tell a graphic lie
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(2002.2.16)-1
久々に12時間以上眠る。なんだか、いい夢もみた記憶がある。もう忘れてしまったけれど。やれやれ、ありがたしともありがたし。非力ゆえ、考えて力を使わねばならん。考えて進まねばならん。譲れないものって持ってますか。いろいろ削ってまで注ぎ込むもの。そうか。
(2002.2.16)-2
殺すことしか教わってこなかった人間に、その外の、実に普通のことをできるようにするには長い時間がかかるようです。土地は人から奪うものじゃない。飯は自分で作る事ができるんだ。銃を捨てて握手をしろ。殴る前に、自分の不満を話せ、相手の思いに耳を傾けろ。妥協点を探れ。時間をかけろ。時間をかけろ。殺してはダメだ。ダメなんだ。もう、それはしない。それを言わないと、それ以外のことは何も始まらない。
(2002.2.16)-3
きれいだけが取得の旗でもやはり掲げておくべきか。清算とは楽しくない作業である。狂わないと為せないこともある。銃が要るときもある。だから、きれいだけが取得の旗でも役に立つ。
(2002.2.16)-4
ぼくは馬鹿です。笑えない馬鹿です。ぶんぶん首を振ってみるのですが、残念なことにこれは間違いない。多分これは母親譲りだ。だから仕方ない。ぼくは馬鹿でいて、馬鹿なことをやるしかない。馬鹿が馬鹿を為す。馬鹿な話だが、自然なことではある。
(2002.2.16)-5
そう、かぁちゃんも馬鹿だけど、なんとかあの歳まで生きておる。笑えるよなぁ、結局同じような足取りなんだ。おれぁ、あんたの息子だよ。しゃーないなぁ。ほんまにしゃーないなぁ。
(2002.2.16)-6
盲目的にあちらこちらと這いずり回り、触覚に触れる餌らしきもの全てに食いついて、わずかに混じっていた毒に侵され、数分間の身悶えののちに小さく縮んで果てる。
(2002.2.16)-7
 確か、ワラジムシという名前だったと思います。ダンゴムシの丸まらないやつ。違うかも知れませんが。ぼくらはそんなものがあるなんて全然知らなくて、無理矢理丸めていた。つまり、身体を折り畳んでいた。おかしいなぁと思いつつそうしていた。
 昨日、自由が丘にあるゲーセンの外に置いてあるやつが、伊勢海老と鯛とを取るUFOキャッチャーで、伊勢海老は4匹入っていて、鯛のほうは5,6匹入っていて。伊勢海老はそのうちの2匹が触覚が折れていて、鯛は取りやすくするためか、皆背びれが刈られていた。ぼくは話を合わせながら、ひとしきり迷った後、鯛を取るほうをやった。500円払って、100秒鯛を相手にみっともなくキリキリ舞する権利を得た。台の脇にはビニル袋が下げられていて、吐き出し口にはゴム手袋が用意されていた。伊勢海老の台には、「加熱して御召し上がりください」というラベルが貼ってあった。正直言って、どうしたかったのかはよくわからないのだけれど、もし取れたら取れたで、身体を真っ二つに折ってやればいいと思っていた。とにかく、やるからには真剣にこいつらのうちの一匹を捕まえてやろう。ぼくがそうしてやろうと思った、酔っていたから。
 それまで飲んでいた飲み屋では、ぼくらは鯛のなんとやらを食べていた。おいしかった。よく知らない香草みたいなものを、鯛で巻いてオリーブ油かなんかがベースの、黒い香辛料がまぶしてあるドレッシングでもりもり食っていた。ぼくはそいつらから軽蔑の眼差しを感じ取って、焦って、うろたえ、腹を立てていた。
 おいしかったですか。おいしかったでしょう。それでも今君はそんなことを考えるのですか。要りませんよ、そんなもの。汚らわしい。寄るな。遊べばいいでしょう。遊んでいれば、それでいいでしょう。ぼくは遊ばれるためにここにいるんだ。侮辱を受けるためにここにいるんだ。そのために生きてるんだ。わかったか。わかったら、やれよ。やれよ。やれよ。
 濁った目で。ぼくは500円で、それを、買える。なら、失礼して、遊びましょう。ああ、気障ったらしい。
 網を一匹の下へ持ってゆく。鯛はするすると逃げる。それをなれないコントロールでふらふらと追いかける。5,6匹もいるもんだから目移りしてしまう。全然捕まりそうに無い。それでも、一瞬網の上に来たりもする。あっと、気付いて、もたもたと網を上げているうちに、他へ行ってしまう。そういうことして水槽の中を2周くらいしているうちに100秒、経った。みっともなかった。よかった。
 終わってから別れて、ひとり電車に乗った。今日はぼくはお邪魔虫君だったのだ。お前には勿体無いくらいだ。笑ってしまったよ。大事になさい。
 田園都市線で座ってから、何か考えているうちに眠っていた。
(2002.2.16)-8
とにかく、ぼくの前では誰も死なないでくれ。生きているのがつらいとも言わないでくれ。
(2002.2.16)-9
飲みに行くと、煙草を常に吸う。煙草無しの時間が5分と続かない。最近何も喋ることが無いのでほんとそうなる。ぼくの喋ることは全部誤魔化しか、さもなくば酷く気が滅入る話で、ここ一年、テレビや漫画も見ないもんだから、喋ることが何ひとつ無い。口を開けば、おかしい、できない、次いで溜息、そればかりで。たまにそうでない場合は、なんだか切羽詰っていて、腹に力込めないと回答できないような話ばかりで。それは酷な話だから、ぼくは喋ることが無くて。仕方が無いから煙草を吸う。テーブルの縁を眺めて口を歪めて笑う。
(2002.2.17)-1
斜陽、読み終わり。こんなに良かったっけ。せっかくだから1フレーズくらい。失礼して。
 どうやら、あなたも、私をお捨てになったようでございます。いいえ、だんだんお忘れになるらしゅうございます。
 けれども、私は、幸福なんですの。私の望みどおりに、赤ちゃんが出来たようでございますの。私は、いま、いっさいを失ったような気がしていますけど、でも、おなかの小さい生命が、私の孤独の微笑のたねになっています。
 けがらわしい失策などとは、どうしても私には思われません。この世の中に、戦争だの平和だの貿易だの組合だの政治だのがあるのは、なんのためだか、このごろ私にもわかって来ました。あなたは、ご存じないでしょう。だから、いつまでも不幸なのですわ。それはね、教えてあげますわ、女がよい子を生むためです。
(2002.2.17)-2
2,3日前にindex縦長計画とか言ってたんですけど、はじめてみたら案の定、全然違うものになりまして。企画自体が変わりまして、せっかくトレース台を買ったんだから、活用してでかいのをひとつ作ってみよう計画、になりました。ということで、昨日今日で2枚かきまして今ちょっとつなげてみました。まだゴミ取りとか、補正とか何にもしてないんですが、スキャナの取り込み方の設定もちょっといじってまともなもんにしてしまったりとか、いろいろしようと思うのですが、挫折しそうなので、経過報告をチョビチョビやりながらちんたらやっていこうかなと思っています。ということで、
samlpe。実際には倍のサイズでして、まぁ、あと左足の下半分と、右足と、右腕を作って、背景らしきものもチョコチョコと悶絶しながら作れればいいなぁ、みたいなことを考えています。色付けまでやる、とか言ってると100%挫折するので、とりあえずそれは言わんです。なんか知らんけど、いい顔になったもんでよ。やる気出ちまってよ。モデルは当然ナウシカの巨神兵です。
(2002.2.17)-3
ああ、もうちょっと腰をくびれさせればよかったなぁ。つなげて半分のサイズにするとバランスとかがよくわかるなぁ。膝の位置はもうちょっと前だなぁ。て、いうか、足どんな状態にしようかなぁ。歩いてるとこってあんまりかいたことねぇからよくわかんないんだよなぁ。旗もたせてぇなぁ。儀杖兵にしたいなぁ。すりゃいいじゃん。へいへい。やりますわ。
(2002.2.17)-4
