内でモニターする限り、彼女の命も長くありません。僕は今、分裂行動を出来るだけ押さえてはいますが、それも時間の問題です。」
 ここで再び表情が入れ替わった。
 スーザンに戻ったようだった。
 「これから先のことを彼と話し合いました。彼はあたしの体内で分裂し、新しく生まれた彼らはあたしの死後、あたしの体を踏み台にして空気中に放たれていくことになると思います。このビッグバードの空気が地球にもたらされる事になったらどういうことになるか、もう、想像がつきますよね?だから、一切の通信を受け付けず、軌道を外れることにしたのです」
 ビッグバードが軌道を外れてからすでに36時間が経過していた。向かう先には太陽があった。スーザンはすべてを太陽の業火で燃やし尽くしてしまうつもりなのだ。
 誰一人、言葉を発しない管制室にリチャードの叫び声が響き渡った。
 
 「以上、報告を終了します。何度も言うけど、決してビッグバードを追わないでください。そして、メルドール宙域を立入禁止宙域に指定してください。人類が生き延びる道はこれしかありません。あと、あたしの夫に伝えてください。お互い色々思うところも有ったけど愛していた、と・・・」
 ファイルはこれでお仕舞いだった。画像が途絶えて、デフォルトの宙域図に切り替わった。ビッグバードを示していた光点が、太陽と重なった。そして消える。
 オペレーターが端末を操作して何事かを確認し、言った。
 「ビッグバード、太陽に到達しました・・・・・・」
 誰も何も言わなかった。その場にいた全員がただ言葉無く立ちつくしていた。
 しばらくして、リチャード・アドリーが管制室を出ていった。ベティーが後を追った。


「ねぇ、リチャード。今夜はウチに寄っていかない?」
 リチャードは夜の国道で車を走らせていた。 助手席にはベティーの姿がある。
 「今日はそんな気分じゃないな・・・。君を送ったらすぐに帰るよ」
「昨日はあんなに燃えたのに・・・つれないわねぇ。来てくれたら良い物見せてあげようと思ったのに・・・」
 ベティーが甘えるような口調で、リチャードにしなだれかかる。
「良い物・・・って?」
「なぜか管制室には届かなかったグースからの最終報告をまとめた通信資料。寄生体の事ちゃんと報告されているわ。こんな物があるのにどうしてスーザン達が派遣されたのかしら」
 ベティーはリチャードの耳元にささやいた。 リチャードが目を見開いた。
「あと、なぜかあなたが写っている保安室の監視画像のデータファイル」
 リチャードは荒々しくハンドルを切り車を道ばたに急停車させた。
「それをどうしてオマエが・・・」
「キチンと処理した、のに?」
「・・・・・」
 ベティは助手席に座り直した。
「アナタ、以前にもこんなことした事あったでしょ?スーザンの前の奥さん・・・なんて言ったかしら?確か、メアリーだったわよね」
「やめてくれ!」
「誰にも言いやしないわよ。スーザンもわがままな女だったものね。握られてたんでしょ?メアリーを見殺しにしたときの証拠。それを盾にわがまま放題の彼女に嫌気が差した。随分贅沢な暮らしをしてたものね、彼女。いくらあなたがエリートだって言ってもたまったもんじゃなかったでしょ?」
「・・・・・・」
「もし、あたしに万が一のことがあったら、通信資料と、監視画像は即座に公開されるように手配してあるわ。下手なことしない方がいいわよ」
「どうしろって言うんだ・・・?」
「・・・・・あたしと結婚して。スーザンよりは手加減してあげるわよ」
 ベティーはリチャードの頬に手を添えると覆い被さるように口づけをした。
 リチャードは抵抗する気力も失っていた。


 (2002年9月脱稿)




   

    





                               






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