tell a graphic lie
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(2002.8.11)
君には未来の幸福はありません。
(2002.8.12)-1
きっと血が冷たいのだろう。
(2002.8.12)-3
そうだ、ぼくのは「体温への希望」でしかないの。。。。けど、知らないんだから仕方がないよ。
(2002.8.12)-4
「あのね、ぼくの体温ってね、すごく変なんだ。普通の人よりもずっと低くてさ、25℃ちょっとしかないんだ。。。だめ!触らせないよ。だめだ!動くな!手を下ろせ!それ以上近寄るな!・・・・・・いいかい?いや、いいんだ。続けよう・・・・・・みんな、みんなさ、驚くんだよ。ぼくは、そのときすごく嬉しいんだけどさ、みんな、必ず驚いた顔をするんだ。しばらく言葉を失うくらいにさ。思わず手をふりほどく人もいたよ。。。血が濃いんだってさ。こうして普通に暮していられるのは、血が普通の人よりも3倍くらい濃いからなんだってさ。カルピスの原液みたいな血なんだって。だから、この言葉は何だか変な言葉だと思うんだけど、極低体温でも、人なみの運動量を確保できているんだって。詳しいことはよくわからないんだけど、要するにはそういうことなんだって、医者の偉い人が言ってたよ。
 いや、信じないのは、よくわかるよ。触ってもらえばすぐにわかるんだけど、それは許してよ。。。あのさ、ほら、ぼくは、君がさ。いや、なんでもない。とにかくそれは勘弁してよ。いや、ほんとに。マジで勘弁してよ。
 ほら、あったかい飲み物とか、スープとか、ぼく、飲まないだろ?あれ、ぼくには熱すぎるんだ。火傷しちゃうんだよ。ああいうのって、体温との温度差の問題なんだぜ。だから、ぼくには水道水もぬるま湯っていうわけ。それから、冬の鍋物とかは、あれはすごく苦手だよ。煮えて熱いのをそのまま食べるのがいいらしいからね。ぼくは手もとにとってだいぶしてからじゃないと箸をつけられないんだ。厚切り豆腐も湯気が消えたころでないと口にできないってわけ。しらけるだろ。いいんだよ、ほんとのことだから。それから、ぼくは鍋の傍にいるだけでも、結構きついんだ。だから、冬のほうが夏よりもつらいかな。夏はまわりの人もみんな、暑い、暑いって言ってるからね。違和感があんまりないんだよ。でもさ、知ってると思うけど、厚着はみんなと同じ様にぼくもするよ。いくら着こんでも、体温以上に温度が上がることはないからね。みんな程ではないのかも知れないけど、霜が立って、氷の張るような日はやっぱり寒いんだよ。その辺は、つまり服の中の気温が、25℃あたりなのか、36℃あたりなのか、その違いだけだよ。
 冬はそんななのに、夏、汗とかをあまりかいたりしないのは、単にそういう作用があんまり活発でないだけだよ。そのかわり、夏なんかは体温が冬よりも3℃くらいは高いよ。で、その分、血が薄くなるというわけ。それでバランスをとってるんだって。その偉い医者がそう言ってた。その医者にはぼくはどうやら感謝しなくちゃいけないらしいんだ。ぼくのことを思って、ぼくのこの躰のことを大々的に発表しようとはしなかったんだって。それには感謝しなければならないって、いつか母親が祈るような眼をして言ってたよ。それでぼくは、そんなもんかなって、思った。どっちでもおんなじように思うんだけどさ。
 『死人みたい』って、ぼくを噂しているのを何度か聞いたことがあるよ。でも、ほら、ぼくの頬とかは、かえって人よりも赤いくらいなんだけどね。そう、血が濃いからさ。笑えるよな。冷血だけれど、血色はいいってわけだ。(断念)

(2002.8.12)-5
