tell a graphic lie
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(2004.8.17)-1
 歩いて横を見れば空っぽ
 澱んだ夏空にシャボン玉降ってきた
 窓枠の中の空にシャボン玉が行ったり来たり
 空洞に気づかずにあることもできるようになって
 蒸す夜に最後に人肌に触れたのを思い出そうとする
 機械が鳴ってぼくは意味を持たせる
あるいは
 液晶の文字をなぞって過ごして
 足りないものを探そうとして、この部屋の配置は見慣れていると思い

(2004.8.17)-2
駄句。暇つぶしにもならん。
(2004.8.18)-1
今日は私小説について一ことくらい書いてみよう。
(2004.8.18)-2
といっても、私小説とはいかなるものかを実はよく知らないので、それについて書いてみようとするのがいいだろう。
(2004.8.18)-3
私小説の「私」と「小説」との接続関係を考える。ひらがなをいくつか補うわけだ。私的小説。私が主語の小説。私の小説。私による小説。私についての小説。私のための小説。私だけのための小説。私だけしか出てこない小説。私が書く小説。私ばかりの小説。私ともども小説。私みたいな小説。私のような小説。私に似た小説。私としての小説。私ゆえにこの小説。私物化された小説。私が小説。私というのは小説。私よりも小説。私は小説。
(2004.8.18)-4
私は小説。
(2004.8.18)-5
自意識過剰の文の連なりと、私小説との分かれ目。愛情を捨てる。愛されるに足らないものであると自覚する。そのようなことはおおよそ諦める。ぼく自身は重大ではなく、ぼく自身は何者であり、なにを為すかが重大なのだと知る。歓喜と苦痛を等価に見積もり、ぼく自身を決して赦さない。決して認めない。「ぼくはゴミだ」と言うのではなく、「ぼくなんてどうでもいい」と言うのでもなく、ただ「ぼくはいてもいなくても同じことだ」あるいは「ぼくははじめからいない」と言う。
(2004.8.19)-1
昨日は、ここで眠ってしまった。目覚めたら、夢を見ていた。最近は夢を見るとなると、救いようのないものばかりだ。預かった大金を、それを預かっていることをほとんど完全に失念することによって、どこかに置き忘れた(まったく心当たりがない)ことを、家に(子供のころ暮していたそれ)戻って、気が抜けた瞬間に思い出す夢や、同じような経緯で財布を落して、それに気づかず、財布に入っていたキャッシュカードから全財産が引き出されていたことを、ふとしたきっかけで気がつく夢や、大切な頼まれごとを、はじめのうちは、期日まで間があったために単にさぼっていただけだったが、そのうちにその存在を完全に忘却してしまい、当日の朝目覚めたとたんにそのことに気づく夢や。しかも、目覚めた際には、まだその夢は脳内で走り続けており、もう一度目を閉じて眠ろうとすれば、その続きがまた動き出すであろうことを半分だけ覚醒したぼくは知っている。そして、実際にもう一度眠るか、起きだしてしまうかの選択を迫られる。自身以外に根拠のあり得ない絶望を味あわされるながらも睡眠を確保するのか、やはり同じように自分以外の要因のない不十分な睡眠で我慢するのか。
(2004.8.19)-2
 世界がどうでもよく 地面にへばりついていても
  やはり わからないだろう 笑顔とは
 顔の筋肉が 全体的に うしろへ寄ることなのだ

 あとのことは たしか 一度あなたはそれを言った 重力が大きな日に 日曜日に
 鏡を指差すとぼくに向ってくる 背後の すべて
  壁の向こう側のものも 全部
   宇宙の塵芥や はじめからの時間

 ぼくのことは 空隙と 過積載と 両方を かわるがわる導く
  神の鋭敏さからは遠く 遠く 遠く
 もう忘れている

 それが必要とされていたのは 世界が冬の白い朝であったときのこと
 あの汗ばんだ手と握手したことを
  よもや 忘れてはいまい
   ブタのイメージ 残飯を食う ブタ しつこく付き纏う
    下賤 そう、それについて思う
 ぼくはそれか?
  小切手に書かれてある金額が
 教えるだろう あるいは
  諭すだろう
 そのことと それから その真逆のことを

 ぼくが言う ぼくの示しうる最大のやさしさは
  無関心であろうと 努めること
 ぼくの失望と あなたの失望と
  最も素晴らしい結果として ぼくがそう言う

 そして ぼくが言う
  ぼくがいなければ 話がはやい
   ぼく自ら ぼくがいなければ

 さらに ぼくが言う
  さあ 救ってみせろ!

 救いとは何か
  考えてみよう

  一光年の速さで 路傍の学名しか持たぬ花
   それも萎む
  バレリーナが 奇妙な ほとんど奇妙に思える 美しさや
   絹糸と 鋼鉄のワイヤーと どちらでもある
    軌跡のラインを描く
  憐れな男 (憐れな男? そんなものはいない) ただ空間
   が放つ 重力場の数箇所 平らな部分
  乾いた地割れなどが あまり純潔でない血でもよい
   水 を吸い 消える
 それら
    では決してなく

 救いとは
  空隙と 過積載と 両方を かわるがわる導く
 生活と心の波
  あとは投げやり
(2004.8.21)-1
夏休みである。さあ、終わることをはじめよう。
(2004.8.21)-2
でも、ぼくはまだ二十五だ。そういう意味で言えば、「まだ」がつく筈だ。まだぼくは十分に青いはずで、さまざまな定数について語るにはまだ早すぎる。まだ、心臓が送り出しているものは、エネルギーそのものなのだと言うことだってできるはずなんだ。そして、そう言ってやるだけでも、もう何かとても重大なことを為したような気になってもいいはずなんだ。そういうことを一度もせずに、その先をはじめるというのは、何か重大な違反を犯しているように思える。欠落について語ろうとするための一連の道のりそれ自体が新たな欠落を巻き込んでしまうようなものだ。ブラックホールのジグソーパズルがある。そのピースをひとつずつ埋めてゆくと、やがてそこに巨大な無が出てくるというもので、確かにそれは無へと至る行為なのだけれども、ピースを埋めること自体は、それとは別の、ほとんど反対の、積み重ねるという行為だ。つまり、そういうようなことで、欠落を構築する過程のなかに欠落があってはならないだろう。それがあってはうまくいかないだろう。何が青いのか、何が未熟で、一時の昂奮に過ぎないのか、わかるようになっておかなければならない。
(2004.8.22)-1
ああ、どうしようかな。どっかに答えが書いていないかな。
(2004.8.22)-2
したり顔をするのが、いやでいやでしょうがない。はっきりと書いてしまうのはいやだ。
(2004.8.22)-3
動作を記述することほど、危険なものはない。なぜなら、それは、ただそれを書き付けるだけである程度の量になってしまうものであり、しかも、何か書いたという気にさせてしまうからである。けれども、実際には、ただ段取りをなぞったというだけに過ぎず、それはまったくゼロに等しいものでしかない。自分の書いている世界の時間が進むからといって、喜べることはひとつもない。小説は時間を飛び越えるのに、ただの一行すら必要でないものなのだから、小説のなかの時間が進むこと自体には何の価値も無い。小説に書かれた文が何らかの価値を持つのは、小説の世界ではなく、こちら側の世界に対して何らかの働きかけをした時点でのことで、あちら側だけで何かごちょごちょやっていても仕方がない。あちら側だけで閉じているのなら、それが記述されることによって、こちら側に現される必要などありはしないのだ。
(2004.8.22)-4
何かが欠けた生活をせざるを得ないとき、実際に、その欠けている何かを、象徴的な、すなわち可視的な、もしくは知覚することのできる、ものとして、生活のうえにあらわす必要がある。欠けている、ということを常に自覚するように生活することで、その欠落から逃げる、気づかないふりをする、もしくは、それを忘れていると思いこむことを、止めようとする。
(2004.8.22)-5
 やがてジョアンのライブは終了し、スピーカから流れ出す音は拍手と共に小さくなり途絶えた。ぼくはトレイからCDを出して仕舞い、代わりに覚醒都市を載せた。庸子は別に何も言わなかった。「再生」のボタンを押すとトレイはベルトによって装置のなかへとゆっくり呑み込まれ、そしてCDの回転しヘッダを探す音がした。ぼくはそれも聞いていた。曲が鳴りはじめると何かはっとした様な感じをぼくは味わった。けれども、ほんとうにただはっとしただけで、それ以上のことは何にもなかったから、それをどう言っていいのかわからなかったので、顔を少しあげただけで庸子には何も言わなかった。新居昭乃の声を聴いているうちに、だんだんと深く長い呼吸になっていった。無数の糸状の水の管が流れを織り成している川のような彼女の声は、ぼくには決して言い得ないことを言いあらわすことができるように思われた。そして実際に、ぼくにはもう何にも言うことがなくなった。からっぽに満たされたぼくは庸子に気づかれないように薄く満足の苦笑いをした。
 夕食を取るために外へ出たぼくらを包む夜の外気は、都市の匂いを帯びてある方向へむかって流れていた。自販機の並んでいる角で上を見上げると、そこに夜空は無く、電灯の白く粉っぽい明りが微かな音を立てていた。星空を見るには、天体望遠鏡のへ先まで登って行かなければならない。つまりはそういうことだった。たぶんかなり唐突に、ぼくは庸子の手をつかんで、すぐ傍のマンションへと入っていった。しばらく庸子は戸惑った仕草を見せていたようだったが、ぼくはまったくそれには頓着せずに、コンクリートの階段をその手を引いて登っていった。けれども、三階四階と登ってゆくうちに、そこにもまた星空は無いのだということが、どうしようもなくわかってきてしまっていた。それでも、ぼくは庸子の手を引いて、顔を上げ階段を登り続けることを止めなかった。星空が無いことがわかっているのとまったく同じように、それを諦めてしまう理由もなかったのだ。そして、上に積み重なっていた階段が途切れ、かわりに今ここにある夜の黒が視界に入ってきたとき、ぼくはそこに一面の銀河とそれを縦横メッシュ状に区切っている光る線を一瞬見たような気がした。ぼくと庸子の体が完全に屋上に出ると、その上にはただ極めて曖昧な黒色の夜がどうしても広がっており、突然現れた異物であるふたりを巻き込むようにして、風はぐるぐるとらせん状の流れを描き、それがマンションのまっ平らな壁面と壁面のあいだを擦れ合いながら通り抜ける歌のような音が聴こえてきた。
(覚醒都市)-0
 生活の苦しみ。人間がいま生活と呼ばれているものに「生活」という名を与えた、そのはじめのときから「生活」という言葉は苦しみと深く結びついたものであり、生きて活動することは即ち苦しむことだったのであります。けれども、私たちの賢い祖先は言葉というものが、或る重大なる力を持っていることを知っていました。生活とは確かに苦しむことだけれども、決してそれをそのままに言ってはならないものなのだということを知っていたのです。そこで、私たちの祖先は、生活を、ただ生きて活動することと、事象を直接的に記述するに止め、その必然的な帰結、即ち苦しみについては言葉の裡に顕すことをしなかったのであります。おかげで、こんにちの私たちは、賢い祖先たちが直接言いあらわすのを避けたこの厳粛なる事実を、各々がその実際において見いだしてゆかなければなりません。そして、各々のそのときの言葉であらわす必要に、常に迫られています。生きることはただ苦しむことだ。それがなんの感慨もなく、全くの自然なことだと受けいれるときまで、私たちはくり返し言わなければならない。「なぜ生活は苦しいのだ」「こんな生活は本当じゃない」「どうして私たちだけ」

