SFジュブナイル







 

 「週末を死人とともに」




↓第六十回 〔第五章・シーン1 2007年1月22日(月)分〕↓




 腰の高さまで開かれたシャッターを背に、辺りに警戒の目を光らせる。
 目の前は歩道を跨いで幅の広い四車線道路。道の向かいには、赤い看板を掲げた「家」と付く名前のラーメン屋があり、同じような大きさと店構えの店舗が並んでいる中でいくらか目立っている。
 左手は街道がまっすぐに伸び、正面にあるのと同じような景色が、えんえんと道の両側を覆い尽くしている。通りを透かし見ても、人影ひとつない。
 右手はすぐに大きめの交差店になっていて、今背にしている店舗はその角のひとつに位置している。他の三つの角には、それぞれに一つずつ焼き肉屋のビルが立っていて、夜ともなれば電飾を施された韓国風の派手な飾りを、まるで張り合っているかのように煌めかせているのが常だった。が、今は捨て置かれ、閑散とした空気を助長するのみだ。
 背後のシャッターは、辿り着く前に開いていた。ゾンビへの見張りを勤めるおれの傍らで沢村がしゃがみ込み、持参のライトをシャッターの内側へ巡らせている。
「どうだ?」
 訪ねると、しゃがんだまま顔だけをこちらに向けて、沢村は答えた。
「みえる範囲は大丈夫そうです」
 周囲へ響くことを警戒してか、囁くような小さな声だった。
「やっぱり入るのか?」
 いいながら、シャッターの下端、中央部分に設置された丸い錠前に目を落とす。安っぽいメッキ処理をされた丸い台座の中央にふた回りくらい小さい穴が空いている。そこには本来鍵穴があったはずで、足下に散らばる細かな切り屑、その傍らに転がる乱暴に穴開けされた鍵穴の残骸と考え合わせれば、誰かがそういう道具を使って破壊したとしか思えない。問題は、その誰かがすでに目的を達してこの建物を出て行っているのか、まだ中に潜んでいるのか、と言うことだった。
「ここまで来てなにいってるんですか。一緒に来てください。ここには必要な道具がいくつもあるし、ちょっと無理しても通り過ぎるわけにはいかないんですから」
 いつもと変わらない調子でいって、沢村はシャッターの向こうに姿を消した。奥へと踏み込んでいくブーツの硬い靴音が、徐々に小さくなっていく。
 燃え上がる街を背景に、互いの思いをぶつけ合ったひとときから、およそ三十分ほどが径過していた。
 ―――おれは死ぬべきだった。
 天啓のごとく降って湧いた思いを絶対のもののように感じ、なんとか伝えようと必死に説明したが、口にすればするほど、自分のいっていることが本当に的を射た考えなのかと不安が積もり、うまく言葉にすることが出来なかった。沢村は、彼女にとって支離滅裂な言葉を並べ立てるおれを見兼ねて、ひとまず腰を落ち着けることを提案した。話はバイク用品店に着いてからということになった。
 ここへくるまでの沢村は、自分の鬱屈した想い、爆発させた感情はきれいに鞘に収めてみせ、脳内を沸騰させたままのおれをうまくリードして来てくれた。おかげで、なんとか落ち着きを取り戻すことができ、冷静に状況を見ることができるまでに回復している。
 見上げると、入り口上部にシャッターをしまうハウジングがあり、そのさらに上の方に、黄色地に青文字で店名が書かれている。目的のバイク用品店のものだ。三階建ての鉄筋建築で、通りに面した部分は壁ではなく、三階まですべてガラスの嵌め殺しになっている。不安な気持ちで窓を眺めまわす。ミラー状のフィルムが張ってあって内部を見通すことはできなかった。
 沢村が先にいってしまった以上、いつまでもここで呆然と過ごすわけにもいかない。おれは、深呼吸して息を吐き出し、躊躇する気持ちをねじ伏せてシャッターをくぐった。




(第五章 シーン1 了)




☆第六十一回へ続く☆