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実践キャリア・カウンセリング(全12回) |
論文:リストラ退職者のリストラ退職受容における自己概念の変化 |
実践キャリア・カウンセリング |
◆【1.実践キャリア・カウンセリングの連載にあたって】 キャリア・カウンセラーという資格が注目されている。簡単に言うと、転職の支援をする専門家である(本当の役割はもっと幅が広い)。厚生労働省が、総合雇用対策の一環として、5万人のキャリア・カウンセラーを養成すると打ち出したことで、マスコミでも話題になった。 筆者は、キャリア・カウンセラーの資格を取得できる養成講座の講師を務めている。日本には、本格的なキャリア・カウンセラー養成講座のプログラムは存在しなかった。私が講師を務めている鞄本マンパワーの養成講座も、アメリカのキャリア・カウンセラー養成プログラムを持ち込んで、それに日本の事情を付け加えたものである。 アメリカには、既に5万人のキャリア・カウンセラーがいると言われており、アメリカのキャリア・カウンセラーの団体である全米キャリア開発協会(NCDA)の正会員は1万人以上に達している。 一方、日本は、先頭を切った鞄本マンパワーの養成講座が2000年のスタート。他社はさらに遅れてスタートしており、アメリカに大幅に遅れている。日米の大きな差は、雇用のあり方の差からきていることは言うまでもない。アメリカは、流動的な雇用、日本は固定的な雇用という事情を反映したものである。 しかし、終身雇用は崩壊しつつあり、それは日本的な雇用制度の牙城と考えられてきた松下電器グループの早期希望退職制度によるリストラ策に象徴的に表れている。 キャリア・カウンセラーが注目されだしたのは、高い失業率が示す膨大な求職者を雇用市場で支援できる専門家が必要だという認識が背景にある。 ところが、キャリア・カウンセラーが支援しても、40代、50代が、本人が納得できる仕事を見つけることは、極めて難しいのが現実である。その理由は単純で、中高年の求職者のほとんどが、市場価値のある「キャリア」を持ち合わせていないためである。社外に出ると、市場原理が働く。価値は買い手が決めるのであって、売り手が決めるのではない。売り物になる「キャリア」がなければ、買い手がいないのは当然であり、また買い叩かれることもある。売り物になる「キャリア」がなければ、プロのキャリア・カウンセラーがどんなに手を尽くして支援しても、本人が望む条件で、本人が期待する仕事に就くことは難しい。 そこで、本連載では、「キャリアの市場価値をいかにして高めるか」を主テーマに据え、キャリア・カウンセラーとして体験し、感じたことを伝えていきたい。いつの日か、雇用市場で職を求める立場になることを想定して、日頃から市場価値を高める準備を進めていただきたい。その準備は、現在の会社での雇用価値(エンプロイアビリティ)を高めることにもなるので、無駄になることはない。 ◆【2.管理職はキャリアか】 キャリア・カウンセリングによる転職支援で最も困難なのは、大企業の管理職である。管理職の転職が困難な最大の理由は、マネジメント能力が雇用市場で評価されないことにある。 この問題は、これまでの処遇制度と密接に関わっている。終身雇用制度のもとで、課長、部長、事業部長と昇進してゆくことは、最も望ましいと考えられてきた。しかし、必ずしもマネジメント能力を認められて管理職に就くわけではない。年功序列で昇進するケースは論外として、営業成績を上げた、上司の受けがいい、新しい技術を開発した、他いろいろ理由が考えられるが、マネジメントを専門に学んでそれを発揮した、あるいはマネジメント能力が際立っているという理由で昇進したという話しは、あまり聞いたことがない。 これまでの企業内コース選択は、大きくジェネラリスト、スペシャリストに分かれていた。そして、管理職はジェネラリストであると考えてきたが、ここに大きな誤解があった。管理職は、マネジメント能力を備えているスペシャリストであるべきだったのに、特に専門を持たない職務と考えてしまったため、マネジメント能力を備えている専門職としての実力が問われてこなかった。管理職が転職のために雇用市場に出たとき、管理職としての経験が採用側の評価対象になりずらい原因はここにある。 管理職はスペシャリストだという認識に変えていかないと、管理職の悲哀はこれからも続くことになってしまう。採用面接の際に「あなたは何ができますか?」と問われ、「はい、部長ができます」と答えた求職者の寓話は、それを象徴している。笑える話しなのに、なぜか物悲しさを感じてしまう。 残念ながら、これまでの処遇制度のもとで管理職に就いた人は、「管理職であること」が、売れる「キャリア」にはつながらないと覚悟を決める必要がある。そして、マネジメントに求められる能力やスキルについて十分に研究し、それを自分のものにすべく真剣に取り組んでほしい。今日から、直ちに。 ◆【3.経験年数の長さはキャリアか】 ある仕事についての経験年数の長さは、売れる「キャリア」になるのだろうか。イエスでもあり、ノーでもある。ある仕事についての経験年数の長さは、その仕事の習熟度を表している可能性があるので、買ってもらえるチャンスにはなる。しかし、それだけが市場価値を決めるわけではない。 慣れれば簡単に務まる職務、容易に習得できる仕事は、当然のことながら市場価値は低い。年数と習熟度が正比例するような仕事、すなわち経験年数の差が市場価値に直結するような仕事は別だが、ほとんどの仕事は、経験年数に対して、習熟曲線が頭打ちになる。5年も担当すればほとんど身に付いてしまう仕事は、たとえ20年経験しても、雇用市場では高く評価してくれない。 終身雇用制度のもとで雇用が保証され、年功序列によってある程度の昇進も期待できたときには、習熟曲線が頭打ちになる仕事を甘受するという選択もあったかもしれない。しかし、そういう役割に甘んじるのは、もう終わりにしなくてはならない。 それでは、この問題はどう考えたらいいのだろうか。 |
(1) | 容易に習得できる仕事を長く続けない。慣れてきたら、異動の希望を出す。 |
(2) | できるだけ習得が困難な仕事に異動の希望を出す。容易に習得できる |
仕事は、雇用市場での価値も低い。 | |
(3) | できるだけ課題が大きい、困難がともなう仕事、例えば新規事業、新しい |
子会社など、に異動の希望を出す。困難な仕事にチャレンジした実績は、 | |
雇用市場での評価が高くなる。 |
要は、慣れてきたら危険である。仕事が難しい、厳しい、毎日が課題の山だ、勉強しなければ追いついていけないというような仕事を、敢えて手を挙げて希望するという姿勢こそ「キャリア」につながるという自覚が必要である。 経験年数、勉強年数の差が市場価値に直結した例を紹介しよう。トヨタグループの部品メーカーに務める私の友人から、定年を迎える一人の技術者の話しを聞いた。その技術者が早く定年になって欲しい、技術顧問として迎えたいと、周辺の会社は首を長くして待っているらしい。その技術者は、長年、安全という地味な、目立たない役割を引き受け、コツコツと勉強を続けてきた結果、安全が脚光を浴び始めたこの時期になって、いろいろな講習会の講師に引っ張り出されて大活躍しているという話しだった。 このような長い間の勉強と経験が、他を断然引き離してしまう仕事、しかも誰もやりたがらなかったために、その分野の専門家が少なくて、時代の移り変わりによって、突然、日陰から日向に出ることになったというような仕事にたまたま出会った人は幸運だ。極めて稀なケースではある。しかし、こういう幸運を待つことはできない。やはり、意図して自らの「キャリア」を作り上げる自覚が必要である。 |
★資料(データ)ユニット
(キャリアの市場価値) | |
1. | キャリア・カウンセラーでも救えない中高年転職者 |
・ | 売り物になる「キャリア」は作るもの |
・ | 転職の有無に関わらず、エンプロイアビリティを高めることは重要だ |
2. | 管理職をジェネラリストと考えたことは過ちだった |
・ | 管理職はマネジメント能力を備えたスペシャリストになれ |
3. | 容易に習得できる仕事の経験年数の長さは、売れる「キャリア」にはならない |
<仕事の経験を売れる「キャリア」にするために心がけるべきこと> | |
(1) | 容易に習得できる仕事を長く続けない。慣れてきたら、異動の希望を出す。 |
(2) | できるだけ習得が困難な仕事に異動の希望を出す。 |
(3) | できるだけ課題が大きい、困難がともなう仕事、例えば新規事業、 |
新しい子会社など、に異動の希望を出す。 | |
4. | 「私の履歴書」 ジャック・ウエルチ(日本経済新聞) |
・ | マネジャーの役割に相応しくない者は去れ |
・ | 部下がかわいそうだという偽りの親切は、冷酷な結果を招く |
・ | 終身雇用は保証しないが、終身雇用に値する能力を持った人材を育てる |
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2.「あなたは稼ぐ人ですか」
◆【1.能力評価は誤解されている】 キャリア・カウンセラーがクライエント(仕事を見つけたい人)を支援するキャリア・カウンセリング・プロセスの中で、キャリア・カウンセラーが最も重視し、時間をかけるのは、クライエントの棚卸し、つまりクライエントの興味・価値観・能力を洗いなおすことである。 興味・価値観はともかくとして、能力を洗いなおし、クライエントのセールス・ポイントを明確にすることは、極めて困難な作業になる。「買ってもらえる」能力かどうかの見極めが難しい。 例えば、対人関係能力、状況判断能力、企画立案能力、プレゼンテーション能力と並べていって、これらがいずれも高い。その裏づけとして、A社に在籍中、これこれの実績をあげたとアピールしても、他社で同じような活躍ができることを示す保証書とは受け取ってくれない。それは、A社という固有の企業文化を持つ、固有の人間関係の中でのみ機能したのかもしれないからである。企業内社会主義と言われるほど閉鎖性の高かった日本企業のこれまでのあり方を考えると、あながち否定できない一面である。 高橋俊介氏が、著書「キャリアショック」(東洋経済新報社)の中で、「コンピテンシー」、つまりスキルでは説明しきれない真の実力が大事だと強調したのもうなずけるところがある。しかし、高橋氏は、コンピテンシーの詳細には触れていない。そこで採りあげたいのが、キャメル・ヤマモト著「稼ぐ人、安い人、余る人」(幻冬舎)である。 ◆【2.稼ぐ人、安い人、余る人】 ヤマモト氏は、ビジネス・パーソンを、分かりやすく3種類に分けている。 稼ぐ人:務めている会社を辞めても稼ぐことができる実力を持っている人 安い人:単純労働を切り売りする人。例えばパートタイマー。 余る人:給与に見合わないと見なされて、辞めて欲しいと思われている人。 日本の企業は、これまで、この3種類の人を適度なバランスで抱え込んでおくことができた。しかし、長引く不況でそうも言っておれなくなり、人材のコスト・パフォーマンスに厳しい目を向けるようになった結果、会社が手放したくない「稼ぐ人」、安さに甘んじる「安い人」、居場所がなくなる「余る人」の区分けを強化してきている。 「安い人」は、自分の能力に見合った仕事をしていると納得している可能性があるが、「余る人」の場合、自分では「稼ぐ人」だと思っていることが多いので、「余る人」だという自覚がないことが多い。雇用市場に出てみれば、その誤解にすぐ気づくが、日本中、「余る人」が溢れている。年功序列型の賃金制度がその背景になっていることは、説明するまでもないだろう。 多くの企業は、「余る人」をいつまでも抱えておけるほどの余裕がなくなっている。「余る人」は、甘んじて「安い人」になるか、自らの力で「稼ぐ人」になるか、二つのうちいずれかを選択するしかない。大企業の中高年者の転職は年収が半減すると言われているが、「安い人」になる選択も、現実を受け入れるという点で、悪い選択とは言えない。それでは納得できないという人は、「稼ぐ人」にチャレンジするしかない。 ヤマモト氏は、著書の中で「稼ぐ人」の中身を丁寧に解き明かしている。前述した能力評価項目(対人関係能力、状況判断能力、企画立案能力、プレゼンテーション能力など)ではアピール力が弱いとなれば、「稼ぐ人」の条件を満たしているかどうかを検討したほうが、「買ってもらえる」能力を見極めやすいかもしれない。ヤマモト氏があげている「稼ぐ人」の条件は、高橋氏が説くコンピテンシーに合い通じるものである。次項では、ヤマモト氏の著書を参考にしながら、「稼ぐ人」について具体的に見ていくことにする。 ◆【3.稼ぐ人が備えている7つの「才」】 ヤマモト氏の著書に沿って、「稼ぐ人」が備えている7つの「才」を見ていくことにしよう。 第1の才 「志が高く、明確である」 自分はこれをやりたい、こうなりたいというゴールイメージがはっきりしていることが、第1の条件である。これがはっきりしていない人は、「稼ぐ人」失格だということである。求職面接で、「どんな仕事でもやらせていただきます」というスタンスの人は、この「才」に欠けている。志が高い人は、やりたいことやなりたい姿の実現のために情熱を燃やせる人、がんばれる人、困難にも負けない人であることを示唆している。 第2の才 「現実を直視する力」 自分にとって都合が悪そうな現実にも真正面から向き合えることが、第2の条件である。リストラの対象になるのは自分かもしれない、自分が担当している大得意先のY社が信用不安に陥るかもしれない、その他不安を感じる状況はいろいろ目の前に現れてくる。こういうとき、直ちにそれを確かめ、それに基づいたアクションをとれる人は、現実直視の「才」を持っている人である。つまり、この「才」を持っている人は、問題に対して早目に手を打てる動きの速い人、解決能力の高い人であることを示唆している。 第3の才 「成果へのインスピレーションがわく」 ゴールイメージと現実とのギャップをどう埋めていくか、解決策のインスピレーションがわくことが、第3の条件である。ある分野の専門家、プロとなれば、その分野のことについては、カンが働く。ひとつの分野に長く携わっているにも関わらず、カンが働かないような人は、まず見込みがない。「安い人」に甘んじるしかないだろう。この「才」を持っている人は、読みが鋭く、先の展開が読めるので、将来予測能力が高い人であることを示唆している。 第4の才 「失敗しながらやり抜くタフネス」 よく知られた成功のためのキーワード「成功するまでやめない」が、第3の条件である。アタマが良すぎる人は、なぜ失敗したかを見事に説明でき、失敗を正当化する傾向があるため、とりかかる前に止めたり、ちょっと失敗しただけで止めてしまう。新しい試みや独創的なことは、簡単にものになるはずがない。この「才」は、これまでどれだけ失敗してきたか、そのときどうしたかを振り返ってみれば分かる。失敗を糧にできた人、すなわちこの「才」を持っている人は、負けず嫌いな人、粘り強い人であることを示唆している。 第5の才 「リードし、リードさせる」 自分の力だけに頼ろうとせず、人をその気にさせ、人を動かせることが、第5の条件である。何でも自分でやらないと気がすまない人、何でも自分の管理下に置かないと気がすまない人は、他人の力を借りるのが下手だ。すべての仕事は人と関わりを持っている。他人の力を借りずに成功することはあり得ない。変革期には、ビジョンを示して他人をリードし、その気にさせる力が不可欠になる。この「才」を持っている人は、対人交渉能力、対人説得能力、コミュニケーション能力が高い人であることを示唆している。 第6の才 「学習が早い」 新しい情報や知識に敏感で、それを素早く自分のものにし、使いこなせることが、第6の条件である。過去の経験や過去の学習だけを頼りに仕事をしている人は論外だが、こういう人は意外に多い。企業内社会主義は、社員の目を内向きにさせてしまうので、外部からの新しい刺激に鈍感になってしまう。最近でも、EQとは何ですか、コーチングとは何ですかという質問をするビジネス・パーソンに会うことは珍しくない。一方、この「才」を持っている人は、徹底的に考える。考えて、考えて、考え抜く。この「才」を持っている人は、問題意識の高い人であることを示唆している。 第7の才 「仕事で遊んでいる」 仕事が楽しい、仕事に夢中になってしまうという働き方をしていることが、第7の条件である。仕事を苦痛と感じながらやっているときには、仕事がストレスになってしまう。苦痛と感じている限り、仕事にはエネルギーが出ない。「仕事の中に遊びがある」という感覚はとても大切である。企業内社会主義には、こういう視点が欠けている可能性がある。大企業の中高年者は真面目すぎる、固すぎるという印象を受けるのは、そのためかもしれない。この「才」を持っている人は、エネルギーに溢れている。会うととても楽しい。この「才」を持っている人は、発想が豊かな人、前向きな考え方をする人であることを示唆している。 ヤマモト氏は、上記7つの才を、ひとつのキーワード「自律」にまとめている。7つの才を備えた人は、煎じ詰めると、自律的な人間だというわけである。高橋氏の言葉で表すと、コンピテンシーの高い人間とは、自律的な人間だということになる。 自分で考え、自分で感じ、自分で行動し、その結果を自分で検証し、自分で改善していくことが、「稼ぐ人」への道。そのことを肝に銘じておきたい。なお、ヤマモト氏は、著書の中で、「稼ぐ人」になるために心がけるべき具体的なヒントを提示している。関心のある方は、同書を参照いただきたい。 |