(2004.8.24)-1
次のものの技術的方針についてのメモ
  1. 三人称で書く
  2. 時勢の使い分けをきちっとする
  3. 単語を重ねるのではなく、選定する。(トーンを軽くする)
  4. 複数の文を連結しない。(上に同じ)
コンセプト、その他
  1. 散文の集合
  2. セグメントのヘッダに書かれた日付をつける
  3. 記憶について(意思的な記憶・記憶の拒絶や抑圧・記憶される場所(脳・特定の場所・特定の印象・聯想))
  4. 孤独とそれ以外との関係について
  5. 現実と別個の、小説としての空間を持たない
  6. 書き手を出す(「書き手(人名)」と書かれる)
  7. あるいは、作中人物であることを自覚させる
もちろん、こんなもの、うまくゆくはずもなく。ぼくは書き始められたものを書き終えようとするだけ。
(2004.8.24)-2
時計の秒針みたいに鳴いている虫がいる。不快だ。
(2004.8.24)-3
多葉田智主
(2004.8.24)-4
ポール・オースター、ニューヨーク三部作については、明日以降、最後のひとつ「鍵のかかった部屋」のあとでまとめて。とりあえず、これらがポーのリフレクションとしてあるものだという知識を得たので、ポーも読まなければと思う。もうだめだ。発散しつつある。本棚が要る。
(2004.8.24)-5
今日は、下北沢、新宿、そのあたりまで、足を伸ばす。街中を自転車でだらだら走ると、いろいろとすっきりする。決めなくてはならないことで、決められるものたちが、実際に決められる。でも、五時間くらい自転車に乗っていると、さすがに疲れる。詳細は、明日、やる気があれば。
(2004.8.24)-6
でも、ひとつだけ。プログラマを辞めるということが、何を意味するのか、ということについて。それは、今後は、「文章を書くという行為以外で生計を立てることをしない」という宣言だ。そして、それはつまり、「逃避あるいは退避場所を自身の裡に保持しておく」という状態と訣別するということだ。これについては、いずれ、「罰せられるべきこと」が列挙されるときに、詳しく書かれることだろう。「バランスを取る」とか「折り合いをつける」とかいった言い回しは、「卑怯」ということの言い換えに過ぎず、そしてまた、ぼく自身がいかにその言葉を利用してきたことか。それは詳細に書き付けられる必要がある。
(2004.8.25)-1
なんか変である。
(2004.8.25)-2
過去を過去として記述することによって、実質においても過去は過去となり、現在との接点は切断され、完全に分離されて別の存在となる。そうなってしまった過去について何か言うということは、他人について何か言うことと同じ重さしか持ちえず、野球の有名選手についての論評と同じような響きとなる。
(2004.8.25)-3
これは嘘。でも、確かにそれは現在ではないものになる。いや、だから、過去なのか。
(2004.8.25)-4
なんだ、要するに、甘僧ってことか?
(2004.8.25)-5
目的がはっきりしている小説。曖昧な小説。
(2004.8.25)-6
これは焦りなのだろうか。そうであるとすれば、根拠が不明瞭だ。それとも、ただ単に腹が減っているだけか。
(2004.8.25)-7
圧力?圧迫?
(2004.8.25)-8
仕切り直そう。
(2004.8.25)-9
ポール・オースター、ニューヨーク三部作「ガラスの街」「幽霊たち」「鍵のかかった部屋」読了。他、雑文集「空腹の技法」ほぼ読了。島尾敏雄「作品集第二巻」読了。今日はこれから、この二人の作家の読後感について一点、二点。言い落としたこと、言い得なかったこと等についてを少し絡めて。それから、物語ストーリーというものについて少し。入浴後、開始。急いでも何にもならぬ。
(2004.8.25)-10
思考のトレース。
(2004.8.25)-11
落着いて、できるだけゆっくり書きたいと思う。同時に二三のテーマへと分散することなく、ひとつの議題があり、それに対してのひとつの態度がある、といったような。だから、せめてあともう少し思考の速度が遅くなってくれたらいいのに、と思う。もしくは、書いている間のメモリと、書いていない間のメモリを完全にスワップして扱えたらいいのにと思う。プログラムなら、そういう仕組みを作ってしまえば、そうなる(ファイルを開く・ファイルを保存、状態遷移の管理と同期)のだけど。人はそうはいかない。もう少し曖昧に管理する方法しか、ぼくらには与えられていない。まあ、とにかくはじめよう。時間はまだたっぷりとある。好きなときに寝て、好きなときに続きをしよう。そのために長期休暇があるのだから。
(2004.8.25)-12
何度でも確認する。小説には二種類あるというやつ。これはその分類方式の一だ。すなわち、娯楽作品とそうでないもの。実際には両者の境界は曖昧で、数直線状のあらゆる目盛にあらゆる作品がばら撒かれてしまい、たしかに完全に娯楽でない小説というのはあるし、その反対もあるのだけれど、実際のその境界の線引きはかなり難しい。(現在目にすることのできる)ほとんどの小説は、その境界線付近に位置していて、その大まかな位置はすぐにわかるのだけれども、その中央に線を一本ひっぱるには、ぼくらの持っているペンの太さはちょっと太すぎる。だからここは、結果としてあるそれらの小説について調べるのではなくて、書き手の意思によって分けてみようと思う。つまり、書き手がそれを娯楽として書いているのか、それとも別の目的のために書いているのか。娯楽性という読者への奉仕は、余技として、おいしいおやつとしてあるのか、それともそのおやつ自体が目的なのか。こちらは、作品自体とちがって点ではなくて、ベクトルだから、十分に遠くから見たとき両者の違いは明らかになるはずなのだ。理論的には、この境界線に完全に平行なベクトルというのは存在し得なくて(なぜなら、娯楽と娯楽でないものの中間というのは、つまるところ、娯楽ではないのだから)、この世に存在する無数の小説がかかれるにあたっての各作家のその小説への態度というは、このどちらかに属することになる(ここに小説の各部分や、書かれている期間というような要素を挿入すると、話はまたややこしくなってきてしまうので、今はただ、一本の小説総体とそれにあたっての書き手の態度ということだけを問題にしよう)。そのようにして、完全にふたつに分離することが可能だということが何を意味するかといえば、書き手はそれを書くにあたって、どちらかの態度を明確に取らなければならないということだ。一方を取るとき、もう一方を取ることはできない。このことを書く際の方法論に落してみると、ぼくの態度の不備のうちのひとつが明らかになる。ぼくはそれを決めずに書きはじめてしまった。そしてこれが直接の失敗の一。
(2004.8.25)-13
ポール・オースターの書く小説が前衛小説と呼ばれているらしいことについて。また、フォークナーも同様の捉え方をされているらしいということについて。前衛小説というのが、実際にどのような範疇を持ったものなのか、ぼくには全く知識がないのだけれども、想像するには、主に小説の形式と構造における基本的モデリングの範疇から、意思を持ってそれに挑戦し(これは読み手には、しばしば錯誤されるが)、結果としてそれから逸脱したものをいうのだろう。そして、この前衛小説とそうでない小説(これがなんと呼ばれているのか、ぼくは知らない)という分類を、娯楽小説とそうでない小説という分類と重ね合わせて、その重複している部分や、一方のみにかかっている部分をみる。すなわち、書き手の意図と小説の形式との相関を調べる。もちろん、ぼくは前衛小説と呼ばれ、かつ娯楽作品でないものに対して興味を感じている。
(2004.8.25)-14
それから、ここに目的がはっきりしている小説とそれが曖昧な小説という分け方を更に加える。この分類は、小説の内的指向性という意味では、前二者と同等の重みがあると思うのだが、前二者よりも更に曖昧で微妙な分類で、ほとんど読者各自の印象の範疇に属するもののように見え、分類にあたっては、統計情報が欲しいところだが、さしあたっては(けれども、実際は常に)ぼくひとりの印象を用いるよりほかはない。あるいは、また書き手の意図という尺度を用いれば、明示的な分類が可能になるかもしれないが、この場合はあまり適当でないように思える。というのも、これはおそらく作家の基本的な姿勢に関する問題で、それはあの実に曖昧な概念である文体というやつと密接に関わっているものだからだ。何々について書かれた小説、といったものではなく、また、おかしみとか、悲しさとかいった広範で普遍的な領域を持った概念を目指しているものでもない。ある書き表されるべき対象があり、それをまさに限定することを意図して書かれたものをいう。話題の撰定は、そういった小説としてよいものになればなるほど、その目的に対して機能するものかそうでないかによって選択されるようになってくる。それは、ポール・オースターが表面上採用した形式、推理小説などが最もそれらしいものの代表だろうと思う(その意味で、オースターの選択というのは非常によいものだったといえるのだろうが)。
(2004.8.25)-15
