「週末を屍人とともに」
↓第三十九回 〔第四章・シーン1・その1 2006年12月14日(木)分〕↓
立体駐車場を下りきると、マンションの裏手に出た。出入り口は、私鉄の線路脇を並行して走る一車線道路に接続していた。路上に出たところで沢村が足を止め、倣っておれも立ち止まった。
「街道に戻るつもりでいたんですけど、線路に沿って進むのもいいですね。うーん、どうしよう。迷いますね」
沢村は、腕組みをして線路を眺める。
この先の街道筋は次の駅の駅前通りになっていて、平たく言えば繁華街が広がっていることになる。街道沿いには大学のキャンパスも控えていて住人には学生も多いから、週末と合わせて駅前で夜更かし中にこの事態に直面した人間の数も半端じゃないはずだった。つまり、ゾンビに出くわす確率が飛躍的に高くなる。が、時間の経過とともに、餌を求めたゾンビ達が住宅街へと移動していたら、街道沿いは閑散としているとも考えられる。一方、私鉄沿いは見える限りゾンビの気配はない。が、線路の両側に広がるのは住宅街だ。線路上を進んだ場合、住宅街に溢れるゾンビ達を呼び寄せてしまう可能性がある。
「どっちもどっちか? 街道にしても線路にしても、今までより大変な気はするけど」
堤状に盛り上げられたレールの土台、その砂利が敷き詰められた斜面を眺めながら、ふたりしてしばし黙り込む。
「駅の近くまで行ってからのことを考えれば……」
なにか思いついたらしい沢村が、不意に口を開いていささか驚いた。おれの様子に微笑を浮かべながら、沢村は言葉を継ぐ。
「駅前を突っ切るよりは、線路を辿ってプラットホームを抜けた方が安全な気がします。深夜の駅は閉鎖されていたはずですから、ゾンビが入り込んでいる可能性は高くはないでしょう。それに、線路を辿った方が見晴らしがいいと思います。もし、ゾンビに発見されたにしても、こちらも早い時期に相手をみつけることが出来るんじゃないでしょうか」
言い終わると、沢村はおれを見て苦笑を浮かべた。
「どうしたんですか? そんな顔して」
感心が顔に出ていただろうか。バツが悪くなって顔を引き締める。
「いや、沢村はすごいな。そこまでは全然思いつかなかった」
「えー、そんなことないですよ」
言いつつ、頬を朱に染める。まんざらでもないみたいだった。調子に乗ってしまうところが玉に傷だが。まぁ、そこがいいところかも知れない。
「こういうのに対応する才能があるのかもな」
「才能は分かりませんけど、こういうことを考えるのは好きですね。行きましょう」
「ああ」
柵を跨いで線路内に踏み込む。砂利の音を鳴らしながら土台を駆け上って、おれ達は再び前進を始めた。
↓第四十回 〔第四章・シーン1・その2 2006年12月18日(月)分〕↓
登りと下り、二対通っているレールの間を並んで歩く。地面を踏むたびに、砂利が音を立てて靴底が少し沈み込む。
「歩きにくいですね」
「だよなぁ。こういうのどう?」
いいながら、レールの上に上って両手を広げた。バランスを取りながら沢村の様子を伺う。突っ込んでくれたら、ありがとうって感じか。
「おかしいですよ、それ」
「やっぱり? どうもありがとう」
振り向くと、沢村がいなかった。バランスを崩して砂利敷きに落ちる。
「やっぱり枕木を踏んでいくのが楽ですよ」
隣のレールを歩いていた。
「こっちでいいじゃん。縦に並んで歩けば」
「前後に並んだら話にくいですよ」
「だって遠いだろ、これ」
二本のレールの間に入り、枕木を踏んで歩く。確かに横に並んでいる分話はしやすい。けど、妙な感じだ。
「こっちのがいいです。歩きやすいし、話やすいし、言うことないですよ」
「現実的だな。ロマンチックじゃないなぁ、沢村は」
「縦に並ぶとロマンチックなんですか?」
「ほんとは、二人ずつ横に並んで歩くんだ。子供だから、並んで歩ける」
「なんですか、それ」