★資料(データ)ユニット (「稼ぐ人、安い人、余る人」から、稼ぐための7つのチェックシート) 1.志は明確か。ゴールを明確に描いたか 2.現状を厳しく見たか 3.仮説やアイデアを出しつくしたか 4.失敗を恐れていないか。失敗を通じて学習してやろうと思っているか 5.自分だけでやらずに人を動かそうとしたか 6.知識の不足を言い訳にしていないか。素早い学習の工夫をしたか 7.肩の力を抜いて、遊びのつもりでやってみたか |
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3.「あなたは何者ですか」
◆【1.2002年1月1日の日本経済新聞から】 元旦の日経新聞には、いくつか印象に残る記事があった。それらの記事に共通しているのは「人間を問う」というキーワードである。 トヨタ自動車の奥田会長は、「人生の偏差値」を高めるという言葉に託して、「学校の偏差値」、すなわち「成績」では測ることができない「人間力」を鍛える必要性を語っている。 連載記事「たくましい企業」の第一回目に採りあげられたホンダでは、「良きアイデアには肩書きも地位も関係ない」という信念が脈々と受け継がれていること、すなわち「個人の能力と情熱」を尊重する社風を大事にしていることが紹介されている。 特集記事「生き方改革 日本を変える」では、「肩書きではない。その人自身が何者であり、何ができるのかが問われている。多くの企業人に不足しているのは、自分は何をやりたいのかという自前の価値観だ」と指摘し、暗闇から一歩踏み出そうと呼びかけている。 特集記事「デフレに克つ」では、ユニクロを展開するファーストリテイリング柳井社長の「自分はこうしたいという強い思いが企業を成長させる」という言葉を紹介し、自分流にこだわる自営型社員こそ企業を強くすると強調している。 特集記事「ノーベル賞 野依氏と語る」では、野依教授の「研究の基本は個人の発想だ。それは全人格的な問題だ。人間力が大事になる」という言葉を紹介し、若いときに人間力を鍛えようと呼びかけている。 これらの記事は、すべて個人の生き方や価値観に焦点を当てている。現在の行き詰まった社会状況を変えるのは、個人の意識、個人の生き方であるというメッセージである。 ◆【2.JIS社会からPL社会への変化】 キャリアという視点で見ても、変化は明らかである。その変化を、私の知人は、「JIS社会からPL社会への変化」と表現している。 JIS社会とは、入口規制社会である。入口をクリアーするためのバーは高いが、いったんクリアーできた者は仲間として受け入れる。そして、うまみにあずかれるという訳である。JIS社会でのキャリアは、入口で決まっていた。東大法学部に入る、大蔵省に上級国家公務員として入るなど、その代表例である。入口さえ通過できれば、よほどの不祥事でもない限り、社会的な成功は保証されていた。こういうシステムでは、失敗しないことが最善なので、新しい試みは生まれづらい。入口をクリアーした者にとっては、前例を踏襲することが、きわめて合理的な選択である。社会の秩序に変化さえなければ、実に都合のいい仕組みであった。 しかし世界的な変化の渦の中で、日本だけが変化せず、内向きのシステムを守ることは許されない状況になってしまった。入口規制をゆるめ、結果責任を問うPL社会へと変化せざるを得なくなった訳である。こうなってくると、入口さえクリアーすれば保証されたキャリアが危うくなってくる。「あなたはどんな結果を出せるのですか」と、個人の結果責任が問われることになる。個人に目が向けられ始めたのは必然である。 ◆【3.結果責任とコンピテンシー】 前回は、コンピテンシーの概念がやや抽象的に過ぎるとして、「稼ぐ人」の概念を紹介したが、結果を問うのは、コンピテンシーの主要な評価尺度である。また、コンピテンシーを測る際には、結果を出すための行動に、個人の意思がどの程度反映されているかが問われる。 すなわち、あなたは何者で、何を望んでおり、何を善しとし、何を避けたがるかが明確であること、それが行動に現れることが大切だと考えている。 私が長年お世話になっている早稲田大学の教授が、70歳の定年退官を迎えるのに先立ち、先日お会いした。この教授は、定年後にやりたいことをあれこれと抱えており、心は軽やかで、浮き立っているように見えた。 "定年になるとすっかりエネルギーを無くしてしまう人と、先生のように定年後に心を躍らせている人の違いはどこからくるのでしょうか?"という私の問いに対して、同教授は次のように答えられた。 "それは、判断の基準を自分に求めてきたか、自分の外に求めてきたかの違いでしょう。組織の意向、ボスの意向と、外にばかり判断の基準を求めてきた人は、それを失ったときの戸惑いが大きいですよ。私たち研究者の仲間にもそういう人はたくさんいます。そういう人は、皆がやるからやるという傾向が強くなってしまいます。自分を判断の拠り所にしてきた人は、他人がどう言おうと、自分にとって価値があることを大切にしていますので、人生を自分でコントロールできるのです。" 同教授は、早稲田大学に40年弱在籍し、多くの学生を世の中に送り出したが、誰一人、後継者としてご自分の研究室に残すことはしなかった。そういう世襲のようなことをするから日本の大学はダメになると信念を貫いた人だ。研究者仲間で理解してくれる人は少なかったらしい。また、定年退官を見越して、やるべき仕事がほとんどないにもかかわらず、相応の収入が保証されるポストへの誘いが、数ヶ所から来ているらしい。しかし、そういうことには見向きもしない人だ。自らの価値基準に従って生きる姿は見事で、感銘を受ける。 コンピテンシーは、このように自分に判断基準を置き、自己責任を貫く姿勢によって高まるものであることは疑いようがない。 コンピテンシーについては、「日経ビジネススクールオンライン講座」の「コンピテンシーに基づく新人事評価の活用法」を受講すると、どの本を読むより理解しやすい。ホームページのURLは次のとおりである。 (http://www.nikkei-nbsonline.com/) 参考のため、「コンピテンシーに基づく新人事評価の活用法」の学習内容を、その目次で紹介することにしたい。データユニットを参照いただきたい。 21世紀は、"あなたは何者ですか"、"どういう行動をしてきましたか"、"どういう結果を出してきましたか"という問いに明確に答えられなければ、キャリアをアピールすることは難しいと知る必要がありそうだ。 1月7日号の日経ビジネスに長嶋前巨人監督のインタビュー記事が掲載されており、記者は、インタビューの感想を、次のように締めくくっている。「職業とは、他の誰でもない自分の生き方を創る作業である」。これをキャリアに置き換えると、次のように言うことができそうだ。 「キャリアとは、他の誰でもない自分の生き方を創ってきた証しである」 |
★資料(データ)ユニット (「コンピテンシーに基づく新人事評価の活用法」の学習内容) 1)コンピテンシーと市場価値 ・コンピテンシーと従来の能力との違い ・コンピテンシーの視点とは ・視点を切り替えると評価が逆転する ・成果につなげるための大切なポイント ・市場価値と社内価値 ・市場価値は未来成果で決まる ・未来成果はコンピテンシーで予測する ・コンピテンシーと成果再現性 ・部下の能力向上で市場価値も高まる 2)自分のコンピテンシーを分析してみよう ・能力は抽象的に振り返っても意味がない ・コンピテンシーの具体性 ・自分のコンピテンシーを振り返ってみる ・コンピテンシーの種類 ・発揮する仕事領域での分類 ・プロセスでの分類 ・方向性による分類 ・分析手法 3)コンピテンシーを開発しよう ・コンピテンシーレベルが市場価値を左右 ・種類とレベルのかけ算で市場価値が決定 ・コンピテンシーのレベル ・コンピテンシーの種類を開発する ・コンピテンシーのレベルを向上させる ・成果につなげることが開発の基本 4)部下・後輩のコンピテンシーを分析する ・部下の市場価値があなたの価値を左右 ・部下のコンピテンシーはインタビューから ・コンピテンシーインタビューの基本 ・コンピテンシーインタビューの留意点 ・コンピテンシーインタビューで使う質問 ・分析方法 ・分析をより簡便にするために 5)部下・後輩のコンピテンシーを開発するには ・育成のキーワードは場作り ・開発方法は、発揮できない理由で変わる ・部下を育てるには自分のレベルアップを ・コンピテンシーと動機 ・不安を動機としたコンピテンシー ・コンプレックスとは ・思い込みを動機としたコンピテンシー ・資質を動機としたコンピテンシー ・意思を動機としたコンピテンシー 6)コンピテンシー評価で職場をレベルアップ ・セルフマネジメントとは ・なぜセルフマネジメントが重要なのか ・セルフマネジメント型の評価 ・評価における説明責任 ・セルフマネジメントの育成 ・自分のことは自分で評価させる 7)将来の市場価値に直結したコンピテンシー ・21世紀に生き残る企業 ・しくみ型の問題 ・人材そのものが企業資産に ・企業家のコンピテンシー ・グローバルな人材とは ・予測不可能な時代に生き残るために |
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4.「コープこうべのリストラから学ぶコミュニケーション能力」
◇「コープこうべのリストラから学ぶコミュニケーション能力」 ◆【1.インタビュー集「いま、生協に何が問われているのか」は訴える】 インタビュー集「いま、生協に何が問われているのか」は、コープこうべを「希望退職」した640人の「リストラ退職」手記である。本書には、「コープこうべを希望退職した私たちからのメッセージ」という副題が付されている。退職者の、二度とこういう事態を繰り返さないで欲しいという強い想いが背景にあるため、「希望退職」に名を借りた「リストラ退職」の実態が生々しく語られている。 「愛と協同」、「一人は万人のために、万人は一人のために」の生協理念からかけ離れて拡大路線に駆り立てられた実態、その危うさを最前線で感じて危機感を抱いていた現場の人たち、そういう現場の声が経営幹部に伝わらなかった経営体質、そして利益追求組織ではない、共同体組織の生協が、約2000人の40代、50代社員のうち、640人の「リストラ退職」を実施せざるを得ない状況に追い込まれた経緯が明らかにされている。 退職勧奨に応じない社員を「自主的に退職」させようとする嫌がらせに近い面談や配転など、リストラを強行するときの常套手段についても本書で語られているが、私が本書で注目したいのは、「コミュニケーションの断絶」が招く経営危機についてである。 本書でも、問題点について発言することができない「病理現象」、何か反対意見を言うと飛ばされる現実、結果として口を閉ざしたイエスマンが優遇された実態が明らかにされているが、このような「コミュニケーションの断絶」はなぜ生じてしまうのだろうか。 ◆【2.コミュニケーション能力とは聴く能力である】 「いま、生協に何が問われているのか」を読んでみると、「コミュニケーションの断絶」が生じた原因をいろいろ指摘しているが、重要な要因として、「聴く能力の欠如」をあげることができそうだ。コミュニケーションは、相手を説得すること、言い負かすこと、相手を自分に従わせること、と誤解されているふしがある。 対立、対決のコミュニケーションと、共通の目的を目指すコミュニケーションでは明らかに異なる。後者の場合は、「聴くこと」が特に重要になる。「聴く」とは、心を傾けて話し手の言葉に注意を向け、言葉の背後にある気持をも汲み取ろうとする態度である。「傾聴」あるいは英語のアクティブ・リスニングを訳した「積極的傾聴」とも呼ばれている。話し手が、敬意をもって接してもらっている、大事に扱ってもらっていると感じることができる「聞き方の技術」である。しかし、「聴くスキル」を身に付けている人はほとんどいない。私は、キャリア・カウンセラーを養成する講座の講師を務めていて、そのことを痛感している。 キャリア・カウンセラーは、クライエントの意識下に潜在しているものも引き出す必要があるため、「聴くスキル」は特に重視される。キャリア・カウンセラーを養成する講座では、「聴くスキル」を身に付ける実習のウエイトを高めたカリキュラムが組まれており、ロールプレイを通して実践的な能力を磨くことができるようになっている。 しかし、これは容易ではない。その理由は、長年にわたって使い続け、身体に染み込んでいる、相手を説得するコミュニケーション、相手を自分に従わせるコミュニケーションが無意識に出てしまうためである。 先日も、40代、50代のキャリア・カウンセラー候補の研修会で、受講者が、「聴く」に意識を切り替えられずに苦労している場面に出会った。受講者は、全員、管理職経験者であった。"部下に言ってやらせる長年のスタイルがつい出てしまうんですよ"と受講者の一人が漏らした本音が、「聴くこと」の難しさを表わしている。「聴く」ポイントについては、データユニットを参照いただきたい。 ◆【3.コーチングに象徴される新しいマネジメント能力】 「聴くこと」を疎かにすると、コープこうべが陥った「コミュニケーションの断絶」に見舞われる。右肩上がりの経済が永遠に続いておれば、"この方向に進め!"と、上から下に号令をかけるやり方だけで通用していたかもしれない。すなわち、部下は余計なことを考える必要もなく、指示された通り全力でやることを期待され、自立性はむしろ邪魔と思われた。 しかし、右肩上がりの経済が崩壊した現在、経営システムも、マネジメント能力も、新しい時代環境にふさわしいものに変わらざるを得ない。一人一人が、問題発見者になり、問題解決者にならなければ、企業体質を強くすることができない時代に変わってきた。すなわち、個を強化しなければ、企業の生き残りが難しい時代である。 管理職研修に「コーチング」を採用する企業が増えてきているのはその現れである。「コーチング」とは、部下が自分の力で仕事のパフォーマンスを上げることができるように、部下一人一人の潜在的な可能性を引き出す支援をする技術である。 コーチである上司は、自分の考えを部下に押し付けてはならず、部下が自ら解決策を見つけ出せるように、コミュニケーションを通して気づきを促す役割を担うことになる。望ましいマネジメントが、「おれについてこい」型から、「協働」型に変わり、「コーチング」は大きな役割を果たすものと期待されている。 「コーチング」で重要になるのが「聴くこと」である。「コーチング」は、相手中心主義であり、相手の話しを「聴くこと」から始まる。「聴くこと」なしには、「協働」型のマネジメントは実現できない。 ◆【4.マネジメント職は、聴く能力で武装を】 私は、連載第1回目に、「管理職はキャリアか」と問いかけた。そして、管理職は「ジェネラリスト」ではなく、マネジメント能力を備えている「スペシャリスト」であるべきだという考えを述べた。管理職は、マネジメント能力を備えている専門職であると考えないと、万一、雇用市場で新しい仕事を探す立場になったとき、大きな挫折を味わうことになるからである。 今後の雇用市場で、マネジメント能力として注目されるのは、間違いなく「聴く能力」である。それも、半端な「聴く能力」ではなく、部下のパフォーマンスを上げることができる、実践的な能力である。 その能力を身に付けるために「コーチング」を学ぶのは、有力な方法である。経営幹部が「聴く能力」を身に付けていないために経営危機を招いた「コープこうべ」の640人のリストラ退職。その犠牲は、私たちに「聴くスキル」を身に付ける大切さを教えてくれている。 |
