一体この隊の目的が何なのか、今は地図ではどの辺を歩いているのか、リディスの問いは尽きることがない。隣を歩くニールは少し情報を欲しているようだったが、それはリディスを連れ黙って紛れ込んだのだから当然なのだろう。
 辺鄙な谷あいで一度立ち止まり、再び進み出したと思えば今度はなんと洞窟をひたすら突き進む羽目になっている。洞窟の入り口はどう見ても人工的に岩肌を切り取られて作られたもので、誰のために作られたのかと思うほど巨大な門だった。
 こんな状況にあるのに、それでも隊列は淀みなく進んでいく。自分と同じような疑いを持つ者など誰もいない。以前、兵隊とはそういうものだと言っていたあの青年の顔がふっと脳裏をよぎった。澄んだ紫紺の瞳を持つ……。
 胸が痛んだ。


「守りたいもの」


 事前に内部の様子を記した紙を見ていたとはいえ、実際に洞窟に入ってみるとさすがのアゼルも瞠目せずにはいられなかった。
 千人もの人間、それも女や子供でなく甲冑を纏った大の男が隊列を組んで入ってきても、この洞窟は酸欠にはならない。
 それ以前に「洞窟」と呼んでも良いのかと思わされる。空想の世界の中でしか聞いたことのない「地底都市」という表現がぴったりくるほどの規模。実際はサルディナヤ山脈の山の中を通っているのだから「地底」という言葉は当てはまらないが。
 暗闇の中に足を踏み入れた当初は目がなれないのと不安なのとで少しざわついたが、一刻ほど経った今では誰もが黙々と進んでいる。用意してあった大量の松明が左側の岩壁を照らし出すが、もう一方の壁は明かりが届く範囲にはないようだった。隊列の右側には闇が広がっているばかりである。
 地図が手元になければ、もし鍵を手に入れたとしてもアゼルはこの道を進もうとは思わなかっただろう。
 あの日、山間の小さな小屋で。数人の男たちのむくろが転がったあの小屋で、この鍵と地図を手に入れてなければ。


 薄暗い小屋から少女の示す一人の男を抱え上げ、近くの土を置いてあった道具で掘った。長く伸ばされた男の髪は高い位置で一括りにされていて、薄い青色を帯びているその髪は血に濡れて固まっていた。
 少女は黙ったまま小さな手を男の髪に滑らせていて。それでは埋めることが出来ないからと手を離させる。
 小さく男の名前を呟く彼女を無視して、穴の中に横たわる男の上にどんどん土を被せていった。早く少女を連れて山を下りてしまいたかった。
 男が完全にその姿を土の下に隠してしまっても、少女は微動だにせずその場にうずくまっていた。動かぬよう言い置いて小屋に戻る。
 人一人暮らすのがやっとな簡素で狭い小屋。きっとここであの男と少女は長い年月を共にしたのだ。床に転がる何人もの以前人間だった物体を乗り越え、目に付いた棚を開いていく。家捜しのような真似をするのは正直気が引けたが、ここには自分しかいないのだから仕方がなかった。

 ふと、視界の端に何かを捉える。生活に必要最低限なものしか目に入らない空間の中で、そこだけが異質な様相を呈していた。
 埃をかぶっているということは、日常生活に必要なものではなかったのだ。忘れ去られたように部屋の隅に置かれている一抱えほどの箱を開けると、中から古い人形や絵本、それからいびつな形の粘土の塊だとか意味不明の絵。
 乱雑に押し込められたそれらをかき分けていた手が、冷たい金属に触れる。握って引っ張り出せば目に飛び込んできたのは銀の鍵。今は失われた技術で作られた精巧な作りの鍵に、一瞬目を奪われた。
 他にも何かあるかと箱をひっくり返して出てきたのは一枚の地図だった。
 ある帝国の王城から外へ通じる隠し通路の。


