ペルー、ボリビア 2002
初めての南米大陸

2002年9月15日(日)〜26日(木)

ボリビアのコチャバンバ(埃っぽいが住みやすい街)

 「ボリビアのコチャバンバ」というタイトルは変だが、「アンデス何でも塾」のフォルクローレ仲間をはじめ、日本でコチャバンバというと文京区白山にあるお店を思い浮かべてしまうのと、ここコチャバンバにコチャバンバのコチャバンバ支店があるので余計わかりにくくなるので、ボリビアのコチャバンバとしたが、やっぱりボリビア支店なのかコチャバンバという都市なのかわかりにくい。後者の意味である。

 前回の続きで、ホテルラディソンにUチャンが友達と一緒に迎えに来てくれて、市内を買いだしに行った後、タクシーで空港に向かう。かなりぎりぎりの時間なので猛スピードで坂を上って空港に向かう。やっとのことで間に合って、コチャバンバに向かう。
30分のフライトで到着。タラップを降りると空気が濃い。夜だというのに暖かい。気候的には昨年の12月に二女と行ったハワイに似ている。風が気持ち良い。生きかえったようだ。

 タクシーでUチャンの記憶を頼りにコチャバンバのコチャバンバ支店(紛らわしいのでスマホワシと呼ぶことにする。)に向かう。ここがコチャバンバでの私の宿。二晩お世話になる。
ここら辺りは高級住宅街で、家の前にSPが24時間立っている家があった。この一角にスマホワシがある。家に着くと犬が二匹跳びついて来た。一匹は黒いブルドッグで恐い気がするがおとなしいらしい。一見してメスとわかる。家の中にもう一匹小さいのがいた。これもメスでこちらは妊娠中。
昔我が家でも犬を飼っていたので、オス、メスはすぐわかる。

 こちらの離れに泊めてもらったのだが、宿泊名簿を見るとフォルクローレで知っている名前がズラリと並んでいる。自分もその端くれになったような気分。ここへ泊まってフォルクローレも1人前、そんな気分だ。同じ名前が2回、3回という人もいる。
まだ夕食を摂っていなかったが、後で考えてみるとボリビアに来てからまともな夕食を摂ったのはこの晩とコチャバンバからラパスに戻った最後の晩だけであった。カルカスの野外ライブを聴きに行った時は会場でのパンとビスケット、コチャバンバでのフィエスタの晩はチチャとビールだけ、おまけにその日からずっと下痢。
それだけに俊子さんの作ってくれたナスと肉の料理とご飯はおいしかった。
夕食を終わってノンビリしているところに誠さんから電話が入った。コンサートの後、ラパスでDVDの録音があり、とても忙しく朝からパン1枚しか食べていないとか、ミュージシャンは売れなくても大変だが、売れてきてもまた大変なようだ。

 コチャバンバには21日の夜から23日の夜まで滞在した。22日(日)はアヨパヤマンタのオルランドさんの家でメンバーの方の誕生パーティーと、地域のフィエスタに参加、23日は女性フォルクローレグループ、コリティカスのフローレス家を訪ねた。
コチャバンバの印象は、暖かく、ハワイのようで、空気がラパスよりずっと濃くて、気の良いミュジシャンも多く、とても住みやすいところ。こんな感じだ。
もう一つ印象に残ったのは、未舗装で凸凹の大きな道路、道路から舞いあがるほこり。雑然として、でも活気のある、日本の終戦後を思わせる(年齢からいって自分で見たことはないが)カンチャの市場。そしてフォローレス家から見たアンデスの山々と風に舞う砂塵。
コチャバンバはとてもほこりっぽいが、とても住みやすい街に思えた。

 続く


トップ