ロミオとジュリエットって知ってる? 悲恋物語なんだけどさ。
   昔は少し憧れたこともあったけれど、今は憎いくらいだよ。
      願わくは、どうか私達の結末は違いますように…………。



「私を見つけて」



 二人は無言で歩いた。
 聴こえるのは雑木林の葉の擦れ合う音と、自分たちの足によって踏まれる土の音。
 感じるのは隣を歩く者の確かな気配と、何か別の者達の……気づきたくもない悪意。
 隣を歩く陽子を見やると、月明かりに照らされた彼女の左頬に銃弾が走った赤い痕が線となって浮き上がっていた。
 恭介の右手が音もなくそれに触れる。
「痛い?」
 今の今までその痕に気付かなかったくらい、彼女をちゃんと見る余裕も無かったのだろうか。
「別に、掠り傷だよ。これくらい慣れてるから」
 もう少しで掠り傷じゃ済まなかったはずなのに、彼女は平然と答える。
 恭介が手を離すと、また無言で歩き続けた。

 前にもこんな風に二人で月明かりの照らす仄明るい中、無言で歩いた事があったことを思い出す。
 隣を見ると、彼女の赤いピアスが光に反射してキラキラ光っていた。
 ただあの時は雑木林の土の上でなく、大学の廊下だったのだけれど……。





「まずい……」
 声に出しても仕方ないのを承知で彼はつぶやいた。
 歩調を緩めることなく、月明かりに照らされた大学の敷地を突っ切っていく。

 恭介は「木暮陽子」について調べた事は全てフロッピーに収めてあった。
 付き合い始めて2週間しか経っていないが、彼が情報収集に長けていた事を証明するには充分な時間。そのフロッピーが今現在どこにあるかと言えば、彼の所属している大学の研究室だったのだ。
 本来ならばそれは彼が肌身離さず持っていなくてはいけないし、そうでなくても隠してあるべきなのだ。それなのに今回は確かデスクの上に放置したままだった気がする。
 先刻、「木暮陽子」に深夜の1時であることを承知で電話してみたが、応答は無かった。無かったからと言って、必ずしも彼女がフロッピーを盗みに来たとは限らない。だいたいフロッピーの存在に気付いているかどうかも分からないのに。
(取りあえずだよ、念の為……)
 心の中で無意味な呪文を繰り返しながら、大学の渡り廊下が見える辺りにまで来て少し歩調を緩めた。
「あ」
 緩めるどころか走らなくてはいけない。
 渡り廊下に「木暮陽子」がいるのが見えた。
「くそっ」
 彼女を甘く見ていたかも知れない。相手はプロだ、油断は命取りになる。
 目だけは彼女に向けながら、恭介は全速力で走りだした。
 しばらくして息が乱れ始めた頃、陽子がさっきから一歩も進んでないことに気付く。彼女の目線の先には学生内でも悪評の高いグループの面々……。
「くそっ!」
 彼は気付いていたのだろうか、二度目の悪態の方が緊迫していたということに。


 四階まで走って来たことによって更に乱れる呼吸を整えることさえ忘れて、恭介は渡り廊下で立ち竦んでいた。
 本当なら彼女の足が高く旋回し、相手の学生の頭に当たったのを見た時にその場を離れるべきだったのだ。彼女は女である前に、殺しもするプロだったのだから。
 いや、分かってはいたが目を離す事は叶わなかった。
 助ける必要は無かったし、誰かを呼ぶ必要も無かった。
 返って自分が助けに行ったら邪魔にしかならないことも分かっていた。
 だけど恭介はその場を動けなかったのだ。

 魅せられて……。

 恭介が駆けつけた時、彼女は5人の学生に囲まれていた。彼らの背が高かったので、陽子の表情までは見えない。
 彼女の少し長めの足が床から離れたかと思うと、次の瞬間には手前の学生が廊下に倒れた。
 まるで無声映画を観せられているようだった。
 蹴り上げた足が地面に着くと同時に、逆の足が隣の学生のわき腹をなぎ払った。
 向かって来た相手を見ることもせずに、右手でみぞおちを突く。倒れかけたところを、足を振り下ろして容赦なく床へと沈めた。
 残った二人のうち一人が彼女に突っ込んでくる。
 最小限の動きでそれをかわすと、相手が廊下に倒れる時に手刀で意識を奪った。
 最後の一人は向かっては来なかった。
 ただ目の前で起きた、10秒にも満たない悪夢を理解できずにいるようだった。陽子が2mも離れていないその学生の方を見やる。
 相手の体は緊張に強張る。
 彼女は無言で相手に近づくと、立ちすくした哀れな男のあごを下から足で蹴った。
 誰も起き上がっては来なかった。
 死んではいないのだろうが、それだけ確実に相手の急所を突いたという事。