 本物かどうかアゼルはにわかには信じられず、暇をみて一度ここへ来たことがあった。地図に記された場所に確かに門と呼ばれるものがあり、そのあまりの大きさに彼は驚いた。手のひらに収まるほどの小さな鍵が果たして「鍵」の役割を果たすのかどうか疑ったのだ。
 門の近く、岩石によって影になっている場所に鍵穴があり、複雑な形をした穴に鍵を差し込む。五回逆回しをしたところでどこからともなくガタガタと歯車が回っているような音が聞こえた。
 ズズズっと引きずられるようにして門は横へ滑って道を開ける。どれだけ大掛かりな仕掛けをしたらこんな神がかり的なことができるのか。伝説に語り継がれる古代都市の技術かもしれないと本気で思った。
 見える範囲全てが闇に多い尽くされているその中へ、アゼルはどういうわけか入る気にはなれなかった。内部から門を開ける方法も地図と一緒に記されていたのにも関わらず。
 地図によれば洞窟はサルディナヤ山脈の中を通ってバベルの王城の地下にまで続いているらしい。だが地下の空洞はそれだけでは終わらない。地図に明記されているのは王城から山脈の中の門までの道のりであって、それを逸れた先には何が広がっているのかは描いていなかった。
 もし迷ったら……、きっと命が尽きるまで、もしくは精神が崩壊するまで、果てるとも知れない暗闇の中をさ迷い続けるしかないのだ。

 鍵を五回回して、二度と目にすることはないと思っていた門を再び開けるどころか、決して入ることはないと思っていた闇の中に今自分は足を踏み入れている。中へ入って内部の地図も正しいことが実証された。
 千人も引き連れてきて王城への出口がなかったら自分はどうするつもりなのか。地図がある限りもと来た道を引き返すことは造作もないが湧き出す不満は抑えようがないだろう。
 そう思いながらもアゼルの足は止まらない。馬は門の所で乗り捨ててしまった。洞窟の中には段差もあるらしいから始めから覚悟していたことだった。
 運命だと思った。
 運命などという存在を全く信じない彼が、アシュハルトに二つ揃った鍵を見たとき思わされたのだ。何者かがその鍵を「使え」と言った。だから使った。望みどおり。
 国境まで出て行ったバベルの主力軍。先の内乱で兵が減少しているバベルのことだ、今ごろ帝都の兵営は空に近いのではないか。そこへ突然アシュハルトの兵が現れたらどれほど慌てるだろう。国境で衝突しているはずのアシュハルト軍が。それも王城に現れるのだ。
 バベルの王城は混乱を極めるだろう。
 失うことを恐れ、戦場に連れて行かずに城に留まらせているあの宰相はどんな顔をするだろう。
 アゼルの頭に残酷な言葉が囁かれる。
 殺してしまえと、あの少女を変えようとする存在を。邪魔な者は殺してしまえと。

 もはやアゼル・アシュハルトという青年は、自分が何をしたいのかよく分からなかった。
 ただ、眼前にもたげてくる黒く甘美な囁きに身を任せて巨大な空洞を進んでいく。
 吹き抜けていく風が岩壁に反響して立てる寂しげな音が、今の自分の心に刹那、重なった。






 今日、アシュハルトから主力軍と思しき隊が出てきたとの報が前線から送られてきた。
 この城でもそれに対し急きょ会議が開かれ、予備軍を投入することが決まったのだ。現在帝都には最低限の、いやそれ以下の衛兵しか残ってはいない。しかし国境でアシュハルト軍を押さえられなければ話にならないのだ。
 唯一の突破口であるサルディナヤ山脈とイーサ山脈との間の平地を守ることが出来れば、この帝都に敵が雪崩れ込む心配はない。隣接している他三国は、バベルの帝都まで攻めてくるほどの馬鹿でも、力があるわけでもないのだから。
 ラキアが直接前線に出ていけない分、現地の最高責任者であるミネルヴァに全て任せるしかなかった。
 安全な場所に守られて会議や書類に忙殺される日々に、ラキアは内心歯がゆくて仕方がない。国を守るために、敵を倒すために、何一つ自分が役立っていないような気がしてならなかった。
 危険な場所に身をおけばそれだけで役立っているとは言えないことは百も承知だが、前線で直接敵と戦って命を落とすことになるのは兵士であってラキアでない。日ごろ偉そうなことを言っていてもそれが真実だった。