意識してパクっている以上に、どうもぼくは太宰の書き方に影響を受けているようです。ちょっと、今日買ってきた雑誌に載っていた宮部みゆきのを読んだのですが、セリフがあって、それに伴う動作や心理の解説があって、という風に二段構えになっていて、ちょっとくどいなぁという感じがすごくしました。喋りが動作や心理を表すことは可能ですし、動作や心理がそのまま喋りになることも可能だと思います。いちいち説明して頂かなくても結構。て、いうのは、読者としては横暴にあたるのでしょうか。よくわかりませんが。しかし、斜陽はよかった。これはもう文字以外ではこの感じは出せないでしょう、というところまで行っている。すごくすごく丁寧に書いてある。書いちゃならないことは書かないでいるし。詳細には語らないけれど、言いたいことはわかってしまって、それで終わる。直接は言わないということ。難しいね、すごく。ひとつの単語の意味の取り方は残念なことにひとりひとり千差万別だから、雰囲気、こころもち、色、温度、湿度、情景、動作の価値、うまいこと伝えようと思ったら、きちんと言葉を並べて、読み手のイメージを補正してあげる必要があるんですねぇ。それには強い語は使ってはならないんですねぇ。それ一語に拘られては困りますから。その一語のその人の中での意味や価値に捕らえられては困りますから。いや、強い語は弱い文脈で使えばいいんですが。って、言ってますが実践は至極難しい。自分の使う語の価値や意味付け、その話の中での位置付け、役割、そういうのを自分の使う全単語について知っていないといけないですから。これは使ってみないとわからなかったり、どうしてもしますし。よくやってますなぁ、太宰は。しかも、自分をきちんと3分割して提示して見せてるもんなぁ。すごいなぁ。多分、間違ってないよ、これ。結構自信がある。このクズのことはほんとよくわかる。それはこいつが一生懸命わかりやすく示してくれているからなんだけれど。とにかく、よくわかる。ねぇ、それを知っていたなら、死ななくても良かったんじゃないの。ダメ?男だから?食わせていくほうだから?ねぇ。ねぇ。そんなになれたのに、なんで死ななきゃなんないの?2人も子供がいたんだろう?やるなよ、ボケ。ボケ。アホか。アホか。俺はどうなるんだよぅ。
(2002.2.17)-5
以下、昭和二十一年一月二十五日付け、堤重久なる人物に宛てた太宰の手紙。イカス。
 このごろの日本、あほらしい感じ、馬の背中に狐の乗っている姿で、ただウロウロ、たまに血相かえたり、赤旗ふりまわしたり、ばかばかしい。次に明確な指針を与えますから、それを信じてしばらくいること。
 一、十年一日のごとき不変の政治思想などは迷夢にすぎない。二十年目にシャバに出て、この新現実に号令しようたって、そりゃ無理だ、顧問にお願いしましょう、名誉会員は如何。
 君、いまさら赤い旗振って、"われら若き兵士プロレタリアの"という歌、うたえますか。無理ですよ。自身の感覚に無理な行動はいっさいさけること、必ず大きい破綻を生ずる。
 一、いまのジャーナリズム、大醜態なり、新型便乗というものなり。文化立国もへったくれもありゃしない。戦時の新聞雑誌と同じじゃないか。古いよ。とにかくみんな古い。
 一、戦時の苦労を全部否定するな。
 一、いま叫ばれている何々主義、何々主義は、すべて一時の間に合わせのものなるゆえをもって、次にまったく新しい思想の擡頭(たいとう)を待望せよ。
 一、教養のないところに幸福なし。教養とは、まず、ハニカミを知ることなり。
 一、保守派になれ。保守は反動にあらず、現実派なり。チュホフを思え。「桜の園」を思い出せ。
 一、もし文献があったら、アナキズムの研究をはじめよ。倫理を原子(アトム)にせしアナキズム的思潮、あるいは新日本の活力になるかも知れず。
 一、天皇を倫理の儀表としてこれを支持せよ。恋い慕う対象なければ、倫理は宙に迷うおそれあり。
(2002.2.17)-6
ということで、次は「桜の園」を読みます。村上龍を読みたいんだがなぁ。どれ読んでいいんだか、わかんねぇんだよなぁ。いっぱいあってよ。あの男、書きまくりだからよ。
(2002.2.18)-1
足をかいていたら1時をまわってしまった。風呂入って寝なくては。。。。多少ごてごてさせたいなぁ。。。あー、眠い。
sample
(2002.2.18)-2
二の腕の両方を、両側から押さえつけてがりがり削られている気がする。きっとぼくの中に入っているものだ。ぼくが動いても、逃げようとしても、そいつは常にぼくの真中にある。
(2002.2.19)-1
今までの幸せと、これからの希望を、かき集めて、かき集めて、機械にかけて、2000気圧でダイアモンドにした。少しずつ不純なぼくらの想いの色した、マリンブルーとネーブルピンクの、1カラットに満たない透き通った小さな結晶。指輪のサイズ、教えてくれますね。
(2002.2.19)-2
いかん、こんなの書くとそのあと何書いていいかわかんなくなる。
(2002.2.20)-1
このペースで行くと、とりあえず身体が完成するのが早くて、あと2,3日ってとこですな。久しぶりにルーチンワークな感じでかけているので非常にご満悦であります。何かけばいいかわかっているってのは実に素晴らしい。sample しかし、いつになったら完成になるんだろう。やれやれ、ゴミ取りなどは実に気が重く。
(2002.2.20)-2
ああ、そうだ、書き忘れていたけれど、もう大分、春になってますね。陽の色、もう透明じゃないですね。まだ、気温は上がらないですが。立春ね。なるほどね。きちんと季節をなぞって、それ、はじめてだから。クリップして取っておきたい。今日もちゃんとあったんだ。昨日の後に、明日の前に、わかるように、目印。梅はいつでしたっけ。ああ、年取ったんだなぁ。大事にしたいものがいっぱいだ。捨てなきゃなんないものがいっぱいだ。
(2002.2.20)-3
青い梅の実。
(2002.2.20)-4
セーターのほつれを引きずって。先は生まれた場所に引っかかってる。
(2002.2.20)-5
ぎぇぇ、メール出したい。
(2002.2.20)-6
ああ、ぼくはしくじったんだなぁ。悔しいなぁ。仕方ないけれど、やっぱり、悔しいなぁ。
(2002.2.20)-7
ここはできれば、小さな正弦波すら感じないような風にしたいんですが、やっぱり多少、いや、かなりかな、ありますよね。泣いた、と書いても静か。笑った、と書いても静か。憎んだ、と書いても静か。愛した、と書いても。
(2002.2.20)-8
書いちゃお。お前なぁ、今日死ぬほど眠かったんだろ。早く寝ろよ。って、寂しくぼくの1割がつっこみを入れてくるのですが、デコピンではじいてしまいましょう。1時間かけて書きます。書いたら読み返さずに送信して、クソッタレって寝ることにします。と、いうことで、おやすみなさい。
(2002.2.20)-9
の前に、いっこ写させて。また、小谷美紗子なんだけどさ。
(2002.2.20)-10
それ以上やると、太陽が逃げるぞ。それ以上やると、春が氷河期になるぞ。ハイ、まずあなたから、破壊に生きるのやめましょ。ハイ、食物連鎖に力を借りましょう。
それ以上やると、太陽が逃げるぞ。それ以上やると、黒い氷が降ってくるぞ。ハイ、まずわたしから、ゴミはゴミバコに。ハイ、まずあなたから、海と友達になりましょ。
力も富もある会長さんがわかってくれたなら、それはありがたいけけど、なかなかそうもうまくいかないから、小さな力を天につたえましょう。
傷だらけの地球。傷を負ったまま、振り落とさずに、そこにいてくれる。
ハイ、まずわたしから、わりばし大事に使いましょ。ハイ、まずあなたから、山と友達になりましょ。
息絶えたカメのお腹の風船に、大企業の名前が書いてある。勝手な人間の娯楽のために、多くの命が無視されてる。
Pray for the earth Don't hurt the earth anymore.