★資料(データ)ユニット (「聴く」ポイントと「コーチング」を学べる場所) 1)「聴く」ポイント <鈴木秀子著 文春新書「愛と癒しのコミュニオン」から> ・「聴く」に徹するためには、相手に、次のような非受容的な言葉を返してはならない。 @命令・指示「この方法を試してみなさい」 A注意・脅迫「今度失敗したら終わりだよ」 B訓戒・説教「君のためだよ」 C忠告・解決策などを提案「君のほうから譲歩してみたら」 D講義・講釈など「僕が新人のころは〜」 E評価・批判など「うまくいかないと思うよ」 F賞賛・同意「さすがに君だね」 G悪口・辱め「それでよく恥ずかしくないね」 H解釈・分析「君の思い過ごしじゃないの?」 I激励・同情「きっとうまくいくよ。がんばれ」 J探り・尋問「誰がそんなことを言ったの?」 K注意をそらす「そういえば彼は最近どうしている?」 2)「コーチング」を学べる場所 ・PHP研究所 電話番号 東京:03−3520−9611 京都:075−681−5419 |
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5.「出でよ、グローバル人材」
◆【1.2010年代の企業はどうなるか】 最近、組織と人事に関するコンサルティング会社として著名なワトソンワイアット株式会社の川上真史氏の講演を聞く機会があった。川上氏は、連載第3回目で紹介した「日経ビジネススクールオンライン講座」の「コンピテンシーに基づく新人事評価の活用法」講座を担当している講師でもある。 川上氏の講演の中で、特に興味深かったのは、2010年代には、2種類の企業のいずれかしか生き残れないという大胆な仮説だった。すなわち、仕組創造型企業か、アメーバ増殖型企業か、いずれかでなければ淘汰されるという仮説である。 川上氏によれば、仕組創造型企業とは、他の追随を許さない、成功するビジネスモデルを作り上げ、単純化されたモデルを動かすだけで、他を圧倒する業績をあげることができる企業。 アメーバ増殖型企業とは、組織内のメンバーひとりひとりが、自分が目をつけた、やりたいビジネスを立ち上げ、自己増殖的にビジネスが伸縮する企業、すなわち、企業内起業家が次々と生れ、また消えることもあるが、全体としては、アメーバのように伸縮自在に生き残る企業。 以上の2つに集約されるという仮説である。そして、仕組創造型企業の代表としてマクドナルドを、アメーバ増殖型企業の代表としてインテリジェンス・グループを挙げている。 マクドナルドは、言うまでもなく、ハンバーガー事業で圧倒的なシェアを握っている世界的な規模の企業である。一方、インテリジェンス・グループは、新卒採用支援などの人事関連サービスからスタートして、IT関連ビジネスなども手がけ、業種を特定するのが困難なほど、いろいろな方向に増殖を続けている企業である。 川上氏は、この2社に代表される、仕組創造型企業かアメーバ増殖型企業か、いずれかに特化できた企業だけが生き残れると強調した。 ◆【2.恐るべし、仕組創造型ビジネス】 さて、川上氏の読みはこうである。ほとんどの経営者は、仕組創造型企業を作りたいと思っている。理由は単純で、他の追随を許さない、成功するビジネスモデルを作り上げることができれば、楽して儲かるからである。 しかし、仕組創造型企業として成功するのは、生易しくない。なぜなら、仕組創造型企業で本当に成功できるのは、世界中で、一業種に一社だけである。ハンバーガー事業であれば、マクドナルド。他社は逆立ちしてもマクドナルドの業績に追いつくことはできない。なぜなら、世界で圧倒的なシェアを誇っているマクドナルドに価格支配権を握られているからである。他社は「おこぼれにあずかるビジネス」に留まる以外になく、マクドナルドに生殺与奪を握られているというわけである。 この意味するところは、仕組創造型企業として生き残ろうとすれば、過酷な世界競争に勝ち抜いていかなければならないということである。国内で勝ったと喜んでいるわけにはいかない。怖いのは、仕組創造型ビジネスではないと思われていた分野まで、いつのまにか仕組創造型に組み込まれてしまうことである。 1月のIPC東京セミナーで講演したデルコンピューター日本法人の吹野会長の話しは、そのことを象徴していた。国内で勝った、勝ったと喜んでいたNECは、瞬く間にシェアを落としてしまった。 デルコンピューターは、国内でのシェアはまだそれほど高くはないが、PCビジネスで世界一のシェア、つまり世界一の売上高を誇っている。しかも、社内には、3日分の売上に相当する在庫しかないと言うのである。そんな会社と、3ケ月分の在庫を抱えている会社が競争して、コスト面で勝てるのだろうか。 最近の新聞広告でも、デルコンピューターの低価格、高パフォーマンス攻勢は目を見張るものがある。PCビジネスは、いつのまにか仕組創造型ビジネスになり、他の追随を許さないビジネスモデルを作り上げたデルコンピューターに席巻されそうな雲行きになってきた。アメリカでも、他のPCメーカーの苦境を尻目に、デルコンピューターは一人勝ちである。「恐るべし、仕組創造型ビジネス」である。 ◆【3.グローバルな競争に勝ち抜くために】 2種類の企業のいずれかしか生き残れないという仮説は、2010年代にエンプロイアビリティ(雇用価値)が高い人材は、仕組創造型プロ人材か、アメーバ増殖型プロ人材か、いずれかに集約されることを意味している。 アメーバ増殖型プロ人材とは、連載第2回目で紹介した、「自律」というキーワードが当てはまる人、すなわち「稼ぐ人」のイメージである。 一方、仕組創造型プロ人材とは、グローバルな競争に勝ち抜いて、世界を制覇できるビジネスモデルを作り上げることができるビジネスパーソン、すなわちジャック・ウエルチのような人物像である。 しかし、グローバル人材のイメージとは、ジャック・ウエルチのようなリーダー像であると言われると、当惑してしまう。果たして、次から次へとジャック・ウエルチが生れるのだろうか。あなたはジャック・ウエルチになれますかと問われると、いささか心細い。筆者は、そんな人材が次から次へと出てくるはずもないし、育てられるはずもない、と思い込んでいた。 ところが、本物のグローバル人材を育成することに情熱を燃やしている会社がある。もちろん、英語を巧みに操れる人という意味のグローバル人材ではない。いかなる文化的な背景がある、いかなる国においても活躍できる、一級品のビジネスパーソンを育てようというのである。 その会社、グローバル・エデュケーション(現グローバル・エデュケーションアンドトレーニング・コンサルタンツ)の社長、布留川氏は、グローバル人材育成に自分の人生を賭けている。同氏は、独立創業後2年に満たない会社を率いて多忙を極めており、企業が真のグローバル人材を渇望していることをひしひしと感じているという。同氏が描いているグローバル人材のモデルの一人は、日産自動車のゴーン社長である。いかなる国で、いかなる人を相手にしても、真のリーダーシップを発揮できるプロフェッショナルなビジネスパーソン像である。 私は、布留川氏に意地悪な質問をしてみた。「ゴーン氏のようなグローバル人材を育成することは、本当にできるのですか?マネジメントのハウツーの問題だけでなく、意識改革、パラダイムシフトが伴わないと難しいのではありませんか」と。 これに対して同氏は答えた。「まったくその通りです。パラダイムシフトを起こさせる講師が鍵になります。そういう実績があるアメリカ人の講師を抱えていますので、グローバル人材の育成が可能なのです。そして、モチベーションを高く維持するためのメンタルトレーニングもコースに組み込んでいます」と。 良し悪しはさておいて、経済のボーダーレス化はますます進み、グローバルな競争が激しさを増すことは誰の目にも明らかである。職業人としての役割が終わりに近づいている人はともかくとして、20代、30代の、志が高いビジネスパーソンは、真のグローバル人材を目指して欲しい。 筆者は、25歳のとき、まったく何のトレーニングも受けずに海外に赴任し、試行錯誤の連続で苦労した経験がある。1960年代の、トレーニングを受けられる場所も機会もなかった時代のことで、やむを得ないことではあったが、これからワールドワイドに活躍したいと夢を膨らませている若いビジネスパーソンは、こういう学習の場と機会を活かして欲しいものである。 データ・ユニットに、同社が定義している「グローバル人材の要件」とグローバル・エデュケーションアンドトレーニング・コンサルタンツの連絡先を載せてあるので参照して欲しい。 |
★資料(データ)ユニット (グローバル・エデュケーションが定義した「グルーバル人材」の要件) 1)『高度な英語によるビジネスコミュニケーションスキル』 ・プレゼンテーションスキル ・ミーティングスキル ・交渉スキル ・異文化コミュニケーションスキル ・コーチングスキル ・ソシアルスキル ・他 2)『MBA的知識、発想』 ・グローバルビジネス ・マネジメント ・マーケッティング ・E−ビジネス ・リーダーシップ ・ファイナンス ・ヒューマンリソースデベロップメント ・異文化マネジメント ・他 3)育成プログラム General Managerレベル、Managerレベル、一般社員レベルの3階層のグローバル人材育成プログラムがある。 個人の場合は、上記の知識、スキルについて、現時点での自分のレベルと、キャリアゴールが要求するレベルとのギャップを埋めるプログラムを作る。 例えば、現在大手企業の人事部課長(40歳、TOEIC600)が、3年後に外資系企業の人事部長を目指したい場合、TOEIC800プラス(プレゼンテーションスキル、ミーティングスキル、交渉スキル、異文化コミュニケーションスキル)と(ヒューマンリソースデベロップメント、異文化マネジメント)のスキルセットを習得するプラグラムの受講を勧める。 実際の学習は、セミナーあるいはコーチングによって行う。 (グローバル・エデュケーションアンドトレーニング・コンサルタンツ) http://www.globaledu-j.com/ |
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6.「生きる目標にこだわりを」
◆【1.夢を食べる】 最近の報道によれば、失業率は依然として改善される兆しがない。どんなに就職活動を続けても仕事が見つからないことに失望して、求職活動を止めてしまう人もかなりの数になると言われており、こういう人は統計に表れないため、実態はさらに深刻な状況だと考えられる。それならば他に頼らず、独立開業の道を選ぶかと考える人が出てくるのは当然である。しかし、この道もそんなに甘くはない。 筆者は、1980年、16年間勤務した会社を自主退職し、仲間とともにベンチャー企業を創業した。当時は、サラリーマン時代の3倍働いて、同じ水準の年収という実感だったが、それでも辛くて嫌になるということはなかった。「夢を食べて生きていた」からだ。独立開業時の大変な時期を乗り越える力になるものは、「夢」以外にない。こだわることができる「夢」なしに安易に独立することは、筆者の経験から考えても、お勧めすることはできない。 それは、今振り返っても大変な日々だった。それでも、お客様がいて下さり、仕事があり、わずかでも売上があることは、今にして思えば本当に恵まれていた。そうでなければ、瞬く間に挫折していたに違いない。独立開業するということは、今まで着ていたものをすべて脱ぎ捨てて、丸裸になるということである。本当に覚悟のいる選択である。 ◆【2.起業はこだわり】 今回、データユニットに文章を引用させていただいた川野真理子さんの独立物語は、信じられないような本当の話しである。 川野さんは、高卒で就職してから、ずっとキーパンチの仕事をしていた。30代半ばに、一念発起して独立の意志を固め、会社を起こして社長におさまった。会社をつくり、社長になれば仕事は来るものだと思っていた。ところが、まったく仕事は入らなかった。こんな感覚で本当に独立したのかと思ってしまうが、本人は大真面目だったらしい。「本当に私って馬鹿だね」と川野さんは自分を笑い飛ばしているが、その率直さが川野さんの魅力でもある。しかし、収入がないため、蓄えは使い尽くし、ついに会社を休眠にして、再び派遣登録で働き始めた。 川野さんのすごいところは、このままで終わらなかったことである。独立開業したものの、独立開業の意味がよく分かっていないケース、開業にともなって必要になる資金繰りなどの財務的な知識・経験がないケース、どうしていいか分からず、誰に聞いていいかも分からない暗中模索のケースなど、いろいろなケースが考えられる。そんな起業家が、自分と同じ過ちを繰り返さないように、仲間が集まって知恵を出し合えないか、そういう起業家を支援できるネットワークを作れないかと川野さんは考えた。 そして、1998年、起業家ネットワーク「キープラネット」をスタートさせた。しかし、川野さんが「キープラネット」の代表に就任したといっても、スタート当初は会員数も少なく、会費もわずかなものだったため、「キープラネット」からの収入はゼロ。派遣の仕事で稼ぎながら2足の草鞋をはいてがんばってきた。人が普通に働いている時間は、川野さんも派遣で働いて収入を確保し、夜間と休日は「キープラネット」の活動にあてるという離れ業を続けてきた。しかも子育てをしながらである。寝る時間もない、本当に身を削っての活動だった。 それでも川野さんは嫌になって止めようとは思わなかった。なぜなら、「キープラネット」の活動を通して実現したかったことこそ川野さんの「夢」であり、「こだわり」だったからである。幸いにも、苦節4年にして、「キープラネット」の会員数が200名を超えるまでになり、NPO法人としての認可も受けて、川野さんは「キープラネット」の活動に専従できるようになった。とは言っても、新聞を読む時間、テレビを見る時間もなく、夜であろうが、休日であろうが、お構いなしに飛び歩いている。自分の時間のほとんどを「キープラネット」に割いているのである。 ◆【3.あなたのこだわりは何ですか】 川野さんの例を出したのは、独立開業を考えている人を、筆者が思いとどまらせるためではない。自分のこだわりは何かを考えていただきたいためである。 無条件に定年まで働ける雇用システムは崩壊してしまったが、雇用状況の厳しさを考えると、万一仕事を失うようなことになれば、希望条件に合うような新しい仕事先が見つかるとの期待は持ちにくい。筆者は、キャリア・カウンセラーの仕事を通して、そのことを痛いほど感じている。 万一自分の力で食べていかざるを得ない状況になったとき、あなたはどんなことをしようと思うだろうか。データユニットに引用した川野さんのメッセージを読んでいただきたい。あなたが本当にこだわり続けられるものを持っていることは、特に大事だ。 ぜひ、時々、自分自身に問い掛けて欲しい。自分自身の力で生きていかなければいけない状況になったとしたら、自分がこだわれるものは何かを。実際に独立開業するかどうかは別にして、独立開業してもどうにか食べていける手立ては、日常から考えておくことをお勧めしたい。 また、もし独立開業ということになったときには、「キープラネット」のような支援組織のありがたみを強く感じるにちがいない。あなたがそういう選択をしたときには、「キープラネット」の門を叩いてみるのもいいだろう。データユニットの最後にホームページのURLを掲載したので参照していただきたい。本当に起業家の助けになる、とてもユニークな活動を続けているネットワークである。個性的なメンバーに出会えるのも楽しい。また、川野さんの器の大きさ、人間的な魅力も捨てがたい。会うだけで元気をもらえる貴重な人だ。あなたも、いつの日かその魅力にとりつかれるかもしれない。それはきっとあなたが自分の力で飛び立ったときに違いないが。 |
