Uluru 物語 
(18)石原さん

 石原慎太郎さんは大学の先輩だが、自動車部の先輩ではない。確か学生時代は柔道部とサッカー部にいらしたと伺っている。そして「一橋文芸」にもかかわっていて、在学中に「太陽の季節」で芥川賞を受賞している。

自動車部と石原さんとのかかわりは、石原さんが隊長となり部の先輩4名を率いて南米遠征を行ったことから始まる。この時の様子を「南米横断一万キロ」という書にされているが、現在絶版で図書館を探すしかない。私が最初にこの本を読んだのが1968年冬。単行本だった。40年後の今年、もう一度読みたいと思ってネットで検索したところ、単行本は国会図書館にあることが分かった。『国会図書館まではちょっと遠いなあ。』と思って横浜市の図書館を探したら、単行本は無かったが「筑摩書房 生活の随筆 12 外遊」の中に北杜夫や小田実らの著作と一緒に収まっていた。

確かに10年前に自動車部の先輩達が石原さんと南米を走破したのは事実だが、実感としては自分たちにとって南米横断も石原さんも遠い存在だった。
その自動車部も母校に存在しなくなって久しい。今はOBで組織している如水モータークラブ(略称JMC)があるのみである。そして石原さんは南米遠征の縁でJMCの名誉会員となっている。

 それまで私が石原さんと生で接したのは2回あった。初めは大学生の時で、石原さんが母校で講演をされた時。2回目も講演を聴きに行った時で、2年生から3年生になる前の冬、オーストラリア遠征用の車をどこかのメーカー(多分東洋工業、マツダだったと思う)にご支援をお願いする目的で皇居の近くの会場に行った時だった。珍しく都心に大雪が積もり、長靴を履いて行った。一緒に行った富岡君の記憶によると石原さんも長靴だったそうだが私は覚えていない。
講演の内容で今でも覚えているのは、高速増殖炉の話、そして「日本海側の海岸で若い男女がさらわれる事件が起きている。北朝鮮のスパイが起こしているものだと思うが日本の国家機関はどこも動いていない。どのマスコミも取り上げていない。」という話である。今でこそ「拉致問題」として大きく取り上げられているが、当時はどこにも報道されていない。石原さんの情報力の凄さを後になって知った。
この2回の講演とも、石原さんとの距離は10メートルから30メートルくらいであり、私は聴衆の一人に過ぎなかった。

(7)「入院中に携帯電話が鳴って」のところで書いたように、参加人数、スケジュール、さらにフライトやホテルの手配などオーストラリア遠征の大枠が決まってやれやれという時に喉の手術で入院したが、その入院中に、難航していた車両の確保も目処が立ち、一気に計画が進展した。
こうなると現金なもので別に大病を患って入る訳でもなく、喉以外は至って快調。むしろ入院中の身であるが故にすることがないので頭の中はオーストラリア遠征のことでフル回転を始めて、思いつくまま一気に手帳にやるべきことを書き出した。その項目の一つに石原さんへのご挨拶・ご報告があった。

 考えてみれば、私達が3年生になり執行部になるに当って、4年生になった時にオーストラリア遠征をやろうと考えたのは石原さんを隊長とする南米遠征隊という成功モデルがあったからこそで、40年ぶりとはいえこの計画が実現ほぼ確実となった以上、石原さんに感謝の気持ちを伝えたいと思ったのは当然のことだろう。
何とかしてその機会をいただきたいと、JMC石坂会長・石垣幹事長に相談し、南米遠征隊員であった楠木先輩にその仲介をお願いすることになった。こうして10月2日にその機会を得ることが出来た。
出席メンバーは全員如水モータークラブ会員で、南米遠征隊長だった石原さん、南米遠征隊員だった3名、会長、幹事長、先輩2名、そして私達オーストラリア遠征隊員5名の全部で13名。
場所は人形町、江戸時代から続く有名な軍鶏(しゃも)料理の店で、石原さんの小説「弟」にも出てくる「玉ひで」。現在のご主人は八代目。
石原さんから南米スクーター旅行の起点チリの特産ワインの差し入れがあり、ビールで乾杯のあと早速いただく。会の趣旨説明、会長から石原さんへオーストラリア遠征隊のユニフォーム贈呈、自己紹介を兼ねて遠征隊員のスピーチとなった。

蛇足ながら、私は大の鳥嫌いだった。海外旅行で飛行機に乗った時に“Do you like chicken?”とか”Chicken or beef ?“などと聞かれると”I hate chicken.“と答えるようにしている。ちょっと相手をからかったり、一緒に楽しもうと思ったりした時などはさらに、”Because of a religious reason.“(「宗教上の理由で」)と付け加える。ある時、フランス料理の店に行った時にウェイターに「宗教上の理由で」と言ったら厨房から50センチもあろうかというキャップを被ったフランス人っぽい料理長が出て来て「失礼ですがどんな宗教ですか?」と真顔で聞かれたのには参った。とっさに気の効いたジョークが返せず、正直に「あれはほんの冗談です。」と謝ったら相手も安心した様子だった。
昨年、オランダ航空でスコットランドへ行った帰りに、小柄でとてもチャーミングなインド人のスチュワーデスにこのジョークを言ったら、ニコッと笑って「私達の国ではビーフを食べません。」と言って、その後通路を通るたびに笑顔が返って来た。

それはともかく、あんなに美味しい鳥料理を食べたのは初めてで、この時以来「美味しい」鳥料理が好きになった。
会の方は美味しい鳥料理をいただきながら、南米の話、オーストラリアの話、その他もろもろで盛り上がり、最後に皆で記念撮影をしてあっと言う間に楽しい2時間半が過ぎた。

3回目は直接お話の出来る距離であった。


続く
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