だいたい上の三つの尺度が、今のぼくの関心を惹いているらしい。ポール・オースターのニューヨーク三部作は、そのいずれにおいても左側に位置している。すなわち、それらは世界のある要素(それは物質というよりは、抽象概念であり、それよりは、世界の連続性の規則に対する記述、すなわち、法則、原理といったものである)についての、可能な限りの簡明な記述であり、その記述法は、小説であることを基盤とするほかは、すべてその対象にたいして最も的確な方式が選択されており、当然のことながらそれは、通常の小説のあり方とは異なって見える。そして、ここにあって上記三つの尺度というのは、ほとんど見分けがつかないほどに同一化されており、それが非常にスマートな(解説等から言葉を借りれば、エレガントな)印象をぼくに与える。意図とそのための構成ははっきりしているが、道具立ては奇妙で、彼自身も言うように、重要な箇所で通常の物語的なロジックを逸脱しているにも関わらずである。あまりうまくいっていない作品の場合、こういったものは単純な逆説的ナンセンスに終わってしまいがちなのだけども(すなわち、ひっくり返してみせておしまいになってしまう)、ニューヨーク三部作からは微塵もそんな気配は感じない。ひっくり返されているような気になるのは、それの目指したものがそのような性質のものだったから、あるいは、ぼくらの採用している常識というものがそのようなものであったからに過ぎない。そしてこのことはまた、彼の作品のエレガントさは基本的にそのようなものに起因している、ということも意味している。
(2004.8.25)-16
これらを踏まえて。あるいはぜんぜん踏まえないで。もう少しミクロな話をしよう。ここにここ数日で読んでいる二人、フォークナーと島尾敏雄を加えて。さらに小島信夫を加えたらきっといいと思うのだけれど、今読んでいないから、この二人ほどはっきりとしない。そして、ここにぼく自身の態度の不徹底と、その理由(或いは言い訳)を付けようとしてみる。するとたぶん、ここ数日のいらいらの原因の輪郭が少し見えてくる。要するに、ポール・オースターに賛成する部分とそうでない部分をはっきりさせ、彼にどこまで従うのか、どこからは異を唱える、あるいはそれはぼくにはできないと認めるのか、といった事柄を取り扱うのだ。まあ、実際にはここまで来た時点で、半分以上は整理されてしまっている。そのために今日は島尾敏雄を読んだのだし(これは或いは失礼にあたるのかもしれないが、でも、ポール・オースターを相対化するときに島尾敏雄は実に有効だと思ったのだ)、部屋でいらいらしながら二三時間を過ごしたのだ。
(2004.8.25)-17
オースターの書くもので、ぼくに対して大きな意味を持つテーマは、だいたい二つある。ひとつは孤独について、もうひとつは小説の可能性について。他の人間がオースターをどうとらえているかは知らないが、ぼくにとっては、この二つが決定的に意味を持つ。エレガントだとかいうことは、はっきりいってどうでもいい。無駄を排したつくり、という意味では主に後者に関わってくるところで関心があるけれども。
(2004.8.25)-18
オースターの書く孤独が、ぼくにとって完全に新しかった部分というのは、太宰や他の(主に日本の)作家たちが書くように、自身の孤独を(イコール不幸。少なくとも幸福ではない状態として)訴えるのではなく、孤独そのものを限定し、定義し、他のあらゆるものから分離しようとしたところだ。彼は孤独を判断しないし、好悪を示したりもしない。ただ世界には孤独というものがあって、それがどういったものかだけを示そうとしている。実際にその状態になる際に、しばしば付随してくるであろう状況や感情、観念といったものは、そこに置かれた当人が個別に判断し感じればいいことであって、彼の小説の為す範疇ではない。そういうことを彼の作品はかなり明示的にやっていて、それがぼくには実に新しかったのである。とはいっても、抽象論では小説は一行も書けないので、オースターの記述は具体的な事例から成っている。しかし、そこからは実に慎重に書き手の価値判断というものが取り除かれており、それはほどんど新聞記事以上のものといってよいほどで、そういったある種のストイシズムが、孤独を訴えるのではなく、孤独を書き表すことになっている。そして、それはぼくが漠然と想い描いていた孤独というものに、実によく合致していた。彼の具体的事例の舞台もニューヨークという米国で一ばんの都会であり、それも孤独には都会が必要だというぼくの感覚と一致していた。というわけで、ぼくはぼくの想い描いている孤独を証明する必要がほとんどなくなってしまった。オースターがうまくやったのだから、それを読めばいいのである。
(2004.8.25)-19
孤独というものが実際に存在し、その細部がどういった形のものかは、これでわかった。次に必要なのは、それに対するぼくの態度である。ぼく自身の実際の目的は、孤独自体ではなく、その先にあるはずのもので、孤独はそれへ至るもっとも現実的な手段だと思われたから、ぼくはそれを取り扱おうとしているのである。オースターの示した孤独は、ぼくの期待どおり、あらゆる同情や連帯や共感、愛情から乖離しており、それゆえに完全にフラットな、それ自体には何の意味も価値も無いものだった。そして、それはつまり決して簡単なものではないということだった。そこへ至るには、切り離されなければならないものが実に厖大にあり、ぼくには覚悟と諦念と幾ばくかの勇気が要求されていることは明らかである。そして、現実のぼくは、そのいずれもが不十分であることも明らかだった。したがって、今ぼくが求めているのは、それらを得るための具体的な手段である。そして、それはオースターのそれとは(主に、ぼくが精神的にひ弱であるために)いくらか違ったものにならざるを得ない。どちらかといえば、それは太宰がとったものに近いように思えるのだが、これにも問題があって、ぼくは彼ほど文章が上手でない。そこで、ぼくはフォークナーの書いたような「自分がしようと思うことができる人は、どんどん自分の思いどおりにやってゆくし、それができない人は、できないがためにひどい苦悩をなめ、それをただ書き表すよりほかないのだ」というのを持ち出してくる。これはぼくにあっては二重の意味を含んでいる。ひとつは、フォークナーのいう、「できる人」と「できずに書き表す人」という比較的一般的な構図であり、もうひとつは、ぼく自身とフォークナーやオースターとのあいだにある「できる・できない」である。ぼくはとても貧しく、ほとんどただ茫然とするよりほかないのだが、それでもフォークナーの言うように「それをただ書き表す」ことによって、そこへ至ろうとする。要するに、必要なのは、ぼくにも書き表せる形式であり、小説なのである。
(2004.8.25)-20
現在のぼくが、それに対してほとんど全面的な妥協と、それを取り扱うことを避けることによって先送りしようとしていることは、ぼくの書いたものを見れば明白である。ちょっと思い出してみるだけで、ほとんど全文にわたって、そういった類の甘えに満ちていることがわかる。だいたい、そのはじめからしておかしいのである。明らかに、孤独を回避する、あるいはそれを認めないで済む可能性というものを探るために、これは書き始められている。強引に男女を(主人公の男とその相手の女を)登場させ、主人公の至極優柔不断な退避的態度を許容させようとする。その意図がどこにあるかといえば、当然、自身のわがままを、どうかして正統化しようとする試みなのである。けれども、結果的にいえば、その試みはまったく逆のことをいくらか証明してみせることになった。すなわち、それが書かれることによって、その不可能性の一端が明らかになったのである。要するに、お前にはそんなことは無理なんだ、ということが書くほどにわかってきたのである。世の中そんなに甘くない。
(2004.8.25)-21
けれども、これがぼくの小説を書こうとする第一の動機でもある。ぼくにとって、「それを書き表す」ということは、それを諦めることにつながる。おそらく、そういう風にしてしか、ぼくはそういったことを諦め得ないのではないかと思う。ぼくは、ぼくにはそれはできはしないのだということを、それを書き表すことによって認める。それが十分に書かれれば書かれるほど、ぼくはそれをはっきりと認める。そして、この過程は、完全な孤独へ向ってゆくこととほとんど重なる。
(2004.8.25)-22
孤独が、一般的な(少なくともぼくが想い描くような)、人間的な温かみのある愛情溢れる生活の対極に位置しているというのは、あたっている。孤独はたしかに、もっとも非人間的なものにかなり近い。というのは、ほとんど全てのそういったものは、人間どうしの結びつきにつよく依存している。こういったことを考えているとき、いつも思い浮かぶのは、あの涙ぐましい格言、「人はひとりでは生きられない」という言葉だ。そして、以前のぼくがそのあとへ続けた文句も同時に思い出す。「けれども、完全な無関心の裡に生きることは可能だ」
(2004.8.25)-23
手が止まった。酒を飲んで眠ることにする。目覚めても、まだ関心があれば、この続きを書くことだろう。もしそうなったら、できれば、ぼくが意識的に書くのを避けたこと、何かの好悪、幸不幸を判断することについて書けたらいいと思う。それを避けるのは、二つの理由からくる。ひとつは、書かれるものの性質がそれを要求する場合であり、もうひとつは、それを書くだけの能力がないから、書かれないのである。ぼくは当然ながら後者であり、そのことは糾弾されるに値する。
(2004.8.26)-1
それから、もうひとつ確認しておくことがある。
(2004.8.26)-2
99%の作家にとって、小説は手段ではなく、目的そのものだが、ぼくにとっては、それは手段に過ぎないということだ。ぼくは実のところ、小説なんてものはどうでもよく、ただせっかちでものぐさなだけで、つまり小説がぼくの望みを最も手っ取り早くかなえてくれそうだからそれを用いているに過ぎない、という考えを、ぜひ前提として用いようと思う。そして、できるかぎり、この主張を押し通そうと思う。それは、おそらくぼくの採用するロジックをできるだけ簡明なものにするのに寄与するだろうし、そればかりでなく、ほとんど全ての取捨選択の基本として利用可能だろう。またそれは、ぼくの数少ない退避場所として機能してくれることだろう。
