連載コラム
第15回 地下都市探訪ツアー
東京の環状7号線の地下50メートルには4.5キロにわたって直径13メートルもの巨大なパイプが埋められています。神田川・環状7号線地下調節池施設というこのトンネルは、当初、白子川から東京を縦断して東京湾まで30キロにわたって計画された環七地下河川の一部で、約10年、1000億円を投じて1996年に完成したものです。
イギリスの建築家・都市提案家セドリック・プライス(2003年没)のスタッフだった斉木敬一さんの発起で、先日この施設見学会が催されました。平日の昼間、あちらこちらからマニアックな人々を集めて地下都市探訪ツアーという企画に胸躍る思いで参加いたしました。
元々川沿いの低地は農作地として、住居は高台にという土地利用が、自然な集落のありかただったわけですが、都市のスプロール(無秩序に都市の周縁が拡散してゆくこと)や高密化によって川沿いまで建物やアスファルトで覆いつくされてしまいました。結果、流域の自然な治水機能が無くなって、すべての雨水が神田川をはじめとする中小河川に流れ込み、頻繁な洪水被害をもたらすようになったわけです。日常の生活とは完全に切り離された深い地下に埋め込まれた都市インフラが、街なかのコンビニ(現代人の都市インフラ)や老朽化した木賃アパート(地方学生の都市インフラ)といった微細な都市のパーツを影ながら自然災害から守っているわけですから、インフラってえらいのですね。
完成以降は神田川流域の洪水被害はなくなったわけですが、心配がないわけではありません。1時間50ミリというのが最大降雨量として計画されているのでこれまでの雨ではびくともしないのですが、昨年10月の台風22号のもたらした記録的な豪雨は、57ミリ/時間ということで、このトンネルはぎりぎり満管状態になったそうです。ちょうど無駄のない大きさといえばそうなのですが、同じく去年の新潟の集中豪雨では120ミリ/時間だったそうですから、東京で同じ雨が降れば、もう町中水浸しというわけです。あきらめるしかありませんと冷静に説明されてしまいました(汗)。当初の計画通り、トンネルが東京湾までつながれば、最強のインフラになるのでしょうが、もう東京都の事業は打ち止めだそうで、溢れたらまあしょうがないよという状況です。確かに地震や火事に比べれば雨ぐらいしょうがないですか。思い返せば、昔は雨が降ればどこもぬかるんで黒いゴム長靴をはいていたものですが、いまや都会ではめったに見かけなくなりました。
さて、トンネルの内部というか、地下都市の中身はというと。。。トンネルへのエレベーターは環状7号線沿いの目立たないビルの中にありました。地下7階までゆっくりとエレベーターで降り、分厚い2重の鋼鉄製ハッチを潜り抜けてトンネル内部に到達します。降りてきた50メートルに沿って縦の管が川からの水を地下に繋いでいて、その管の底がトンネルの上部にぶつかった穴を下から見上げることになります(写真1)。映画「トレインスポッティング」でのトイレの水の中から見上げたような感覚というか、コインロッカーの中から外界を見たような。あるいは、ピラネージの古代ローマ版画やパンテオンの天窓のような具合です(写真2)。例えがずいぶん極端ですが。都の職員さんのサーチライトだけを頼りにメインのトンネルに向かいます。連絡通路から少し角度が振れて巨大トンネルに入った途端、光の届かないはるか彼方まで闇の穴が続いていて、静かな水面にトンネルの円弧が反射していました(写真3)。
「洪水時以外は水がこないわけだから、都市生活に直結した多重な利用ができるのじゃないかな」と若い見学者たちはみな職業柄、口にしてみるものの、じつは、実生活から遠く意識の外にある地底の空洞が、都市の表層として建築がつくるチープな街並みやイベントなんかより、東京のイコン(偶像)として深く根付いていくのかもしれません。