Pray for the earth...
ハイ、まずわたしから。。。
ハイ、まずあなたから。。。
小谷美紗子「ハイ、まずわたしから」改行排除、句読点追加。

(2002.2.20)-11
ぼくは破壊に生きますけれども。そんなら、君の祈りでぼくを焼き殺せばいい。ドライアイスで火傷をする。それをもっと突き詰めればいい。静脈から血を全部抜き取って、それを雹にして降らせればいい。胸を刺すのは恐いですか。大切になんてしてしまったら、逃げることができなくなってしまうじゃないか。
(2002.2.21)-1
酔った勢いで書いたのは支離滅裂でよろしくないですね。それから、小谷美紗子氏にいちいち反論しているのは、まるでだだっ子のようですね。あの子とぼくの間にあるものがなんなのか、ちょっとわからないんです。だから。でも、ちょっとだけ前に居るってことはわかる。あの子に応える形ででてきたものの矛盾は、断片ではあるけれど、矛盾そのもので、不純物は混じっていない。言い訳の余地はない。ぼくはそれをもう一度取り込んで、決めなおせばいい。ぼくが立っているには杖が要ります。いや、みんなそうなんだと、今は思っています。少しずつそれが見えるようにもなってきました。みんな、何かを杖にしている。それがないと立ってられないものだから、必死に、時には身を呈して護っている。決意は、杖です。言葉は、その肌です。でも、言葉はあくまで点でしかありません。線とするには長い鍛錬が要るようです。だから、せめて点をいっぱい集めて線に見えるようにはしたい。そして、できたらそれを線として引きなおせるようになりたい。
(2002.2.21)-2
面には見えないで欲しい。
(2002.2.22)-1
暖かい。仕事場を抜け出して駅前まで煙草を買いに行く。匂いがする。春の匂い。熱を帯びた黄色い陽光。たまって留まる時間。季節が変わるときにはその匂いを感じることができるようです。移り変わりがはっきりとしてくるにつれ、慣れてきて、匂いとは感じなくなるのでしょう。どうしたら一日を大切に過ごしたことになる。今日のかけら、拾ってきて、ここに置こう。
(2002.2.22)-2
公園でシートを広げて、その真中で、ちょこんと座っておにぎり、食べてる3歳くらいの目玉のくりくりしたかわいい女の子、耳がのったかわいい薄いピンクの帽子かぶって、ぼくを見上げて、不思議そうな顔をした。ぼくは口を結んで、そのままそれを横へ延ばして、小さく挨拶をした。そう、不思議だね。
(2002.2.22)-3
春が来た。春が来た。くるくる回って、上も下も見回して、ひとつひとつにご挨拶。軽く会釈。暖かくなりましたね。ああそうですね。それでは、ごきげんよう。眉間に寄った皺もたまには、ねぇ。溜め込んだガスも、ちょっと抜いて。いつも急いでいる人、そこの喫茶店に入ってみたら。なんにもやれないでいる人、そろそろ御目覚めの時間ですよ。心を凍らせている人、今見ている方の真後ろ、ちょっと見てみたら。海溝に沈んでゆく人、陽は届いてますか。いつも通る道の色、ほら、違う。
(2002.2.22)-4
すっかり見せたいですけど、うまくできないです。もちょっとうまくやりたいなぁ。
(2002.2.22)-5
ちょっとのことが言いたいだけなんだ。
(2002.2.23)-1
休みというのは一瞬で終わってゆくものですなぁ。右足、完成。うっかり左足をかいていて、取り込んでから気付いて、一枚ボツる。接続が悪い。傾きが決まったので、接続部をいじろう。それから、左足ももう少しスマートにしましょう。50%サイズでも馬鹿でかくなってきてしまったので、25%サイズも作っております。--
25%--50%--
(2002.2.23)-2
古本屋で植物図鑑を見る。た、高い。2万6千円もする。小学生用の理科の資料みたいな方は8千円。こっちで十分かな。なんて考え込んでいたら、「空の名前」を買うのをスッカリ忘れていた。お絵かきの学校の申込書を貰ってくる。青山学院の正面、青山ブックセンターの中の青山塾なる学校。近くてよろしい。スゴイ都会人。表参道の辺りをうろつくのはちと恥ずかしいが、ちゃんとやってくれそうだから。ぼくがちゃんとやれないかも知れないけど。
(2002.2.23)-3
ニ、ニーチェ君、「AはBである。」というひとつの文のがあって、その文の中で、主語Aを説明し、より正確に定義するための小文を3つも4つも入れないでくれたまえ。それをBについてもやらないでくれたまえ。ひとつの文でそういう風にやらないでくれたまえ。仕方ないのかも知れないけれど、ぼくはBが出てくるまでAを憶えていられないよ。だから、ふたつの「。」の間を三往復しないと次の「。」へ行けないよ。おかげで非常によくわかるのはいいんだけど、30分読んでもまだ10ページも進めていないよ。
(2002.2.23)-4
で、400ページ以上。。。。。。。。。。付き合いきれんかも知れん。
(2002.2.23)-5
「駆込み訴え」写そうと思いましたが、もう2時です。何でかなぁ。わかんないけど、とにかくもう遅いので明日にすることにして、酒飲んで寝ます。ああ、そうか、足を2回かいたから、その分が。やれやれ。
(2002.2.23)-6
ああ、それから会社でPDAを見ていたく感動して、入力デバイスもここまで来たかなどと思い、5年も前から使っているタブレットを買い換えようと、久しぶりにパソコンショップに行こうと思ってもいたのだった。それもすっかり忘れていた。
(2002.2.23)-7
あと、村上龍を買おうとしたのだけれど、やっぱり何を買っていいのかわからなくてやめてしまった。ただでさえ順調に読むべき本はたまってきている。それから、「マイン・カンプ」の文庫本がないか探してみたけれど、検索までしてみたけれど、無いようだった。どうしたら読めるか知っていらっしゃる方は教えてください。ほんとのサタンがどういうものか、ぼくは知りたい。検索をかけるといっぱい出てくるんですけど、小林秀雄のを見たから、もういいや、という感じで。あとは、それを読むだけだ、という。

「マイン・カンプ」に散在するこれらの言葉のうちで、著者によって強行され、大衆のうちに実証されなかった言葉は一つもない。

これが本当であるなら、「マイン・カンプ」の中にはサタンが入っている。人間憎悪と侮蔑の思想に基づいた、民族皆殺し。600万。600万。600万。素晴らしい。全て積み上げれば月まで届く山になったであろう。アイヒマンは「統計でしかない」と言った。彼は人間だった。例えば抗生物質をもちいて病気を治すこと。菌を根絶やしにして、自分は助かるという事。それを人間に対して適用することができるものは、神か悪魔か、そのどちらかと呼ぶしかない。

制裁とか、治安維持とか、保身とか、快楽とか、そういう目的があったわけではない、その手段として殺すことがあったわけではない、殺しが第一義の目的であるシステムを構築し、運営した人間はきっとあいつだけだろう。
(2002.2.24)-1
事業としての虐殺。
(2002.2.24)-2