(2004.8.26)-3
現在の覚醒都市は第一稿に過ぎないという可能性について。
これは難しくて、そしておもしろいテーマだ。二三日、こころの隅に置いておこう。ただ、第二稿に堪えられるようなものではないような気もするのだが。
(2004.8.26)-4
書く準備としてできること。
(2004.8.26)-5
渋谷に行ってくる。グッゲンハイム美術館展(ニューヨークにあるらしい)を観て、おいしい紅茶を飲んで、多和田葉子を一冊買って帰る。そこはかとなく、都会の休日らしいであろう。喫茶店ではじめて、書くことの準備みたいなことをしてみる。はじめてにしては、けっこううまくいったような気がする。中身は、ぜんぜん大したことはないのだけれど。
(2004.8.26)-6
さて、続き。昨日は、確認ばっかりだったので、今日はもう少し進められることを祈ろう。多和田葉子は、想像していたよりも少し悪い(想像が良すぎたから)。女の人の文はやわらかくてふくらんでいる。そして室温より温かい。女の人には永久に孤独の話は書けないだろうと思う。ぼくは女ではないから、書けるかもしれないな、とぼくは言う。
(2004.8.26)-7
判断することについて。ある程度具体的な回答は示されなければならない。微温的といっても、限度がある。断定、というまでには一見明らかではなくとも、ある対象やある出来事を記述する際に、それに対しての評価を何らかの形で書き記す必要が通常はある。完全に感情を排した写実であれば、それは必要ではない(むしろ、あってはならない)のだが、そうでないあらゆる文章には、書き手の書かれる対象についての評価が入っていざるをえない。形容詞などの修飾語のうちの叙述に対して直接寄与する、主観から来る部類のものは、そういった評価と密接に結びついている。「美しい」といわれるとき、「汚らしい」といわれるとき、「嬉しい」というとき、「悲しい」というとき、そこには、基本的に主観的な判断が入り込んでいる。従って、書き手が何か意味の通る文章を書こうとするということは、書き手が書かれる対象について、何らかの意見なり断定なりをするということと、ほとんど同じことになる。単語の意味を、それの持つ従来の意味なり広がりなりと切り離すことによって、そういった事柄を避けることもできるが(そして、多くの誠実な小説はその作業をするが)、一般的な傾向としては、それをすることは書かれるものを無機質な、平面的なものにすることになる(そこからまた離陸しようとするのは、かなり難しい)。
(2004.8.26)-8
自分の意見を言うということと、自分のことを言うことは、必ずしもイコールではない。というより、それはまったく異なるものだ。自分自身のみについて話すことは、意見にはなり得ない。自分以外のものについて何か言うことが意見や評価といったものになる可能性がある。「ぼくはこう思う」と言うのと、「ぼくはこう思っている」と言うのは、全然異なったものだ。実際の会話においても、自分自身の現状を話すことは、しばしばやりとりを終わらせることになる。
(2004.8.26)-9
このことから何を言いたいのかといえば、このままでは、ぼくにはぼく以外の人物を記述することができない、ということである。ぼくには他人を規定したり拘束したりする能力がないということだ。ぼくの想い描いているレベル程度のそういった意見や評価の表明というのは、一般的にいって、通常の暮らしができている人間ならば(配偶者やそれに準ずる他人を一度でも持ったことのある人間ならば)ごく自然にやっていることであるはずなのだが、ぼくにはそれができない。理由は、とりあえず、今のところは極度に臆病であるため、というより他ないのだが(それを詳細に、あるいは正確に言うことは、ぼくの書く目的そのものだ)、けれどもそろそろ、ぼくにもそれを少なくとも表面的には(またはせめて文章のうえにおいてだけでも)、やれるようになる(やる覚悟をする)ようにならなければいけない。別に難しいことを言っているのではないはずなのである。要するに、書き記している対象のことを、好きだとか、嫌いだとか言えばいいのである。でも、ぼくはそういったことを、自身の裡での軽口では決してないものとして言うことができないのである。それが未だにできていないというのは、ぼく以外の人間にはほとんど信じられないかもしれないが、まったくの事実である(それを具体的かつ完全に証明するというのも、ぼくの書く目的そのものだ)。
(2004.8.26)-10
あるいは、ぼくはそれを一種の、度しがたい冒涜で、それをぼく自身がするのは、ひどい傲慢だと思っているのかもしれない。とにかく、ひどい圧迫を感じるので、とてもそれを打ち破ってまで何かを言おうという気にはなれない。(これはメモ)
(2004.8.26)-11
傷つくのが怖いとか、自意識過剰とか、いろいろな呼ばれ方があるが、そんな名前は何の役にも立たない。ある特定の症状を何々症と呼ぶのと同じことだ。解決されなければ、その当人には何の意味も無いし、症状の名前が解決してくれることは決してない(せいぜい政府から出る補助金の多寡に影響するという程度だ)。現代人に多いとか、男性に多いとかいった傾向も意味が無い。必要なのは具体的な対策で、それは何も、強くなるとか、勇気を持つとか、慣れるとかいったことばかりではなく、ぼくの場合は、それをせずに済むことを保証するというのがそれだ。それは要するに、書くということを通して孤独になるということで、そのついでに面倒だから死んでしまえというのである。自分の生命というのは、どうしても生き延びなければならない、と言い切るほど重要ではない(そう思いたがる傾向は一般的にはあるが)。それはぼくの好きなように選択すればいいのであり、ぼくはぼく自身の事柄については選択することが今もできる。ぼくは死ねばいい。必要があれば、声に出して言う。「ぼくは死ねばいい」会話は途切れる。でもそれは、「あなたを愛している」と言うよりも、ぼくにははるかに容易い。ぼくにはどうしてもそう言うことができない。そして、それ以降の行為もまたあり得ない。
(2004.8.26)-12
少しブレイク。
(2004.8.26)-13
その何とか美術館のコレクションのなかに、ロバート・マザウェル「スペイン共和国への哀歌 No.110(これは、今あらためて調べて書いている)」というのがある。ソファに座って長いこと眺めたからというのもあるだろうけど、これがそこで観たなかでは一ばんのものだったように思う。他には、ピカソ、サゼンヌ、ゴッホ、ルソー、ダリ、マグリット、エルンストなどがあったようだけれども。どんな絵かというと、具象画じゃないので、説明がなかなか難しいのだけれども、3m×2.5mくらいの段ボール色したでかいカンバスに荒く白で下塗りをして、そこにぶっとい黒が三本ほど描いてあって、あとはなんか、そこらへんに絵の具が散っちゃったような感じでごみごみとあるだけの絵なのだけれど、この黒がまた実に真っ黒で、それがとてもよかった。休憩用のソファに観ているあいだ、ぼくはずっとタイトルなんて見ていなかったから、そんな深刻な画だとは全然知らなくて、ただその真っ黒があまりに見事な真っ黒なので、「あー、真っ黒だねー」とただ思いながら眺めていた。本当に、もう猛烈に真っ黒なのである。黒というのは、しばしば無や闇をあらわしたりするいろだけれども、その絵の黒は、そんなものではなくて、ただもうひたすらに真っ黒で、でかい真っ黒で、そこには一種の爽快さすらあるように思われた。カンバスはガラスでカバーされており、おかげでその黒は鏡のような働きをするようになっていて、観覧者たちがひとりひとり、きれいにそこに映りこんでいた。それで、ぼくは「うまいなあ、でも、このガラスをはずしたらもっと真っ黒に見えて、もっとずっといいだろうなあ」などと思いながら、ちょっとにやつきながら眺めていたのだった。十分に眺めて満足してので、立ち上がって近付き横のタイトルを見ると「スペイン共和国への哀歌」と書かれていたので、そこではじめて、その真っ黒にはちゃんと意味があったのだということを知り、ちょっと申し訳ない気持ちになった。でも、真っ黒は真っ黒なので、もうどうしようもないじゃないか、とも思った。
(2004.8.26)-14
ブレイク終わり。
(2004.8.26)-15
それから、孤独の書き方について。さっきちょっとメールの返事を書いていて、それはぼくにあってはめずらしい割り込みなのだけれども、そちらに少し書いてしまったことをこちらに置きなおしてみよう。ポール・オースターのように、じかにそれを書くことについて。そして、ぼくにはそれをするだけの力を、間違いなくこの先も永久に持ち得ないだろうということについて。
(2004.8.26)-16
オースターの書く孤独は、直接的で無駄がない。その作品のあらゆる部分で、そこへ向うベクトル成分を感じることができる。彼はこれ以上ないというくらいに、それをうまくやりおおせたが、ぼくには彼と同じようにするだけの才覚がない(これは説明の必要がないくらいに明らかだ)。したがって、何か別のやり口でもって、同じような効果を得ることを目指さなければならない。そのために持ち出されるのが、日本の作家や、フォークナーだ。あるいはこれはフォークナーなどには迷惑な話かもしれない。でも、フォークナーもまた、決してそれそのものを直に言うことはしなかった作家であることは間違いなくて、だから、難しいなどと言われたりもするのだろうけれども、でも、彼の作品のゴテゴテした装飾を追ってゆくと、次第にある大きなものが浮かび上がって来るのは確かだ。日本の作家についていえば、オースター的な直球性というのは、日本小説にはもう絶対にあり得ないと言ってしまってもいいくらいに無いので、けれども、日本の作家もオースターに劣らないくらいに、はっきりと対象を捉えていたことは間違いないので、オースターと並べてみても、きちんと比較すれば遜色ないことがわかる。オースターがことさらに目立つのは、ひとえにその直接性のためだといっても、そんなに過小評価でもないように思う。