★資料(データ)ユニット (キープラネット代表 川野真理子氏の会員情報誌への発信) 1)『こだわり』 こだわり、ありますか? 自分の中にこだわりや課題をもっている人は、いつも心の中で「なぜだろう、どうしてだろう」とその問題を気にしている。なぜだろうから、「いや、私はそうは思わない。だからどうしようか」と解決と方法を具体的に模索している人もいる。 人から見れば結果の見えないことでも、解決に向けて努力する過程こそが「自分らしく生きる」ことに繋がるのではないだろうか。 何かが解るときは、絡まっていた糸がスルスルとほどけるように読めたり、これまで自分にふりかかってきた出来事のすべての意味を理解したりする。しかも、それは少しずつ解るのではなく、ある時いっぺんに、瞬時に理解できたりするからおもしろい。 自分のこだわりに解決をもたらすものは、検索や情報の宝庫からの発信ではなく、たったひとりの人や、たったひとつの言葉だったりする。こだわりは、出会いを作り、出会いはこだわりを発展させて成長につながる。 解決や理解は、現在だけでなく未来をも変えていく力を持ち、時として過去さえ変える。 だから、自分の中のこだわりはずっと大切に、ずっと持ち続けた方がいい。もし、あなたが「起業」を考えているのだとすれば、それはもっとも大事なことで、いいことなのだ。なぜならば、そのこだわりこそが起業の素を作り、そのこだわりこそが事業と自分の成長を促すきっかけになるだろうから。 私のこだわりは「個人でスタートした起業家が、次のステップに移って事業を成功するために、絶対にうまくいく方法がある。それは一体何だろうか。どうすれば個人のビジネスで売上をあげ、納得した事業ができるだろうか」ということである。しかも、「起業」の結果は絶対に幸福でなければならないし、自分の幸福は自分で決めたいから、起業のやり方も形も自分らしくありたいと思っている。 だから、ベンチャーだって、SOHOだって、NPOだって、個人事業主だって、フリーランサーだって、世間がなんと言おうとみんな自分らしい進み方と儲け方があって構わない。拡大だけがビジネスじゃないさ。非営利だけがNPOじゃないさ。 何かにこだわっている人は、その人らしくてとてもステキです。 幸福と起業にこだわっている私も結構ステキです。 あなたはこだわりを持っていますか。 それはどんなこだわりですか? 2)『ホームページ』案内 キープラネット(現在「なみへい」)のホームページ:http://www.namihei5963.com/index.shtml |
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7.「成功したキャリアと幸せなキャリア」
◆【1.企業戦士の転進】 最近のメディアの論調「自分の雇用は自分で守れ」を真正面から受けとめると、すべてのビジネスパーソンはMBAを目指せという誤解につながりかねない。本稿の連載もそのような誤解を与えているかもしれないと思うところがあり、今回は違った角度からキャリアを考えてみたい。 「成功したキャリア」と「幸せなキャリア」はイコールではない。そう考え始めたのは、東京の南青山で、英国ビクトリア時代の人形を中心にしたアンティークの店を開いている広畠弘幸さん(55歳)に会ったことがきっかけだった。 広畠さんの、穏やかで、やさしい、包み込むような温かさに接していると、心の中に灯がともったように、温もりが私の身体全体に広がっていくのを感じる。人生を深く味わっている姿は、過酷な生き残りを賭けて心身をすり減らしているビジネスパーソンが置き忘れてしまったものの大切さを思い起こさせてくれる。 典型的な戦うビジネスマンだった広畠さんが、50歳をきっかけにして転進し、何を発見したのか。広畠さんのストーリーを通して、「幸せなキャリア」の意味を考えてみたい。 広畠さんは、広島県の生れ育ちで、広島市に本社がある商社に就職した。そして、その会社が愛媛県で小売量販店(スーパー)を展開するために設立した会社「フジ」の創業メンバー7人の一人として出向することになり、20歳のときに愛媛県に移った。「フジ」は、現在、東京株式市場の一部に上場しているが、広畠さんは、宇和島に一号店を出店する段階から関わっている。そして、出店によって店舗は増え続け、広畠さんは20年間店長を務めた。 若くして結婚し、二人の子供さんが一人立ちする時期が50歳を迎える頃であったため、45歳頃から、50歳で退職して別の人生を生きることを奥様と相談していたらしい。奥様が人形を作りながら松山でお店をしていて頻繁に東京と往復していたこと、子供さん二人も東京に出ていたことなどから、広畠さんも奥様も東京に住みたいという願望が強くなり、いずれ東京、それも青山にお店を出そうと夢を描いていたことがきっかけになった。そして、四国出身のオーナーとの出会いの縁で、表参道の交差点から1〜2分という願ってもない場所にお店を出すことができた。奥様の10年間の仕事を通して、全国にお客様(ファン)ができつつあったことが決断の支えになっていたが、見方を変えれば、準備に10年かけたと考えることもできる。 広畠さんがビクトリア・アンティークに本格的にはまり始めたのは、奥様の買い付けに同行してイギリスに行ったことがきっかけだった。広畠さんの想いを、そのままの言葉で再現してみよう。 ◆【2.広畠さんは語る】 私は、アンティークというより、イギリスという国、イギリス人が大好きになってしまいました。大人の国ですね。お金以上に大切なものを知っています。自分の家族、住んでいる地域、自分の国をとても大切にしていて、それを素直に表現します。日本人からは聞くことができなくなったそういう言葉を聞くと、何か羨ましい気持になります。 質素で、地に足がついた生き方をしています。自分の型を持っていて、流されていません。私が子供の頃に祖父・祖母の世代に感じていた生き方を、そのまま持ち続けています。それが私の波長に合うみたいで、イギリスに行くと、とてもリラックスできます。 便利さを追求する時代になればなるほど、温かさ、触れ合い、気配りなどの人間的なものを大切に感じるのではないでしょうか。イギリスは時代に迎合せずに、その大切なものを守っていました。イギリスは、今の私に大切なものを教えてくれます。 勤めていた頃は、売上、売上と叱咤激励し、効率最優先で、無駄なことは徹底的に排除。今思えば、それはそれで良くやっていたと思います。考える余裕や自分を振り返る余裕はまったくありませんでしたからね。 このお店を始めてからは、無駄なことはし放題。在庫は多いほどいい。お客様が喜んでくれる経費は多くかけるほどいい。売上を増やそうとも思いませんし、売上目標もありません。まったく逆のことをしています。好きなことをしていますので、家賃を支払うことができて、食べられれば満足です。お客様以上に、私のほうが楽しんでいますので。 目が覚めると、店に飛んでいきたくなります。とにかく楽しいんです。楽しくて、楽しくて。何時間仕事をしていても疲れません。一年間無休に近いですよ。 お客様は本当にいろいろなことを教えて下さいます。お客様もビクトリア・アンティークのお好きな方ばかりですから、毎日が新しい発見で、勉強です。 お客様には、お店でゆっくり見ていただいて、気に入ったものを、ひとつずつ集めていただきたいのです。ですから、売らんがための駆け引きはしませんし、値引きもしません。お金にまかせて、一度にたくさん買おうとするお客様にはがっかりします。ひとつひとつを私が愛しんでいる気持が伝わらないのかなと。私は、商品が醸し出す空気や歓びを買っていただいているつもりでいますので。 サラリーマン時代は、世の中の一部しか見えていませんでした。ごく限られた人たちとのつきあいでしたから、目が外部に向かず、内部に向いていました。独立してからは、東京で出会った人たち、イギリスで出会った人たち、本当にたくさんの人たちとのすばらしい出会いがありました。世界が広がりました。こういう世界に目を開かせてくれた家内には心から感謝しています。自由に生きることは、幸せですね。 ◆【3.成功したキャリアか幸せなキャリアか】 広畠さんは、成功したキャリアの人に入るだろうか。幸せなキャリアの人であるのは異論がなさそうだ。しかし、成功したキャリアの人という見方とは違うように思う。 成功したキャリアの人とは、サラリーマンなら大企業の出世街道を驀進して社長になった人、起業した人なら一代で大企業を作り上げた松下幸之助のような人というイメージだろう。しかし、このような意味での成功したキャリアの人が、幸せなキャリアの人とイコールではない。 倒産時の山一證券の社長、長銀の頭取などは、成功したキャリアの人だったはずだが、幸せなキャリアの人と呼ぶのは難しい。起業で成功者と見られていたダイエーの中内オーナーはどうだろうか。幸せかどうかは本人が感じるものなので、他人はとやかく言えないが、中内さん自身は幸せな人生だと思っているだろうか。 広畠さんは、常識的な見方からすると、成功したキャリアの人には入りそうもない。一旗上げてやるぞという起業とは明らかに違う。しかし、とても幸せなキャリアを生きている人だ。広畠さんに会っていると、筆者が幸せになってくる。 人の生き方はさまざまである。出世街道を驀進する成功したキャリアを喜びや幸せと感じる人は、それを目指すことに意味がある。起業して一旗上げる成功したキャリアを喜びや幸せと感じる人は、それを目指せばいい。しかしそれがすべてではない。 幸せなキャリアという視点で考えるなら、選択肢は無限にある。仕事でやるべき責任を大過なく果たし、家族を大切に守っていくことを喜びや幸せと感じる人は、例えば税関、検疫等、地味ではあるが欠くことのできない公的な仕事を選ぶかもしれない。幸せに生きていると思えるかどうかが重要である。すべての人が、TOEIC800点以上、MBAを目指す必要はない。 独立も、一旗上げる起業ではなくて、広畠さんのような起業の仕方もある。広畠さんの場合は、たまたま奥様の仕事の関係で道が開かれ、幸運だったかもしれないが、幸せなキャリア、幸せな生き方とは何かを教えてくれる。 読者の中で、広畠さんのお店を訪ねてみたいと希望される方は、データユニットのURLを参照していただきたい。広畠さんの幸せを壊すことのないよう心配りをしながら、できれば、夫婦で、あるいはカップルで訪ねて、広畠さんとお店が醸し出している幸せを感じてみていただきたい。 筆者としては、本稿が、読者の皆さんが本当に大切にしたいものへ目を向けるきっかけとなれば幸いである。取材をさせて下さった広畠さんに心からお礼を述べたい。感謝。 |
★資料(データ)ユニット (広畠弘幸さんに関する情報) 1)『本文以外に広畠弘幸さんが語ってくれた言葉の数々』 ・日本とイギリス、どちらの国で呼吸しているときが幸せだろうかと自分に問い掛けることがあるんですよ。 ・外国に旅をするときは、未知のもの、新しい刺激を期待していることが多いと思いますが、イギリスは違うんです。「忘れたものを取り戻すために来たんだ」と感じさせてくれるんです。 ・店は私の自己表現です。私のすべてが見えてしまう場所です。ディスカウントでお客様をひきつけるようなやり方は考えたこともありません。 ・私は「店を耕している」気持です。土と同じです。愛情を込めて掘り起こせば、ちゃんとそれに応えてくれます。 ・サラリーマンをやめてみて、言いたいことを自由に言える、見たいものを自由に見ることができる、「自由であること」はお金にも何物にも代えがたい価値だと実感しています。 ・オーナーが楽しそうにしているお店、気取らないお店は繁盛しています。そうでないお店は、どんなにお金をかけていてもだめですね。立地、規模、資本力といったような切り口とは違う切り口が大切になってきているように感じます。 ・マーケティングは、想い、主張が先でないとだめですね。データ分析が先だと間違えてしまいます。 ・お客さんに近づき過ぎ、媚過ぎると、商品もサービスも荒れてしまいますね。テレビの視聴率の影響でしょうか。 2)『英国ビクトリア時代のアンティーク人形』 広畠さんがイギリスに惹かれるきっかけになったアンティーク人形は、100年以上前に技術の伝承が途絶えている。このため、新しく作られる人形は一切ない。市場に出てくるものは、すべて100年以上前のものである。広畠さんは、100年以上にわたって人形を大切にしてきた人たちの、人形に込めた気持や温かさを感じ取っているのかもしれない。 |
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8.「知的プロフェッショナルを目指す」
◆【1.キャリアの集大成は価値ある作品】 多摩大学大学院教授、田坂広志さんの著作は切り口が新鮮で、しかも分かりやすい。田坂さんを一言で表すなら「思索する人」である。大学の先生にありがちな、いろいろな専門書を引用し、寄せ集め、難解な言葉を並べて、いかにも読みにくい、これが専門家の本です、というような本を書く人ではない。自分自身が感じた問題をじっくり温め、思索し、自分なりに納得した答えを見つけ、分かりやすい言葉で伝えることができる人である。論旨はきわめて明快で、なぜそう言えるかの根拠をも示している。しかしながら、理論に偏っておらず、むしろ豊かな感性を随所に感じさせる人だ。 最近の著作「知的プロフェッショナルへの戦略」(講談社)、「なぜマネジメントが壁に突き当たるのか」(東洋経済新報社)、いずれも興味深いが、本稿では、キャリア・デザインのための数々のヒントが盛り込まれている前者を取り上げてみたい。田坂さんは、「知的プロフェッショナルへの戦略」の中で、私たちビジネス・パーソンは、究極のところ、自分自身という「作品」をどう作り上げるかを問われることになる、と問題提起している。「作品」を作り上げるという視点に立つと、どういう作品にしたいかという「自己イメージ」と、どう作り上げるかという「キャリア戦略」が必要になり、このふたつに、本人の「意志」が明確に反映されなければならない。 この意志が欠如している人、つまり自己責任によるキャリア形成という意識が欠けている人は、本人の自覚の問題だと片付けることも可能だろう。しかし、自己責任によるキャリア形成の意識が十分にあり、それなりに努力もしてきたが、「戦略」が間違っていたために「作品」が、つまり磨き上げてきたキャリアの集大成である自分自身が、社会的な価値を認めてもらえず、活躍の場もないというのでは泣くに泣けない。 「知的プロフェッショナルへの戦略」は、間違った戦略をとって後悔するキャリアにならないための示唆に富むヒントを与えてくれる。以下、本書の内容を参照しながら、自分自身を価値ある「作品」とするためのキャリアを考えてみたい。 ◆【2.収穫逓増のキャリア戦略】 田坂さんは、キャリア戦略の誤りをふたつ指摘している。ひとつは、ナレッジ(知識)の時代を誤って解釈し、「知識を蓄えること」が「キャリア武装」になると誤解していることである。資格取得に走る「士」ブームはその象徴だろう。もちろん学習することを否定しているわけではない。「資格」に頼りすぎる危険性を指摘しているのである。 もうひとつは、「仕事の価値」は金銭で評価されると短絡的に考えるあまり、「仕事の報酬」を「マネー・リターン」だけに結びつけてしまう誤りである。目先の報酬が高いほうを選ぶキャリア選択は、将来に禍根を残しかねないと警告している。 そして、このふたつの点でキャリア選択を誤ると、「収穫逓減のキャリア戦略」に陥る恐れがある。すなわち、雇用の市場価値が徐々に低下する結果を招く。大切なのは「収穫逓増のキャリア戦略」である。すなわち、雇用の市場価値が加速度的に増えていくキャリア戦略をとるべきだと田坂さんは提言している。この点について詳しく見ていこう。 「知識」は極めて汎用的である。誰でも学ぶことができる。ITの普及で、知識の流通に加速度がついており、陳腐化も速い。仕事をする上で「知識」は必要だが、「知識」だけに頼る仕事は、雇用の市場価値を失っていく。田坂流のキャリア論によれば、知識だけに頼っている人は「スペシャリスト」にはなり得ても、「プロフェッショナル」にはなり得ない。 「プロ」とは「置き換えのできない人材」、「余人をもって代えがたい人」であり、それだけの「価値ある人材」だと定義している。つまり、その人にしかない「個性的な能力」が背景にある人を「プロ」と呼んでいる。 そして、「個性的な能力」を高めるには、ナレッジ(知識)とともに、ディープ・ナレッジ(暗黙知)を重視することが大切だと提言している。ディープ・ナレッジ(暗黙知)とは、直観力、洞察力、大局観、センスなどの言葉で表される、体験によって磨かれる「内面的な力」である。ディープ・ナレッジ(暗黙知)が厚みを増してこないと、余人をもって代えがたい「オンリーワン」人材にはなれない。なぜなら、ナレッジ(専門知識)は陳腐化するが、ディープ・ナレッジ(暗黙知)は、経験を積めば積むほどその人の内面に蓄えられていくからである。 それでは、ディープ・ナレッジ(暗黙知)はどのようにすれば厚みを増すことができるのか。ここで、「仕事の報酬」を「マネー・リターン」だけに結びつけてはならないという警告が生きてくる。「仕事の報酬」は、「マネー・リターン」だけでなく、ナレッジ、リレーション、ブランド、グロースの4つのリターンを見る必要がある。そして、この4つのリターンを最大化することこそ、「オンリーワン」人材を創る鍵、「収穫逓増」のキャリア戦略の鍵を握るとしている。 結論として、田坂さんは、キャリアの選択を迫られたとき、次の4つの判断基準を重視することを勧めている。 1.この仕事で、いったい何を学べるか。(ナレッジ・リターン) 2.この仕事で、どのような人的ネットワークを築くことができるか。(リレーション・リターン) 3.この仕事は、自分の評価を高めてくれるか。(ブランド・リターン) 4.この仕事は、人間として成長できる機会になるか。(グロース・リターン) 4つのリターン(ナレッジ、リレーション、ブランド、グロース)は、前者ほど「即効性」が高く、後者ほど「持続性」が高い。