「柚木への手紙」




 その手紙の主のことを、柚木は「足長おじさん」と呼んでいる。
 勝手にそう呼んでいるだけで、実際にはおじさんかどうかも分からない。
 手紙の内容は、毎度時節の挨拶に始まって軽い世間話に続き、最後に必ずこれから彼女の身に起こる出来事への、ちょっとした注意事項が書かれているそうだ。
 彼女が物心付いた頃から毎月最低一回は届けられ、17歳になった今も続いていると言う。
 手紙のおかげでこれまでに二度大怪我を負う所を免れ、小さな事では数え切れないほど助けられて来たらしい。
 柚木は足長おじさんの事をとても大切に思っている。


 オレと柚木は隣同士の家に生まれ育った幼馴染みだ。
 事あるごとに足長おじさんの話を聞かされて辟易してきた。
 が、今まで柚木が願ってもさっぱり姿を現さなかった手紙の主から、対面を希望する手紙が届いたと聞いて素直に喜んで見せた。
「やっと足長おじさんに会えるんだぁ」
「よかったじゃん。ほんとよかったなぁ」
 制服以外では滅多に見ないスカート姿で浮き浮きと出かけていく、心底嬉しそうな柚木の笑顔が悲しかった。
 知っているのだ。足長おじさんは来ない。
 いつの頃からか、オレには人の未来が見えるようになっていた。
 その力を使って、いまいち要領の悪い柚木を見守り続けて来たのだ。
 手紙と言う手段を使ったのは、こうなることを知っていたからだった。
 予言者に自分の未来は見えないというのは嘘だ。
 オレには、自分がいつどこでどうやって死ぬのか、はっきり分かっていた。


 待ち合わせ場所に指定されたある喫茶店の予約席には、A4版の封書が置いてあるきりで相手は現れない。
 中には、彼女が天寿をまっとうするまでの六十二年分の注意事項が記されたノートが三冊と、別れを告げる手紙が入っている。
 こうして呼び出しておけば、柚木に死に様を見られることはない。
 いつもの姿だけを憶えていて欲しかった。
 

 路上に転がったオレの体は、はたから見たらボロ切れのようだろう。
 さっきまで溶鉱炉にでも放り込まれたように全身が熱かったが、今はとても寒い。
 身じろぎひとつ出来ず、晴れ渡った青空を眺め続ける。視界がどんどん霞んでいく。
 近くに、居眠りで突っ込んできた乗用車の運転手が、呆然と突っ立っているのを感じる。
 遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。
 空の青が霞みに完全に呑まれた。

 意外と心残りはない。
 大好きな柚木が、わりと幸せな一生を過ごすことを、オレはもう知っているのだから。


(2006年5月19日脱稿 5月29日アップ 携帯メールの小説賞落選:; HP用に改稿)





   

    





                        






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