(2004.8.26)-17
そこで、島尾敏雄。島尾敏雄は、日本小説の極左らしいので、オースターと比較するには十分である。二人を並べることは、日本小説とアメリカ小説の性質の違いをはっきりと見せてくれる。島尾敏雄の小説は、中身が空っぽである。酸素や窒素の分子すらそこには存在しない。真空である。そして、彼が書き表すところの何ものかを中心とした、完全な球体の形状をしている。オースターの書いた「孤独」とは違って、彼のあらわすものには名前が無いのだが、それでもその名前の無いものというのが、どういったものであるのかは、島尾敏雄の作品を読めば(オースターの書く孤独を理解するのと同じ程度には)理解できる。オースターにしたって、ただ孤独を孤独と書くだけではだめで、当然、一本以上の作品をそこに被せる必要があるのだから、二人のちがいは、単にそのアプローチ方式の違いであるに過ぎない(その違いが、対象とするものの違いのためか、それとも日本小説とアメリカ小説との違いのためかは置いておいて)。
(2004.8.26)-18
このことは、ある程度単純に、「強いことばかりが有効なのではない」というような言説に落とし込んでしまってもいいように思う。あるいは、「隠れているものを、おもてに出すばかりが能ではない」という風にでも。求めているのは、それが他の何ものでもなく、そのものである、ということであり、その方式は、なにも直接にそのものを説明し、証明するだけではないということである。そうではなく、他のあらゆるありそうな可能性から独立させることによって、それを限定するという方式でも構わないのである。そして、日本の作家はほとんど後者によることに心血を注いできたように思う。彼らは日本語の力を単純に信じることによって、その一見意義のみえにくい方式を採用し続ける忍耐を得てきた。日本の作家にとっては、小説として、文章として、よいものを書くことが、自身の言うべきことを言いきることと同義だったのである。「自ずから」という、あの美しい言い回しである。そして、それは今も多くの場合そうであり続ける。なぜなら、それはきちんと目的を達することができ、しかもしばしば、直接よりもよい成功を収めるのだから。
(2004.8.26)-19
メモを見てみる。ある部分にこう書かれてある。 これらをひとまとめにして(なぜなら、切り離し難いので)、切り捨てる。
(2004.8.26)-20
あらゆることに臆病である者は、小説をすら書くことができない。
(2004.8.26)-21
まだ、書けそうだけれども、精度が落ちてきた感があるので、今日はここでおしまい。明日は、物語の作成にあたっての異常性の必要について、何か書けたらいいと思います。
(2004.8.27)-1
オースターのインタビュー集は、ばっちりいろいろ喋ってくれているのでありがたい。なかに、「十五歳のときに生れるあの問いかけ」といったような記述がある。
(2004.8.27)-2
多和田葉子「変身のためのオピウム」まだ読んでいる。「まだ」と書いたのは、もっとすっと読めるかと思っていたのと、読んでいるときも、もっとすっと読めたらいいのに、と思ったからだ。多和田葉子の文章は難しくはない。でも、やさしいというわけでもない。時間が少し重めの質量を持ってしまったような感じで、なんだかうまく先へ進むことができない。ほんの数頁読んだだけで、時計を見ると三十分も経っていたりする。なんかへんだとは感じながらも、それなりにするすると読んでいたつもりなのに。
(2004.8.27)-3
多和田葉子の文を読むには、単語をひとつひとつきちんと拾ってゆかなければならない。単語たちが組み合わさってできる、文としての意味はあんまり気にする必要はないのだけれども、そのかわりに、ならべられた単語は全部それぞれ、その意味というよりも、それに対して自身の持っているイメージを引き出して、前にならべてゆかなければならない。どうも、そういうことらしい。そして、それはけっこう手間のかかる作業であるらしい。疲れた。でも、ほかのものを読もうという気にはなれない。それは「変身のためのオピウム」が途絶えたあとに考えることだ。
(2004.8.27)-4
やっと読み終わった。結局、まる一日かかってしまった。もしかしたら、一日で読むものじゃなかったのかもしれない。でも、そうするとどうなるんだろう。身体全体のうちのどこか一部がふわふわ軽くなったような感じで暮らすことになるのかしら。
(2004.8.27)-5
基本的に、また止まっちゃったみたいなんだけど。文章は線形だから。
(2004.8.27)-6
異常性の話。あるいはもっとソフトに、非日常と言ってもいいかもしれない。少し大げさにいえば、ドラマチック。
(2004.8.27)-7
また少し、断片で我慢してみることにしよう。もう、酒飲んじゃったし。あと二日ある休みのうちに、ぼくが何をしたらいいかといえば、これから取り扱うべき事柄をできるだけ慎重にピックアップすることだろうと思う。どうやら、すぐに次を書くというわけにはいかないみたいで、
(2004.8.27)-8
たとえば、こういう分類もある(どうやら、この休みのぼくは分類好きのようだ)。もう自分ではわかっていることを、自分以外に伝えるために書くのか、それとも、ある対象があって、それを理解するために、あるいは、自分が何を書いているのかということそのものを知るために書くのか、という分け方である。
(2004.8.27)-9
それから、作品の作り出すその「場」において考えることをしている小説と、できたものをただ見せているだけの小説と。これは、できあがったプロットをなぞるとか、小説が生き物として動き出すとかいったことに関連してくるのだと思うのだけれど。たとえば、スタンダール「赤と黒」は、前者か後者か。よくわからないな。そういう風な目で見なかったから。でも、あれは面白かったな。
(2004.8.27)-10
「変身のためのオピウム」について、なにかわかったような解釈をつけるのは難しい。「変身のためのオピウム」は、評価や解釈を受け付けない性質をきちんと帯びることに成功していて、だから、読み手が何かを言うとすれば、「上手・下手」という短いコメントか、もしくは「好き・嫌い」という、やはり短いコメントくらいしか許されていない。ということで、ぼくはその二点について言うことをしよう。ぼくはこれを上手だと思ったし(特に、中盤から後半にかけて、小説がそれのあらわす対象にフィットして、一定のリズムが形成されてきたあたりから)、個人的な好みでいえば、イラストレーションによく見られるような、こういった日常の普遍的なロジックの一部を崩すことで作られるこういった類の作品というのは、(それが上手にできていれば)好きだ。
(2004.8.27)-11
でも、これだけじゃあつまらないので、無理してもう少し「変身のためのオピウム」について、何か言ってみよう(それにしても、「変身のためのオピウム」という表題をフルネームで、「変身のためのオピウム」と言うことは楽しい)。
(2004.8.27)-12
「変身のためのオピウム」には、書き手の「わたし」というのが、微妙な感じでときどき、ほとんど唐突に登場する。「わたし」は書き手であり、「変身のためのオピウム」という小説は、その書き手である「わたし」は小説の中には居なくて、小説の外がわからそれを記述しているというスタイルを取っているのだが、ふと気づくと、彼女(それは多和田葉子なのか、それともさらに別の個体なのかは不明瞭なのだが)は、彼女が記述している登場人物と会話しており、その様子はそれまでとまったく同じ語り口で書かれる。そういうことがしばらく続いて、読み手(つまり、ぼく)がそういった妙な交錯の状態になれてくると、今度は、この話は一体誰のことを言っている話なのだろうというような疑問が、「読むペースが一向に上らないなあ」などと苦笑する瞬間に沸きあがってくる。表面上は、各章の表題になっている名前の、「わたし」の周辺の人物(人間とは似て非なるものに思えるが)についての記述であると考えるのが自然なのかもしれないが、そう納得するには、その内容は十分に違和感のあるもののように感じられる。「わたし」の周辺というよりは、むしろ「わたし」の内部のどこかで暮している人々についての記述なのではないだろうかと思えるのである。そのように考え出すと、この「変身のためのオピウム」という小説が三層の構造を持っているということになってくる。すなわち、現実の書き手(多和田葉子その人)が書いているのは、「変身のためのオピウム」の裡における「変身のためのオピウム」の書き手(「わたし」)であり、その「わたし」が、各章の人物(「変身のためのオピウム」のなかにおいても、実在しているのかそうでないのかはっきりとはしない彼女たち)について書いているということになるのである。何を下らないことを事細かに述べ立てておるのだと思われるかも知れないが、このことはけっこう重大なものなのであり、それによって、「変身のためのオピウム」という表題の、「変身のためのオピウム」というのは、いったい誰のためのオピウムなのかという問題の回答が変わってくるのである。といっても、それもまた野暮な問いだという意見もあるだろうが、「〜のための」という言葉は、きちんとそれを利用する者がきちんと絞られる言葉なのであって(利用する主体が省略されるというのは、通常、それがあまりに自明だからである)、そういった言葉が表題に含まれているということは、それについて考えることは、すなわち、その小説、「変身のためのオピウム」について考えるということを意味しているのである。いったい誰が「変身」のために「オピウム」を用いようとしており、この「変身のためのオピウム」は誰に対したときにそう機能するのだろう。ここに登場する女性たちだろうか、それとも「わたし」だろうか、多和田葉子なのだろうか、それとも、読み手なのだろうか。あるいは、この「変身のためのオピウム」という表題は、それにまつわる者たちを描いたということなのだろうか。そうだとすれば、「変身のためのオピウム」のどの部分が「変身のためのオピウム」なのだろうか。小説中、「変身」と「オピウム」という言葉は何度か(ほんとうに数えるほど)登場するのだが、互いが結び付けられることは結局一度もないのだから、何かが「変身のためのオピウム」なのであり、語られる彼女たちはそれに何らかのかたちで関係しているはずなのだが、そういったものとしてあるのは、書き手である「わたし」だけなので、したがって、「わたし」が「変身のためのオピウム」なのだろうか。
