連載コラム
第23回 階段のデザイン(その3)鉄筋コンクリートでつくる
木や鉄による階段の特徴が軽快さにあるとすれば、コンクリートによるものは重量感です。これは空中へいざなうというよりも、隆起した地面という感覚に近いと思います。ヨーロッパの古典建築では、原則的に石やレンガの建築ですから、彫塑的な造形が建築デザインの醍醐味のひとつでもあります。フィレンツェのラウレンツィアーナ図書館(設計/ミケランジェロ)の入り口の階段室には、巨大な量塊が目一杯に置かれており、マニエリスムの時代にあって、革新的なバロック建築の萌芽をみることができます。(写真1)周囲の壁面の柱型を地面につけずに壁からつき出した持ち送りによって浮かせることで、対比的に階段自体の重量感を増幅させようとした意図がわかります。現代では、鉄筋による引張力とコンクリートによる圧縮力を同時にあわせもつ鉄筋コンクリートが、その彫塑的なダイナミズムをさらに重力からも開放したといえます。重量感のあるものが重力から開放されることは、鉄や木が空中に浮かぶのに比べて、俄然ダイナミックで知的な体験につながるでしょう。
FLAT Bのリビングの上空にはFLAT Aのリビングから上階へ上がる階段の裏側が見えています。(写真2・3)この階段の三角形の側壁は、階段として機能することと同時に上階の床や屋根を支えるための跳ね出し梁となっています。住戸間の耐火遮音のために鉄筋コンクリートである必然性があるのですが、住宅にしては高価な鉄筋コンクリート造にするからには、単に機能的な要求や素材感だけではなくて、空間の構成もそれならではを追求するべきと考えます。とはいえ、住宅規模でこの造形は鉄筋の加工や打設に想像以上の緊張感を強いられました。。。もちろんしっかりできています。
地下のコンクリート壁に沿って上る階段(写真4)は、当初鉄板で計画していたものを、コスト削減のために鉄筋コンクリートとして、わずか7センチ厚の段板が壁から突き出るように作ったものです。これもコンクリートの硬質で重厚なかんじと鉄筋による引張によって奥に透ける軽快さを併せ持ったものです。
ギリシャのミコノス島には、いまでも日干し煉瓦による土着の集落が残っています。ここでは迷路状の路地が通行と採光、通風というすべての機能を担っています。地面から撫で付けられる高さまで階段状に壁を隆起させて、それ以上積めないところから上階のバルコニや出入り口まで木のはしごを渡すという無駄のない構成を見ることができます。(写真5)
BARRELでは、基礎のコンクリートが隆起したような基壇から上階の木箱へ鉄はしごをかけています。(写真6)基礎コンクリートと一体の基壇内部は、本棚・収納・分電盤スペースとして、上部のはしご状の透けた階段は、光庭から奥のダイニングテーブル(これも鉄筋コンクリート)への採光を遮らないために、最小限の部品で組み立てられています。ミコノスの土着的な階段と表情は違うけれども、合理なバランスを求めて考えたプロセスは共通しているかもしれません。
ルネッサンスの古典もギリシャの土着もつくり手や時代背景は無関係でありながら、根底にある技術的な理念は共通しています。現代においては、もはや土着や彫刻的な表現を回顧する必要はないけれど、逆に新しい技術や素材を自由に使えるわけですから、その理念をいかに発展させられるのかが、大切な視点だと思います。
この10年くらい都市型の住宅において、土地の広さや地盤の高低差を解決するために地下空間を活用することが多くなりました。建築基準法でも地下室は住宅の用途であれば地上階の半分まで床面積に算定する必要がなくなりました。ただし、光も風もこないただの地下室になってしまうと、掘削や構造・換気設備にコストがかさむ割に、せいぜいAVルームとか倉庫のようになってしまいますから、慎重な断面計画をする必要があります。
木造や鉄骨で計画しても、基礎や地下室はいまのところ鉄筋コンクリート造にせざるをえません。そこで、構造としてのコンクリートとその他の部分の境界を再考してみるといろいろ合理な可能性が見えてきます。階段以外にも、カウンターやテーブルといった家具も安価につくることができ、必要なら表面は木でも塗装でも仕上げることができます。構造形式では一番安価な木造が、家具工事になると逆に高価であることを考えると、コンクリートでコストを抑えようという発想がよりよい空間効果につながることも多いわけです。最近、光を通す透明なコンクリートも開発されたりして、まだまだ無限の可能性を感じる素材です。(二宮)