 ぼくの書くものが相変わらず、このように薄汚いのは、脱したと思っていた「底」とやらから、実は全く、一歩も抜け出して居ず、かえってぐらぐらとそのまま下降を続けていただけのことだったのかも知れない。など言ってみる。水面に触れ、水中を沈降してゆくとき、ひとはある種の浮揚感を躰に覚えるらしい。
「しかしながら、わたくし、確かに真っ赤な嘘を幾つか書きますが、それでも、嘘の感覚をもとにして何かを書いたことはございません」
など、勇ましく宣言してみたところで、何にもなるまい。「宣言それ自体がもっとも本当から遠いものだった」
 酒を飲んだのである。午後8時過ぎから、グラス一杯のウィスキーを一時間半ばかりかけて飲み干しながら、薄っぺらな冷血人間の告白を書いたのである。そのままひっくり返って眠り、気づけば午前一時半であった。
 昨晩、ある人の文章を読んで、息もできぬほど両の肺を絞めつけられ、胸かきむしろうとするも、見れば上半身はだか、自身の痩せこけた白い胸が剥き出し、かきむしることすら叶わず、けれども相変わらずの呼吸困難はいっこう消える気配なく、仕方なし、頭かきむしって、息の戻るまで耐えた。殴り殺してやりたいと思った。いや、辱をかかせたいと真剣に願った。そうして、三週間ぶりにこの感覚を思い出したのである。あとには、言葉がひとつ残った。
 ぼくは今日いちにち、その言葉に振り回された。まず反論を試みた。無駄であった。次に加筆修正を試みた。どれも冗長に過ぎた。「人間失格」を再び読んだ。微笑ましかった。兄さん、など呟いた。馬鹿である。我ながら呆れて、外へ出た。何もなかった。それで、飲むことにしたのである。何が「体温への希望」だ。お前は屍霊か吸血鬼か。
 と、書いてふきだした。首肯したのである。なるほど、すでに死せる者がうごめいているということであったか。「君の手は冷たい」真顔の感想だったわけである。都会で暮らす亡者。どうやら、喜劇のようではある。舗装されていない、水溜りの7,8が点在する狭い空き地ではじまる紙芝居。客を呼ぶのは、笛ではなく、カラカラなる風鈴の音。「あら、涼しい音。今日も紙芝居屋さんが来たわよ。ほら、100円。行ってらっしゃい」白骨を打ち鳴らす音は人気があるようである。
 所詮、見世物である。嘘多く語れ。
(2002.8.12)-6
語れ?黙れ。マリオネットのくせに。
(2002.8.12)-7
雪女はなぜ人を凍死させるか。
(2002.8.13)-1
さて、お仕舞い。「そればっかやってるわけにはいかないのさ」
(2002.8.13)-2
「私はそのときにはもう、うとうとし始めていた。ぼんやり曇った意識の中で、ノイズを聴きながら題名を反芻していた。林檎が連想された。林檎、リンゴ、りんご、りんりん。私はテーブルの上で、両腕で頭を囲うようにしてうずくまって、スピーカからこぼれるノイズを聴いた。やがて、私の空想の視界の真中に真っ赤な林檎がひとつ、像を結んだ。艶のある林檎だった。林檎はやがて何ものかの手で掴みあげられて、その口もとへと運ばれた。手は男のものだった。私は寒気を感じて、呟いた。」
(2002.8.13)-3
これあねえよなあ。自分がこんなものも書き出すような人間だとは知らなかったよ。三文なんとか、ってえやつだ。ああああああ(頭ぐしゃぐしゃ)んもう、まじでどうにかしてくれよ。
(2002.8.13)-4
キーボード壊れた。テンキーの"0"。押すと戻ってこない。いつまでも"0"を入れ続ける。値は不必要に大きくなる。
(2002.8.13)-5
かっこよく書いてみてもダァメ。新しいキーボードを買いなさぁい。太くて硬いヤツ。いやあん。
(2002.8.13)-6
なんとかしてくれ。オヤヂギャグじゃないか!
(2002.8.13)-7
いや、これもすでに死語だったりするのか?