(2004.8.27)-13
そういうようなことを、常識的なロジックしか持たないぼくは、読んでいる間じゅう考えている。もちろん、答えはわかるはずもなく、だから、ぼくは「ペースがあがらないな」などと、ちょっと急いたような感じで読んでゆくことになる。そして、彼女たちの年齢はこれを書く多和田葉子と同じくらいの歳(40歳程度)であるらしいことなども意識する。彼女たちはそれぞれのあり様でもって生活をし、そのことが彼女たちについての記述の隠れた中心として機能しており、会話の片隅などにそれがあらわれてくる。
(2004.8.27)-14
そいで、「変身のためのオピウム」を読み終わったあとは、すぐに、保坂和志「カンバセイション・ピース」の続き(だらだらと百頁ほど既に読んでいた)をはじめたのだけれども、読み出してしばらくして、ようやくこの小説が何をしているのだかがわかってきたような気がした。この一見、ひたすらにぐてぐてとしている小説(それでも、やっぱりこれは小説)は、世界の(限定しよう、日常の身のまわりで起るありふれた出来事を一般化して扱おうとする際によく使われる言葉があらわす「世界」の)そこいらじゅうに散らばっている可能性というものを考えつく限り列挙している小説なのである。しかも、導入部まわりの解説付きで。要するに、それが保坂和志の言う「カンバセイション・ピース」、「平和についての議論」あるいは「平和な議論」というものなのだ、っていうのが、ようやくわかった。
(2004.8.27)-15
ぼくは、ぼく自身は消えてなくなってしまえばいいと思っているから、ぼくがある仕草をしたときに、その仕草が純粋に仕草としておかしかったときにだけ、つまり、他人としてそれを眺めたときもおかしったときにだけ、それを見ている人間は微笑めばいいのだと思っている。親しい関係にある人たちがお互いに感じる、あの何ともいえない親和感のようなものは、たしかにそれは存在していて、それから世界で何番目かに良いものなのだけれども、その環のなかにぼくはいない。この世に無数にある、そういった環のすべてから外れてしまうことが孤独と呼ばれるもので、そうなった人間というのは、他のあらゆる人間から誤差としてしか扱われなくなり、ゼロ近似され、そのうちにほんとうに無になる。
(2004.8.27)-16
〜するとコンプソン氏は通りすがりにヴェランダの電灯をつけながら、「これを読むには、家の中に入らなければ駄目だろうな」といった。
「ここでも大丈夫読めるでしょう」とクェンティンはいった。
「そうかも知れない」とコンプソン氏はいった。「こんな明りどころか----」と彼は長い夏のあいだに埃と虫の糞でよごれている、きれいな時でさえわずかな光しか出さないたった一つの電球を指さし、「これどころか、外の明りでさえ、この手紙にとっては、彼らにとっては、明るすぎるかも知れない。そうだ、あの時代の、すでに死んだ時代の人々にとってはな。彼らもわしたちと同じような人間であり、わしたちと同じような犠牲者だが、わしたちとは違った事情の犠牲者で、わしたちより単純で、それゆえ、一個の人間としてわしたちよりも大きく、より英雄的で、それゆえ姿もより英雄的であり、いじけもしなければもつれもせず、明確で単純で、宝さがし袋から手足ばらばらに盲滅法に取り出されてつなぎ合わされたそこらの人間どもとは違って、一度だけ愛し一度だけ死ぬ才能を持ち、無数の殺人と無数の交接と離婚の張本人であると同時に犠牲者なのだ。たぶんお前のいう通りだろう。たぶん今の外の明りより少しでも明るすぎると、これを読むには明るすぎることになるだろう」だが父はすぐにはその手紙をクェンティンに渡さなかった。
(2004.8.27)-17
『なんなら破ってくれてもいいのです。お好きなようにして下さい。もしお読みになりたければ、読まれても結構ですし、お読みになりたくなければ、ならなくても結構です。だって人間なんてだれしも、そう変わったものではありませんからね。だれしも生れてくると、なにかやってみようとしますが、なぜやるのかもわからずにただやりつづけるだけですし、しかも自分と同時に沢山の人が生まれ、みんなごっちゃになって、自分たちの腕や脚を動かそうと、動かさなければならないと思うのですが、その腕や脚を動かす紐はほかの人の腕や脚にむすばれているのと同じ紐で、ほかの人もみんななにかやろうとしますが、彼らにもなぜするのかわからず、ただその紐はみんな思い思いの動き方をしているのがわかるだけで、それはちょうど五、六人の人が一つのはたを使って毛氈もうせんを織ろうとし、一人一人がせめて自分の望む模様をその中に織り込みたいと思っているようなものです。でも、そんなものは取るに足りないもので、あなたもそれは御存知でしょう。さもなければ機をすえられた神様がもう少し上手に案配して下さったでしょうからね。それでも、それは大事にしなければなりません。だって、だれもがやりつづけるか、つづけなければならないうちに、突然すべてが終わり、その人のあとに残すのはその上に刻まれた一塊の石だけになるでしょうから。その石にしても、それに字を刻ませて立てるのを忘れないか、それだけの暇がある人がいればの話で、それを立てて貰っても、その石の上に雨が降ったり日が照らしたりしているうちに、間もなくするとだれもその名前を思い出さなければ、刻まれた文字の意味も忘れてしまい、そんなものは取るに足らないものになるでしょう。ですから、もしだれかのところへ行き、それも他人の方が好都合ですが、その人になにかを----一枚の紙切れでも----なんでもいいからなにかを渡すことができれば、たとえそのもの自体はなんの意味もなく、それを渡された人が読みもしなければしまってもおかず、わざわざ投げ捨てたり破ったりさえしなくとも、そうすることは少なくともなんらかの意味があるでしょう。というのは、よしんば一人の手から別の手へ、一人の心から別の心へ渡されるだけでも、それは一つの出来事として記憶されるでしょうし、それは少なくとも一つの刻みに、なにかに、かつて存在したあるものをそれがいつかは死ぬことができるという理由で記憶させることができるかも知れないなにかに、なることでしょうから。それにひきかえ、石の塊りの方は、それが死ぬことも亡びることもできないために、過去の存在になれないので、現在の存在にもなれないのです……』
(2004.8.27)-18
〜わたしは光ではなくて、わたしたちが女性の勝利と呼ぶあの宿命を、つまり耐えに耐え、わけもわからず、報酬の希望もなしに、ひたすらに耐えるというあの宿命を、待っていたのです。わたしはあの眼の見えない地下に住む魚のようなもので、その起源をその魚はもはや覚えていないが、薄暗くて眠っている魚の胎内で、『これは光と呼ばれた』とか、あの『匂い』とか、あの『感触』とかいう以外に話す言葉を持たずに、大昔から眠ることなくただうずいて来たうずきと共に、蜜蜂の羽音とか鳥とか花の匂いとか光とか太陽とか愛とかに与える名前さえも伝えていないほかのなにかと共に脈打ちつづけているあの隔絶された火花のようなものでした----そうです、光に愛され光を愛しながら、成長したり発達したりするのではなくて、なんでも無分別にむさぼろうとする聴覚をほかのすべての感覚に取ってかわらせる、あの狡猾で、癌のように内に向かって拡がってゆく孤独だけを身につけていたのです。
(2004.8.27)-19
〜(もしそれが愛だとすれば)わたしは普通いわれている愛とは違った形で、愛したわけなのです。それは持ったこともない物をあきらめる愛ですし----愛を与える側がすべてを与えても、愛される側の心にはなに一つつけ加えることのできないような、まったくささやかな愛でしたが----それでもわたしはそれを与えたのです。ですが、与えたのは彼にではなくて、ジューディスにで、それはちょうど彼女に向かってこういうようなものでした。『さあ、これもお取りなさい。だって、あなたにはあの人にふさわしいように、あの人を愛することができませんもの。おそらくあの人はこんなものの与える重みなんか、あってもなくても感じないでしょうけれど、それでもあなたが結婚したあとで、ちょうどあなたが見馴れた花壇の中に一つのいじけた小さな青白い隠れた芽を見つけるように、あの人がいつかこの眼にも見えないささやかなものに気づいて立ち止まり、「どこからこんなものが来たんだろう」って、いう時があるかも知れません。その時あなたは、「どこから来たのか知りません」といえばいいのです』
16-19 フォークナー「アブサロム、アブサロム!」より抜粋