 アシュハルト側の指揮官として出てきたのは、どうやらあの王子ではないらしい。
 ラキアはてっきりあの琥珀の瞳を持つ冷たい青年が指揮を取るものとばかり思っていた。こちらには人材が少ないが、向こうには王がいて王子は二人、王女が一人いるのだ。大陸を見渡せばそれでも少ないほうだが、大国同士の戦でそれぞれの王族が名ばかりといっても指揮を取りに出てこないのは異例である。

 先日から何か胸騒ぎがして気分が悪い。
 何かがひどく食い違っているような。得体の知れないものを相手にしているような。
 一瞬、二ヶ月も前に別れたきりの少女の顔が浮かんで消えた。あり得ないはずだが、敵対するアシュハルトの軍勢の中にもし彼女がいたらと考える。もし自分の国の兵士の手によって彼女が死んだら……。
 あり得るはずがないのだ。女である彼女が兵士として戦地に赴くはずがないのだ。分かっていながらラキアは背筋が凍るのを感じた。嫌な気分だった。
「そんなわけ……、ないだろッ!」
 わざわざ口に出して言って、無理やり思考を打ち切った。
 声は執務室に吸い込まれすぐに消えていった。無意識に部屋のはしの扉に視線をやる。
 扉の向こうの部屋は、あの日のままになっているはずだった。あの日、彼女が姿を消したあの時から部屋の時間は止まったままだ。
 銀の髪、紅い瞳。自分が守って支えると誓ったこの国の皇女と同じ――……
「こんな……こんな関係になるはずじゃ、なかっただろ?」
 ラキアの中で疑惑は確信へと変貌をとげていた。名前が似ているからじゃない。大陸中探せば、同じ年頃で同じ髪と眼を持つ者など数え切れないほどいるに違いない。しかしその中で、王家の指輪を持ち、アシュハルトの王宮と接触を持ち、そして他ならぬバベルの宰相である自分と出会ったのはたった一人しかいない。そして確信してしまった彼に出来ることは一つしかなかった。
「この国は、俺が必ず、守ります」
 その手に残ったものはただ一つ。バベル帝国というあまりに巨大な存在。
 本来自分が仕えるはずだった者に代わり、必ず守ると……。ただそれだけしか彼には誓えなかった。
 永遠に側に仕えることを誓った少女を三度も失ってしまったから。
 一度目は内乱で、二度目はあの日、辺境のあぜ道で自分の恐怖心に逃げ出し。
 三度目は、罪悪感に負け彼女と向き合うことをしなかった。
 三度だ。三度もあったのだ。彼女を守る機会は。それなのに、みすみす全て失った。自分の浅ましいエゴのせいで、三度も……。
「今度は……守る、必ず」
 君に代わって、この国を――。






 内乱の起こった三年後に生まれ、七歳のとき両親が流行り病で死んだ。元は貴族だったらしい母方の家は、内乱の煽りを喰らって潰れていて、頼る親戚もいなかった。母には妹が一人いたのだけれど、その人も同じ内乱で行方が分からなくなっていた。
 一人で生活していくことがどんなに困難なことなのか、そのとき嫌と言うほど思い知った。
 食べることも、寒さをしのぐことも、水を飲むことも着る服だって、たった一人ではどうにも出来ない。内乱の影響で復興し切れていない帝都の辺境で、進んで手を差し伸べてくれる存在はなかった。
 何で自分がこんな目に合わなくてはならないのか。
 何で誰も助けてくれないのか。
 女神イシスは万人に祝福を授けてくれるのではなかったか。
 目に映るもの全てを呪い、憎んだ。自分と同じような目に合ってしまえと思った。
 自分以外の者はみな幸福を掴んでいるように見えたから。ある日突然、頼るべき存在を失う気持ちなど、知らないで人生を終えていきそうな人間に見えたから。