(2002.8.13)-8
雑談ついでに、最近買ったアルバム「ぽ」について。知らなかったのだが、タワーレコードに行ったらチャート1位だった。元気一杯ファミコンロックである。"B-DASH"というバンドであるから、ファミコンというのはあながち間違った印象ではないと思われる。特筆事項は、どうも有名らしいので、いまさら書かないけれども、ぼくは4曲目がやたらに好きである。「ピンパリポンペリ 平安Day あ んべーい」という歌詞(これを歌詞と呼ぶかどうかについては、いろいろと論がありそうだが、それもこのバンドには常に付きまとう話だろうから、ここではしない)の何だかいろいろとどうでもよくなってくるような感じの曲である。ヘッドフォンで聴くとよい。しかし、こういうのを聴くと、何だか世代が同じになってきたなあ、と思う。いいんだかわるいんだかわからないけれど、とにかくぼくも年齢というやつだけは積み重なってきているようである。ぼくらの世代には、ニンテンドーがそのベースにあるようなグループが間違いなくある。その消化の仕方は、このように様々ではあろうけれども、やっぱりわかるもんだなあ、なんて思ったりした。体にフィットする。まあ、何にせよ、幼少時に関わったものの影響というのは、なかなかに無視しがたいものだ、ということでした。あれ、"B-DASH"の話ではなくなってしまった。
(2002.8.13)-9
ゴーゴリ「狂人日記」ちょっといたい。何がいたいって、ここに風味が似てるのがいたい。でも、これ、さすがに若いねえ。25,6のときに発表したものだもんねえ。「晩年」の方がいい。あと、似てる、ほうとしては、多少ケチをつけたく思う。自分でもやるか。
(2002.8.13)-10
質問です。今日みたいのと、昨日みたいのと、どっちがいいですか。場所分けたりしたほうがいいですか。グチャグチャでいいですか。ぼくはね、まだ本名でサイトやってるからさ、これでいいかなあ、なんて思ってるんですが。太宰だって、年がら年中「苦しさは」ばっか言ってたわけじゃないじゃない。「約束の枚数に達したので、ペンを置き、梨の皮をむきながら、にがり切って、思うことには、『こんなのじゃ、仕様がない。』」いや、そういうのが昨日の感じなんだけどさ、まあ、こう言ってしまうようなものを含めて、いろいろ書くってことさね。全部ひっくるめて太宰だべ。まあ、ぶしゅぶしゅ切り分けてもいいんですけどさ。ぶっちゃけた話、めんどくせえんだ。書き始めるまで、結構どっちかわかんなかったりするしさ。あ、間違えた。これはこっちじゃない。とかやるの、いやなんだわ。今日みたいに書いてる日も、当り前だけどさ、ずっと持ってるわけだし。そんなの、当り前っしょ。まあ、こういうことさ、
(2002.8.13)-11
 人生とは、(私は確信を以て、それだけは言えるのであるが、苦しい場所である。生れて来たのが不幸の始まりである。)ただ、人と争うことであって、その暇々に、私たちは、何かおいしいものを食べなければいけないのである。
太宰「如是我聞」より抜粋

(2002.8.13)-12
あ、でも、上みたいな話すると、太宰に怒られるのだ。でも、言うことなんて聞かないのだ。あいつだって、駄目駄目言いながらいっぱいやってるのだ。仕方ないのだ。みんな、アホなのだ。
(2002.8.13)-13
アホついでに、下らん気楽な小論をひとつ附けよう。

(鬱屈禍)
 この新聞(帝大新聞)の編輯者は、私の小説が、いつも失敗作ばかりで伸び切っていないのを聡明に見てとったのに違いない。そうして、この、いじけた、流行しない悪作家に同情を寄せ、「文学の敵、と言ったら大袈裟だが、最近の文学に就いて、それを毒すると思われるもの、まあ、そういったようなもの」を書いてみなさいと言って来たのである。
 編輯者の同情に報いる為にも私は、思うところを正直に述べなければならない。
