こちらキングスバリー魔術機械学校 [1]

 


「はっはっはっは!! 見ろ、カーター。このオレの素晴らしい発明を!!」

 そう高らかな宣言とともに教卓に飛び乗った少年は、クラス中の視線が自分に注がれるのを感じ、満足そうに目を閉じた。片手にはむき出しのぜんまいの塊があった。
 もし目を閉じてなければ、クラスメイトたちの視線が「またか…」という呆れたものだったということに、気付けたかも知れない。

「………アーミテージ…、先生来るよ、早く下りなよ」

 ざわめく教室の中、弱々しい声が雑音に呑まれていく。

「先生がなんだ! オレの中に眠る天才の素養に気付けない奴が教師になるなんて……、世の中不条理だ!!」
「始めから無いものに気付けるはずないだろ? いつから教卓は君のステージになったんだ、アーミテージ」

 背後から聞こえたどす黒い声音に、アーミテージは硬直する。手からするりと、重力に逆らえなかったぜんまいの塊が落ちた。
「あ……ああぁあぁぁぁぁぁあッ!!!!」
「うるさい!」
 パシンと軽快な音が響き、エアトン教師の手に握られた書類の束が、アーミテージの頭にヒットした。
 教卓に乗ってもなお、少年の頭にエアトンの手は軽々と届いた。それはエアトンが『キングスバリー魔術機械学校』で一番の長身であるからだし、アーミテージが同学校の基礎科二年生で一番背が低いからでもある。
 無言で教室後方の空席を示すエアトンに渋々従い、少年はとぼとぼと自分の座席へと戻って行った。それを見届けてから、エアトンは教壇に立ち、定期テストでいつも一番の生徒クリスティに目配せする。
「起立、礼」
 毎朝変わらない挨拶が済むと、エアトンが何か話し始める。しかしアーミテージの頭は、教卓前に無残に砕け散ったままになっている『素晴らしい発明』に占領されていた。
「馬鹿だなー、お前」
「…………シュタイン…、あの発明の素晴らしさが分からないんだろ。今しがたお前は、この世界の希望という名のオレの発明が砕ける刹那の目撃者となったんだぞ」
 すっかり落ち込んだ様子でアーミテージはぼそぼそと、隣の席に座っているシュタインに呟いた。
「アーミテージ、文学部に行ったらどうだ?」
「何言ってんだよ、オレ文学の才能なんかねぇよ」
「いや、あるって絶対」
「どこがだよ、センスないし語いもねぇし」
「いや、あるってば、無駄に」

 埒のあかない言葉の応酬を繰り広げるアーミテージとシュタインを横目に見やり、カーターは小さく溜め息をついた。
 嫌でも耳に入ってきて思考回路にまとわりつく彼らの意味の無い会話のせいで、壇上のエアトンの話が全く聞こえない。後で聞いてなかったのかと怒られるのだろう。アーミテージとシュタインが怒られるのは自業自得だが、それに自分まで巻き込まれるのは大変不本意であった。

「では各自、この学校の生徒として恥ずかしくないように行動するように」

 結局聞き取れたのはこの一言だけ。
 あとで誰かに聞けば良いかと、カーターは移動教室の支度を始めた。今だに下らない言い争いを続け、周りがとっくに教室から出て行っているのに気付かない友人二人。彼らを置いて行こうかと一瞬考え、すぐにそれを打ち消す。
 多分それを実行したところで、「なぜ声を掛けなかった」と神経質な製図学のフィックス教師に怒られるのは、やっぱり自分なのだ。

「アーミテージ、シュタイン。いい加減にもう行こうよ、みんないなくなっちゃったよ?」
「カーターッ!! こいつにオレの時折垣間見せる天才の片りんを教えてやってくれ!」
「お前カーターに嘘つかせるようなこと言うな」
「なんだと貴様ッ。オレは大器晩成型なんだよ!」
 激しく言い争いながらも、手は急いで製図学に必要な用具をかき集める。そして少年二人は、戸口で彼らを待つ友人のもとへ駆け寄った。その気弱そうな外見に反して、心の中ではかなり棘のある呟きをもらしているに違いない少年のもとへ。


「カーター、製図の宿題やったか?」
 シュタインの憂うつそうな声。年の割りに低い声は、廊下にあふれる生徒たちのざわめきの中でも聴き取りやすい。
「何でオレには聞かないんだよ」
 アーミテージの(時と場所を選ばない)明朗な声もまた、嫌というほど聴き取りやすかった。
「シュタインは? 僕は途中まで。アーミテージがちょっかい出してきて……、こういう時、寮ってやだよ」
 昨夜の光景を思い出したのか、カーターは肩を落とす。決して大きくない声なのに、この少年の声も同年代の子供たちの中で目立っている。多分、妙に落ち着いているせいだろう。
「…………悪かったって。謝るから無視すんなよ」
「俺もまだ。ホームルームの時間にお前に写さしてもらう作戦だったのに……。どっかのバカに付き合ってたせいで」
「どっかのバカって誰のことだ!!」
「製図はフィックス先生だよ? 宿題やってないのバレたらなんて言われるか……」
「『フィックス』って『フォックス』に似てるよな」  (※『フォックス』=キツネ)
「そうなんだよ。立たされるのとかは別に構わねぇけど、あいつ、ぐちぐちぐちぐち嫌味がやたら長いんだよ」
「……………フォックス…」
「だね。……知ってる? この前ジェームズが謹慎くらったわけ」
「フィックスって、名前だけじゃなくて体もフォックスに似てるよなー」
「知らねぇ。なんで?」
「フィックスフォックスフィックスフォックスフィックスフォックスフィックスフォックス」
「うん、えっと―――、アーミテージ! そろそろやめた方が………」
 フィックスの城である製図室がもうそこだから、と忠告してやろうとしたカーターの背後で、コホンと一つ咳払いが聞こえた。
 カーターとシュタインは立ち止まる。アーミテージはと言えば、気付く様子もなくまだ「フィックスフォックス」という言葉の語呂のよさを味わっていた。
 コホンとまた控えめな咳払いがする。もうすぐ授業開始の鐘が鳴るからだろう、生徒がまばらになった廊下に、背後の咳払いは一度目より大きく響く。
 アーミテージが立ち止まった。カーターはほっと胸を撫で下ろす。まだ今の段階なら何とかごまかしがきく。『フィックスフォックス』という古くからアーミテージの家に伝わる歌があるのだとでも言えば良いだろうか。
 一瞬でそんなことまで考えていたカーターの数歩先で、くるりと勢い良くアーミテージが振り返った。黄金色のくせのある髪が揺れる。
 その満面の笑みを見て、カーターもシュタインもこれから起こる出来事が容易に想像できた。

「決めたぞ! 次の発明は『言いにくい嫌味を代弁してくれる"フィックスフォックス☆"』搭載嫌味用語は――」

 鐘が鳴った。
 大きなその音に、アーミテージの断末魔は空しくかき消された。






  

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