 そんなの不公平だと思った。

 水だけしか口にしていない体はすぐに衰弱し、思うように動けなくなった。そうすると今度は唯一の水さえも飲めなくなってしまう。
 ああこんな所で自分は生を終えるのだ。
 両親と幸せに暮らしていた少し前の過去が、路地裏にみすぼらしい格好をして座っている身には幻のように思い出された。

 遠のきかけていく虚ろな黒い意識の中、差し伸べてくれた手は、文字通り一筋の希望。
「死ぬのか?」
 何の感情も含まない一言が、誰にも声を掛けられなくなった自分にとってどれだけの輝きを持っていたか、貴方は知らないでしょう。
「人手が足りない。働くか?」
 最悪の健康状態だった私の脳に、その言葉はひどく不可解なものとして伝わった。何も答えられない私に貴方はもう一度呟く。
「生きたいなら、立て」
 立てるわけがないと思った。何を無茶なことを言ってくるのだろうと。自分がどんな状態にあるかこの人は理解してないのだと。
 いつまでたっても動く気配のない貴方。無視しようと思っていたのに、まさか自分が立とうとするなんて驚いた。案の定立ち上がる前に体勢を崩し体が傾く。だけど体が冷たい石畳に打ちつけられる前に、力強い両手が私を支えた。
「良く出来ました。今は眠ってていい。回復したら、死ぬほど働いてもらいますから」
 まだ働くともなんとも言ってないのに……そう訴える気持ちよりも、手に届くこの距離で優しく笑ってくれた貴方と離れたくないという願いの方が強かった。
 汚れていて本当に恥ずかしかったのに、貴方は私を平気で抱えてくれた。もっとよくその顔を見たかったのに、安心したのか睡魔が襲う。
 次に目を覚ました時には、私は王城の一室に横たわっていた。


「だから……私が憂うのは、絶望のどん底から救い上げてくれた、セラフィー様、貴方のお命だけなのです」

 同僚が家族や恋人の安否を気遣うその中。アリヤという少女だけは、ただ一人の身だけを痛いほど想っていた。






『見逃してください。じゃなきゃ、力ずくでも……』

 夜中、眠っていた俺の横を、彼女は音も気配もなく通り過ぎていって。
 もし部屋の扉に鍵が掛かってなけりゃ、朝になって俺は死ぬほど慌てただろうと思う。
 当然のごとく無理に開けようとした扉は、静かな夜にかなり大きな音を立てて俺を起こした。驚いて目を開ければ、今度は扉に体当たりしようとしている彼女がいて。
 細い肩が硬い扉に打ちつけられる直前に何とか押し留めた。反動で二人して床に転がって、なおも抵抗しようとする彼女を力任せに組み敷いた。
 何やってるんだと問う間もなく、彼女が言い放った一言がそれ。
「見逃してください。じゃなきゃ、力ずくでも……貴方を気絶させてでも私は行きます」
 愕然とした。
 知っていたけれど、彼女がそれを望んでいることは知っていたけれど。まさかここまでする程だとは思ってなかったんだ。
 「駄目だ」と言われるのを承知で自分に「逃がしてくれ」と願う彼女には、まだ安心していた。本気じゃないのだと思っていた。だけど、違った。
 そしてそのまま、紅い双眸に気圧されるようにして、俺は鍵を開けたんだ。


