一彼は言語学の本を読んでいた。
二「胴は鳩程太くはないが、拡げた翼は鳩の広さだ。」
三「加代子の叔父ですが。」
一それは、わたしの二十五歳のころで、ノルマンディの海岸ぞいに、画工修業をしていた時分でした。
二わたしたちが知合いになった動機というのが、これがまた少々変っているのです。ちょうど、わたしは一枚の習作を描きあげましたが、自分ながら、相当な出来だと思いました。事実そうでもあったのです。なにしろ、それから十五年後に、一万フランで売れたんですからね。といっても、二二が四よりも単純な絵でして、アカデミックな型からはおおよそ遠いものでした。画面の右手は岩。茶、黄、赤の海草でおおわれた、でこぼこの大きな岩です。その岩の上に、日光が油のように流れています。太陽は、わたしの背後にかくれていて、画面には見えませんが、光線だけが、その石の上に落ちて、炎の鍍金をかぶせています。まったく、このとおりの景色だったのです。前景は、強烈な輝光で眼もくらむばかりです。
三これはまったくふしぎな発見だったんです。数日来、毎朝、明け方から、わたしがある創作にかかっていましたが、その画題というのはこうなんです。