(2004.8.27)-20
人生には物理的、社会情勢的に存在可能であるかぎりのあらゆる能動と受動の可能性がある。
(2004.8.27)-21
「アブサロム、アブサロム!」上巻は、クェンティンの「そうだ。ぼくは余りに多く、余りに長いあいだ聞きすぎた」という言葉に象徴される。幾度も幾度も塗り重ねられる語りが描き出す、ある猛烈な生の一塊のあり様は、ぼく自身の現実の希薄な生よりも強くあらわれて立ちはだかり、やがて身体の前面すべてから滲透しはじめる。そして、純水みたいに何にも入っていないぼくの生は、そこに示されるあらゆるものを吸収しようとし、そのなかにはこの言葉が入っている。「なぜ、そうしてはいけないのか」回答はすでに示されており、したがって対話は必要ではなく、ぼくは単にすべてのなかから選択をすることをする。
(2004.8.27)-22
「アブサロム、アブサロム!」上巻から取り出せることは、これはつまるところ、やりすぎた小説であり、そして、それはやりすぎた男である、トマス・サトペンを語る際に必要な形式だったのだということである。なんということだろう。ある人間を書く際に、その人間が書く形式をすら要求するとは。これでは、あの偉人伝と呼ばれるジャンルが、総じてのっぺりとした抑揚のないものに仕上がるというのも納得できることである。偉人というのは、ひとつの人間の型に過ぎないので、そこに収まっている人間を描写するということは、ある種のマンネリを如何ともしがたいものなのである。現在のぼくといえば、そういった偉人的な人生にはほとんど(ほかのあり方と同じ程度にしか)興味はなく、感興をそそられるのはむしろ、そういった偉人のテンプレートが現に存在しているにも関わらず、どうしてあらゆる人間がそれを採用するわけではないのだろうということである。それは、怠惰という言葉だけでは、無論十分でなく、そうではなくて、むしろ、我々の価値観の多様性のなさ、思考の非柔軟性を示しているのではないかと思われる。つまりぼくは、ぼくを変質させる必要があるのではなく、許容するだけの拡張性を持つ必要があるということである。たとえば(これはよく見る例だけれども)、がんばってという言葉が、あらゆる人間を常に励ますものではないということと同じように、ほかの全てのことがらも、それは実際に為されてみなければ、相手への影響などわかりはしないのだということをいっているのであり、それは当人の終末、すなわち死に対しての場合でも同じであるということである。それはあるいは、あなたは、ぼくが死にたいから死ぬといって、実際に死んだ場合に何も悲しむばかりが選択肢ではないことを完全に保証しているということである。また、それにあたってあなたは感情を何らかのかたちで変化させることを許容されているのだが、それは、その原因になった自殺者とは本質的に無関係であり、現実は、あなたが採用した感情以外のあらゆるあり方があり得たのだということを意味している。要するに何が言いたいのかといえば、そのようなレベルまで来たときには、ある人間はある人間に対して関わることが不可能になるのであり、そのレベルにおいては、あらゆる連帯が虚構の、あるいはもう少し上位のレベルのスケッチとして残っているに過ぎないということであり、つまり、ぼくもときどき他人に対してやさしさを示したようなことになるようなことをしたりするということがいえるのである。ぼくは死ねばいいのに、死んでいなくて、そればかりか、ちょっとだけだけれども、人と話をしたり、何かの手助けをしたりするというのは、そういうことなのだということである。ああ、そんなの、どうでも、いいか。
(2004.8.28)-1
保坂和志「カンバセイション・ピース」読了。今は、ポール・オースター「最後の物たちの国で」をはじめたのだが、これが猛烈にいいので、今日の更新はなし。
(2004.8.28)-2
従弟が訪ねてきて、今となりで眠っている。彼はちょうど「社会」というやつの境界線をまたごうとしているところ。
(2004.8.29)-1
オースター「最後の物たちの国で」読了。しばし待て。何か書けるようであれば、何か書けるであろう。何も文字にはならないこともあるだろう。
(2004.8.29)-2
ぼくの思考というのは、大抵は入口付近に留まったまま、旋回したり蛇行したり、そこからちょっと逸れてみたりするだけである。
(2004.8.29)-3
シミュレーションという言葉を、プログラムを書く人間は常にある程度意識しているものだが、そして、この作品について何かを思うときに、その言葉を取り出してくることが許容されるのかどうかということをぼくには判断することができないのだが、この作品を「寓話」と修飾するのと同じラインでの捉え方であり、それをもう少し直接的かつ積極的な性質を帯びたものとして見る意味で、ぼくはそう言ってみる。
(2004.8.29)-4
表層。こんなことは表層に過ぎない。

