SFジュブナイル







 

 「週末を死人とともに」




↓第六十一回 〔第五章・シーン2 その1 2007年1月23日(火)分〕↓




 入り口をくぐると、両脇に背の低い商品陳列棚が置かれ、スプレー缶や、プラスチックボトルなどが並べられていた。
 正面奥には壁を切り取ったような形で右方向に長い受け付けカウンターがみえ、左横にカウンター裏への入り口が設置されている。アルファベットのロゴがプリントされた暖簾がかけられていて、「スタッフ以外の立ち入りはご遠慮願います」と書かれたボール紙の手書きプレートが貼りつけられていた。そのさらに左横は、上階への階段になっている。踊り場から外の光が差し込んで来ていて、受付前を昼の光で満たしていた。
 右手は、商品棚やガラスケースの類を並べて何本も通路が形造られていて、一階のメインフロアになっているようだった。
 なんだかよく分からない品物が数多く並べられている。どうやら、バイクのパーツやメンテナンス関係の道具が中心に陳列されているようだ。整然と散在する無機質の群れは、暗がりから無表情にこちらを見下ろしているようで、正直薄気味が悪い。手前は、階段からの光で照らされているが、奥の方は暗くて見通せなかった。
 受付前まで進むと、カウンターの向こうに結構な広さのスペースがあるのに気がついた。のぞき込むとボディーカバーや燃料タンク、ハンドルなどを外された整備途中らしいバイクが何台か置かれているのがみえる。整備スペースになっているようだ。
 さらにその向こうは壁になっていて、磨りガラスを嵌め込んだ窓が並んでいる。窓の外はすぐにとなりの建物の壁になっているらしく、ほとんど届いていない光がぼんやりと整備スペースを浮かび上がらせるのみだ。
 ふと右手を見ると、メインフロアの奥でライトの明かりが揺れているのがみえた。一階の探索をすませた沢村が戻ってくるところだった。
「一階には誰もいません」
 それだけをいうと、おれの脇をすり抜け階段を上っていく。
 後に続いて一段目を踏む前には、踊り場を折れて駆け足に二階へと上ってしまっていた。おれの部屋に現れたときよりも遠くなったように感じる距離感に嘆息し、肩を落として後を追った。
 階段と、街道側の窓からの明かりで、二階は一階に比べると随分と明るい。おれが二階に辿り着く前に、沢村はメインフロアを半分以上巡り終えていた。左手奥の方の外光が届かない位置で、ライトの光が揺れていた。
 二階は、右手窓側にオンロード用のヘルメットやブーツ売り場があり、中央から左手に向かっては一階とはまた違う雰囲気のパーツ類が陳列されている。メッキや装飾加工された品物が多く、見た目に関わるパーツを集めてあるようだった。沢村が、左手の暗がりから姿を現した。
「二階も大丈夫です。誰かいるなら三階ですね。行きましょう」
 言い置いてさっさと階段を上ってゆく。
 手際よく成すべき事をこなしてゆく沢村に引き比べて、何もかも任せきりにしてしまっている我が身の不甲斐なさをみせつけられるようで心苦しかった。が、沢村にしたら、そうして働くことでおれとの気詰まりな沈黙を避け、どう話を引き出すべきか考えているのかも知れない。思い直し、黙って足を運んだ。