そして、「収穫逓増」のキャリア戦略のためには、持続を意図した「長期投資」の視点、すなわちナレッジよりリレーション、リレーションよりブランド、ブランドよりグロースのリターンを重視すべきことを強調している。 ◆【3.田坂メッセージをどう受けとめるか】 ナレッジ、リレーション、ブランドのリターンに十分な厚みがあれば、収穫逓増の法則が働くだろうと推測できる。しかし、グロース・リターンはどう関わりがあるのだろうか。なぜ関連があるのかと疑問を持つ読者のために、筆者自身の体験を紹介してみよう。以下、筆者の体験。 私は、1967年、ある会社の駐在員としてポーランドに赴任した。駐在員事務所はない、先任駐在員はいない、ポーランド語は話せないどころか、聞いたこともない。そんな場所に一人で行って、現地独立採算ベースで6年間働いた。帰国後、同期入社の仲間と話して気づいたのは、私の意識が彼らのそれとは違ってしまったという事実だった。 ほとんどのことを私が計画し、私が判断し、私が遂行するしかない環境だったため、赴任時に25歳の頼りない人間だった私も、組織や上司を頼る気持が薄らいで、気づかないうちに「自己責任」の感覚が強くなっていたようだ。このため、「〜がこうだから〜」と責任転嫁に聞こえるような発言を聞くと、違和感を持ち、発言の背後にある甘さを感じていたことが思い返される。 社会主義時代のポーランドは、物も不足し、不自由を強いられる6年間だったが、振り返ってみると、大きなグロース・リターンを得ていたことになる。私の「雇用の市場価値」を高めたかという視点で見たとき、ナレッジ・リターン(ポーランド語、ポーランドとの取引経験、他)が効果を発揮したという自覚はない。リレーション・リターン(ポーランド人との人脈、ポーランドに赴任していた日本人との人脈、他)も同様だ。ブランド・リターンはどうだろうか。ニューヨークやロンドンに行ったのとは訳が違う。「珍しいところに行きましたねえ」とは言われても、ブランドと受け取ってもらったという自覚はない。 しかし、私が気づかないうちに、ポーランド駐在の6年間は、私を内面的に成長させていた。グロース・リターンを得たことは確かである。私を内面的に成長させるきっかけとなった体験は、その他にいくつも数え上げることができるが、この6年間に匹敵するものはない。ビジネスマンとしての私の「基礎体力」が鍛えられたのは間違いない。 キャリア・カウンセリングの仕事をしながら、私はグロ−ス・リターンに支えられていることを痛感する。クライエントと向き合っているとき、私という人間、私という「作品」が試されていると感じることが多い。キャリア・カウンセリングのナレッジ(知識・技術)はもちろん必要だが、それだけで務まる仕事ではないと思う。キャリア・カウンセラーの「内面的な力」、ディープ・ナレッジがクライエントに与える影響も大きい。しかし、「内面的な力」の意味や価値を分かりやすく伝えるのは難しいと感じていた。田坂さんの「知的プロフェッショナルへの戦略」は、私が伝えたかったことを代弁してくれる著書である。 キャリア・カウンセリングの仕事を例にあげたが、「内面的な力」、ディープ・ナレッジは、マネジメント職で部下育成の役割を担う人には、重要な能力要素になるだろう。また、高いコンピテンシーを持つ人の背後には、「内面的な力」、ディープ・ナレッジがあるのは間違いない。 キャリアの選択を迫られたとき、具体的にどうすべきかについて、筆者の体験からひとつだけ伝えたい。「困難が大きいと予測されるほうを選べ」の一言に尽きる。楽な道を選ぶと、グロース・リターンは期待できない。新規事業をスタートさせる子会社への移籍、他事業部への異動、他職種への異動、その他新しいチャレンジのチャンスは、何度か目の前に現れるだろう。そのようなとき、楽な道は捨てるのである。ただし、現在の職務への不満が大きいため、別の何かを選ぶ場合は注意が必要だ。嫌なことから逃げるために、別の何かを選択すると、成長のチャンスのはずが、不満を増長させる場になりかねない。正直に自分の心を見つめる必要がある。 いずれにしろ、長期的なキャリア・デザイン「収穫逓増のキャリア戦略」を考える上で、田坂さんの提言が重要な意味を持っているのは間違いない。そのことを、筆者は、体験を通して確信している。最後に、同書の一節を引用して本稿を終えることにしよう。 「人間としての成長」は「究極のリターン」である。なぜなら、「自分自身」が「究極の作品」だから。 |
★資料(データ)ユニット (「知的プロフェッショナルへの戦略」に関する情報) 1)『「知的プロフェッショナルへの戦略」の目次』 第一話「ナレッジ・ワーカー」ではなく「知的プロフェッショナル」をめざせ 第ニ話「知識の流通革命」が始まり「中抜き現象」が起こる 第三話「知識資本主義」の時代は「勝者一人勝ち」の時代となる 第四話「知識社会」では「収穫逓増」のキャリア戦略を取れ 第五話「キャリア戦略」には「波乗り」の戦略思考が求められる 第六話「自己投資の戦略」における「三つのポイント」を誤るな 第七話「師匠」を見いだし「ディープ・ナレッジ」を学べ 第八話「傾聴力」と「反省力」という「メタ・ナレッジ」を身に付けよ 第九話「知恵の等価交換」と「共感」のネットワークを築け 第十話「個人カンパニー」の時代には「個人ブランド」を生み出せ 第十一話「パーソナリティ」こそが「最高の戦略」となる 2)『「知的プロフェッショナルへの戦略」出版情報』 発行元:講談社 著 者:田坂 広志 初 版:2002年3月 価 格:1500円(税別) |
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9.「EQリーダーシップの価値」
◆【1.実用のレベルまで洗練されてきたEQマネジメント】 リーダーのマネジメント能力が雇用市場において評価対象になりずらいことは本連載の中で述べてきた。そして、管理職はジェネラリストであるとして、プロフェッショナルなマネジメント能力を真に求めてこなかった「年功」による役職処遇が背景にあることも述べてきた。しかしそれだけではない。長期的な成果につながるマネジメント能力を客観的に測定する適切な方法がなかったことも一因である。ところが、その状況を変える可能性を感じさせてくれる著書が出版された。ダニエル・ゴールマン他による「EQリーダーシップ」である。 1995年、「EQ〜心の知能指数」を発表したダニエル・ゴールマンは、続いて「ビジネスEQ」を著した。どちらも興味深い著書ではあったが、ビジネスに活かすという面では具体性を欠いている感があり、実践への応用に結びつけるには無理があるという印象を筆者は持っていた。しかし最新の著作「EQリーダーシップ」はかなり具体性を備えている。理論も磨かれて、洗練された、納得性の高いものになっている。EQ能力とは何か、EQ能力をどんな尺度を使って測定するか、EQ能力の高低がなぜ業績の高低と結びつくのか、EQ能力をどのようにして高めるかなどが紹介されており、実用の領域に入ってきたことを感じさせてくれる。 以下、同書の内容を参照しながら、EQリーダーシップ能力をプロフェッショナルなマネジメント能力としてアピールできる可能性を考えてみたい。 ◆【2.EQ能力は測定できる】 同書のキーワードは「共鳴」である。その対極が「不協和」である。いい雰囲気も悪い雰囲気も伝播しやすく、いい雰囲気は組織の健全な「共鳴」現象として表れ、悪い雰囲気は組織の不健全な「不協和」現象として表れる。著者は、それを最新の脳科学の研究成果と結びつけて説明している。「共鳴」には「考える脳」すなわち大脳新皮質が関係しているわけではなくて、「感じる脳」、すなわち脳の大脳辺縁系が関係しており、集団を構成している人の「感じる脳」が良い方向で同調している状態を「共鳴」と呼んでいる。そして、「共鳴」、すなわちいい雰囲気を作り出すか、「不協和」、すなわち悪い雰囲気を作り出すかに最も大きな影響を与えるのは、リーダーのEQ能力の高さであると指摘している。 これは経験的に納得できることである。入社以来出会った上司を考えてみれば、その上司がどんな雰囲気を作り出していたか容易に思い出すことができる。細かい仕事のやりとりは覚えていなくても、その上司が作り出していた雰囲気は身体が感じ取っているため、忘れることはない。 しかし、いい雰囲気を作り出すか、悪い雰囲気を作り出すかを尺度にしてリーダーのEQ能力を測定するというのでは、あまりに抽象的過ぎる。そこで著者は、後のデータ・ユニットにも記載した18の測定尺度を使うことを提案している。「ビジネスEQ」を著したときには24尺度だったが、尺度の説明があいまいで、実践で活用するのは難しいという印象を受けた。今回の18尺度は、説明が明快で、使いやすくなっており、実用に耐えるものに改善されている。データ・ユニットに各尺度の簡単な説明を付したが、詳細な説明を知りたい方は、「EQリーダーシップ」をご覧いただきたい。 さて、著者は18尺度を、自己認識、自己管理、社会認識、人間関係の管理という4つの領域に分類している。そして、18尺度すべてが高いリーダーはいないが、これまでの調査でEQ能力が高いと測定されたリーダーは、例外なく次のような傾向を持っていると指摘している。 すなわち、EQリーダーシップ能力の高い人は、4つの領域それぞれで、いずれかひとつ、高い尺度を持っている。自己認識3尺度のひとつ、自己管理6尺度のひとつ、社会認識3尺度のひとつ、人間関係の管理6尺度のひとつは、少なくとも高い測定値を示すこと。それがEQリーダーシップ能力の高さを裏付ける条件になっている。これは、自己認識、自己管理、社会認識、人間関係の管理という4つの領域それぞれが、対人関係をスムースに行う上で大切だということを意味している。いずれか3つの領域でどんなに高いスコアを示しても、残るひとつの領域のスコアがすべて低ければ、EQリーダーシップ能力は低いということである。 この調査結果は興味深い。4つは、前から順番に充足されるべきもののようだ。自己を正しく認識できていなければ(自己認識)、セルフコントロールはできそうもない(自己管理)。自己認識と自己管理が適切にできていなければ、真に共感することはできそうもない(社会認識)。また、真に共感する力が備わっていなければ、他者にいい影響を与えることはできないだろう(人間関係の管理)。前の3つの条件が整っていないときに行使する他者への影響力は、権威主義的、強圧的になってしまうことは容易に想像できる。EQ能力の高いリーダーを目指す場合は、自己をしっかり見つめ、正しく自己を認識するところからスタートする必要があるというのは納得できる。 さて、著者はリーダーシップのスタイルを、ビジョン型、コーチ型、関係重視型、民主型、ペースセッター型(注)、強制型と分けており、リーダーが置かれている状況に応じて使い分ける必要があることを強調している。そして、ペースセッター型と強制型のスタイルを行使する場合は、EQ能力の高さが伴っていないと危険であると警告している。EQ能力の低いペースセッター型リーダーや強制型リーダーの下で仕事をするのは、可能ならば避けたい。組織に属していると希望がかなうとは限らないところが辛いところだが。 ところで、EQ能力の高いリーダーは組織にどんないい影響を与えることができるだろうか。一般論だけでは分かりずらいかもしれない。そこで筆者の身近な人の例を紹介したい。大手生保の部長を4年間務めた後、関連先に転じたAさん(50代)である。部長に就任してからのAさんの4年間を紹介しよう。 (注)ペースセッター型:「高いパフォーマンスの達成」という点に特別強い関心を向けるリーダースタイル ◆【3.高いEQ能力は組織を前向きな雰囲気に変革する】 筆者から見て、Aさんは極めてEQ能力の高いリーダーである。筆者の主観で評価してみると、イニシアティブ、組織感覚力、鼓舞激励、影響力の4尺度のスコア判定は難しいが、それらを除いた14尺度のスコアは間違いなく高い。Aさんと酒を酌み交わすひとときは格別楽しい。Aさんはいつも筆者を心地良い気分にさせてくれる。温かさで包んでくれるような人柄である。 Aさんは部長に就任すると、「信頼のネットワーク構築」と「学習する組織の実現」を自らのリーダー哲学として部下に示した。そして、個人としての自己実現と組織としての自己実現を統合できる方向を目指すことを宣言した。また、内発的動機でなければ「やる気」につながらないことを強調し、次の5点の注意を促した。 一人一人が、自分が主役の意識を持ち、自分の判断を重視すべきこと。自分で作った目標を持つこと。自分が本当におもしろいと思えるものに取り組むこと。自己を否定せず、「できる」と自己を肯定するところからスタートすること。信頼し、信頼される関係を築こうと意識すること。 筆者のビジネスマン経験から考えると、このような言葉はお題目で終わることが多い。心地良い響きを持っているが、それが組織の中で実現された例は聞いたことがない。部下は、リーダーの「言う言葉」ではなくて、「日々の行動」に関心を向けている。肌で感じたものを上司の本音として見抜いてしまう。従って、リーダーは、日常、どういう行動をし、どういう面に目を向け、何を評価し、何を叱責するかを問われる。 Aさんのすごいところは、示した方針が本気だったことである。Aさんによれば、失敗の体験でも、安心して話す雰囲気が出てきた。また成功例は、同僚にも試して欲しいという気持を込めて、喜んで話しはじめた。お互いが競争相手であった組織に、信頼、協調、互恵などの雰囲気が生まれた。活き活きした表情に変わり、この職場にいることを楽しんでいる様子が見えはじめた。こういう組織にすると宣言したAさんが、それに沿って行動するように部下をエンカレッジしたことは言うまでもない。 このような職場の雰囲気の変化は、業績に現れた。Aさんの就任以前、全国の同様の組織で平均レベルにとどまっていた成績が、就任初年度に、全国ナンバーワン・レベルに踊り出た。そして、好業績は、Aさんが今春異動になるまでの4年間、変わることなく続いた。 Aさんの組織は、全国から注目される存在になった。そして、Aさんの部隊の業績を押し上げたものは何か、と他の組織から問いかけられた。しかし、形式だけを理解するにとどまったため、その背景にあるEQの側面には目が向かず、思うような成果に結びついていない。形は真似ることができても、リーダーのEQ能力という魂が入っていないからである。ダニエル・ゴールマンも指摘しているが、EQ能力は簡単には真似できない。EQ能力の習得は、時間をかけて根気よく取り組む必要がある。そして、いったん身につけば、生涯失われることはない。 AさんのリーダーとしてのEQ能力の高さは、Aさんがその組織を去るとき、部下がAさんに寄せてくれたメッセージから伝わってくる。部下から上司へのメッセージなので、割り引いて受け取ったとしても、心に響くものがある。Aさんの承諾を得たので、その一部を紹介しよう。 |
Bさん |
「感謝、感謝、感謝の気持で一杯です。部長との出会いに感謝。仕事の楽しさを教えていただいて感謝。部長の人柄・人脈に感謝。うまく表現できませんが、部長と出会えて、自分を見つめなおすこと、家族との関係を見つめなおすこと、大げさに言えば自分の原点に戻ったような気持です」 |
Cさん | 「私の価値観、生き方に刺激を与えてもらいました。自分自身を見つめるまたとない3年間でした。この部に籍を置けたことを誇りに思います」 |
Dさん | 「部長に薦められた一冊の文庫本が人生の転換点になりました。感謝の気持は言葉で言い尽くせません」 |
Eさん | 「部長のような上司は初めてでした。今後も出会うことはないと思います。人間としてのあり方、本質について教えを受けたことは新鮮で、衝撃的でした。世の中は、目に見えない何かによって動かされているとすれば、部長との出会いも運命的、必然的だったと受けとめています。ありがとうございました」 |