「スタンド・バイ・ミー」
「知りません」
「まぁ、古い映画だよなぁ。可哀想な男の子の死体を探しに行くんだ。動機は不純だけど」
「好きなんですか?」
「好きだよー。最近見たばっかりだけどね」
「後でレンタル店に連れて行ってください。」
見ると、沢村は照れ臭そうな感じで足を運んでいた。言った意味を悟って、おれも妙に照れ臭くなった。
↓第四十一回 〔第四章・シーン1・その3 2006年12月19日(火)分〕↓
線路は、緩やかに左にカーブしてゆく。平坦地が続いて無駄に体力を使うこともない。ゾンビのゾの字も見当たらない。これは線路を選んで正解だったかも知れない。平和な道行きだった。
「小野田さんは、この辺の人ですか?」
「違う。田舎は長野。大学でこっちに来たんだ」
「えー、羨ましいです。私はずーっとこの辺りだから、田舎があるのって憧れるんですよね」
「田舎って言っても、うちの辺りはこの辺と変わらないしなにも面白くない……」
そこまでいったところで、線路の先にある物に気が付いて言葉が途切れた。数十メートル先の線路上になにか転がっているのだ。
「なんでしょう」
沢村も気が付いて首をかしげた。
「行ってみよう」
枕木を二つ飛ばして駆け寄る。十メートルくらい距離を置いて立ち止まった。そこに辿り着くまでにそれがなにか、十分に分かったからだ。立ち止まると、沢村もレールを渡っておれの横に並んだ。
「死体ですね」
男性らしい死体が二体、レールに覆い被さるようにして倒れていた。
「ここで待ってろ」
沢村を残して距離を詰めていく。間近にまで近寄らなくても、ゾンビでないことは分かった。この寒空に上着も着ていない背中に赤い染みが浮き立ち、なにか棒のような物が突き立っていたからだ。
。
↓第四十二回 〔第四章・シーン1・その4 2006年12月20日(水)分〕↓
「ボウガンの矢ですね」
背後で沢村の声がして、驚きに声を失う。
「待ってろって言ったのに」
「死体は見慣れました。大丈夫です」
沢村は、死体の横でしゃがんだ。仕方なく、おれも沢村の横に立つ。
死体はどちらもまだ若かった。十五、六歳くらいだろう。苦悶の表情を浮かべたまま俯せに倒れ、頬を地面に貼りつけている。肌は青白く、明らかに死者と分かる色をしていた。死因は、背中の矢だろう。他に外傷は見当たらない。動き出すことのない普通の死体だった。
「小野田さん、おかしいですよ」
「ああ。ゾンビの仕業じゃないよな」
死体の周囲には荷物らしい荷物もない。この季節に上着を着ていないのも不自然だ。まさか……。
「武器を使うゾンビを、これまで見たことはありません。手荷物も無さ過ぎます。これは……」
沢村の言葉が途切れた。全部言いたくないんだろう。
「まるで追い剥ぎに遭ったみたいだ。生き残った人間の仕業だろうな」
おれが代弁すると、沈黙が周囲に立ち込めた。
こうなった世界で生き残っても仕方がないと見限る人物がいる一方、秩序をなくした世界で、水を得た魚のようになる人間もいると言うことだろうか。信じたい話じゃないが、目の前の事実がそう物語っている。
「せっかく生き残ったのにかわいそうに……」
沢村は、二つの死体の目を閉じさせた。
おれは、周囲に目を凝らした。この死体を拵えた犯人がまだ付近にいたら厄介だ。だが、人の気配はなかった。線路沿いの脇道から、一目で主婦だったと分かるゾンビが、よたよたとこちらに向かって来ているのが見えた。
「沢村、ゾンビが近づいて来てる。今のうちに行こう」
「はい」
物音だけじゃなく、餌の匂いでも嗅ぎ分けるのか。二つの死体がこの後どうなるのか、考えるのもおぞましいが、弔ってやる時間もない。おれ達は、ゾンビを避けて早足に歩き出した。
これまでより一層きな臭さを増した世界に、苦々しい思いを感じながら歩みを進めた。
(4章 シーン1 了)
☆ 第四十三回へ続く ☆
SFジュブナイル