「週末を死人とともに」




↓第二十一回 〔第二章・シーン3・その@ 2006年11月14日(火)分〕↓




 この辺りは、左手数十メートル奥に駅があり、繁華街に程近い。週末なら深夜でも人が集まっていた可能性が高く、ここまでより危険なエリアに入ったといえる。街道にゾンビは見当たらなかったが、通底音の様に切れ目なく低い呻きが聞こえてきて神経を逆なでした。間近にゾンビがいるのは間違いない。
 沢村が先に立って、駅とは反対側の歩道を歩いてゆく。早足で通り過ぎてしまいたいのが心情だが、そうしてゾンビに気付かれるよりは一歩一歩確実に先に進む事に決めたらしい沢村に従う。時間がかかっても無事に通り過ぎるのが重要だ。
「一つ目通過」
 信号を通り過ぎる度に、沢村は囁くように宣言する。駅前に入っていく分岐は三つ。残りは二つだ。通り過ぎ様に駅側の通りを覗き込む。狭く雑然とした通りの奥の方に、いくつか人影が見える。どれもゆらゆらと揺れているか、ぎこちなく歩いていて、ゾンビ独特の雰囲気を漂わせている。気付かれないか気が気じゃない。つい走り出しそうになる気持ちを抑える。
 二つ目の信号までには、ゾンビがいそうな施設はない。右手には時間貸しの有料駐車場が二つ並んでいて、そこの背の高い塀が建っているだけだし、左手には、閉店してからどれほどの時間が経ったのか分からない廃ガソリンスタンド、いつもシャッターが閉まっている数軒の空き店舗、昼間はいつも賑わっているスロット専門店が少し心配だったが、こちらもシャッターが閉まったままになっていた。
「二つ目通過」
 分岐の角にある小さな中華料理屋は出入り口も窓も割られて明らかに荒らされた気配が漂っているが、中に人気はなかった。この分岐はT字路で、中華料理屋の向かい角は不動産屋になっていてこちらも人気はない。
 問題は、二つ目と三つ目の間だ。道路の右手は駐車場の壁が途切れて割と大きめな昼間営業の健康ランドになっていて心配ないが、左手は月極駐車場の向こうに24時間営業のコンビニエンス・ストアがある。しかも、三つ目の信号の向かい角にも別チェーンのコンビニエンス・ストアがあるのだ。もう荒らされた後ならいいが……、そう思いながら手前の店の前に差し掛かると、果たしていくつか人影が蠢いていた。
「沢村」
 小声で呼びかけて店内を指差すと、ひとつ頷いてそのまま歩いていこうとする。
「おい、迂回した方がいいんじゃないのか」
 さっきとは逆をいく行動に少し驚いてさらに呼びかける。
「だいじょうぶです。迂回するには一つ目の信号に戻らないといけないし、ゾンビってどちらかというと物音や気配に反応しているみたいですから。この距離なら静かに通り過ぎれば問題ありませんよ」
 沢村のドジっぷりを考えると、そのまま鵜呑みにするのもはばかられるところがあった。が、いう通り足音を忍ばせていくと、何事もなく通り過ぎる事が出来た。




