連載コラム
第17回 見学するより体験するもの。
ごくたまに、海外の建築家が訪日の折に声をかけてくれることがあります。その時々で異なるのですが、たいがい新しい建築名所の近くで食事をしながら旧交を深めることになります。最近は、やはり青山のプラダ(ヘルツォーグ&ド・ムーロン)、ディオール(妹島&西澤)、横浜国際客船ターミナル(FOA)、トッズ(伊東豊雄)などが海外でも注目されているようです。日本の土着や東洋趣味とは無関係に批評できる建築が話題になりますから、もはや観光用のもてなしや伝統文化のうんちくを期待されません。
その後、彼らは寺社や庭園といった古典の名作も京都や奈良で見学します。私はたいてい、修学院と桂離宮は外人ならすぐに見られるから是非と薦めるわけです。日本では六本木のクラブだけでなくて古典建築も外人だとフリーパスなのだという冗談もあるのですが、3ヶ月も前から申し込みをしないと見られない日本人は、外人より日本の古典に触れる機会が限られているとは不思議なものです。(ただし無料。)逆に先ごろ訪問したウズベキスタンでは外人だと入場料10倍(値切れば5倍)というのもおかしな話です。植民地時代に搾取したものばかりという批判はあれど大英博物館は無料でいつでもだれでもというのが文化遺産の理屈じゃないかという気がいたします。
古典は別として、ここ15年ほど大阪にいくならばと薦めているのが、天保山のサントリーミュージアム(安藤忠雄)の隣にある海遊館(ケンブリッジセブン設計の水族館)です。なぜそんなアミューズメント施設を?という顔をされますが、開館当時出張のついでにたった一度きり入館してなんともびっくり、その後さまざまな類似施設を見ても、なおかつ記憶が色褪せない。建築作品として評価を得ているわけでも写真映えするわけでもないけれど、だからこそある意味で「なるほど!」と思わせたいだけなのでもあります(笑)。
施設は、単純で巨大な箱型、エスカレーターで一番上まで上って中をスロープでぐるりと降りてくるというやや東急ハンズ的な構成です。大きく違うのは、この箱がそのまま、巨大なジンベイザメの飼育が可能な水槽だということです。そして30センチ厚のアクリルガラス張りのスロープは水槽の中を複雑に巡るように注意深く挿入されている。世界的に注目されたロンドン動物園の鳥籠(セドリック・プライス)のように、水槽の魚を見るのではなく、人間が水槽の中を巡り、魚がガラス筒の中の人を見るのです。順路は、断面的には最上部での海辺の生物にはじまり、徐々に降りてゆくことでタカアシガニのいる深海へと向かいます。だからたとえばラッコが勢いよく潜ったり水面に浮いたりする生活を上と下で見ることができます。平面的には環太平洋の様々な地域が割り当てられていて、ぐるぐると廻りながらそれぞれの地域の生態を見学することができます。でも順路はあくまで巨大鮫の水槽のなかに折り曲げられた一本のガラス筒ですから、何階下りるとかじゃなくて、通ってきた道を水槽の上部に見上げながら、ひとつながりの体験として、どんどん海の底へと向かっていることが実感できるわけです。
サメが死んだらどうなるかっていう運営側の議論があったかもしれません。次のサメがくるまでいなくても、本当の海だってジンベイザメに会えないことだってあるじゃないか、ということかもしれませんね。確かにサメによって決められた水槽サイズだとしても、結果としては、多くの魚や海亀が生活する海中の体験はそれに頼らずとも遜色のない展示の骨格になっています。サメは建物の上に据えられた大きなクレーンで海から直接吊り上げて水槽に入れることができるので、接岸する場所性を生かしたよいアイデアだと思いました。カラフルな建物の外観は商業的にすぎるかなという印象がありましたが、港のコンテナヤードのような巨大な箱とクレーンという組合せは、むしろ建物の機能そのままなのかと崇高な近代建築の理念に照らして妙に納得したわけです。
さて地元の話に戻りますが、先日、建替えられた江ノ島の水族館を見学しました。古くから水族館の人たちの動物愛やホスピタリティを感じる場所なのですが、最近の目玉であるミナミゾウアザラシ「ミナゾウくん」(体重2トン)が水族館の建築的な演出から無視されて、狭いコンクリートのプールにじっと浮かんでいるのはなんとも寂しげなかんじがしました。お土産のぬいぐるみ売り上げで貢献しているのにねえ。海遊館のレベルに建物を照らすのも酷かとは思いますが、この恵まれた立地にもかかわらず、建物が展示体験と無関係にただの2階建てビルでいいやというのでは、あまりにもったいないですね。でも飼育係のおじさんとはとても仲良くしていて羨ましく思いました。クラゲの展示やイルカショーはいまだ健在のようでなによりです。美しく高尚な建築作品としてならば葛西の臨海水族館(谷口吉生)がありますが、私としては、水族館もそこそこ、島の地勢的な複雑さや神秘性、楽園へといざなってくれそうな竜宮城型の駅舎、それからこの際、弁天橋のニセ画商や登山用エスカレーター「エスカー」の珍妙を含め、のんびりむかしながらの異次元体験エリア江ノ島が好きですね。帰りに五色ちくわを買いました。(二宮)