Aさんに寄せられたメッセージは、EQ能力の高いリーダーが、部下にどういう影響を与えることができるかを明らかにしている。人間的影響力である。仕事や人生をどう考えるか、根底の人間観、世界観に影響を与えている。上司というより、導師(グル)の役割を果たしている。またメッセージから、部下のEQ能力の高さを推測することができる。Aさんに対して、実に率直に気持を吐露している。リーダーの高いEQ能力は、部下に伝播するのである。個が活き活きと自分らしさを発揮して心から仕事を楽しんでおり、それが組織の成果に表れる。リーダーとしてこれ以上の歓びがあるだろうか。 ◆【4.EQ能力と社会のニーズ】 アメリカではエンロンの破綻が経済を根底から揺るがし、ワールドコムの破綻が追い討ちをかけ、それにタイミングを合わせたように時価総額極大化経営を痛烈に批判した「株主資本主義の誤算」(アラン・ケネディ、ダイヤモンド社)が出版されて、ジャック・ウエルチ的なマネジメント手法に警鐘を鳴らしている。エンロンやワールドコムのケースは、EQ能力の5番目の尺度「透明性」に欠けるリーダーが率いる組織がどんな問題を引き起こすかを白日の下に晒した。「EQリーダーシップ」の解説欄で、日経ビジネスの野村編集長が、本当の企業価値とは何か、持続的な成長を続ける組織の強さを支えるものは何かを改めて問われていると指摘している。リーダーのEQ能力に目を向けるべきだという大きな問題提起である。 これからの時代は、EQリーダーシップ能力をプロフェッショナルなマネジメント能力としてアピールできる可能性が大きくなるだろう。Aさんは、会社のトップでなくても、すなわち中間管理職でも、高いEQ能力によって成果を出せることを示してくれた。 EQ能力はどのようにして高めることができるのかという疑問を持たれる読者のために最後にその点に触れたい。EQ能力向上は「自己認識」から始まると既に述べた。「自己認識」を深めるために筆者が薦めたい方法は「エニアグラム」という人間学・心理学の視点で自分を見つめることである。「エニアグラム」のセミナーに参加した人は"始めて自分のことがよく分かった"という言葉を口にする。筆者の体験も同じだった。「エニアグラム」との出会いがあまりに衝撃的だったため、筆者はそれを専門的に学び、いまでは日本でも数少ない「エニアグラム」のトレーナーを務めている。「エニアグラム」はEQ能力向上に深く関わっているので、いずれ稿を改めて紹介したい。 本稿が、読者の目をEQ能力に向けさせるきっかけになれば幸いである。 |
★資料(データ)ユニット (「EQリーダーシップ」に関する情報) 1)『EQの4領域と関連コンピテンシー』 《個人的コンピテンシー(自分自身に対処する能力)》 【自己認識】 |
1. | 感情の自己認識:自分自身の感情を読み取り、 |
そのインパクトを認識する。直感を信じて決断する | |
2. | 正確な自己評価:自分の長所と限界を知る |
3. | 自信:自分の価値と能力に対する健全な信頼 |
【自己管理】 |
4. | 感情のコントロール:不穏な感情や衝動をコントロールする |
5. | 透明性:正直と誠実。信頼できること |
6. | 順応性:状況の変化に順応し、障害を克服できる柔軟性 |
7. | 達成意欲:自分の内なる目標の達成をめざし、 |
パフォーマンスを向上させる意欲 | |
8. | イニシアティブ:進んで行動を起こし、チャンスをつかむ |
9. | 楽観:ものごとの良い面を見る |
《社会的コンピテシー(人間関係に対処する能力)》 【社会認識】 |
10. | 共感:他者の感情を感知し、他者の視点を理解し、 |
他者の事情に積極的関心を示す | |
11. | 組織感覚力:組織内の潮流、意思決定ネットワーク、 |
政治力学を読み取る | |
12. | 奉仕:部下や顧客のニーズを認識し、対応する |
【人間関係の管理】 |
13. | 鼓舞激励:求心力のあるビジョンを掲げて、モチベーションを与える |
14. | 影響力:さまざまな説得術を行使する |
15. | 育成力:フィードバックと指導を通じて他者の才能を育てる |
16. | 変革促進:新機軸を発議し、管理し、統率する |
17. | 紛争処理:意見の相違を解決する |
18. | チームワークと協調:協調とチーム作り |
2)『「EQリーダーシップ」出版情報』 発行元:日本経済新聞社 著 者:ダニエル・ゴールマン、他 初 版:2002年6月 価 格:2000円(税別) |
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10.「EQ能力アップの妨げとなる自己防衛にいかにして気づくか」
◆【1.自分を知ること】 前回、EQリーダーシップの価値に言及した。そして、EQ能力を高めるための出発点は「自己認識」であることにも触れた。しかし、どのようにすれば「自分を知る」ことができるかについては触れなかった。「エニアグラム」という人間学・心理学に手がかりがあると紹介しただけで終わった。そこで今回は、エニアグラムの助けを借りて「自己認識」、「自己管理」、「社会認識」、「人間関係の管理」の4つのEQ領域で能力を高めることができる可能性を紹介したい。 心理カウンセリングには、スキルとメタスキルという言葉がある。スキルとは、心理カウンセリングを行うためのさまざまな技法である。ハウツーにあたる部分である。一方、メタスキルとは、スキルを超えたもの、スキル(ハウツー)を扱う姿勢、態度、心のあり方を指す。そして、心理カウンセリングには、メタスキルが特に重要な意味を持つ。来談者中心療法を確立したカール・ロジャースが語った"私にとって最高のカウンセリングとは、カウセリング技法を一切使わず、約束した時間、私がクライエントのそばにいただけでクライエントの心が癒されていくことです"という言葉は、それを物語っている。メタスキルは、他者の心を開かせるEQ能力と深い関わりがありそうだ。 前回触れたエンロン、ワールドコムのケースでは、経営幹部は、MBA的なハウツーを誰よりも身に付けていたに違いないが、すなわちスキルは十分すぎるほど持っていたにちがいないが、メタスキル、スキルを使いこなす心のあり方、EQ能力はどうだったのかと疑わざるを得ない。社会的な責任が重い立場になればなるほど、EQ能力が伴っていないと危険だということは、鈴木宗男氏の例を引くまでもなく実感できるところである。 さて、EQ能力を高めるための出発点「自分を知ること」は、なぜ難しいのだろうか。この点を、エニアグラムとの関連で説明してみたい。 ◆【2.人を突き動かす根源的な価値観】 2000年以上の長い歴史を持つエニアグラムは、人間の価値観の違いに着目した心理学である。その学問の根底となっている人間観は、人間の心の奥底に、すなわち無意識の深いところに、「命を生かし続ける源」があるという仮説を立てている。 そして、その「命の源」の働き方は、人によって異なり、9つに分かれていると説く。すなわち、「9つの異なる働き方をする根源的な命のエネルギー」が無意識の深みから湧き上がり、そのエネルギーの力が、異なる価値観を持たせることを明らかにした。このエネルギーは、「命そのものの力」、その人を活かし続ける根源的な力であるため、このエネルギーの働きによって形成される価値観は、誰にとってもかけがえのない大切なものになる。 ひとりひとりの心の中にあるこのエネルギーは、持って生まれたものである。一般的には「気質」と呼ばれているが、終生変わることなく持ち続ける、最もその人らしい個性を作り出す根源である。その人の価値観の根幹につながる部分である。 もちろん人間の価値観、広い意味での性格は、「気質」だけで決まるわけではない。幼児体験や、もの心ついてからの親や先生からの注意、自分が痛い思いをした体験、こうなりたいという願望、期待される役割など、いろいろなものの影響を受ける。それにもかかわらず、エニアグラムが「気質」に注目するのは、「気質」が「命の源」として潜在意識で働き続け、ひとりひとりの心の中で形成される価値観の岩盤となり、生き方に大きな影響を与えるという事実が確認されているからである。 「気質」の違いが作り出す価値観の違いをわきまえていないと、価値観の食い違いがコミュニケーション・ギャップを引き起こし、心を痛める結果につながる。しかし、残念ながら、ひとりひとりを突き動かす「気質」のエネルギーは、無意識の深いところの働きであるため、日常、それに気づくことは難しい。エニアグラム・セミナーを受講した人の"自分を突き動かしているエネルギーがあることに驚きました。今までの自分を振り返って、なぜそうするのか分からなかったことが納得できました"という感想からそれが分かる。ちなみにこの受講生は、"正直に言って目から鱗がおちました"と、まったく気づいていなかった自分を発見したことの驚きを表現している。 ◆【3.EQ能力を妨げる自己防衛の強さ】 エニアグラムでは、大枠の価値観が、表1のように9通りになることが分かっている。そして、誰でもこれら9つの価値観を持っているが、この中の一つを、特に強く感じる傾向がある。すなわち、価値観には必ず偏りがある。それが、個性の違いに結びついている。 しかし、どういう偏りを持っているか本人は気づいていないことが多い。さきほどの受講生のように、自分を見つめる手段(この場合はエニアグラム)の助けを借りないと、気づいていなかった自分を発見するのは困難だ。 気づかなくても支障なく生きているので、困ることはないと言えなくもないが、リーダーの場合にはそれではすまされない。その影響を受ける部下が被害を受けることになる。その理由を解説してみよう。 人間を動かしている根源的な欲求・動機は、「自分は価値がある人間だ」と他人に認めさせること、そして自分でも認めることだ。これは、ビクター・フランクルがナチス収容所の体験をもとに打ち立てた「ロゴセラピー」で明らかにしている。人間は、「自分には価値がないのではないか」と無意識に恐れる。その恐れに気づかないと、強い自己防衛を抱え込む。エニアグラムが明らかにしているのは、「気質」が異なると、異なるやり方で自分の価値を守ろうとするという点である。 価値を失うことを恐れ、その恐れから自己を守ろうとするやり方は、表2のように9つに分かれる。「恐れ」に対処するこのやり方も無意識のものである。 しかし、自分の「恐れ」に気づかず、自己を強く防衛しようとすると、他人に心を開くことができず、強圧的な態度を出してしまう。攻撃的な人の内面には、自己防衛が強く働いている。攻撃は、内面に隠している弱さの表れだからだ。 こういうリーダーは、部下に耳を貸さず、指示命令的なやり方をとる。部下が、自分で考え、自分で判断しながら仕事を進め、それを通して成長できるチャンスを奪ってしまう。部下が萎縮してしまい、伸びることができなくなる。非受容的なリーダーの典型である。 リーダーのEQ能力を左右する最大の要因は「恐れ」である。「自分を知ること」は大事だ、EQ能力を高める出発点は「自己認識」だというのは、こういう意味である。前回、EQ能力が高いリーダーの例として紹介したAさんは、自分のことをよくわきまえている、極めて受容的なリーダーである。 管理職経験者が雇用市場で自分の職務能力をアピールし、認めさせる難しさこれまでも繰り返し述べてきた。この現実を直視し、アピール可能な能力を身に付ける必要がある。連載第4回目に紹介したコーチングと今回紹介したエニアグラムは、リーダーのエンプロイアビリティ(雇用価値)をEQ能力の面から高めてくれるものとして強調しておきたい。 |
★資料(データ)ユニット (「エニアグラム」に関する情報) 1)『気質別のおおまかな性格傾向』 |
1 | どんなことでもおろそかにしません。理想主義的で、妥協は苦手です。何ごとも完全にやろうとします。自分を厳しくコントロールします。物言いは丁寧です。話しが長くなる傾向があります。他者をほめるのは苦手です。不正は見逃しません。不公平を許しません。 |
2 | 頼まれごとは喜んで引き受けます。心がやさしくて、落ち込んでいる人、辛そうな人、弱っている人、助けを必要としている人などがいると、一生懸命に手助けします。喜怒哀楽がはっきりしています。感情をコントロールするのは苦手です。おせっかいをする傾向があります。 |
3 | 自分のイメージを大事にします。姿・形から格好よさを感じさせます。大勢の中にいても目立ちます。テンポのいい話し方をします。無駄のない人という印象を与えます。人に対して積極的です。人当たりのよさを感じさせます。 |
4 | 他の人とは違う雰囲気を感じさせます。シャイな印象を感じさせることがあります。理路整然と論理的に話しをするのは苦手です。言葉がうまく通じないことがあります。他の人は着そうもない、ちょっと変わった服を着ていることがあります。 |
5 | いかにも冷静・沈着、いわゆるクールな印象を与えます。ちょっとした会話は苦手です。質問されたこと以外はほとんど話しませんので、言葉足らずという印象を与えます。あまり感情を表わしません。また自分をアピールしません。 |
6 |
他者の気持を考える人です。人に対して誠実です。信頼感、安心感を持てる人です。相手を気にし過ぎる傾向があります。話し方は慎重です。ちょっと臆病なところがあります。突発事項が起きると思考停止に陥り、身動きができなくなります。 |
7 | 明るい性格です。楽天的です。人に警戒感を抱かせないひょうきんさを持っています。どんな人とも仲良くなれる親近感を感じさせます。辛いことからは目を背ける傾向があります。衝動的で、思いつきで動いてしまいます。がまんは苦手な性格です。 |
8 | 大きなパワー、強いパワーを持っています。プレッシャーがかかると、強い力ではねのけます。わがままという印象を与えます。自分のペースで突進します。相手のことは気にしません。情にもろいところがあります。怒りを爆発させると、怖がられます。 |
9 | 春風のように穏やかです。包容力を感じさせます。ほっとさせる雰囲気を持っています。あわてずに、悠然と構えます。なかなか行動を起こしません。他者よりテンポが遅いという印象を与えます。話し方がゆっくりです。他者にプレッシャーを与えません。 |
2)『「エニアグラム」関連書籍』 多数出版されていますが、その中から筆者の著書を含めて2冊だけ紹介します。 筆者の著書は、エニアグラムを「生きる意味」と関連させて書いており、エニアグラムの「本質」をテーマにしています。もう1冊の本は、エニアグラムの「ハウツー」が詳細に記述されています。本質に触れてからハウツーに進むと理解が深まります。 書 名:人づきあいが9倍楽しくなる心理学 発行元:しょういん 著 者:吉田 久夫 初 版:2001年8月 価 格:1600円(税別) 書 名:9つの性格(文庫) 発行元:PHP研究所 著 者:鈴木 秀子 初 版:2004年1月 価 格:700円(税込み) 表1 エニアグラムによる大枠の価値観 1 何をするにも完全・完璧であることが大切だ 2 誰にも喜ばれる、やさしい、親切な人であることが大切だ 3 誰にも負けない結果を出すことが大切だ 4 自分を理解してもらえると期待しないことが大切だ 5 良く考えて、自分で答えを出すことが大切だ 6 他人の意向を尊重し、従うことが大切だ 7 明るくて、ひょうきんであることが大切だ 8 相手の言いなりにならないことが大切だ 9 余計な波風を立てる自己主張をしないことが大切だ 表2 価値を失うことを恐れて、自己を守ろうとするやり方 1 理屈をつけて、自己正当化する 2 他人を憎む 3 他人や出来事のせいにする 4 空想に逃げる(現実性のない夢、悲劇) 5 人間関係を絶ち、理論で分析し、納得する 6 権威に頼る(役所、地位、父親、先生、etc) 7 次々と他のことに心を向ける 8 自分を強く見せ、攻撃的になる 9 たいして重要ではないと片付ける |
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11.「フリーエージェント社会の予感とこれからの働き方」