 恭介は動けなかった。
 渡り廊下の窓から月明かりが射し込む。
 青白く浮き上がった彼女の顔は、今起きた暴力など想像させず………。
 むしろ純粋で、綺麗で……いや、それにも増して残酷だった。酷く危ういバランスで、やっとでこの世に留まっている感じだった。
 何が彼女を繋ぎ止めているのだろう。
 天使のように純粋であるのに、悪魔のような残酷さで……きっと自分を殺す事もためらわないだろう。

 自分が彼女を繋ぎ止める存在になり得ないだろうか。

 沸きあがった感情を、恭介は止める術など持ちえていなかった。
 どちらともなく、二人は無言で歩き始める。
 聴こえるのは廊下に響く二人の足音。
 感じるのは確かに変わり始めた自分の気持ち……。

 その日初めて二人で夜を過ごした。





「伏せろ」
 小さく、しかし緊迫した声で恭介は現実に引き戻された。
 一気に体が緊張し、渡された銃の引き金を無意識で握った。
 彼女の視線の先を見ると、向こうの茂みで何かが動いているのが分かった。ゆっくり銃口を上げていく……。

  パシュッ!!

 彼女の手が跳ね上がり、サイレンサーを付けた銃は静かに人の命を奪う。
「急げっ!もう気付かれてる」
 身をかがめて二人は一気に駆け出した。
 追って来る気配を確かに感じる。船までは後10分位のはずだった。

 急に前に黒い服の男が現れた。
 恭介が構える間もなく、陽子の銃が跳ね上がる。
 隣に居ながら彼女の手を汚させている自分に腹が立つが仕方ない。
 だが今はただ走るだけだ。

 どんどん敵が呼び集まってくる。
 陽子は走りながら予備のマガジンを装填した。
「岸辺っ!バッグからサブマガジン出せ」
 そう言う間も陽子は撃ち続け、恭介が身をかがめ急いでそれを出す。
「撃ってろ」
 陽子は恭介の手からサブマガジンを受け取ると肩に掛け、引き金を引く。

  タタタタタタタッ!

 初めて聞く音。それはサブマガジンから発せられたもので、人殺しの道具にしては少し軽快過ぎる音だった。一度に何人もの命を奪う。
「……混乱してるな」
「は?」
 すごいスピードで走りながら恭介は聞き返した。
「追っ手が混乱してる。一つは「唐沢」の、もう一つは「園川」。奴ら統制が取れてないな。あんたを殺そうとしてるのと、私を殺そうとしてるのが混ざってるってこと。見分けてる暇は無いから、向かって来たら殺すしかない。」
「……あぁ」
 確かに見分ける余裕は今の自分たちにはなかった。かつての仲間だったとしても目の前に来られたら、やはり殺すだろう。きっと彼らも状況によったら自分を殺す。そんなのを仲間と、果たして言うのだろうか。
「木暮サンっ!俺、黙ってたことがある」
「何!?」
 サブマガジンを揺らしながら陽子が答える。
「俺の本名、『園川恭介』って言うんだ……」
「……それがどうした」
 ガゥンッ!
 足元の土が飛び散った。すかさず陽子が反撃する。
 キュンッ
 弾丸がすぐそこを飛ぶ。
 陽子が右手の敵を撃ち抜き、またマガジンを装填しようとした時だった。
「危ない!!」
 左の茂みから男が出てきて陽子に銃口を向けた。

 間に合わない。

 とっさに引き金に触れた恭介の指に力が入る。
 ダンッ、と鈍く重い音が彼の心臓を揺らす。
「……サンキュ」
 陽子が新たに装填し終わったサブマガジンを構えなおしながら言った。



「まだ林抜けないの!?」
「多分…もう少しだと思っ……っ!…くそっ」
 急に林が途切れた。それだけならまだ良い。だけど待ち伏せされたのだろうか、二人は男達に囲まれた。
「この地点に誘導されてたってこと……」
 誰に言うでもなく、陽子がつぶやいた。そのサブマガジンは男達に向けられたままだ。
 男達は一斉に銃口を二人に向けたが、誰も何も言わなかった。銃を下ろせとも言われない。妙な空気が辺りを包む。
 男達の後ろの方が急にざわめき、二人を囲む男の列が一部割れた。
「なっ、なんで……」
 恭介が思わず声を発した。
 無理もない。出てきた人物は本来こんな所にいるべきでない園川と唐沢だったのだから。

「あまり手こずらせないで欲しいな」
 園川が無表情で言い放ち、さも困ったと言うような表情をする。
 陽子は隣の恭介が気になったが、ある人物から視線を外すことが出来なかった。
「……園川はともかく…何故あなたが、こんな所にまで出ていらっしゃったんですか?」
 彼女が唐沢に問う。
 有り得ない事なのだ。自分のような末端の者が脱走したくらいで、唐沢が出てくるなんて事は・・・まず有り得ない。

 やはり、恭介が園川の息子だからか? ここで殺す為に?