えをかくと疲れる。右腕付く。また、一度失敗する。これもちょっとよくない。いや、ポーズ自体もどうなんだって話もある。遅遅として進まない。100%サイズだと2200*2100もある。真面目にゴミ取りをやる気になるとはとても思えない。--25%--50%--100% top only--
(2002.2.24)-3
駈込み訴え
 申し上げます。申し上げます。旦那さま、あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かしておけねぇ。
 はい、はい。落ちついて申し上げます。あの人を、生かしておいてはなりません。世の中の仇です。はい、何もかも、すっかり、全部、申し上げます。私は、あの人の居所を知っています。すぐに御案内申します。ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい。あの人は、私の師です。主です。けれども私と同じ年です。三十四であります。私は、あの人よりたった二月おそく生まれただけなのです。たいした違いがないはずだ。人と人との間に、そんなにひどい差別はないはずだ。それなのに私はきょうまであの人に、どれほど意地悪くこき使われて来たことか。どんなに嘲弄されて来たことか。ああ、もう、いやだ。堪えられるところまでは、絶えてきたのだ。怒る時に怒らなければ、人間の甲斐がありません。私は今まであの人を、どんなにこっそり庇ってあげたか。誰も、ご存じないのです。あの人ご自身だって、それに気がついていないのだ。いや、あの人は知っているのだ。ちゃんと知っています。知っているからこそ、なおさらあの人は私を意地悪く軽蔑するのだ。あの人は傲慢だ。私から大きに世話を受けているので、それがご自身に口惜しいのだ。あの人は、阿呆なくらいに自惚れ屋だ。私などから世話を受けている、ということを、何かご自身の、ひどい引け目でもあるかのように思い込んでいなさるのです。あの人は、なんでもご自身でできるかのように、ひとから見られたくてたまらないのだ。ばかな話だ。世の中はそんなものじゃないんだ。この世に暮らして行くからには、どうしても誰かに、ぺこぺこ頭を下げなければいけないのだし、そうして歩一歩、苦労して人を抑えてゆくよりほかに仕様がないのだ。あの人に一体、何ができましょう。なんにもできやしないのです。私から見れば青二才だ。私がもしおらなかったらあの人は、もう、とうの昔、あの無能でとんまの弟子たちと、どこかの野原でのたれ死していたに違いない。 「狐には穴あり、鳥には塒(ねぐら)、されども人の子には枕するところ無し。」それ、それ、それだ。ちゃんと白状していやがるのだ。ペテロに何ができますか。ヤコブ、ヨハネ、アンデレ、トマス、痴(こけ)の集まり、ぞろぞろあの人について歩いて、背筋が寒くなるような、甘ったるいお世辞を申し、天国だなんて馬鹿げたことを夢中で信じて熱狂し、その天国が近づいたなら、あいつらみんな右大臣、左大臣にでもなるつもりなのか、馬鹿な奴らだ。その日のパンにも困っていて、私がやりくりしてあげないことには、みんな飢え死にしてしまうだけじゃないか。私はあの人に説教させ、群集からこっそり賽銭を巻き上げ、また、村の物持ちから供物を取り立て、宿舎の世話から日常衣食の購求まで、煩をいとわず、してあげていたのに、あの人はもとより弟子の馬鹿どもまで、私に一言のお礼も言わない。お礼を言わぬどころか、あの人は、私のこんな隠れた日々の苦労をも知らぬ振りして、いつでも大変な贅沢を言い、五つのパンと魚が二つ在るきりの時でさえ、目前の大群集みなに食物を与えよ、などと無理難題を言いつけなさって、私は陰で実に苦しいやり繰りをして、どうやら、その命じられた食いものを、まあ、買い調えることができるのです。いわば、私はあの人の奇蹟の手伝いを、危ない手品の助手を、これまで幾度となく勤めて来たのだ。私はこう見えても、決して吝嗇の男じゃない。それどころか私は、よっぽど高い趣味家なのです。私はあの人を、美しい人だと思っている。私から見れば、子供のように慾がなく、私が日々のパンを得るために、お金をせっせと貯めたっても、すぐにそれを一厘残さず、むだなことに遣わせてしまって、けれども私は、それを恨みに思いません。あの人は美しい人なのだ。私はもともと貧しい商人ではありますが、それでも精神家というものを理解していると思っています。だから、あの人が、私の辛苦をして貯めておいた粒々の小金を、どんなに馬鹿らしく無駄遣いしても、私はなんとも思いません。思いませんけれども、それならば、たまには私にも、やさしい言葉の一つぐらいは掛けてくれてもよさそうなのに、あの人は、いつでも私に意地悪くしむけるのです。一度、あの人が、春の海辺をぶらぶら歩きながら、ふと、私の名を呼び、「おまえにも、お世話になるね。おまえの寂しさは、わかっている。けれども、そんなにいつも不機嫌な顔をしていては、いけない。寂しいときに、寂しそうな面容(おももち)をするのは、それは偽善者のすることなのだ。寂しさを人にわかってもらおうとして、ことさらに顔色を変えて見せているだけなのだ。まことに神を信じているならば、おまえは、寂しい時でも素知らぬ振りして顔を綺麗に洗い、頭に膏(あぶら)を塗り、微笑んでいなさるがよい。わからないかね。寂しさを、人にわかってもらわなくても、どこかに眼に見えないところにいるお前の誠の父だけが、わかっていて下さったなら、それでよいではないか。そうではないかね。寂しさは、誰にだって在るのだよ。」そうおっしゃってくれて、私はそれを聞いて、なぜだが声出して泣きたくなり、いいえ、私は天の父にわかっていただかなくても、また世間の者に知られなくても、ただ、あなたお一人さえ、おわかりになっていて下さったら、それでもう、よいのです。私はあなたを愛しています。他の弟子たちが、どんなに深くあなたを愛していたって、それとは較べものにならないほどに愛しています。誰よりも愛しています。ペテロやヤコブたちは、ただ、あなたについて歩いて、何かいいことがあるかと、そればかりを考えているのです。けれども、私だけは知っています。あなたについて歩いたって、なんの得するところもないということを知っています。私はあなたから離れることができません。どうしたのでしょう。あなたがこの世にいなくなったら、私もすぐに死にます。生きていることができません。私には、いつでも一人でこっそり考えていることがあるんです。それはあなたが、下らない弟子たち全部から離れて、また天の父の御教えとやらを説かれることもお止しになり、つつましい民のひとりとして、お母のマリヤ様と、私と、それだけで静かな一生を、永く暮らして行くことであります。私の村には、まだ私の小さい家が残ってあります。年老いた父も母もおります。ずいぶん広い桃畠もあります。春、いまごろは、桃の花が咲いて見事であります。一生、安楽にお暮らしできます。私がいつでもお傍について、御奉公申し上げたく思います。よい奥さまをおもらいなさいまし。そう私が言ったら、あの人は薄くお笑いになり、「ペテロやシモンは漁人(すなどり)だ。