連載コラム
第16回 境界のない顔

 3月下旬からウズベキスタンのサマルカンド大学にて東アジア中央アジア歴史都市会議が開催されました。日本の建築家として参加した古市徹雄さん、納村信之さん、寺田尚樹さんとともにワークショップ教授として滞在いたしました。

 ウズベキスタンは、今でこそカザフスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、キルギスといった隣国と国境によって線引きされていますが、もともとはいくつもの遊牧民族が領域を重ね合いながら独特の生活様式を形成したのだろうと思います。また、東西の交易路であったわけですから、欧米型の人種のるつぼというより、アラブ系からモンゴル系まで東西方向に溶け合ったように人種が無段階に変化している。サッカーの予選でカザフスタンはヨーロッパ、ウズベキスタンはアジアというのも、全く現時点での政治的な制度にすぎません。

 そんなわけで写真は、トマト売りの姉妹、雑貨を売っていたお姉さん、乾物売りのおばさん、流しの民族音楽団長、大学の先生、建築家、建築の学生、ひまわりの種を売っていた少女、団体旅行の女性、国道沿いの草原にいたおじさん、くつ修理の兄弟、地元のこども、スーツで決めた紳士、などなど。

 世界に発信可能な独自性というのは、ここではどうやら強固な思想によって統合された国家という意識や都市部に残されたイスラム建築の遺構よりも、それぞれの現実的な生活のシナリオのなかにあるのじゃないかという感覚を抱きました。高度な栽培技術がないのに、目にも鮮やかなトマトやザクロが露天に溢れるさまは、ワークショップで計画地として提示された観光用の歴史広場以上に、生活者の文脈を物語っているような気がします。

 ソビエト時代、中央アジアにおける長い抑圧による傷跡は深く、歴史的なイスラム文化遺産や都市構造を現代に再生するには、全く新しい知恵が必要だろうと思います。また、建築や都市にかかわる職能までもが社会主義の価値観に塗り替えられてきたことも、一層の困難を生じさせています。なにしろ、歴史的な資料や都市の地図は、かつて、軍事的、知的制圧のためにすべて没収され、その多くは旧レニングラードに持ち去られたまま、独立後も返還されていないというのですから。

 スターリンやレーニン像はもはや存在しませんが、宇宙服姿のガガーリン像だけは誇らしく街角に聳えておりました。ソ連の宇宙開発には飛行士にとって残酷な噂がありますが、とまれ文明や文化に対する貢献は、思想や宗教、国家や人種の壁も越えて賞賛され続ける普遍的な功績ということなのでしょう。宇宙に国境はないですしね。

 イスラムなのか、遊牧民なのか、都市なのか、都市でないのか、ウズベクなのか、カザフなのか、はたまたロシアなのか。決してひとつの色に染まらないけれどもなにかばらばらでない連続的な秩序というものがあるのかもしれないという自説に持ち込もうとしても、なかなか短い滞在のなかで即座には整理できないところが、この地の文化の複雑さなのです。(二宮)

 

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