 考えてみれば。またとない好機だ。
 園川も、園川の息子も目の前にいる。
 だけど唐沢自身が出てくることはないはずだ。返って危険すぎる。まず、園川と唐沢の二人が同じ場所に居る事が有り得ない。
 陽子が唐沢に銃口を向ける。それと同時に唐沢の手下の男達、陽子の元同僚の銃が一斉に彼女に向く。唐沢はそれを手で制し、極めて冷静な声で言った。
「我々は一時的に手を結んだのだ。誰だって、自分の子供が死ぬところは見たくない」
「何故あなたが園川とその息子の事を気に掛けるんです?」
 陽子も出来るだけ冷静に言い返した。
「園川の事を気に掛けた覚えはない。私は自分の子供の心配をしてるのだ」
「……どういう、ことですか?」
 唐沢に子供がいるなどという話は、今まで聞いたことがない。
「あぁ、まだお前には言ってなかったかな。お前の父親は私だ、これで理解できたかな」
「…………そっ、そんな……何を言って!?」
「いい加減、父親に銃口を向けるのは止めなさい」
「やめろ……。急に出てきて父親面するな。あんたなんか知るか!父親は……、父親は一人で充分なんだよっ!!」
 陽子の人差し指が引き金に掛けられた。
「おい、唐沢。お前は子供の教育をし直した方が良さそうだな」
 横にいた園川が口を挟んだ。
「まあ、急に父親だと言われても少々気の毒だ。お嬢さん、私は君を殺さない。うちの息子から手を引いて欲しいだけなんだよ」
「なっ、父さん!俺は――」
「お前は黙っていろ」
 恭介は一瞬怯んだが、続けて言う。
「俺は言われて一緒に来たんじゃない!俺の意思で此処まで来たんだよ!だっ、だから………っ!?」
「岸辺!?」
 陽子が視線を唐沢に向けたまま小さく叫んだ。
 園川がいきなり恭介を殴り、彼は声も出せずその場でうずくまる。
 陽子の銃口は相変わらず唐沢の左胸に。銃を下ろせば……きっと、それで終わりだった。何もかも。
「お嬢さん、君は話の分かる子だ。我々はここで問題を起こしたくないのだよ。だから私と唐沢がわざわざ出てきた。今争いが起こるのは好ましくない。先程追っ手と遭遇したようだが、彼らには知らせが遅れていてね。すまなかった」
 園川の後を唐沢が続ける。
「今お前達を失うのは私達にとって痛手なのだ。そこで今回は平和裏に解決しようということになった。銃を下ろして車に乗りなさい。お前の居場所は私の元にしかないはずだ。彼の居場所も園川の側でしか有り得ない」
 唐沢の声は妙に優しかった。その優しさが逆に怖い。
「………あなたを親と思うことはありません、この先も…。私の居場所はあなたの側にはないんです」
 陽子が銃を構えなおす。
「私の居場所は、彼の元に……あるから」
 隣に確かに感じる恭介を想った。
 間違った判断かも知れない。無駄な事かも知れない。
 それでも怖い事は何も無い。あるとしたら、隣にいる彼に死なれることだけ。
 彼を知ってしまったから、もうあの無機質の空間で独り生きていく事はきっと出来ないだろう。
「私の………我がままに付き合わせて、悪い……」
 横に居る恭介にだけ聴こえるようにささやいた。
「好きだよ、木暮サン」
「知ってる……」


「さよなら、・・・お父さん」

 何か唐沢が、園川が言ったが、それはリズミカルな銃声にかき消されて聞こえなかった。
 唐沢の体が踊った。
 銃口はそのまま横にずれていく。
 手が痛かった。銃は重く、引き金を引く指も支える手も疲れと振動で痛かった。それでも休むことは出来なかった。
 視界の端で、恭介がバッグから何かを出しているのが見えた。手に取ったそれは手榴弾で、彼がそれを投げたことによってとうとう事態は収拾しきれなくなる。
 元々、敵対する二つの組織が集まったのだ。崩れるのは早かった。