美しい桃の畠もない。ヤコブもヨハネも赤貧の漁人だ。あのひとたちには、そんな、一生を安楽に暮らせるような土地がどこにもないのだ。」と低く独りごとのように呟いて、また海辺を静かに歩きつづけたのでしたが、後にもさきにも、あの人と、しんみりお話できたのは、そのとき一度だけで、あとは、決して私に打ち解けて下さったことがなかった。私はあの人を愛している。あの人が死ねば、私も一緒に死ぬのだ。あの人は、誰のものでもない。私のものだ。あの人を他人に手渡すくらいなら、手渡すまえに、私はあの人を殺してあげる。父を捨て、母を捨て、生まれた土地を捨てて、私はきょうまで、あの人について歩いて来たのだ。私は天国を信じない。神も信じない。あの人の復活も信じない。なんであの人が、イスラエルの王なものか。馬鹿な弟子どもは、あの人を神の御子だと信じていて、そうして神の国の福音とかいうものを、あの人から伝え聞いては、浅ましくも、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)している。今にがっかりするのが、私にはわかっています。おのれを高うする者は卑くうせられ、おのれを卑くうする者は高うせられると、あの人は約束なさったが、世の中、そんなに甘くいってたまるものか。あの人は嘘つきだ。言うこと言うこと、一から十まで出鱈目だ。わたしはてんで信じていない。けれども私は、あの人の美しさだけは信じている。あんな美しい人はこの世にいない。私はあの人の美しさを、純粋に愛している。それだけだ。私は、なんの報酬も考えていない。あの人について歩いて、やがて天国が近づき、その時こそは、あっぱれ右大臣、左大臣になってやろうなどと、そんなさもしい根性は持っていない。私は、ただ、あの人から離れたくないのだ。ただ、あの人の傍にいて、あの人の声を聞き、あの人の姿を眺めていればそれでよいのだ。そうして、できればあの人に説教などを止してもらい、私とたった二人きりで一生永く生きていてもらいたいのだ。あああ、そうなったら! 私はどんなに仕合せだろう。私は今の、この、現世の喜びだけを信じる。次の世の審判など、私は少しも怖れていない。あの人は、私のこの無報酬の、純粋の愛情を、どうして受け取って下さらぬのか。ああ、あの人を殺して下さい。旦那さま。私はあの人の居所を知っております。御案内申し上げます。あの人は私を賤しめ、憎悪しております。私は、きらわれております。私はあの人や、弟子たちのパンのお世話を申し、日々の飢渇から救ってあげているのに、どうして私を、あんなに意地悪く軽蔑するのでしょう。お聞き下さい。六日まえのことでした。あの人はベタニヤのシモンの家で食事をなさっていたとき、あの村のマルタ奴(め)の妹のマリヤが、ナルドの香油を一ぱい満たしてある石膏の壷をかかえて饗宴の室にこっそりはいって来て、だしぬけに、その膏をあの人の頭にざぶと注いで御足まで濡らしてしまって、それでも、その失礼を詫びるどころか、落ちついてしゃがみ、マリヤ自身の髪の毛で、あの人の濡れた両足をていねいに拭ってあげて、香油の匂いが室に立ちこもり、まことに異様な風景でありましたので、私は、なんだか無性に腹が立って来て、失礼なことをするな! と、その妹娘に怒鳴ってやりました。これ、このようにお着物が濡れてしまったではないか、それに、こんな高価な油をぶちまけてしまって、もったいないと思わないか、なんというお前は馬鹿な奴だ。これだけの油だったら、三百デナリもするではないか、この油を売って、三百デナリ儲けて、その金をば貧乏人に施してやったら、どんなに貧乏人が喜ぶか知れない。無駄なことをしては困るね、と、私は、さんざ叱ってやりました。すると、あの人は、私のほうをきっと見て、「この女を叱ってはいけない。この女のひとは、大変いいことをしてくれたのだ。貧しい人にお金を施すのは、おまえたちには、これからあとあと、いくらでもできることではないか。私には、もう施しができなくなっているのだ。そのわけは言うまい。この女のひとだけは知っている。この女が私のからだに香油を注いだのは、私の葬いの備えをしてくれたのだ。おまえたちも覚えておくがよい。全世界、どこの土地でも、私の短い一生を言い伝えられる処には、必ず、この女のきょうの仕草も記念として語り伝えられるであろう。」そう言い結んだ時に。あの人の青白い頬は幾分、上気して赤くなっていました。私は、あの言葉を信じません。れいによって大げさなお芝居であると思い、平気で聞き流すことができましたが、それよりも、その時、あの人の声に、また、あの人の瞳の色に、いままでかつてないほどの異様なものが感じられ、私は瞬時戸惑いして、さらにあの人の幽かに赤らんだ頬と、うすく涙に潤んでいる瞳とを、つくづく見直し、はっと思い当たることがありました。ああ、いまわしい、口に出すことさえ無念至極のことであります。あの人は、こんな貧しい百姓女に恋、ではないが、まさか、そんなことは絶対にないのですが、でも、危ない、それに似たあやしい感情を抱いたのではないか? あの人ともあろうものが、あんな無知な百姓女ふぜいに、そよとでも特殊な愛を感じたとあれば、それは、なんという失態。取り返しのできぬ大醜聞。私は、人の恥辱となるような感情を嗅ぎわけるのが、生まれつき巧みな男であります。自分でもそれを下品な嗅覚だと思い、いやでありますが、ちらと一目見ただけで、人の弱点を、あやまたず見届けてしまう鋭敏の才能を持っております。あの人が、たとえ微弱にでも、あの無学の百姓女に、特別の感情を動かしたということは、やっぱり間違いありません。私の眼には狂いがないはずだ。たしかにそうだ。ああ、我慢ならない。堪忍ならない。私は、あの人にも、こんな体たらくでは、もはや駄目だと思いました。醜態の極だと思いました。あの人はこれまで、どんな女に好かれても、いつでも美しく、水のように静かであった。いささかも取り乱すことがなかったのだ。ヤキがまわった。だらしがねえ。あの人だってまだ若いのだし、それは無理もないと言えるかも知れぬけれど、そんなら私だって同じ年だ。しかも、あの人より二月おそく生まれているのだ。若さに変わりはないはずだ。それでも私は堪えている。あの人ひとりに心を捧げ、これまでどんな女にも心を動かしたことはないのだ。マルタの妹のマリヤは、姉のマルタが骨組頑丈で牛のように大きく、気象も荒く、どたばた立ち働くだけが取柄で、なんの見どころもない百姓女でありますが、あれは違って骨も細く、皮膚は透きとおるほどの青白さで、手足もふっくらして小さく、湖水のように深く澄んだ大きい眼が、いつも夢みるように、うっとり遠くを眺めていて、あの村ではみな、不思議がっているほどの気高い娘でありました。私だって思っていたのだ。町へ出たとき、何か白絹でも、こっそり買って来てやろうと思っていたのだ。ああ、もう、わからなくなりました。私は何を言っているのだ。そうだ、私は口惜しいのです。なんのわけだか、わからない。地団駄踏むほど無念なのです。あの人が若いなら、私だって若い、私は才能ある、家も畠もある立派な青年です。