↓第六十二回 〔第五章・シーン2 その2 2007年1月24日(水)分〕↓




 二階と三階の間にある踊り場を折れ三階フロアを見通すと、両壁に雑然と掛けられた品物の向こうに、暗闇がぽっかりと口を開けているのがみえた。どうやら三階には窓がないらしい。外から見上げたときにはガラスの嵌め殺しになっているのがみえたのだが。
 あがり口まで上ってみると、踊り場からの光で入り口付近なら様子が分かった。一、二階とは明らかに雰囲気の違う品物が、ところ狭しと並べられているのがうっすらみえる。
 今度もフロアの奥の方でライトの光が揺れているのが目に入った。一瞬、侵入者がまだ残っている可能性が脳裏をよぎった。沢村と鉢合わせしたら、と考えると緊張して体に力が入った。が、こちらの心配をよそに、沢村はなんでもない顔で戻ってきた。
「三階も大丈夫です。侵入者はもう、この建物にはいないみたいですね」
 そういって、今度は左手の暗がりに入ってゆく。おれは小さく息を吐き出した。
「ここ、なんでまっくらなんだよ?」
「窓側も塞いで商品棚を設置してあるんですよ」
 答える声と同時に、なにかを床に下ろすような音がいくつも聞こえ出す。さらに沢村の声が飛んできた。
「入って右側のハンガーを動かしてスペースを作ってください」
「ああ、分かった」
 言われた方向をみると、背後からの光でかろうじてそれらしいハンガーの列を見分けることが出来た。おれの胸くらいの高さがあり、バイク用ジャケットらしきものが幅一杯に掛けられていた。近づいて押したが、どうにもこうにも動かない。なにかひっかかっている感じだった。
 ふと思いついてハンガーの足下を手探りで探ってみると、キャスターにロック機構が付いているらしく小さな突起が手に当たった。押してやるとあっさりロックが解除され、重いなりに簡単に動かせるようになった。
「出来たぞ」
 それなりに広い空間を確保して声を掛けると、沢村が荷物をいくつも脇に抱えてやってきた。おれが空けたスペースに荷物を下ろす。
「今度はこっちを手伝ってください」
 言い置いて、きた方向へ戻っていく。
「ああ……」
 沢村の後に付いていくと、ライトの光に照らされて、商品棚から抜き出したらしい品物が床に積み上げられているのが目に止まった。必要な品物を選んでいたらしい。
「これを向こうに運びます」
「了解」
 自ら荷物を運び出す沢村に従って、おれも荷物を抱える。結構な量があった。全部運び終えるには、何度か往復しなければならなかった。
 運び終えると今度は荷物を広げる番になった。ああしてください、こうしてください、それはそうじゃなくてこうやってこうです。沢村の指示に素直に従って作業を進める。




↓第六十三回 〔第五章・シーン2 その3 2007年1月25日(木)分〕↓




 ナイロンのような素材の長細い袋の中身は、取り出して広げると背もたれのない小さなイスになった。同じように長くもっと太い袋の中身は、細長いアルミ板をつなぎ合わせて筒状に巻ける様にした物で、広げて付属のパイプ類と組み合わせると小さなテーブルになった。これはロールテーブルというのだそうだ。
 他にもいろいろと、なんなのか、どうやって使うのかさっぱり分からない品物を開封していくうちに、いつの間にか即席のキッチン兼リビングが出来上がっていた。携帯用ガスコンロや、やはり携帯用の鍋、皿、カップ。飲料水のペットボトルや、見慣れない銘柄の缶詰、レトルト食品まで出てきて、とりあえずの用意は万端に整ったようだった。
「バイク用品店っていうのは、キャンプ道具まで揃えてるのか?」
「バイクでひとり旅をする人のために、ひと通り揃えてあるんですよ。全部バイクに積めるコンパクトな物ばかりで、少し使いづらいですけど」
 確かに、イスにしろテーブルにしろ、持ち運びを第一に考えてあるせいか大人が使うには少々小振りなものばかりだった。
「その場しのぎには十分以上だよ。それにしても、沢村はこういうのよく知ってるなぁ。おれには全然縁のない世界だ」
「蛇の道は蛇ですよ。あれ? 下手の横好きでしたっけ」
 そういって、沢村は照れ笑いをした。
「どうだったっけか」
 どっちも違うような気がするが、おれも説明できないからとぼけておくことにした。
 沢村は天板の狭いロールテーブルのうえで、短いランプのようなものに半円形の缶をねじ込んで灯りをともした。周囲が一気に明るくなる。
 その灯りの下で、さらにもう一つ半円形の缶を取り出して、今度はガスコンロのバーナーとゴトク部分だけといった見た目のものをねじ込んだ。沢村の操作で青い火がついて、やっぱり携帯用のガスコンロなのだと分かった。
 その上に、小さな鍋に飲料水を注いで、とりあえず湯が沸くまでやることはなくなったようだった。
「さてと……」
 これまでの流れを変えるようにそういうと、沢村はテーブルを挟んで向かい側のイスに腰を下ろした。
「調理を始められるまでちょっと時間があります。さっきの話、できるところまで詳しく話してくれませんか?」
 待ちの体勢に入っておれをみつめる。
 ガスランプの炎が、小さな音をたてて揺れた。



(第五章 シーン2 了)
☆第六十四回へ続く☆