↓第二十二回 〔第二章・シーン3・そのA 2006年11月15日(水)分〕↓




「三つ目通過」
 信号の角にあるコンビニエンス・ストアには、ゾンビは見当たらなかった。
 先の道は緩やかな上り坂だ。林に覆われた丘に挟まれていて、道の両端は切り通しの崖がコンクリートブロックで補強されている。元はひとつの丘だったところを切り崩して街道を通したのかも知れない。詰めた息を吐き出して、ここだけは普通に歩くことが出来た。道はまた緩やかに下り始める。両側の崖が途切れると視界が開けて先行きが見渡せた。
 旧街道は、私鉄の線路と平行して緩やかに左に向かって湾曲している。坂を下りきった辺りにファミレスが数軒並んでいて、それを過ぎると右側に大手家電メーカーの社屋と敷地が広がっている。向かいには、最近この辺りに次々と建ち始めた高層マンションのひとつが巨体を空に向かって伸ばしている。ここからではよく見えないが、背後には郊外型大型スーパーやちょっとした商店街が控えていて、さらに先は駅前通りになっていることをおれは知っている。
「なぁ沢村」
「はい?」
 声をかけると立ち止まって振り向いた。軽く首をかしげる。
「思ったんだけど、五キロってちょっと遠くないか?」
 通って来た道のりだけでもどれだけ気苦労を重ねて来たことか。目の前に横たわる道のりを想像するだけで、疲労がずっしりと両肩にのしかかってくる気がする。それに、そうまでして取りに行こうとしている物は行きの行程にこそ必要なものだ。
「確かに思っていたよりしんどいですよね……引き返しますか?」
 思案するように街道を目でなぞって聞き返してくる。
「無駄に歩き回るよりかその方がいいかもしれないな……」
 自分で「いこう」って言っておいてなんだ、とか、男のクセにだらしない、とか、そんな風には思わなかったようだ。ただ、街道の向こうを惜しむように一瞥する。
「じゃぁ、戻りましょうか」
 若干残念そうな気持ちが滲んでいた。
「いや、ちょっと、なんでそんなに残念そうなんだよ?」
 そんな顔されたら素直に引き返せないだろう。どういうことなのか知りたい。
「え……わたし、残念そうですか?」
 人差し指で自分を示して、沢村は意外そうな顔をした。
「うん。そう見えた。なんでだ?」
「あ……いやぁ……それはそのぅ……」
 なぜかしどろどもろでうろたえる。
「なにかバイク用品店にいきたい理由でもあるんなら、おれ、もうちょっと頑張るぜ」
「いえっ、そういうのじゃないんです。だいじょうぶですっ、引き返しましょう!」
 沢村は慌てて否定する。が、理由をいわないのが気になる。やっぱりなにかあるのか。このままでは引き返せない。
「いきたいんだろ? いこうぜ。おれに遠慮しなくてもいい」
「いえっ、小野田さん、そういうのじゃないんですよっ」
 沢村はなぜか恥ずかしそうに精一杯両手をふる。その様子をみて、おれは決心をつけた。なにか望みがあるなら叶えるべきだ。




↓第二十三回 〔第二章・シーン3・そのB 2006年11月16日(木)分〕↓




「いいや、もう決めた。理由をいいたくないならいわなくてもいい。やっぱりいこう」
 沢村の手を取って坂道を下り始める。沢村はなにもいわず、ただ引かれるままに付いてきた。道の傾斜は緩やかで平地に降りるまでにはしばらくかかりそうだ。
 いこうといった手前沢村にはいえないが、前方に横たわる街並みをみるにつけまた気が重くなってくる。ここまでがだいたい一キロくらい。残り四キロ……。いつ襲われるか分からない緊張感を持続したまま移動すると思うと、四キロが八キロにも十二キロにも感じられる。でも、もう引き返そうともいえないしなぁ……でも気が重いなぁ、死んじゃうかもなぁ……。
 ごちゃごちゃ考えながら歩いていると、風景の中になにか普通と違うものが見えた気がして足を止めた。
「小野田さん。どうかしたんですか?」
 沢村が一、二歩行き過ぎて立ち止まる。不思議そうにおれの顔を見上げた。
 なんだろう、なにか見えたと思ったが、取り立てて特別なものは見当たらない。一瞬目に写ったものにしっくり来ない感じを受けたのだが……。
「小野田さん?」
 沢村が問いかけてくるのを手で制して、見えるものひとつひとつを改めて見返す。
 街道上はなにもない。坂を下りきった辺りにあるファミレスの塊にも、特におかしなところは感じられない。家電メーカーの敷地はただだだっ広いだけで閑散としているし、その向かいの高層マンションはよく見るとあちこちガラスが割れていてかなり荒らされているのだが……。
「沢村、双眼鏡」
「あ、はい」
 右手を突き出すと、沢村はすぐに首からストラップを外して手渡した。受け取って目に当てる。低層階からチェックすると、10階に達したところで中央付近のバルコニーにそれを見つけた。
 長い髪をした女性が、こちらに背を向けて窓から室内を覗き込み、両腕で子供をかばうように抱きしめている。ゾンビではない。遠目でしかも動きがないからはっきり目につかなかったのだろう。
 室内では人影がいくつか激しく動き回っている。よくは分からないが、ゾンビに襲われているように思える。バルコニーのふたりを守るために戦っている人物が、室内にいるのに違いない。
「あそこの高層マンション10階。中央付近のバルコニー」
 双眼鏡を沢村に押しつけて、おれは全速で坂道をかけ降りた。なにを考える間もなく、ただ「助けなきゃ」という思いに駆られていた。
 沢村がなにか叫んでいるのが聞こえはしたものの、なにをいっているのかは聞き取れなかった。




(第二章 了)




                     ☆第二十四回へ続く☆ 




                        






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