◆【1.フリーエージェントの増大は時代の流れ】 あるセミナーで出会ったUさんが話してくれた「働き方」は、新鮮な驚きとともに、働き方の多様性を考えるきっかけとなった。Uさんは、正社員であることを敢えて拒絶し、契約で仕事を請け負うプロの道を歩んでいる。そういう働き方を選択する人と現実に出会うと、働き方の幅の広がりを実感する。 Uさんの印象が強く残っていたため、ダニエル・ピンクの著書「フリーエージェント社会の到来」を手にしたとき、フリーエージェント社会への潮流とUさんの選択が同じ軌道上にあることを確信した。 ダニエル・ピンクは著書の中で、社会状況の変化を働き方の変化と結びつけ、「雇われない生き方」の増大を予見しており、なかなか興味深い。「組織人間」から「フリーエージェント」への流れを必然だと見ており、将来、どんな働き方をすべきかの示唆に富んでいる。 最近の報道によれば、大学、短大、高校を卒業して進学・就職をしない「無業者」は、年間28万人に達し、大卒の5人に一人は働く場を持っていない。しかもこの数字には、大卒でアルバイトをしている人は含まれていないという。こういう状況に対して、厚生労働省は、若年者向けの適職選択総合計画を実施しようとしており、若年者の雇用促進を雇用政策の重要課題として進めようとしている。 しかし、こういうとらえ方は、従来の働き方、すなわち正社員採用、終身雇用を前提にしているように思えてならない。ダニエル・ピンクが指摘するのは、社会の変化が働き方を変えさせる力として働いており、フリーエージェント増大の流れはもはや止めることができないということである。 「フリーエージェント社会の到来」を参照しながら、何がどう変化しているのか、それが働き方にどういう影響を与えるのかを考えてみたい。 ◆【2.異なるスタイルのフリーエージェント】 ダニエル・ピンクによれば、アメリカでは、組織に忠誠を誓い、その代償として定収入と雇用の安定を得る働き方をする組織人間が減少し、組織に縛られず、自らの手で自分の未来を切り開くフリーエージェントが、働き方の新しいモデルになっている。アメリカ最大の雇用主が人材派遣会社のマンパワー社だという指摘は驚きだ。 ダニエル・ピンクは、フリーエージェントを「フリーランス」、「臨時社員」、「ミニ起業家」の3つに分類している。 「フリーランス」とは「意図したフリーエージェント」である。組織に属さずに自分のサービスを売るタイプで、デザイナー、コンサルタント、カウンセラー、プログラマー、トラック運転手など。2000年のアメリカの統計では、自分を「フリーランス」と位置づけている人が26%、すなわち4人に一人という驚くべき数字である。 「臨時社員」とは「意図せざるフリーエージェント」である。ただしこの働き方に満足している人は少なくて、半分以上の人が恒久的な仕事に就きたいと考えている。しかし企業側は、景気変動に備える短期的な方策として「臨時社員」を位置づけているわけではない。「臨時社員」は生き残りのための長期的な戦略に組み込まれており、企業にとって不可欠になっている。 「ミニ起業家」とは、インターネットの普及によって、個人や少人数のグループでも大組織並みの活動が可能になったことにより誕生してきた「ミニ企業」である。今や、アメリカの企業の半数以上は、従業員5人未満の会社が占めている。 ◆【3.組織から個人への流れと管理職の役割】 フリーエージェントが増大している背景について、ダニエル・ピンクは次のように指摘している。 @個人と組織の関係の変化 個人が会社に忠誠を誓い、会社が個人に安定を保証するという図式が崩れた。家族的温情主義を貫いてきたIBMが、90年代に、12万人の人員削減をしたことが、個人と組織との関係の変化に決定的な影響を与えた。それ以来、フリーエージェントは増加の一途をたどっている。 A生産手段が安価になった 従来、資本がなければ手にすることは難しかった生産手段が、PCとインターネットの普及によって誰でも手軽に持てるようになり、個人の自立が容易になった。アメリカでは、いまやインターネットに接続している人の50%以上が、ホームオフィスという状況である。 B経済の繁栄 全体的な生活水準の向上の結果、多くの人が、仕事を、生活の糧を稼ぐ手段と考えるだけでなく、「やりがい」をも求めるようになってきている。 C組織の短命化 テキサス大学の調査によると、90年代におけるテキサス州内の企業の寿命は、70年代のそれの半分になっている。つまり企業の寿命が短くなってきている。一方、人間の寿命は長くなってきている。その結果、ひとつの企業に生涯勤め続けられることは考えにくい状況になっている。 以上の背景は、経済の基本単位が、組織から個人に移りつつあることを意味している。そして、これが働き方に影響を及ぼしている。フリーエージェント社会では、組織のあり方はきわめて流動的になり、あるプロジェクトではボスだった人が、別のプロジェクトではスタッフになる。個人の力は、地位や肩書きが決めるわけではなく、「人間関係」によって決まる。 「今回力を貸してもらったので、次回は力になります」という互恵主義が拡がり、人的ネットワークの拡がりの中で信頼を得られるかどうかが大事になる。他人を出し抜くような行動は結果として損になるので、流動的であるが安心できる健全な関係が築かれる。 フリーエージェント社会への移行がさらに進むとどんな変化が起こると予想されるだろうか。以下は、ダニエル・ピンクの予測である。 @リタイヤからeリタイヤへ 工業経済の時代には、高齢者は大きな負債だったが、知識経済の時代には、"年輪の刻まれた脳味噌"は大きな財産になる。60代で完全に仕事から離れるのではなく、インターネットを使って仕事を探し、フリーエージェントとして働くことになるだろう。 A中間サイズの企業は消える 「規模の経済」の恩恵を受ける企業は途方もなく巨大化する一方、フリーランスやミニ企業も増え続ける。企業の短命化が進む結果、投資家は、企業ではなく個々のプロジェクトに投資するようになるだろう。映画や不動産で行われている手法が一般化するかもしれない。 B管理職の多くは不要になる フリーエージェントが増えると、これまでのような管理・統制する役割の管理職は無意味になる。生き残る一部の管理職は、プロジェクトの立ち上げから完了まで監督するプロジェクト・マネジャーだ。その最も重要な役割は、適材適所の人材を集めること。つまり人材を的確に評価する目を持つことだ。 ◆【4.プロとして生きる道】 フリーエージェント増大の予兆は日本にもある。本連載第6回目に紹介した起業家ネットワーク「キープラネット」の200人以上の会員は「ミニ起業家」の例である。本稿では、「正社員」を捨てて、敢えて「フリーランス」を選んだ今年37歳になる採用のプロUさんに、フリーランスに到るご自身の歩みを語っていただいたので紹介したい。 「私は、大学を卒業後、全国ブランドのメーカーに入社しましたが、9ケ月で辞めてしまいました。自分の力で誰よりも抜きん出た存在になるぞと燃えていましたし、仕事もおもしろかったのですが、私の上司より明らかに実力の劣る人が課長になり、私の上司は課長になれませんでした。そして、それが社内の派閥によるものだと分かったときには落胆しました。どんなに自分の実力を磨いても、別の要素で昇進が左右されてしまう会社で働き続ける意欲がなくなってしまったのです。幸い、在学中から私を誘ってくれていた小さな会社の社長が、卒業後も誘い続けてくれていましたので、転職することにしたのです」 「転職した会社は40人くらいの規模でしたが、入社2年目からは社長秘書のような仕事を含めて総務の責任者として仕事を任せられるようになりました。会社は、新卒を積極的に採用して規模を拡大していく必要に迫られていましたので、採用業務には最も力をそそぎました。この会社には約10年在籍しましたが、退職するころには200人くらいの規模にもなり、社外の人的ネットワークも増えて、自分なりには充実していました」 「退職のきっかけはいろいろありますが、常に念頭にあったのは、もっと自分らしく仕事をしたいという想いでした。FP(ファイナンシャル・プランナー)の資格を取得していましたので、結婚を機会に自分のライフプランを考えてみると、60歳の定年で仕事がなくなることへの不安(定年を意識せずに働ける仕事への願望)や同い年の友人がコンサルタントとして独立したことなどもきっかけとなりました。これまでの経験を活かした自分らしい仕事ができないかと考えているうちに、採用という分野に集中して自分の力を磨き、企業と学生の橋渡しができる仕事をしたいと思うようになりました」 「辞めた後、短期間でも構わないので採用を手伝ってほしいと希望する会社がありましたので、退職2日後には、別の会社の採用担当として仕事をしていました。前の会社を退職した直後で、その会社の事情に詳しくはなかったのですが、それでも問題なく学生に接することができることは、新鮮な驚きでした。採用業務は請け負いが可能な仕事だと確信しました。そして、取引のあった人材会社の方に、正社員にならず、採用のプロとして、契約で仕事をしてほしいという会社があれば紹介してもらいたいと依頼していました。そうしましたら、ある外資系の会社でそういう人材を求めているという話しがありましたので、採用のプロとして本格的に仕事を始め、現在に至っています」 「私の今の仕事は快適です。契約社員ではありませんので、会社から時間を拘束されることはありません。私の裁量通りに時間を使うことができます。契約先の会社に机を用意してもらっていますが、集中して企画を考えたり、データをまとめたりするのは自宅で行います。また妻も働いていますので、私の時間が自由になることは、子供の面倒をみる上で助かります。時間が自由になるというのは、他に代えられない大きな価値がありますね。朝から夜中まで会社にいた頃に比べると年収はダウンしましたが、労働時間は3分の1以下ですね。残りの時間をたっぷり家族と自分の勉強に使っています」 「もちろん、結果は常に問われます。毎年契約更新ですので、私らしい企画を提案し、事業部門の採用ニーズに満足のゆく答えを出し続ける必要があります。ですから、誰にも負けない採用のプロであることを自分に課しています。でも、採用の仕事は自分が望んだ仕事ですので、全然苦痛ではありません」 「これまでよりも勉強するようになりました。常に自分のスキルを高め、より質の高いサービスを提供できるように心がけています。自己投資して、いろいろな勉強会に出席しています」 ◆【5.「正社員」安全神話は本当か】 Uさんは、最初からフリーエージェントを志向していたわけではない。組織で働き続けるうちに、次第にフリーエージェントに目覚めていった。そして、採用のプロを目指したいという想いが、ある企業のニーズとうまくマッチして実現したものである。 しかし、PCとインターネットを手軽に使える状況になっていなければ、Uさんが望んだような働き方は無理だったかもしれない。また、企業側にも、正社員に担当させる仕事、派遣社員に担当させる仕事、アウトソーシングする仕事、プロに任せる仕事というように区分する動きが出てきていたのである。 フリーエージェントは魅力的だが、リスクが大きすぎると考える人もいるかもしれない。Uさんのようなプロの人事屋(採用屋)と人事の仕事を担当する正社員と、どちらのリスクが大きいだろうか。考え方にもよるが、筆者は、正社員だからリスクが小さいという考えには賛同できない。Uさんの話しからわかるように、常に自分を高め、具体的な成果を出し、期待に応えることを自分に課している緊張感は、Uさんのプロとしての価値を高めている。個人差はあるとしても、正社員は、緊張感を持続しづらいため、長いレンジで見た場合、かえってリスクが大きいかもしれない。最近、ある大企業に入社した2年目の女性から筆者に送られてきたEメールは、それを暗示している。 「今日は出社して重要なことを学びました。会社では考えてはいけないのです。以前だったらまともに考えて、何時間もかかって作成していた資料を、嘘八百でもいいと思って適当に取り組んだら、2件かたづいてしまいました。また、なぜ生きているのだろう、この仕事をして本当に自分は幸せなのかと考えることをやめると楽です。大企業は自分らしくあることを棄てると、ぬるま湯みたいなところで責任はとらなくていいし、楽ちんなところだということに気づかされたのです。なぜなの、本当にこれでいいの、本当の自分とは、などと考えることをやめたら、先輩たちと心にもない冗談を言い合い、馴れあいの雰囲気の中で、だらだら何十年もいられるのだなあということを、身をもって発見しました」 この会社は例外的だと言い切れるだろうか。プレジデント誌「心の基礎体力を鍛える」という特集の「なぜ上司に意見ができないのか」という記事は、魂を会社に売り渡してしまうケースを取り上げている。「生涯のソロバン」をはじいて上司と闘えなくなってしまう姿を、精神科医が紹介している。組織に身を置く者にはちょっと耳が痛い話しである。 もちろん、働き方は人様々である。多様な選択があっていい。しかし、「正社員」のほうがリスクが小さくて安全だという理由でそれを選択している場合は、ぬるま湯に漬からず、自分自身にいい意味での緊張感を持たせることを意識し続ける必要があるだろう。また、自分の意に沿わなくても会社に言われるまま走り続けると、会社に飲み込まれて自己と会社を同一化する危険性があることに注意を向け、会社との間に適切な心理的距離を置く必要があるだろう。そのためには、常に外の風にあたること、すなわち会社外につきあいの輪を広げることが大切だ。 それは、いつの日か自分サイズの生き方として「フリーエージェント」を選択できる可能性につながるだろう。 |
★資料(データ)ユニット (著書「フリーエージェント社会の到来」に関する情報) 1)『「フリーエージェント社会の到来」の目次』 第T部 フリーエージェント時代の幕開け 第1章 組織人間の時代の終わり 第2章 3300万人のフリーエージェントたち 第3章 デジタルマルクス主義の登場 第U部 働き方の新たな常識 第4章 新しい労働倫理 第5章 仕事のポートフォリオと分散投資 第6章 仕事と時間のあいまいな関係 第V部 組織に縛られない生き方 第7章 人と人の新しい結びつき 第8章 互恵的な利他主義 第9章 オフィスに代わる「第3の場所」 第10章 仲介業者、エージェント、コーチ 第11章 「自分サイズ」のライフスタイル 第W部 フリーエージェントを妨げるもの 第12章 古い制度と現実のギャップ 第13章 万年臨時社員と新しい労働運動 第X部 未来の社会はこう変わる 第14章 リタイヤからeリタイヤへ 第15章 テイラーメード主義の教育 第16章 生活空間と仕事場の穏やかな融合 第17章 個人が株式を発行する 第18章 ジャストインタイム政治 第19章 ビジネス、キャリア、コミュニティの未来像 2)『「フリーエージェント社会の到来」出版情報』 発行元:ダイヤモンド社 著 者:ダニエル・ピンク 初 版:2002年4月 価 格:2200円(税別) |
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12.「自分らしく生きた証しとキャリア」
◆【1.働くことは喜びか】 実践キャリア・カウンセリングのタイトルで連載してきた本シリーズも、本稿でひと区切りとなる。そこで本稿では、「自己成長とキャリア」について、筆者の考えを整理して述べておきたい。 心から「働くことは喜びだ」と思えれば幸せだ。どうすればそういう働き方が可能になるだろうか。ある本に紹介されていた「次の問いにイエスと答えられますか」という質問を見たときには、一瞬、ドキリとさせられた。 ・朝、寝ている時間が惜しくて元気一杯にとび起きますか。 ・昔と同じようによく笑いますか。 ・私生活は以前と同じように楽しいですか。 ・将来のことを考えると、元気や希望が湧いてきますか。 これらの質問に躊躇なくイエスと答えられる人がどれだけいるだろうか。雇用環境の悪化にともない、生き残り競争はさらに激化し、働く人のストレスは深刻になる予感がある。勝者と敗者への2極分化が進むと、競争から落ちこぼれる人の心は深刻なダメージを受ける。一方、勝ち残る人のすべてが、仕事を心から楽しいと思っているかどうかは疑問だ。心身をすり減らしながら勝ち続けているとすれば、さきほどの質問にイエスとは答えづらい。 ロゴセラピーの創始者、ビクター・フランクルが指摘したように、自分の存在に意味や価値を見出せるかどうかは、生きるエネルギーを持ち続けられるかどうかに大きな影響を与える。勝者と敗者に2極分化する人間観は、大量の「生きるエネルギー喪失者」を生み出しかねない。 人間は、どのようなときに自分の存在に意味や価値を見出せるだろうか。他者が自分の価値を認めてくれる他者評価は、自分の価値を感じさせてくれるきっかけになる。しかし、他者に依存しない方法もある。これまでできなかったことができるようになった。これまで分からなかったことが分かるようになった。これまで知らなかった知識を習得できた。このようなときは、誰でも自分の存在価値を感じることができる。「成長」は、自己評価による意味や価値の確認のチャンスである。 「成長」をキーワードにした働き方、組織のあり方として知られているのは、「学習する組織(ラーニング・オーガナイゼーション)」である。次節でそれをとりあげ、筆者が描いている理想のイメージを述べたい。 ◆【2.学習する組織と個人の成長】 日本的経営の代表と言われてきた終身雇用制度が危機にさらされているが、会社が「雇用に責任を持つ姿勢」は大切だと思う。もちろん、この仕組は、行き過ぎると思考が内向きになり、甘えの土壌となってしまうことも否定できない。この点は、日本的組織風土の問題点として繰り返し指摘されているところである。 終身雇用制度の下で、筆者が理想としてイメージしているのは、甘えを排除できる「学習する組織(ラーニング・オーガナイゼーション)」である。会社は社員一人一人に成長の機会を与える義務があり、また成長の機会を得られることは社員の権利であるような組織になれば理想的だ。そこでは、会社も社員も甘えは許されない。