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 二千年前に一時の別れを告げた場所は今は公園になっていた。
 公園と言っても近所にある小さいものではなく、県立の、敷地がやけに広い公園だ。その広大な敷地のせいで日中でも人の目が行き届かない。
 周囲の住民からは危ないと苦情が相次いでいる状態だが、返って今夜はそれが好都合だった。
 来羅(らいら)は逸る気持ちを抑えきれず、半ば駆ける形で夜の道を急ぐ。
 ずっと独りだった孤独の月日に終止符が打たれる。それは同時に世界の危機であることを意味する。
 手放しで喜ぶ事は出来ないけれど、今夜くらいは羽目を外しても誰も文句は言わないだろう。

 取り立てて目印があるわけじゃない。それなのに……二千年もの間ここへは来なかったのに……勝手に体が動く。
 こっちだよと、彼女の本能がささやく。本能に従うままに来羅は階段を上り、木をくぐり、公園の奥へ奥へと進んでいく。
 長かった階段を上り終えると視界が急に開けた。

「……ここ?」

 誰に言うでもなく来羅は一人つぶやく。
 まるでその場所を避けるかのように木が円状に鬱蒼と生い茂り、その葉を風に震わせている。
 今夜は満月。あの日の夜空もこんな感じで、辺りは優しい光に包まれていた。
 来羅は一通り辺りを見回し手近の石の上に腰掛け、目の前の虚空(こくう)を見つめる。
 月が高くなるとともに増してくる違和感。異質なものが無理矢理この次元にねじ込まれて来る感覚。

 それは唐突に、しかしひどく自然に訪れた。
 月明かりが図ったように、その何も無かったはずの場所を照らした途端。
 来羅が瞬きしたほんの一瞬間。
 その一瞬がこれからの地球の未来を左右する等と誰が気づいただろう。当の本人の来羅でさえ、急に現れた二千年以来の仲間を目の前に思考が止まる。
 さっきまで照らしていた月は雲に隠れたので、辺りは暗かったが確かにそれは彼女の記憶にある者達だった。
 永遠に続くかとも思われた沈黙を、一人の女性の声が破る。

「……え?何?ここが二千年後なの!?」
「それ以外のどこだって言うんだよ!…にしても一瞬だったな」
「…………お前ら、早く人の上からどいてくれ。重い」

 その声も、その話し方もやりとりも、全てがあまりに懐かしかった。自分だけ一人変わってしまったのではないかという不安がよぎる。
 どうしようもない不安と喜びのせいで震えそうになる声を必死で抑えて来羅が言った。

「あ……ひ、久しぶり」

 自分でも何故こんな事しか言えなかったのだろうと、言ってから後悔した。
 騒がしかった声が急にしんとなり、一呼吸おいて先程の声の持ち主である(いさご)が来羅の方へ駆け寄った。

「来羅っ、来羅!大丈夫だった? 二千年も一人でよく頑張ったねぇ」

 砂の大人の女性の手が尚もきつく来羅を包み込む。痛いぐらいの締め付けが、今はとても心地よく感じられた。

「砂……ありがとう。でも大丈夫だったよ。また必ず皆に会えるの分かってたもの。だから…」
「馬鹿。こういう時は意地張んないで泣いとくもんなのよ」
「……うん、本当は…ずっと寂しかった………寂しかったよ」
「よく言えました」

 来羅は自然にこぼれ落ちてくる涙が、自分でも不思議だった。
――この二千年でさえこんな風に泣いたことは無かったのに………。
 涙で歪んだ視界に紅月(こうづき)霧生(きりゅう)の姿が見える。
 紅月は何だか照れくさそうに笑ってこっちを見ていた。めったに笑う顔を見せない霧生も、今は優しい笑みを来羅に向けている。

 と、そこまで思考が働いてから重要なことに思い当たった。
 抱きしめていた砂を瞬時に振り払うと、驚く彼女を気にも留めずに、来羅は今しがた彼らが現れた辺りを凝視する。
 砂も霧生も……数秒遅れて紅月も事に気づいたらしく表情を一変させた。
 来羅はすぐさま近くの茂みの中に踏み入って草をかき分ける。辺り一面を一心不乱に歩き回るがとうとう見つからなかった。

「……………百夜(びゃくや)――」

 月明かりは薄暗いものの、近くにいるはずの人物をその目に映させない程暗いわけではない。
 そう、二千年前彼女を一人残しておくことに最後まで反対していた百夜の姿だけが無かった。

















 人間全てを憎んでいるはずの彼が、どうしてそういう行動に出たかは分からない。
 もしかしたら何か感じたのかもしれないし、たまたまそういう気分だったのかも知れない。
 とにかく偶然にも彼の帰り道に変わった雰囲気の男が倒れていたのも、そいつを助けてやろうという気になったのも事実。


 この気まぐれが、後に彼自身の首を絞めることになろうとは、誰が予想し得ただろう。







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