「――……ルさん、ニールさんっ。休憩、休憩ですって」
 耳元で囁くリディスの声に、少年ははっと我に返った。
 記憶の海から浮上してきて目を開いても、なぜか視界には闇が広がるばかり。点々と炎が揺れている様を見て、彼はまだ自分が夢の中にいるのだと勘違いした。
「……ニールさん? あの、大丈夫ですか?」
「えっ!? あ、あれ………あ、そっか」
 やっと自分がいる場所を思い出した彼は、隣のリディスの手を引いて洞窟の壁際に身を寄せる。手早く兜を取り外したニールの頬を冷たい風が撫でていった。
 辺りを用心深く見回し取り合えず側に人がいないことを確認して、
「ここは……暗いし、顔なんて分からないだろうから」
 だからお前も兜を取れと傍らの少女に促す。
 リディスは彼を信じきっているのか、躊躇することなく重い被り物に手を掛ける。慣れていないせいで手間どう彼女に手を貸してやりながら、ニールは言った。
「とにかく水だ、水飲め。喉、渇いてるだろ?」
「ん……っと…、はい。カラカラです」
 やっと外気に(といってもここも洞窟の中だが)触れられたリディスの白い頬が、暗闇の中ながら赤く染まっているのがニールには分かった。水の入った袋を無言で差し出すと、リディスは少し笑って受け取る。

 少年がほんのわずか、目を離していた時だった。
 背後で甲冑と甲冑がぶつかり合う不穏な金属音が鼓膜を揺らす。
 反射的に振り返るニールの耳に、男のものではない小さな叫びが届いた。
「リディ――……ッ!」
 名を呼ぶことは出来ない。振り返った少年の目に飛び込んだ光景は、彼を蒼白にさせるに充分なものだった。
 この暗い中、誰かとぶつかるなという方が酷であろう。

 だけど何も、何も彼女にぶつかることはないじゃないか。

 理不尽な言葉は頭の中だけに留めて、彼はまず長身の男の体の下からリディスを引っ張り出した。そして彼女の体を一回り大きい自分の背中の後ろに隠し壁に押し付ける。
 驚くほどの早さで一連の行為をやってのけたニールの目の前で、男はゆっくり身を起こした。
「………悪かった。暗くて……今、女の声が――」
「良いんだ! この暗い中じゃ、誰かとぶつかっても仕方ない。気にしてないから」
「あぁ……女の声が――」
「あ! 俺もさっき女の声に似た鳴き声のネズミ見つけたぜ!」
「ネズミ……? あ、あぁ……そうだよな、うん。聞き間違いか、悪い。……どっか、怪我しなかったか?」
 とても性格の良い男らしい。
 だが今のニールにとってこれほど嫌な相手はいなかった。
「大丈夫だって! それより、さっき誰かがあんたのこと呼んでたぜ?」
「そうか、じゃあこれで……。本当に悪かったな」
 ひらひらと手を振って去っていく男の背中に心底安心しつつ、ニールはほっと溜め息をついた。心臓が今も暴れている。
 少女が身じろぎしたのが背中越しに伝わった。
「…………もう、大丈夫ですか?」
「多分……」
 リディスの吐息が首筋にかかり、おさまりかけていた鼓動が再び早まってしまう。

「ありがとう。それから……ごめんなさい、迷惑かけて」

 背中に少女の額が当たった。もう一度小さく「ごめんなさい」と繰り返す。それ以上言って欲しくなくて、ニールは体を反転させて彼女の肩を抱いた。
「良いんだ。俺は決めたから」
 何を? と問うような眼差しをかわし、少年は視線を落とした。

 守ると決めたから。
 何かに必死になっている君を。






 ニールを騙している。
 会いたいのは彼の敵であるバベルの宰相なのだ。
 ニールを騙している。
 私はこうまでして、一体何がしたいのだろう。
 本当は彼に迷惑を掛けないで、一人で逃げ出すはずだった。だけどあの部屋には鍵が掛かっていて。その鍵は彼が持っていて。
 気絶させて奪うこともできたのに、一度心を許してしまった人間を傷付けることにためらってしまった。それにもしそんなことをしたら、一人残された彼はどんな罰を受けるのだろう。
 考えれば考えるほど怖くて、誰かのことを想えば想うほど、がんじがらめになって身動きがとれなくなる。いかに今まで自分のことしか頭になかったのか思い知った。
 今だってそう、何が最善か考える前に、自分の気持ちを優先して……。結局彼を危険な場所へと道連れにした。
 ニールを騙している。

 だけど、それでも私は――……






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