会社は、「もっとチャレンジさせてくれ」という社員の要求に応える必要があり、社員は成長しているかどうかを厳しく問われることになる。 成長を問うとは、数字の結果だけを問うことではない。そういうマネジメントは、「学習する組織(ラーニング・オーガナイゼーション)」とは無縁のものである。数字の結果だけを問う仕組は、目標管理であろうと成果主義であろうと失敗する。その間違いは、慶応大学教授、高橋俊介氏が繰り返し指摘している通りである。 どのようにすれば「学習する組織(ラーニング・オーガナイゼーション)」を創り上げることができるだろうか。試行錯誤の上でたどり着いた筆者の結論は、上司が部下に、次の3つの成果を問い続ける仕組を作ることである。これを、目標管理と結びつけ、毎年、その成果を問うことを制度化できれば理想的だ。 @習得ナレッジ(知識) この1年間で、どんな知識を学んだか、何を習得したかを問う。ただし、会社がお膳立てした研修や会社の指示で勉強したものはアピールの対象外とする。本人の問題意識によって、あるいは本人が不足を感じて、自らの意志で主体的に学び、身に付けたナレッジでなければならない。大事なのは、問題を感じる力と、感じた問題を放置せずに、課題として取り組む行動力である。問題意識がナレッジの積み重ねにつながっているかどうかを評価することが大事だ。例えば、PCのワープロ・ソフトと表計算ソフトを使える人が、このふたつのソフトを使用して作成した資料ではプレゼン用としてアピールが足りないことを感じて、プレゼン資料作成ソフトを学び始めるなどのケースは、習得ナレッジとして認めるのである。 A達成パフォーマンス(成果) この1年間で、どんな仕事上の成果を達成したかを問う。ただし、得意先の事業が拡大しており、それにともなって前年比30%当社の売上が増加したというような成果はアピールの対象外とする。その成果を達成するために、本人が主体的に働きかけたものでなければならない。仕事の上で感じた問題意識は何だったのか、そこからどんな課題を設定したのか、その課題をクリアーするためにどんな働きかけをしたのか。アピールできるパフォーマンスは、すべて自ら考え、自らの意志で行動し、結果を出したもの、すなわち結果に対して本人が影響力を行使できたものとすることが大事だ。 B体験ディープ・ナレッジ(暗黙知) この1年間で、どんな内面的成長を果たしたかを問う。内面的成長とは、自分の考え方に大きな影響を受けた体験の有無である。出会った人、読んだ本、映画・芝居・コンサート、体験した出来事(身近な人の死など)によって、考え方、すなわち人生観、世界観がどのように変化したかをアピールする。 心に強く響いた、忘れがたい体験には大きな価値がある。苦しい体験ほど、人間を成長させてくれることはよく知られており、そこから何を学んだかが大事である。体験ディープ・ナレッジが意味を持つのは、人の上に立つときである。リーダーには、業務能力だけでなく、人間力も大事だ。むしろこちらのほうが重要かもしれない。そごうデパート倒産に見られるように、リーダーの人生観、世界観は、組織の命運を左右しかねない。個人が、どのような体験ディープ・ナレッジ(暗黙知)を重ねてきているかは、重要な意味があることを強調しておきたい。 以上の3つは、いずれも「感じる力」を重視している。習得ナレッジと達成パフォーマンスは、問題意識とワンセットであるべきだと述べたが、問題とは、考えるものではなくて、感じるものである。感じるものがなければ、成長発展はない。すべては感じるところから始まる。頭を使うのは、感じた後である。また、体験ディープ・ナレッジの「体験」も感じるものである。体験をどう感じるかが大事なところだ。「感じる力」が成果にどう結びついているかを問うということである。 これら3つの成果は、それぞれ習得ナレッジ経歴書、達成パフォーマンス経歴書、体験ディープ・ナレッジ経歴書として整理することをお薦めしたい。それぞれのフォーマットを、データ・ユニットに記した。また、フォーマットだけ示しても筆者の意図が伝わらないと困るので、筆者の例を記入サンプルに記した。参照いただきたい。 この3つの視点で、社員一人一人に成長を促す組織、年々、どのように成長しているかを厳しく問う組織こそ、「学習する組織(ラーニング・オーガナイゼーション)」の名に相応しいのではないか。筆者はそのように考えている。 3つの経歴書に十分な厚みがあれば、その会社に留まる、外部に活躍の場を求める、いずれであっても必要な人材としてアピールできる可能性が高い。読者も、現在の自分を、この3つの視点で整理し、習得ナレッジ経歴書、達成パフォーマンス経歴書、体験ディープ・ナレッジ経歴書を書き上げてみて欲しい。 もし、アピール不足を感じる経歴書があれば、それが今後のキャリア・プランの課題になる。それが分かれば、新たな目標として取り組むことができる。スタートを起こすのに遅すぎることはない。気づいたときが出発点である。 ◆【3.感謝を込めて】 キャリアの問題は、結局どう働くか、どう生きるかの問題である。働き方、生き方に正しい、間違いはない。一人ひとり、自分の働き方、生き方を納得できるかどうかということである。納得できる答えは、一人ひとりが自分で選んで、自分で答えを出す以外にない。新卒で入社して5年で会社を辞め、次のステップを考えているときに筆者がキャリア・カウンセリング支援をした若者に、最近再会した。現在は、別の会社に再就職している。キャリア・カウンセリングの面談をしたときには、元気のない顔をしていたが、今回は、表情は晴れやかで活き活きしており、たくましくなっていた。「前の会社と今の会社と何がちがうの?」という筆者の質問に、「前の会社では、すべて上からの指示・命令に従うだけで、自分はこうしたいと思ってもまったくとりあってくれませんでした。今の会社はまったく逆で、すべて自分で考えてやらないといけないのです。大変ですが、すごくやりがいがあります」と答えてくれた。自分の役割、存在の意味を感じることができる仕事に出会って、自分らしさを取り戻していることが分かる。 この若者に再会し、「存在価値を感じられる仕事かどうか」は本当に大切だと改めて実感した次第である。 ここまで、12回連載させていただいたが、お読み下さる読者の存在が励みとなった。本稿を終えるにあたり、読者の皆さんが「幸せなキャリア」を歩まれることを心から念じて感謝の言葉としたい。ありがとうございました。 |
★資料(データ)ユニット (「3つの経歴書」記入サンプル等) 1)『「経歴書」記入フォーマット』 |
【習得ナレッジ経歴書】 |
時 期 | 問題意識 | 習得ナレッジ |
kkkk | kkk | kkk |
kkkk | kkk | kkk |
kkkk | kkk | kkk |
【達成パフォーマンス経歴書】 |
時 期 | 問題意識 | 達成パフォーマンス |
kkkk | kkk | kkk |
kkkk | kkk | kkk |
kkkk | kkk | kkk |
【体験ディープ・ナレッジ経歴書】 |
時 期 | 具体的な体験 | 受けた影響 |
kkkk | kkk | kkk |
kkkk | kkk | kkk |
kkkk | kkk | kkk |
2)『経歴書記入サンプル(筆者の例)』 【習得ナレッジ経歴書】 時 期: 平成6年10月 〜 平成9年11月 問題意識: 変化の激しい時期にも判断を誤らず、適切な選択ができる必要性と、精神的に苦境に追い込まれたときにも揺ぎない心の安定を持ち続ける必要性を痛感し、確固とした人間観、歴史観、世界観を学びたい気持が強くなってきた。 習得ナレッジ: 21世紀に相応しい人間観、歴史観、世界観を提示している市井の哲学者、芳村思風先生を講師に招き、「感性論哲学」を3年間にわたって学んだ。そして、人間とは何か、人間は何のために生きているのか、人間性を高めるとはどういうことか、歴史的な視点から過去をどう意味づけ、未来をどう読むかなど、多くのことを講義と質疑応答を通して学習し、人間の可能性に確信を持つことができた。そして、自分自身の精神的基盤を固めることができた。 【達成パフォーマンス経歴書】 時 期: 昭和62年2月 〜 平成6年9月 問題意識: Windowsが登場する以前のこと、業務用パソコンソフトの保守サービスは原則として無償で行われていたが、このままでは売上が増えるに従って自らの首を締めることになる、このままでいいはずはないと疑問を感じていた。しかし有償化には営業面で反対が強く、一歩を踏み出せない状況にあった。 達成パフォーマンス: USAに出張した折に訪問したソフト会社で、パソコンソフトの保守サービスをどのようにしているか質問したところ、既に有償化しており、3種類の保守サービス契約の中からユーザーが選択できるようにしているとの回答があり、"やはりそうか"と納得できた。そして、保守サービスを有償化すべく、ソフトウエア保守契約制度を企画立案し、反対する社内を説得し、お客様に趣旨を説明し、ほぼ1年かけて軌道にのせ、日本で初めて業務用パソコンソフトの保守契約制度を定着させることができた。 【体験ディープ・ナレッジ経歴書】 時 期: 昭和42年 4月〜昭和48年 3月 具体的な体験: 最初の海外赴任先ポーランドでのお客様、ワルシャワ医科大学病理学教室教授、グロニオフスキー先生と出会ったこと。グロニオフスキー先生は、仕事の話題になると目がキラキラ輝きだし、自分にも学生にも決して妥協を許さない厳しい人だった。しかし、仕事を離れると学生はもちろん、誰に対してもにこやかな表情と慈父のようなやさしい目を向け、丁寧な物腰で接する、すばらしい人格を備えた方だった。人間的なやさしさと仕事に向かうときの厳しさが見事にバランスしている、心から尊敬できる方に出会うことができた。 受けた影響: 厳しさと優しさをこれほどまで見事なバランスで兼ね備えた人がいるということに驚嘆し、こういう人格に到達したいという大きな目標を持つことができた。グロニオフスキー先生は、社会主義時代のポーランドで自らの信じるところを曲げなかったため、仕事の面で不遇な時期もあったが、最後まで信念を貫き、自らの真実に生きた人である。最後にお会いしてから30年近くを経た今でも、その姿は忘れることができない。グロニオフスキー先生の墓前に花を供えるためのワルシャワ訪問は、やり残していることのひとつであり、実現させたいと強く願っている。 「キャリアとは自分らしく生きた証しである」 |
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リストラ退職者のリストラ退職受容における自己概念の変化 |
はじめに リストラ退職後の転職支援が困難な原因のひとつは、リストラ退職者が転職を受容できるに至る要因が広範なことである。ライト(B.A.Wright)の価値転換理論を援用すれば、自己のリストラ退職を受け入れるためには、価値観の転換が重要だということになる。価値を転換するために、自己を客観的に理解し、その状況を肯定するためには、援助が必要である。 本稿では、リストラ退職を、自己概念の変化と関連させて考察する。 リストラ退職受容と自己概念 リストラ退職を受容するためには、自分に起きている状況を正しく理解し、その状況を自分自身で容認することが必要である。そのためには、自分の状況をより客観的に捉え、その状況から生じる不自由さや困難を他の価値観へと転換し、新しい価値観による新たな生き方を見出していくことが重要な意味を持っている。 多くのリストラ退職者が、自分の退職を受容できないのは、自己を職業・地位・財産などと同一化していることに起因していると考えられる。ここでいう自己同一化とは、職業・地位・財産、その他、自己以外のものを自己とみなすことである。職業・地位・財産などは、自己の外側に付随しているものではあっても、自己そのものではない。リストラ退職者にはその傾向が特に顕著に見られ、それまでに培ってきた自己に対する概念や自己の価値観に囚われ、その価値観と対立すると感じるリストラ退職を受容することができない。そこで、リストラ退職者の価値観を転換するためには、各自がもつ自己概念そのものを再検討する必要がある。 すなわち、自己を職業・地位・財産など、自己以外のものと同一化し、本来ならば自分ではないはずの自己概念によって価値観が形成されていることに気づかせていくのである。 自己概念の変化に見られる特徴 1. 主観から客観へと切り替わる。 2. 自分中心から自他の関係性へと切り替わる。 3. 過去を生きるから現在を生きるへ切り替わる。 4. 同一化していた自己が、変更可能なものという認識に変わる。 5. 同一化していた対象から脱却する。 自己概念の変化が起きる4つの領域 T自己の状態を客観的に理解する U自己の価値観・考え方を変える V対人関係のあり方を変える W生きる意味を発見する 自己概念の変化が起きる4つの領域における変化の4段階 自己概念の変化は、上記4つの領域で起きるが、それぞれの領域において、変化は4つの段階を踏んで起きている。 T自己の状態を客観的に理解する 段階@ 現実の苦しさのみをもってリストラ退職と向き合い、自己について考えようとしない 段階A 自己と職業・地位などをほぼ同一のものと考えており、リストラ退職=自己の無価値化の意識に囚われ、職業・地位などを自己から切り離せない。しかし、苦痛のみで向き合うだけでなく、自己を観察し始める。 段階B 自己が職業・地位などと同一ではないとの明確な理解はないが、過去の自己とは異なる新しい自己の一部に気づいている。自分の状態を見つめ、過去と現在の自分をある程度客観視できる。 段階C 自己とは職業・地位など以上の何かであるというように、切り離して認識している。リストラ退職によって生じている自分の状況をより客観的に判断でき、囚われが少ない。 U自己の価値観・考え方を変える 段階@ リストラ退職前にもっていた価値観やプライド、思考法から抜け出せず、別の価値観を見出すことができない。 段階A 自己の価値観や世間体などが自分の事実を見させなくしていることに気づき始め、別の価値観を探し始めている。 段階B 職業・地位・名誉など、これまで大切だと思っていた価値観へのこだわりがやや薄れている。自己の内面に向き合い、他者との比較によらない自己の価値にある程度気づいている。 段階C リストラ退職前の価値観やプライドに囚われていた自分に気づき、新しい価値観を見出して生き始めている。外的基準より自己に内在する価値に比重が置かれている。 V対人関係のあり方を変える 段階@ 自分の苦痛は他人には分からないと、自分を見せようとしない。リストラ退職を自分だけのものと思い、他者との交流が妨げられている。 段階A 自分の苦痛を自分だけのものとする考えからいくぶん解放され、自分を他人に見せ始めている。人の手を借りることに遠慮や困難を感じている。 段階B リストラ退職を体験したことで、他人との出会いの大切さや喜びを知ったり、人の痛みに気づき、他者とある程度オープンに話し合える。自分から他者に関わりを求める意欲が見られる。 段階C 自分のリストラ退職について他人とこだわりなく話し合える。外的基準による他者への認知が薄れ、相手を受け入れたり、もの事を頼むことが比較的自由にできる。 W生きる意味を発見する 段階@ 生きる意欲を失っており、自分の人生について前向きに考えることができない。リストラ退職前の状態に囚われ、生きる意味がほとんど見出せない。 段階A リストラ退職を不都合なものと感じているが、何とかしようとする意志をもち始めている。人生の意味は、まだリストラ退職前の方に比重が置かれている。 段階B 過去の人生を引きずっていた自分に気づき、今を生きることの大切さを感じている。リストラ退職を受け入れて生きようとする姿勢がある程度見られる。 段階C 今を生きることの価値に目覚め、日々を大切に生き始めている。リストラ退職を苦痛の体験として容認しつつ、新たな人生を見出し、他に代わることができない存在価値を自分にも他人にも認めている。 自己概念の変化と価値の転換 ライトによれば、積極的な行為としての受容は、価値の転換を伴う。価値観の転換が行われるためには、以下の4つの条件が必要である。 1) 自己評価と客観的評価がほぼ一致している。 2) 積極的な取り組みが認められる。 3) 抵抗なく話し合える。 4) 新たな目標や生きがいを獲得している。 正しい自己理解と肯定的な自己評価がなされている状態は、受容できている状態である。 結論 リストラ退職者の自己概念の変化は、過去の自己認識の組替えであり、自己中心性からの脱却である。価値観が、外的基準から内的基準に転換することでもある。リストラ退職の受容のためには、新しい価値観への転換の促進が必要であり、それを援助することは受容を促進する。 |