連載コラム
第13回 アダプテーション
原作を読んでから映画をみるか、映画を見てから読むか。映画だけ見るか、小説だけにしておこうか。見方によって作品の印象は大きく異なってくるところです。
私はジョン・アーヴィングを愛読していますが、映画化されたものはあまり好きではありません。限られた時間からあらすじを追うことにとらわれすぎて、原作の余韻や余白を切り捨ててしまうからかもしれません。「サイダーハウスルールズ」は作家本人が脚色(アダプテーション)してオスカー受賞とはいえ、話の削りかたに無理があるような気がします。メディアが違えば大胆な操作が必要とは思いますが、原作に深く埋め込まれた心の闇は封印されているように感じました。
「ブリジット・ジョーンズの日記」「ハイ・フィデリティ」は現代的な生活感や恋愛感をストレートに表現してベストセラーになり、その勢いで映画化されていますから原作とのギャップが少なくて楽しめました。「ブリジット」の方ではあえて映画化された場合のキャストまで原作に提示されていました。ちょうど作品の背景となっている時代のロンドンに私も住んでいましたが、ヒュー・グラントはある意味、ロンドン・30代・独身男のイコンでしたからまさにはまり役というわけです。
「アダプテーション」というそのものずばりの映画-環境への適応と映画の脚色という2つの意味が重ね合せられているのです-があります。スーザン・オーリアンのノンフィクション小説「蘭に魅せられた男-驚くべき蘭コレクターの世界」の脚色を依頼された脚本家の話です。アイデアが浮かんで勢いづくものの、しばらくすると陳腐なものに見えてしまう、という繰り返しが、設計コンペの案がなかなかまとまらないときの苦悩にも重なって見えます。但し、チェックのネルシャツをズボンのうえに出しておなかを隠す脚本家に比べると、著名な建築家は、私の知るかぎりずっとかっこいいのですが。
映画のなかに登場する小説は、先住民の特権を悪用して蘭を不法採取する白人のお話です。希少な自然環境にのみ適応(アダプテーション)してゆくことで極めて個性的な花を咲かせるという幻の蘭「ポリリザ・リンデニイ」に取り付かれた男(クリス・クーパー)は社会にはぜんぜん適応していない(笑)。映画では、社会的な評価を得ている女性作家(メリル・ストリープ)が取材を通じて蘭の男に惹き込まれてゆきます。さらに彼女の作品を脚色する脚本家(ニコラス・ケイジ)がその二人の関係を探っていくことでとんでもない事件にまきこまれることに!つまり、アダプテーション(環境への適応)による奇跡の蘭、にまつわる話のアダプテーション(映画への脚色)、をめぐる世の中に上手にアダプテーション(社会への適応)できない人々が映画の主題というわけです。こんな映画ならではの技を駆使して巧みに見せるセンスにはなかなかお目にかかりません。この作品はアカデミー賞でも脚色賞にノミネートされていましたが、この場合は小説の中身を紹介することばかりか、むしろそれを書くこと、脚色することにまつわる苦悩や人間関係に主題がシフトされていますから、単にプロットを追った映画とは一線を画していると思うのです。あんまり、流行らなかったですけれど
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まもなくオスカーの季節になりますが、私は自分の好みから作品賞よりも脚色賞にノミネートされた作品で目星をつけてみることにしています。ついでに映画と原作本とどちらに軍配を上げようかと1人で審査してしまいそうです。(菱谷)