 右手が痛い。いや、左手も、足も、もうどこが痛いのかも分からなかった。
 血で手が滑ってサブマガジンが落ちそうになるが、なんとか持ち直す。
 弾が切れていた。
 つめかえなくてはならない。
 そう思った時左腕がもう動かない事に気付く。
 何も聞こえない。
 さっきの手榴弾の所為だった。
 急に体を抱きかかえられ、訳が分からず首を巡らす。恭介の横顔が見えた。
 彼が何か叫んでいるが、陽子には聞こえなかった。
 ぐったりとした少女を抱きかかえたまま、恭介は走った。


 もう彼には銃を構え、撃つだけの余裕は無かった。走ることだけに意識を集中する。なんとか弾丸が自分達から外れることを祈った。
 もし、自分に当たったら彼女を抱える事が出来なくなる。
 陽子は相当の深手だった。左腕は弾が貫通していて血が止まらない。服は真っ赤に染まっていて、正直何処にどんな怪我をしているか分からなかった。

「木暮サン!木暮サン!?」
「んっ……っ…………」
「木暮サン!!頑張って。船まであと少しだから。もう見えてるんだ」

 恭介の服も、陽子の血で赤に染まりつつあった。
 急に左足に激痛を感じ、地面に手をつく。
 振り返ると後ろには園川が立っていた。
 恭介も園川も無言で睨み合う。
 ゆっくりと、園川の銃口が恭介の頭部にまで上げられる。背中に陽子をかばい、恭介は園川を見上げた。

 園川の体が彼の意思に反して跳ねた。

 右肩に熱を感じて振り返ると、銃口が彼の肩に乗っていた。ゆっくりと銃がずり落ちる。
 陽子だった。もう彼女には銃を支えてる力も残っていなかった。
「木暮さん!!」
 彼女が地面に落ちる前に恭介が支える。
 陽子の手の力が抜け、銃が地面に投げ出される。
「き……しべ。お前に……っ、まだ言ってな…い事…が……っ」
「良いから、後で聞くから」
 恭介は陽子を抱きなおすと船へ、力の入らない左足を引きずって進んだ。
 陽子はすうっと息を吸って、一気に言葉を紡いだ。
「あんたが好きだよ」
 それは彼女が初めて言った好意の証だった。
「……っ、知ってるよ!んな事っ!!」
 陽子がかすかに笑ったのが分かった。

 目標の船が眼前に迫り、暗い甲板にかすかに人の影を見とめる。
「あっ!」
 恭介はすがるような気持ちで彼を見た。
「早く乗れ!」
 船長はそれだけ言うと、急いで操舵室へ向かう。
「手当てをっ、早く!早くしないと…木暮サン……が…っ」
 もう恭介も限界だった。人一人を抱えられるような体じゃなかった。
 崩れ落ちた彼と陽子を船員の男達が支え、船内へと連れ込んで行く。

 いつもは静かな港で、今は銃撃戦が繰り広げられていた。
 その横でゆっくりと……徐々にスピードを上げて一隻の船が出港し、やがて闇に消えていった。





 旅行の時は大抵誰でも、起きて目を開けると天井に違和感を感じる。
 一瞬の間思考が止まり、そこが自分の部屋では無い事に気づく。
 それで、ちょっとした興奮と不安を覚えるのだ。

「……ん」
 今起きた者も例外じゃない、見慣れない天井が彼の思考を一瞬止める。
 恭介は上半身を一気に起こし、辺りを見回す。
 頼りないランプがほの暗く辺りを照らしていた。部屋に窓はない。
 この部屋は人一人が寝るだけしかスペースがない。彼女は別の所に寝かされているのだろう。
 硬いベッドから足を出そうとして、初めて自分が動けない程重傷であることに気付く。
体を見ると包帯が何重にも巻かれ、既にその包帯も真っ白ではなかった。
それでも右足に重心をかけて立ち上がる。
ドアまでは一歩分もない。
「……痛っ!」
力が入らない左足の方へ体が沈みそうになった時、急にドアが向こうへ開けられた。
「おい!まだ動いちゃ駄目だ!すぐ戻れっ!!」
男が恭介をすんでの所で支えた。
「あ……の、木暮サン、俺と一緒にいた女の子は?何処?」
「…………今は、会わない方が良い。」
「何で!?そんなに酷いの!?会わせてくれっ、今すぐ!!!」
恭介が畳み掛けるように言った。
男は恭介の視線を嫌がるように顔を背けると、「こっちだ。」と一言言って恭介を導いた。

