連載コラム
第10回 階段のデザイン(その2)鉄でつくる
第4回に続いて、住宅のなかで階段の機能にとどまらず様々な空間効果を生む装置としての事例を紹介します。今回は構造の材料として鉄の性質を利用したものです。踏み板の仕上げまで鉄だと、夏は冷たくて気持ちいいけれど、「真冬でも素足で生活したい」など温もりが必要な場合は木やコルク、カーペットを載せるなど仕上げ材の選択は容易です。
鉄の特徴はなんといっても、木やコンクリートに比べて部材が極端に細く薄くても十分な強度が取れることです。だから、存在感が少なくなって視線や採光の邪魔にならないようにできるわけです。精度が高いから、階段の行程が10センチ違っても必要部材の太さや厚みは変わってきますから、個々の場所に応じた無駄のない設計をするべきです。結果として見かけだけでなく材料費や工事の手間も最小になります。軽量になれば取り付き部への負担も小さく搬送も楽になります。つまり作り方までよく考えて図面を作成すれば価格にも大きな差が出てくるのです。よい施工者は、よい図面に敏感ですから。
写真1~3は通りに面した明るい踊り場兼リビングから上階への鉄骨階段です。奥まったダイニングに採光と空への視界を提供するために、最小限の部材としました。ささらは、厚さ15ミリの鉄板をレーザーでギザギザにくり抜き、踏み板の9ミリ鉄板を溶接しています。教科書どおりに間取りを考えると建坪12坪ほどの小住宅の中央に階段があるなどおかしな話なのですが、実際は写真2のようにダイニングから外を見たときにまったく視界を邪魔しません。おまけに通りに向かって降りているので、簡易なベンチにもなっています。
写真3・4は螺旋階段です。らせんはみかけのかっこよさだけで採用すると結構上り下りや搬出入に不便だったりしますが、この場合は上階のアトリエとテラスに上るもので、床面を広く使えるようにらせんにしました。踏み板の支持方法はいろいろありますが丸鋼で三角形をつくるようにして蹴込みをなくすのがいまのところ最も軽快な方法だと思います。どうしても溶接箇所が多くなるのですが、とても綺麗にできていて、洗面の出入り口から吹き抜けにうまく視界が開けるようになっています。
写真5・6は半地下の食堂から階段越しに光庭をみたところです。なぜ地下に食堂が?というのは土地の制約から合理的な間取りを追求した結果ですが、これはまたの機会にお話します。ダイニングテーブルと窓の間に階段があるというのは、やはり間取りだけ考えていては普通ありえませんね。しかしながら、現場の足場につかう単管と工場によくある縞鋼板を組み合わせてローコストでスケスケのものにすることを見込んでこういう配置が可能になったのです。外への視線や採光はまさに階段の吹き抜けによってこそ奥まったダイニングまで届くわけですから、結果としてはこのありえない間取りこそが必然になっています。冬場は入射角度の低い陽光がテーブルの天板にまで届きます。半地下だからこそ光が奥の奥まで届きますし、半地下のどん詰まりからできるだけ遠くの空へ視線が抜けるというややアクロバティックな解決です。周辺が建て込んで光がとれない小さな土地だからこそ空への長い視線が広がりを感じる鍵になります。
写真7は居間からロフトに上がる梯子です。上部のパイプに引っ掛けるようになっていて、部屋の反対側にある高所棚のために可動にしています。踏み板部分は鉄パイプですと土踏まずが痛くて裸足では登れないので、70ミリの栂板を載せて歩行感を向上させました。また、最上部では、L型のパイプを側壁に立ち上げて手摺にしています。スレンダーな鉄梯子は、クールなインテリアのアイテムにもなるでしょう。因みにロフトの床下は全面収納になっています。
階段が邪魔なものではなくて視線や採光をさえぎらないものであることを意識するようになると、まったく常識的な間取りというものが形骸化した慣習であることに気がつくでしょう。階段の形状を軽快かつ自在にコントロールできる鉄は、おそらくそういった可能性を最大限に引き出してくれる材料だろうと思います。(コンクリート編に続く。)