 こういう言葉がある。「私は、私の仇敵を、ひしと抱擁いたします。息の根を止めて殺してやろう下心。」これは、有名の詩句なんだそうだが、誰の詩句やら、浅学の私には、わからぬ。どうせ不埒な、悪文学者の創った詩句にちがいない。ジイドがそれを引用している。ジイドも相当に悪業の深い男のようである。いつまで経っても、なまぐさ坊主だ。ジイドは、その詩句に続けて、彼の意見を附加している。すなわち、「芸術は常に一の拘束であります。芸術が自由であれば、それだけ高く昇騰すると信ずることは、凧のあがるのを阻むのは、その糸だと信ずることであります。カントの鳩は、自分の翼を束縛する此の空気が無かったならば、もっとよく飛べるだろうと思うのですが、これは、自分が飛ぶためには、翼の重さを托し得る此の空気の抵抗が必要だろうということを識らぬのです。同様にして、芸術が上昇せんが為には、矢張り或る抵抗のお蔭に頼ることが出来なければなりません。」なんだか、子供だましみたいな論法で、少し結論が早過ぎ、押しつけがましくなったようだ。
 けれども、も少し我慢して彼のお話に耳を傾けてみよう。ジイドの芸術評論は、いいのだよ。やはり世界有数であると私は思っている。小説は、少し下手だね。意あまって、絃響かずだ。彼は、続けて言う。
 大芸術家は、束縛に鼓舞され、障害が踏切台となる者であります。伝える所では、ミケランジェロがモオゼの窮屈な姿を考え出したのは、大理石が不足したお蔭だと言います。アイスキュロスは、舞台上で同時に用い得る声の数が限られている事に依て、そこで止むなく、コオカサスに鎖ぐプロメトイスの沈黙を発明し得たのであります。ギリシャは琴に絃を一本附け加えた者を追放しました。芸術は拘束より生れ、闘争に生き、自由に死ぬのであります。」
 なかなか自信ありげに、単純に断言している。信じなければなるまい。
 私の隣の家では、朝から夜中まで、ラジオをかけっぱなしで、甚だ、うるさく、私は、自分の小説の不出来を、そのせいだと思っていたのだが、それは間違いで、此の騒音の障害をこそ私の芸術の名誉ある踏切台としなければならなかったのである。ラジオの騒音は決して文学を毒するものでは無かったのである。あれ、これと文学の敵を想定してみるのだが、考えてみると、すべてそれは、芸術を生み、成長させ、昇華させる有難い母体であった。やり切れない話である。なんの不平も言えなくなった。私は貧しい悪作家であるが、けれども、やはり第一等の道を歩きたい。つねに大芸術家の心構えを、真似でもいいから、持っていたい。大芸術家とは、束縛に鼓舞され、障害を踏切台とする者であります、と祖父のジイドから、やさしく教えさとされ、私も君も共に「いい子」になりたくて、はい、など殊勝げに首肯き、さて立ち上がってみたら、甚だばかばかしい事になった。自分をぶん殴り、しばりつける人、ことごとくに、「いや、有難うございました。お蔭で私の芸術も鼓舞されました。」とお辞儀をして廻らなくてはならなくなった。駒下駄で顔を殴られ、その駒下駄を錦の袋に収め、朝夕うやうやしく礼拝して立身出世したとかいう講談を寄席で聞いて、実にばかばかしく、笑ってしまったことがあったけれど、あれとあんまり違わない。大芸術家になるのもまた、つらいものである。などと茶化してしまえば、折角のジイドの言葉も、ぼろくそになってしまうが、ジイドの言葉は結果論である。後世、傍観者の言葉である。
 ミケランジェロだって、その当時は大理石の不足に悲憤痛嘆したのだ。ぶつぶつ不平を言いながらモオゼ像の制作をやっていたのだ。はからずもミケランジェロの天才が、その大理石の不足を償って余りあるものだったので、成功したのだ。いわんや私たち小才は、ぶん殴られて喜んでいたのじゃ、制作も何も消えて無くなる。
 不平は大いに言うがいい。敵には容赦をしてはならぬ。ジイドもちゃんと言っている「闘争に生き、」と抜からず、ちゃんと言っている。敵は?ああ、それはラジオじゃ無い!原稿料じゃ無い。批評家じゃ無い。古老の曰く、「心中の敵、最も恐るべし。」私の小説が、まだ下手くそで伸び切らぬのは、私の心中に、やっぱり濁ったものがあるからだ。
太宰

(2002.8.13)-14
ていうか、いちんち五枚って、無理じゃね?