陽子はすぐ近くの部屋に寝かされていた。
男はドアを開けるだけで、部屋の中には入って来なかった。
恭介が部屋に入ったのを確認して、男は扉を閉める。
扉の閉まった音は恭介の耳には聞こえていなかった。

陽子が、彼女の体には小さ過ぎるベッドに寝かされていた。
ベッドは赤く染まっていて、既に救命用具は彼女の体から取り外されていた。
明らかにその部屋の雰囲気は違った。生きているものを感じさせない。
「木暮サン?」
下半身の力が抜け床に座り込む。耳鳴りが酷い。
「ねぇ、木暮サン?……木暮サン、木暮サンッ!……っ、返事………して。」
狭い部屋の中で、恭介の声だけが・・・彼の息遣いだけが聞こえる。
「………お願いだから…、こ…ぐれサン……。ねぇ!!!」
最期は呼びかけではなく、叫びだった。
陽子の返事は無かった。
多分これからも彼女の声を聞く事はないだろう。

黄色い小さいランプの明かりで、陽子の顔は赤みを帯びているように見えた。

恭介は彼女を抱くと、痛む足を引きずり立ち上がる。
ベッドから彼女を持ち上げるとき、ペリペリと固まった血が剥がれる音がした。
背中でドアを押し開け、男の制止の声を無視して階段を昇る。
―だって彼女には月明かりが似合うんだ。
―こんな窓も無い部屋は彼女には窮屈過ぎるだろう?

ほとんど這うようにして甲板にに出る。
月は出ていなかった。もう空が白み始めている。
急に背中に光を感じて船尾の方へ振り向くと、今丁度朝日が昇ろうとしていた。
腕の中で、キラキラした太陽の光に照らされてた、冷たい陽子を抱きしめ思った。

―あぁ・・・彼女には太陽の方が、光の下の世界の方が似合うんだ。

船は朝日に追われるようにして、進み続けた。






ゆっくり窓枠に右足を掛けた。
高い建物が無い為か、見晴らしは良い。
今が昼であれば遥か向こうの町並みまで見渡せるだろう。
地面は眼下の遥か向こう。歩いている人はいない。
痛む左足に構わず両足で立った。
ずっと向こうまで闇が広がっている。
今夜は新月。
彼を照らす光はなかった。

中国に着いた彼は恋人を埋葬する為に、彼女の父親が紹介した人物に会った。
首の発信機はそのままにしておいた。
―どうせ、もうあっても無くても関係ないし。
彼女は街が見渡せる丘に埋葬した。

そして今彼は空に向けて足を踏み出そうとしていた。

  ビュウッ

「………っ!?」
物凄い勢いの突風が彼の体を屋内へと押し返した。
風がまるで見えるように、彼の視線は空中のある一点で留まっていた。
「………木暮サン…?」
恐る恐る、恋人の名を口に出す。

 ―あぁ、君はまだ俺を楽にさせてはくれないんだね…………。

恭介は夜が明けると、中国での唯一の知り合いを訪ねた。
自由の身となる為に。









これを読んだ時は、私が死に、貴方が生き残っている時でしょう。
貴方が死ぬ事はありません。
何故なら私がそれを許さないからです。
私は絶対に貴方を死なせたりしません。
今貴方は深い後悔の中に居るかも知れませんが、どうか悲しまないで下さい。
貴方の為に命を使ったこと、私は絶対に後悔してないでしょうから。
貴方が悲しんだら、それは私に失礼でしょ?
貴方がもし自殺なんかしようとしてたら、それは私への侮辱ですから。
どうか最期まで生きてください。
そして次、生まれ変わったら必ず私を探して頂戴。

貴方が私を想いだす時、私は必ず貴方の側にいる。





恭介が、彼女の遺したピアスがロケット状になっているのに気付くのも、
中を開けて小さく丸められたこの手紙を読むのも、
――もう少し先のことだ。






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アトガキ

(※雰囲気壊れるかも知れないので、落ち着いたら読んで下さい。)
いや、終わりましたね。よくもまぁ、長々と・・・。最初は一話完結のはずだったのに。
陽子ちゃん・・・。最初っからこんな感じにしようと決めてはあったものの・・・やっぱり迷っちゃったよ。
オリジナル小説なんて読む人居るのか?私はいつも読まない人だからなぁ・・・。(笑
しかしどうにもこうにも、私の趣味が露呈されたような気がするな。
こういうヒロイン大好きさ。まじで。
銃なんか、インターネットでまじ調べだよ!!(笑
挙句の果て、2chまで行っちゃったよ。
でも良かった、完結して。(最低限の喜び)

きっと二人は生まれ変わって今度こそ素敵に暮らせるでしょう。


では。