それでも私は、あの人のために私の特権全部を捨てて来たのです。だまされた。あの人は、嘘つきだ。旦那さま。あの人は、私の女をとったのだ。いや、ちがった! あの女が、私からあの人を奪ったのだ。ああ、それもちがう。私の言うことは、みんな出鱈目だ。一言も信じないで下さい。わからなくなりました。ごめん下さいまし。ついつい根も葉もないことを申しました。そんな浅墓な事実なぞ、みじんもないのです。醜いことを口走りました。だけれども、私は、口惜しいのです。胸を掻きむしりたいほど、口惜しかったのです。なんのわけだか、わかりませぬ。ああ、ジェラシイというのは、なんてやりきれない悪徳だ。私がこんなに、命を捨てるほどの思いであの人を慕い、きょうまでつき随って来たのに、私には一つの優しい言葉も下さらず、かえってあんな賤しい百姓女の身の上を、お頬を染めてまでかばっておやりなさった。ああ、やっぱり、あの人はだらしない。ヤキがまわった。もう、あの人には見込みがない。凡夫だ。ただの人だ。死んだって惜しくはない。そう思ったら私は、ふいと恐ろしいことを考えるようになりました。悪魔に魅こまれたのかも知れませぬ。そのとき以来、あの人を、いっそ私の手で殺してあげようと思いました。いずれは殺されるお方にちがいない。またあの人だって、無理に自分を殺させるように仕向けているみたいな様子が、ちらちら見える。私の手で殺してあげる。他の手で殺させたくはない。あの人を殺して私も死ぬ。旦那さま、泣いたりしてお恥ずかしゅう思います。はい、もう泣きませぬ。はい、はい。落ちついて申し上げます。そのあくる日、私たちはいよいよあこがれのエルサレムに向かい、出発いたしました。大群集、老いも若きも、あの人につき従い、やがて、エルサレムの宮が間近になったころ、あの人は、一匹の老いぼれた驢馬を道ばたで見つけて、微笑してそれに打ち乗り、これこそは「シオンの娘よ。懼るな、視よ、なんじの王は驢馬の子に乗りて来たり給う。」と予言されてある通りの形なのだと、弟子たちに晴れがましい顔をして教えましたが、私ひとりは、なんだが浮かぬ気持ちでありました。なんという、あわれな姿であったでしょう。待ちに待った過越(すぎこし)の祭り、エルサレム宮に乗り込む、これが、あのダビデの御子の姿であったのか。あの人の一生の念願とした晴れの姿は、この老いぼれた驢馬に跨り、とぼとぼ進むあわれな景観であったのか。私には、もはや、憐憫以外のものは感じられなくなりました。実に悲惨な、愚かしい茶番狂言を見ているような気がして、ああ、もう、この人も落ち目だ。一日生き延びれば、生き延びただけ、あさはかな醜態をさらすだけだ。花は、しぼまぬうちこそ、花である。美しい間に、剪らなければならぬ。あの人を、一ばん愛しているのは私だ。どのように人から憎まれてもいい。一日も早くあの人を殺してあげなければならぬと、私は、いよいよ、このつらい決心を固めるだけでありました。群衆は、刻一刻とその数を増し、あの人の通る道々に、赤、青、黄、色とりどりの彼らの着物をほうり投げ、あるいは棕櫚(しゅろ)の枝を伐って、その行く道に敷きつめてあげて、歓呼ににどよめき迎えるのでした。かつ、前にゆき、あとに従い、右から、左から、まつわりつくようにして果ては大浪のごとく、驢馬とあの人をゆさぶり、ゆさぶり、「ダビデの子にホサナ、讃(ほ)むべきかな、主の御名によりて来る者、いと高き処ににて、ホサナ。」と熱狂して口々に歌のでした。ペテロやヨハネやバルトロマイ、そのほか全部の弟子どもは、ばかなやつ、既に天国を目のまえに見たかのように、まるで凱旋の将軍につき従っているかのように、有頂天の歓喜で互いに抱き合い、涙に濡れた接吻を交し、一徹者のペテロなど、ヨハネを抱きかかえたまま、わあわあ大声で嬉し泣きに泣き崩れていました。その有様を見ているうちに、さすがに私も、この弟子たちと艱難を冒して布教に歩いて来た、その忍苦困窮の日々を思い出し、不覚にも、目がしらが熱くなって来ました。かくしてあの人は宮に入り、驢馬から降りて、何思ったか、縄を拾いこれを振りまわし、宮の境内の、両替する者の台やら、鳩売る者の腰掛けやらを打ち倒し、また、売り物に出ている牛、羊をも、その縄の鞭でもって全部、宮から追い出して境内にいる大勢の商人たちに向かい、「おまえたち、みな出て失せろ、私の父の家を、商いの家にしてはならぬ。」甲高い声で怒鳴るのでした。あの優しいお方が、こんな酔っぱらいのような、つまらぬ乱暴を働くとは、どうしても少し気がふれているとしか、私には思われませんでした。傍の人もみな驚いて、これはどうしたことですか、とあの人に訊ねると、あの人の息せき切って答えるには、「おまえたち、この宮をこわしてしまえ、私は三日の間に、また建て直してあげるから。」ということだったので、ぽかんとしてしまいました。けれども私は知っていました。所詮はあの人の、幼い強がりにちがいない。あの人の信仰とやらでもって、万事ならざるはなしという気概のほどを、人々に見せたかったのに違いないのです。それにしても、縄の鞭を振りあげて、無力な商人を追い廻したりなんかして、なんて、まあ、けちな強がりなんでしょう。あなたにできる精一杯の反抗は、たったそれだけなのですか、鳩売りの腰掛けを蹴散らすだけのことなのですか、と私は憫笑(びんしょう)しておたずねしてみたいとすら思いました。もはやこの人は駄目なのです。破れかぶれなのです。自重自愛を忘れてしまった。自分の力では、この上もう何もできぬということをこのごろそろそろ知り始めた様子ゆえ、あまりボロの出ぬうちに、わざと祭司長に捕らえられ、この世からおさらばしたくなって来たのでありましょう。私は、それを思った時、はっきりあの人を諦めることができました。そうして、あんな気取り屋の坊ちゃんを、これまで一途に愛して来た私自身の愚かさをも、容易に笑うことができました。やがてあの人は宮に集まる大群の民を前にして、これまで述べて言葉のうちで一ばんひどい、無礼傲慢の暴言を、滅茶苦茶にわめき散らしてしまったのです。さよう、たしかに、やけくそです。私はその姿を薄汚くさえ思いました。殺されたがって、うずうずしていやがる。「禍害(わざわい)なるかな、偽善なる学者、パリサイ人(びと)よ、汝らは酒杯(さかずき)と皿との外を潔(きよ)くす、然れどもうちは貪欲と放縦とにて満つるなり。蛇よ、蝮の裔(すえ)よ、なんじら争(いか)で、ゲヘナの刑罰を避け得んや。ああエルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、遣わされたる人々を石にて撃つ者よ、牝鶏のその雛を翼の下に集むるごとく、我なんじの子らを集めんと為(せ)しこと幾度ぞや、然(さ)れど、汝らは好まざりき。」馬鹿なことです。噴飯ものだ。口真似するのさえ、いまわしい。たいへんなことを言う奴だ。あの人は、狂ったのです。まだそのほかに、飢饉があるの、地震が起こるの、星は空より堕ち、月は光を放たず、地に満つ人の死骸のまわりに、それをついばむ鷲が集まるの、人はそのとき哀哭(なげき)、切歯(はがみ)することがあろうだの、実に、とんでもない暴言を口から出まかせに言い放ったのです。なんという思慮のないことを、言うのでしょう。思いあがりも甚だしい。ばかだ。身のほど知らぬ。いい気なものだ。もはや、あの人の罪は、まぬかれぬ。必ず十字架。それにきまった。