(2002.8.15)-1
ぼくには、やっぱりわからない。自分の作ったものを、ひとに見せる。ぼくは、これがどうにもよくわからないのである。どうしても納得いかないのである。
(2002.8.15)-2
そこに、表現の、というよりもむしろ人間と人間との関係やら、感応やら、愛やらなんやらの源泉となるものがあるように思うのだが、ぼくにはこれが全然理解できないのである。ぼくのこれまでのつたない観察の結果では、所謂「おせっかい」と呼ばれるような行為や感情と、同じものであるように思える、この衝動(そう言って構わないように思うのだが、どうなのだろう)の、それなしで成り立っている、社会の一部分なんてものは皆無であるにも関わらず、ぼくにはどうにもそれが理解し難いのである。
(2002.8.15)-3
時折、ぼく自身の中にもそれに類する衝動から発生したと思われる行為があったりなどするが、それらはぼくにあっては、総て直接に後悔に結びつくのである。他人のそれを垣間見ることができたときには、ぼくは多くの人々がそうであるように、震えるくらいに昂奮して、その程度によっては涙することすらあるのであるが、それが自身の中にあってみると、どうにも醜く思えて仕方が無いのである。あってはならぬもののように見えて仕様が無いのである。「でしゃばり」「余計なお世話」「自惚れ」「一人芝居のどっちらけ、気づかぬは己ばかりなり」「ぼくの好みが君にもあうとは限りません」「片恋の狂気」狂気。それが狂気ではないと、人を害することはないと、いったい誰が保障してくれるのだ。
(2002.8.15)-4
「我慾」という言葉にも関わってくることかも知れない。「我慾、これはいったい悪なり也」「その凡てが悪には非ず」と言いし君に我さらに問う。「ならば、その善悪定むるのはいったい何ものなり也。その線引きはいかなるものなり也」
(2002.8.15)-5
「今ぼくが君に触れたのは、君の肌の滑らかさや、肉体の柔らかさや体温や、そういうものを感じたいと思って、もしかしたら君の感情も感じられるかと思って、それから、ぼくの感情のいくつかもそれによって伝わることを期待して、今の君はそれを拒否するほど不機嫌でなさそうだし、そういうことを望んでぼくは君に触れたのだけれども、それはぼくがしていいことなのでしょうか。ぼくがそれをするというのは、ひどくおかしな、思い違い、思い上がった行為なのではないでしょうか。ぼくがそれを望むというのは、罪であったり、何かを冒涜していたり、直接に君になんらかの害を与えたりはしていないでしょうか。現実に今も与えているのではないでしょうか。そもそも、ぼくは君の傍にいてもいいのでしょうか。君に関心を持っていていいのでしょうか。ぼくはいないほうがいいんじゃないですか。違うな、もっとはっきりと言わなければ。いてはいけないのではないでしょうか」
(2002.8.15)-6
全然、わからないのである。どうしてもそこに何らかの正当性を見つけることができないのである。「今日あなたの書いた文を5分ほどかけて読みました。感想。時間と意思の無駄遣いでした」単にこれを恐れているだけなのか。単に、ぼくがぼくの作るものにはひとつとしてよいところが無いと知っている、ということだけなのだろうか。
(2002.8.15)-7
臆病。それも正しい根拠のある臆病。馬鹿は何もするな。ひとに触れるな。
(2002.8.15)-8
ぼくが居たのが運の尽き。そう言ってしまえばそれでお仕舞いなのだけれども、そう言い切ってしまうと、ぼくは死ぬしかなくなる。そこ、笑って答えるな。「死ねばいいじゃん」
(2002.8.15)-9
まとまらない。もっと手間のかかる話のようだ。やはり「思い出」をやらなければならない。全ての記憶をさらいなおさなければならない。「ぼくは片端か。ぼくには罪があるか。ぼくは汚いか」知らなければならない。そして、その成果の形式は、確かにコメディであるはずだ。
(2002.8.15)-10
そろそろ、少しずつ問いだてをはっきりさせてゆかなければならない。一般論でない。ぼく個人の話である。「人はみな生きなければならない」ぼくはこのほとんど暴力といっていい言葉に対して、覚悟ある回答をしたい。
(2002.8.15)-11
それはやっぱり「体温への希望」だという気がする。
(2002.8.15)-12
そして、あくまでメモとして、これらの乱暴な言葉を、「ぼくには人の資格があるか」「ぼくは人か」
(2002.8.15)-13
「ねぇ、兄さん。ここからでいいのかい?」


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