(蛙)

 勘三さん 勘三さん
 畦道で一ぷくする勘三さん
 ついでに煙管を掃除した
 それから蛙をつかまえて
 煙管のやにおば丸薬にひねり
 蛙の口に押しこんだ

 迷惑したのは蛙である
 田圃の水にとびこんだが
 目だまを白黒させた末に
 おのれの胃の腑を吐きだして
 その裏返しになつた胃袋を
 田圃の水で洗ひだした

 この洗濯がまた一苦労である
 その手つきはあどけない
 先づ胃袋を両手に受け
 揉むが如くに拝むが如く
 おのれの胃の腑を洗ふのだ
 洗ひ終わると呑みこむのだ
井伏鱒二

(2004.8.29)-5
煮詰まって居たら、こんなのに出くわした。かなわねえや。今日はもうおしまいにしよう。。。
(2004.8.30)-1
休み中に、遅読のぼくにしては、けっこう本を読んだので、少し本を整理する。相変わらず溜まる一方で、比較的最近に買った沙翁文庫全集やらジョイス、メルヴィルなどは、宅配の箱に詰めっぱなしなのだけれども、それと阿部公房と戦後短篇小説再発見をのぞけば、一応未読の棚に全て収まった。こうしてあらためて、顔をあげてその棚を眺めてみると、まだまだ読むべき本があることがわかる。スタインベック、ヘミングウェイ、フォークナー、カフカ、ドストエフスキイ、ヘッセ、カミュ、アナトール・フランス、ガルシア・マルケス、ボルヘス、ワイルド、イェーツ、武田泰淳、中上健次、島崎藤村、大岡昇平、井伏鱒二、横光利一、ベルグソン、ハイデガー、ニーチェ、、、あと、ベケット、ジャック・ラカン、ジョルジュ・バタイユ、ホーソーン、、、ああ、また五万円を超えた。。。これは、一種の乱費癖のようである。
(2004.8.30)-2
気づくと、オースター「最後の物たちの国で」が二冊あった。「シティ・オヴ・グラス」を読んだあとにまとめて買い込んだ際に、また買ってしまっていたらしい。本のサイズが異なるからといって分散させてしまうと、このような羽目になる。ボルヘスなんて、そこら中にあって、わけがわからない。
(2004.8.30)-3
島尾敏雄の「夢の系列」という撰集(表題のとおり、彼のいくつかある主題の一つ、夢を扱った作品を集めたもの)のはじめにある、紀行文「市壁の町なかで」というのが、一見、他の島尾敏雄の作品と同じような文から成っているように見えるのだが、なぜかこれだけ、死ぬほど読みにくいので、そのために興味を持っている。これのおかげで「夢の系列」はいつまで経っても読了にならないのである。二十数頁なので、週末にでも写してみようと思う。何かわかるかもしれない。ぼくの書いたものが死ぬほど読みにくい原因も、もしかしたら。とりあえず今、冒頭から読み直してみたかぎりでは、単文内の主格が分裂しているものが相当数あるということと、風景の描写ではなくて、イメージの写実とでもいおうか、行為の描写でも、心理描写でも、風景、静物の描写でもない、一見なんの意図があってその文がそこに書かれるのかが判然としない文が連続していることなどによって、一文を読み終わる前から、またその文の冒頭に立ち戻って、イメージとロジックを再構成することを読者に強いるようだということが、何となく感じられた。写してみれば、もう少し具体的に、なかの文一本の構造のところからわかる部分があるかもしれない。それがわかれば、ぼくの書く文ももう少しこなれたものへと変化してゆくことに期待が持てるというものである。そのために、「市壁の町なかで」は恰好のサンプルである。いや、「市壁の町なかで」は悪くない。悪くないからこそ、それでも読みにくいという状態に興味が湧くのである。もともと下らない文であるのならば、ものぐさなぼくが気にするはずがないだろう。
(2004.8.30)-4
九月八日は、新井昭乃氏のようやくの新アルバムの発売日である。タイトルは、なんだかんだで結局、だらだらと三年あまりかけただけのことはあって(はじめは、ぼくが氏を知った直後の、Chara「夜明けまえ」と同じ頃に出すはずだったのである)、ベタベタの「エデン」である。なかの一曲を視聴したかぎりでは、内容はこれまでになく個人的なものになっていそうで、非常に期待が持てる。それこそ、「夜明けまえ」にも匹敵するほどのものであることを望む。そうすれば、ほとんどはじめて、ぼくは氏と正面から見合うことになるのであり、彼女のテリトリーから世界を眺めることが可能になるのである。
(2004.8.30)-5
仕事を辞めるまでの数ヶ月でやってみるターゲットとして、小谷美紗子「光の穴」、およびそれを含む彼女のアルバム「宇宙のママ」を下敷きにしてみようと思う。このアルバムが氏のこれまでの作品集のなかで最も大きな質量を有したものであるというのは、おそらく氏自身も認めるところだと思うが、そのブックレットにある写真は、東京ライフをテーマとしており、二十三から二十四歳のアレを、それなりによくあらわしているので、このあたりをヒントにできればと思う。踏み切りで電車をやり過ごす氏の写真を見るかぎり、どうやら小田急線沿線のようであるが、具体的な駅名までは特定できないので、これは今後の課題である(訊いてしまえばいい、という話もある)。とにかく、「光の穴」という非常に単純な想いを下敷きにして、いくつかのベタテキストが書ければと思う。
(2004.8.31)-1
何を書いたのやら、ほとんど記憶にないが、8月は久しぶりに月間120kbほどになりそうである。120kb=60k字で、そのうちの2割が、html タグ等の管理用で、さらにその3割が抜粋だから、実際のところは、40k字ほどで、だからええと、400字詰めで100枚ほどになる。自身でひどい遅筆だとのたまう、オースターは1日に2から3頁ほとだそうだから、平均して2k字、5枚といったところで、このペースを週休2日で続けるとちょうど同じくらいの分量になる。ということは、ひどい遅筆野郎の書く速度と、ぼくのmax、しかも小説でない駄文もすべて含めてが同じというわけで、要するにぼくはほとんど絶望しなければならないらしい。
(2004.8.31)-2
どうでもいいアフォリズム。
 想像力という言葉ほど想像力を欠いた言葉はない
また、同型として
 天才という言葉ほど凡庸な言葉はない

(2004.8.31)-3
風呂で思いついたのは、たったこの二言だけ。どうしようもねえ。眠い。
(2004.8.31)-4
小野木さち子という名前はどうだろう。小谷美紗子に対して、小野木さち子。ふむ。しばらくこれでいってみよう。ほかは、当時の小谷氏のままでいいだろう。
(2004.8.31)-5
小野木さち子は黒髪である。純粋の黒の髪である。それも、ひどく長い。毛先はほとんど腰にまで垂れている。もう五年も伸ばし続けているのである。特に何もくせはつけていないのだが、ゆるやかに四度ほどウェーブしている。背がひどく小さいので、本来は町なかで目立つはずはないのであるが、その黒く長い髪のおかげで、背後からであれば、すぐにさち子だということがわかる。それは、ムスリムの女性の頭部を覆うヴェールのように見えないこともない。あるいは、さち子にあっては、実際にそのとおりなのかも知れない。ただ、イスラム教のヴェールが、一般的にいって、外界のさまざまな誘惑や危険から、その女性自身を護るためにつけられるのに対して、さち子のそれは、彼女からあふれ出そうとする大量の熱を閉じ込めておくためのように思われる。ふり返ったそのさち子の顔に、笑顔の浮かぶことはほとんどないと言ってよい。あるのは、頬の筋肉の強張った無表情である。しかし、それでもさち子の顔からは、ある種のやさしさのようなものが亡くなってはいない。眼にもいくぶん潤みを含んでいて、消しきれない感情を外に顕している。その眼と視線があうとき、ぼくはいつも、思わず両手をさち子の頬にあて、そこに浮かぶ強張りを揉みほぐしたいという、微かな衝動を感ずるのを自覚する。
(2004.8.31)-6
このようにして、ひとつテーマをきめて、それについての断片を書いてみるということをしてみよう。うまくいって、十ほども溜まれば、それが彼女のプロファイルになるだろう。


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