 祭司長や民の長老たちが、大司祭カヤバの中庭にこっそり集まって、あの人を殺すことを決議したとか、私はそれを、きのう町の物売りから聞きました。もし群衆の目前であの人を捕らえたならば、あるいは群衆が暴動を起こすかも知れないから、あの人と弟子たちとだけの居るところを見つけて役所に知らせてくれた者には銀三十を与えるということをも、耳にしました。もはや猶予の時ではない。あの人は、どうせ死ぬのだ。ほかの人の手で、下役たちに引き渡すよりは、私が、それをなそう。きょうまで私の、あの人に捧げた一すじなる愛情の、これが最後の挨拶だ。私の義務です。私があの人を売ってやる。つらい立場だ。誰がこの私のひたむきの愛の行為を、正当に理解してくれることか。いや、誰に理解されなくてもいいのだ。私の愛は純粋の愛だ。人に理解してもらうための愛ではない。そんなさもしい愛ではないのだ。私は永遠に、人の憎しみを買うだろう。けれども、この純粋の愛の貪欲のまえには、どんな刑罰も、どんな地獄の業火も問題でない。私は私の生き方を生き抜く。身震いするほどに固く決意しました。私は、ひそかによき折を、うかがっていたのであります。いよいよ、お祭りの当日になりました。私たち師弟十三人は丘の上の古い料理屋の、薄暗い二回座敷を借りてお祭りの宴会を開くことにいたしました。みんあ食卓に着いて、いざお祭りの夕餐(ゆうげ)を始めようとしたとき、あの人はつと立ち上がり、黙って上衣を脱いだので、私たちは一体なにをお始めなさるのだろうと不信に思って見ているうちに、あの人は卓の上の水瓶を手にとり、その水瓶の水を、部屋の隅にあった小さい盥に注ぎ入れ、それから純白の手巾をご自身の腰にまとい、盥の水で弟子たちの足を順々に洗って下さってのであります。弟子たちには、その理由がわからず、度を失って、うろうろするばかりでありましたけれど、私には何やら、あの人の秘めた思いがわかるようなわかるような気持ちでありました。あの人は、寂しいのだ。極度に気が弱って、いまは、無智な頑迷の弟子たちにさえ縋りつきたい気持ちになっているのにちがいない。可哀想に。あの人は自分の逃れがたい運命を知っていたのだ。その有様を見ているうちに、私は、突然、強力な嗚咽が喉につき上げて来るのを覚えた。やにわにあの人を抱しめ、ともに泣きたく思いました。おう可哀想に、あなたを罪してなるものか。あなたは、いつでも優しかった。あなたは、いつでも正しかった。あなたは、いつでも貧しい者の味方だった。そうしてあなたは、いつでも光るばかりに美しかった。あなたは、まさしく神の御子だ。私はそれを知っています。おゆるし下さい。私はあなたを売ろうとしてこのニ、三日、機会をねらっていたのです。もう今はいやだ。あなたを売るなんて、なんという私は無法なことを考えていたのでしょう。御安心なさいまし。もう今からは、五百の役人、千の兵隊が来たとても、あなたのおからだに指一本ふれさせることはない。あなたは、いま、つけねらわれているのです。危ない。いますぐ、ここから逃げましょう。ペテロも来い、ヤコブも来い、ヨハネも来い、みんな来い。われらの優しい主を護り、一生永く暮らして行こう、と心の底からの愛の言葉が、口に出しては言えなかったけれど、胸に沸きかえっておりました。きょうまで感じたことのなかった一種崇高な霊感に打たれ、熱いお詫びの涙が気持ちよく頬を伝って流れて、やがてあの人は私の足をも静かに、ていねいに洗って下され、腰にまとってあった手巾で柔らかく拭いて、ああ、そのときの感触は。そうだ、私はあのとき、天国を見たのかも知れない。私の次には、ピリポの足を、その次にはアンデレの足を、そうして、次にペテロの足を洗って下さる順番になったのですが、ぺt炉は、あのように愚かな正直者でありますから、不審の気持ちを隠しておくことができず、主よ、あなたはどうして私の足などお洗いになるのです、と多少不満げに口を尖らせて尋ねました。あの人は、「ああ、私のすることは、おまえには、わかるまい。あとで、思い当たることもあるだろう。」と穏やかに言いさとし、ペテロの足もとにしゃがんだのだが、ペテロはなおも頑強にそれを拒んで、いいえ、いけません。永遠に私の足などお洗いになってはなりませぬ。もったいない、とその足をひっこめて言い張りました。すると、あの人は少し声を張り上げて、「私がもし、お前の足を洗わないなら、おまえと私とは、もう何の関係もないことになるのだ。」と随分、思いきった強いことを言いましたので、ペテロは大あわてにあわて、ああ、ごめんなさい、それならば、私の足だけでなく、手も頭も思う存分に洗って下さい、平身低頭して頼みいりましたので、私は思わず噴き出してしまい、ほかの弟子たちも、そっと微笑み、なんだか部屋が明るくなったようでした。あの人も少し笑いながら、「ペテロよ、足だけ洗えば、もうそれで、おまえの全身は潔(きよ)いのだ、ああ、おまえだけでなく、ヤコブも、ヨハネも、みんな汚れのない、潔いからだになったのだ。けれども、」と言いかけてすっと腰を伸ばし、瞬時、苦痛に耐えかねるような、とても悲しい眼つきをなされ、すぐにその眼をぎゅっと固くつぶり、つぶったままで言いました。「みんなが潔ければいいのだが。」はッと思った。やられた! 私のことを言っているのだ。私があの人を売ろうとたくらんでいた寸刻以前までの暗い気持ちを見抜いていたのだ。けrども、その時は、ちがっていたのだ。断然、私は、ちがっていたのだ! 私は、潔くなっていたのだ。私の心は変わっていたのだ。ああ、あの人は、それを知らない。それを知らない。ちがう! ちがいます、と喉まで出かかった絶叫を、私の弱い卑屈な心が、唾を呑みこむように、呑みくだしてしまった。言えない。何も言えない。あの人からそう言われてみれば、私はやはり潔くなっていないかも知れないと気弱く肯定する僻んだ気持が頭をもたげ、とみるみるその卑屈の反省が、醜く、黒くふくれあがり、私の五臓六腑を駈けめぐって、逆にむらむら憤怒の念が炎を挙げて噴出したのだ。ええっ、だめだ。私は、だめだ。あの人に心の底から、きらわれている。売ろう。売ろう。あの人を、殺そう。そうして私もともに死ぬのだ、と前からの決意に再び眼覚め、私はいまは完全に、復讐の鬼になりました。あの人は、私の内心の、ふたたび三たび、どんでん返して変化した大動乱には、お気づきなさることのなかった様子で、やがて上衣をまとい服装を正し、ゆったりと席に坐り、実に蒼ざめた顔をして、「私がおまえたちの足を洗ってやったわけを知っているか。おまえたちは私を主と称え、また師と称えているようだが、それは間違いないことだ。私はおまえたちの主、または師なのに、それでもなお、おまえたちの足を洗ってやったのだから、おまえたちもこれからはお互いに仲良く足を洗い合ってやるように心がけなければなるまい。