連載コラム
第8回 アイスブレーカー帰還
砕氷艦「しらせ」の見学会がありました。「しらせ」は、私と同世代なら小学校の時に習った「宗谷」「ふじ」に次ぐ南極観測協力のための船で、海上自衛隊横須賀地方総監部に所属する自衛艦です。宣伝が少なくたった2日間だけだったので危うく見逃すところでしたが、現役の艦艇を自衛官みずからタダで案内してくれるという貴重な体験でありました。(停泊していた横浜大さん橋の駐車場は千円もとられましたけど。)じつは22年前にNKKの鶴見造船所でお披露目があったのを憶えていますが、寂しい事にあと一回、航海して退役とのことです。後継艦の予算問題を打破するためのプロパガンダでもあるのでしょう。造船技師だった親の影響もあってか、久々に興奮気味で艦内に乗り込みました。
ヘリポートに隣接する格納庫のなかには大型ヘリコプターがそのまま置かれていて、サービスに南極の氷(2~4万年前の?)も置いてありました。船体をかたちづくっている高強度鉄板の厚みは舳先のところで45ミリもあるそうで、厚い氷を砕くためにユニークなかたちになっています。砕氷時には50度以上傾くこともあるそうで、家具はばっちり固定されているうえにヘリコプターまで床に埋め込まれたフックに縛り付けるのだそうです。それから廊下や階段の手すりどころじゃなくて、艦橋(操舵室)の天井にもつかまり棒が一直線にありました。こんな説明を聞きながらだんだん見るものすべて必要に応じて決まっているのだということがわかってきます。ひと際目に鮮やかな朱色のボディは、氷に閉ざされた過酷な環境のなかでもはっきり見えるだろうし、5002番の文字もすごくでかい!また、真っ白で冷たい氷の世界では唯一木が張られた寝室は個人的な趣味を超えて誰しも暖かみを感じるありがたいインテリアでしょうし、55センチくらいでしょうか、幅のせまい急勾配の鉄階段は、大揺れの状況を考えれば、むしろ安全に配慮した結果でもあるのでしょう。幾重にも分厚く塗り重ねられた鉄部のペンキは、飾り付けのためでなく、まさに防錆の皮膜ですから、塗りムラなんか気にしない。
内部の仕上げは建築の目でみるとかなりおざなりです。先に船体の構造が決められて、そのできたすき間を必要に応じて埋めていくわけですから、通路の扉は四角いものと上部の歪んだ三角に分けられていたりして、むちゃくちゃだったりするのですね。外部扉の枠はバチッとしめるために角が丸みを帯びていてシームレスのパッキンがついている。ドアというよりハッチというかんじなので、素人は気をつけて跨ぐ必要があります。おそらく、だいたいの間取り図だけで、あとは場所ごとに現場でつくっているかんじですから、建築の設計とはずいぶん違います。でも、ただ単にきれいにつくることよりも、必要に迫られて決定されていく緊張感のあるしつらえだといえましょう。ところで、スペースシャトルやステルス戦闘機などは、これとは比較にならないほど、唯一無二の合理的なかたちなのだろうけど、そこには居住空間という概念はありません。だから、わたしの感覚ではこれくらいの必然性(テクノロジー)とゆるさ(ヒト)が共存しているくらいがとても刺激的です。
日本が造船王国だったのはもう遠い昔ではありますが、やってみたかったなあ、こんなの。こどもといっしょじゃん(笑)。ちなみに横浜では、帆船日本丸と氷川丸は常時内部を公開していて料金は徴収しますが、意外と楽しめます。