続・僕の彼女の奇人伝 〜恐怖の大王ミノ虫編(前編)〜

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 こんにちは、お久しぶりです。えっと、須藤です。
 ……ちょっと困ったことが起きまして…。いや、毎日毎日、西田といると困ったことには尽きないんですけど、今回はクラスメイトも巻き込むことになりそうです…。


 最近の学校での僕と西田の会話を凝縮すると、以下のようになります。
「にっ、西田……、あんまり見てると、ミノ虫もストレス溜まるんじゃないかな」
「大丈夫。だってミノ虫はミノの中に入ってて、こっちには気付いてないよ」
「いやでも視線とか感じるかも知れないし……」
「それくらいでめげてちゃ立派な虫にはなれないよ」

 はい、そうです。あのミノ虫です。西田はそれを結局学校で育てることにしたのです。それは大いに結構で、僕としても細工がしやすいと最初は喜びました。でも僕は西田を見くびっていました。
 彼女はミノ虫が「何か凄いもの」になる瞬間を見逃すまいと、学校にいるあいだ中ミノ虫を入れた虫かごにへばりついています。
 いえ、べつにそのせいで西田と二人の時間が減ったとか言いたいんじゃないんですよ!? べつにミノ虫になんて嫉妬してませんよ?
 だけど彼女が虫かごから離れてくれないかぎり、僕はミノ虫に細工ができないんです。細工ができないと西田はずっとこのまま虫かごにへばりついたままになりそうで……。ずっとって言うのはミノ虫が「何か凄いもの」になるまでってことで。つまりそれは永遠に来るわけがないので………おっと、この辺で終わりにしておきましょう。なんだか怖い想像にいたってしまいました。
 そんなわけで、とうとう強行作戦に出ようと思います。これはそのための会議なのです。


「なぁ須藤……、お前が本当のこと言えばすべて丸ーくおさまるんじゃないのか?」
「馬鹿言うな。言えるか? あんなに目をキラキラ輝かせてる西田に! 中身はウジ虫だって! 言えるか?」
「言えよ。やだよ俺、たかがミノ虫のためにこんな……昼休みさいてお前と一緒にいるの」
「じゃあお前が西田に言え」
「………………作戦、進めようか」

 今回の作戦に協力してくれる僕の友人、佐々木千歳(ちとせ)。女の子みたいな名前だけど、れっきとした男です。こいつには妹が一人いて、なんだかんだ言って面倒見の良いお兄ちゃんタイプです。
「まずはじめに確認したいことがある」
「なんだよ」
 急に真面目な声になった佐々木が僕に問う。その瞳は真剣そのものだ。
「最終的に、この作戦の目的はなんだ?」
「西田の夢を壊さないこと」
「なるほど、わかった」
 佐々木はふむふむというように、何度かうなずく。
 確かに、今ここでミノ虫に細工したりしたら、西田に間違った知識を植えつけてしまうことになるかも知れない(というか確実になる)。だけど、だけどだ。まだ西田は高校生だし、これから色々な辛いことに出会うだろうし。だから今はまだ、もう少し夢を見ていたって良いと思うんだ。
 良いじゃないか、ミノ虫の一つや二つに夢見たって! ちょっとくらいその夢を叶えてやったって!
 僕はそうやって自分に言い聞かせ、多少の矛盾点には目をつむることにした。

「お前は本当、西田が好きだよなー」
「なっ、なんだよ、急にっ!」
「べつに慌てることないだろー?良いことじゃん」
「そ……そりゃ…どうも……」
 真っ赤な顔を見られたくなくて膝に顔をうずめた俺の頭を、佐々木がポンポン叩く。それがまた恥ずかしくて、俺の顔はますます赤くなるんだけど、多分こいつはそれも楽しんでるんだ。


「あのさ、いつ言おうかとずっと迷ってたんだけどさ」
「……なんだよ…」
 まだ熱い顔を上げて、声音を変えた佐々木を見上げる。さっきよりも真面目な表情に一瞬ドキッとした。
「作戦を、西田に聞かれたくないのはわかる。だけどさ……」
「なんだよ?」
 下に制服がつかないようにしゃがみ込んだせいで足が疲れた。僕は佐々木の手を頭からどけて立ち上がる。薄暗いなかでも、やつの顔がよく見える。
「なんで……俺たちこんなとこで話してるんだ?」
「なんでって……」
 僕的にはここが最も安全な場所だと思ったんだけど。ここなら絶対西田には聞かれるはずがないし、作戦会議っぽいし。
「嫌だった?」
「嫌って言うか……世間の目が…」
「は?」
 首をかしげる僕に、佐々木が脱力したように寄りかかる。そのせいでバランスを崩した僕は、危うく床に手を付いてしまいそうになるのを必死でこらえた。背後のしきりに手を付いて、なんとか体勢を立て直す。
「さっ、佐々木っ! なにすんだよ!? もう少しで床に手ぇつくところだったじゃないか!!」
「そうか、そんなに床に手を付くのが嫌か」
「当たり前じゃないか! だってここ、トイレだぞ!!」
 当たり前だ。ほかの世界のことはよく分からないけれど、ここ日本において、トイレの床に好き好んで手を付きたい奴はあんまりいないだろう。今さら過ぎる佐々木の言葉に、僕はちょっと声を荒げた。
「そうだよな、トイレだもんな。おまけに俺たち男二人で個室だもんな。そりゃ、やだよな」
「なんだよ、どうしたんだよ……佐々木?」
 深い深いため息をついた佐々木の顔が、妙に疲れてるように見えた。このときはよく佐々木の言いたいことが分からなかったけれど、僕はあとで痛いほどそのため息の意味を知ることになる。


 僕と佐々木のホモ疑惑が浮上したのは、それからまもなくのことだった。






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