私は、おまえたちと、いつまでも一緒にいることができないかもしっれぬから、いま、この機会に、おまえたちに模範を示してやったのだ。私のやったとおりに、おまえたちも行うように心がけなければならぬ。師は必ず弟子より優れたものなのだから、よく私の言うことを聞いて忘れぬようになさい。」ひどく物憂そうな口調で言って、おとなしく食事を始め、ふっと、「おまえたちのうちの、一人が、私を売る。」と顔を伏せ、呻くような、キョキ(変換出ず。すすり泣き、むせび泣き、の意。広辞苑)なさるような苦しげの声で言い出したので、弟子たちすべて、のけぞらんばかりに驚き、一斉に席を蹴って立ち、あの人のまわりに集まっておのおの、主よ、私のことですか、主よ、それは私のことですかと、罵り騒ぎ、あの人は死ぬる人のように幽かに首を振り、「私がいまその人に一つまみのパンを与えます。その人は、ずいぶん不仕合せな男なのです。ほんとうに、その人は、生まれて来なかったほうが、よかった。」と意外にはっきりした語調で言って、一つまみのパンをとり、腕を延ばし、あやまたず私の口にひたと押し当てました。私も、もうすでに度胸がついていたのだ。恥じるよりは憎んだ。あの人の今更ながらの意地悪さを憎んだ。このように弟子たち皆の前で公然と私を辱かしめるのが、あの人のこれまでの仕来りなのだ。火と水と。永遠に解け合うことのない宿命が、私とあいつとの間にあるのだ。犬か猫に与えるように、一つまみのパン屑を私の口に押し入れて、それがあいつのせめてもの腹いせだったのか。ははん。ばかな奴だ。旦那さま、あいつは私に、おまえの為すことを速やかに為せと言いました。私はすぐに料亭から走り出て、夕闇の道をひた走りに走り、ただいまここに参りました。そうして急ぎ、このとおり訴え申し上げました。さあ、あの人を罰して下さい。どうとも勝手に罰して下さい。面得て、棒で殴って素裸にして殺すがよい。もう、もう私は我慢ならない。あれは、いやな奴です。ひどい人だ。私を今まで、あんなにいじめた。はははは、ちきしょうめ。あの人はいま、ケデロンの小川のかなた、ゲッセマネの園に行き、いまごろは、きっと天へお祈りを捧げている時刻です。弟子たちのほかには誰もおりません。今なら難なくあの人を捕らえることができます。ああ、小鳥が啼いて、うるさい。今夜はどうしてこんなに夜鳥の声が耳につくのでしょう。私がっこへ駈け込む途中の森でも、小鳥がピイチク啼いておりました。夜に囀る小鳥は、めずらし。私は子供のような好奇心でもって、その小鳥の正体を一目見たいと思いました。立ちどまって首をかしげ、樹々の梢をすかして見ました。ああ、私はつまらないことを言っています。ごめん下さい。旦那さま、旦那さま、今夜これから私とあの人と立派に肩を接して立ち並ぶ光景を、よく見ておいて下さいまし。私は今夜あの人と、ちゃんと肩を並べて立って見せます。あの人を怖れることはないんだ。卑下することはないんだ。私はあの人と同じ年だ。同じ、すぐれた若いものだ。ああ、小鳥の声が、うるさい。耳についてうるさい。どうして、こんなに小鳥が騒ぎまわっているのだろう。ピイチクピイチク、何を騒いでいるのでしょう。おや、その金は? 私に下さるのですか、あの、私に、三十銀。なるほど、はははは。いや、お断り申しましょう。殴られぬうちに、その金ひっこめたらいいでしょう。金が欲しくて訴え出たのではないんだ。ひっこめろ! いいえ、ごめんなさい、いただきましょう。そうか、私は商人だったんだ。金銭ゆえに、私は優美なあの人から、いつも軽蔑されて来たのだっけ。いただきましょう。私は所詮、商人だ。いやしめられている金銭で、あの人に見事、復讐してやるのだ。これが私に、一ばんふさわしい復讐の手段だ。ざまあみろ! 銀三十で、あいつは売られる。私は、ちっとも泣いてやしない。私は、あの人を愛していない。はじめから、みじんも愛していなかった。はい、旦那さま、私は嘘ばかり申し上げました。私は、金が欲しさにあの人について歩いていたのです。おお、それにちがいない。あの人が、ちっとも私に儲けさせてくれないと今夜見極めがついたから、そこは商人、素速く寝返りを打ったのだ。金。世の中は金だけだ。銀三十、なんとすばらしい。いただきましょう。私は、けちな商人です。欲しくてならぬ。はい、有難う存じます。はい、はい。申しおくれました。私の名は、商人のユダ。へっへ。イスカリオテのユダ。
(2002.2.24)-4
ぐぇぇ、口語体でもやっぱり時間がかかる。2時間やってもまだ半分だ。残りは明日でご勘弁。抜けていることろがないといいなぁ。
かな、漢字の使用が混乱している語。-----御、わたし、おまえ、とき、むだ、群衆、め、まえ、もの
(2002.2.24)-5
センスがどうのだとか、言ってられない。
(2002.2.24)-6
ああ、誤字いっぱい。。。しかし、実にいい文だ。丁寧に混乱と、矛盾と、その錯綜とを書き取っている。
(2002.2.25)-1
今日はまた、全然違うことをば、してまって、続きを写しておりません。あーあ、せっかくひと息の文なのになぁ。切らしてしまった。て、いうか、一時過ぎて。今日こそは早寝の予定であったのに。風呂入らねば。。。
(2002.2.25)-2
少し寒くて、少し暖かい。
(2002.2.26)-1
駈込み訴え」写し終わり。最後の2ページはずいぶん厳しかった。それから途中に一個段落がありましたね。丁度ページの谷のところで、見落としていた。

(2002.2.26)-2
「その人は、ずいぶん不仕合せな男なのです。ほんとうに、その人は、生まれて来なかったほうが、よかった。」

(2002.2.26)-3
ぼくらのように腐った人間に与えうる、最も優しい言葉。誰かぼくにもこれを言ってください。
(2002.2.26)-4
死んだほうがいい人間には心を込めて、「死ね」と言ってやるのが一番いいんだ。って太宰も言ってなかったっけ。あれ。言ってたような。言ってなかったような。
(2002.2.26)-5
話の組み立て方やテクニック的なことについて気がついた点がいくつかあるのですが、いちいち書くのは面倒ですな。ぼやけてるところはぼやけてるし。間にひとつあるその段落の前後で、いや、正確にはもちょっと前の気がするのですが、うまく言えないのですが、喋り、が、語り、に変わるというか、そのようなポイントがあって、それで最後にまた喋りに戻るのですが、それは基本的に時系列を追う形でかかれているためなのか、それとも意図的なものなのか、ちょっとわからないし、またその区切りがあの段落だというのは、それならよくわかるのですが、少し違う気がするので、そうするとあの段落の場所には少し疑問を持ってしまって、またそのうちチェックしてみないとならないと思います。とりあえず、句読点の置き方、漢字とひらがなのブレンドの仕方等は、とても勉強になりまして御座いましてございます。ひと息で書かれているように思っていましたが、結構時間をかけて書かれているようです。真面目に組み立てられている。すばらしい。しかし、ほんと真似してるなぁ、おれ。
(2002.2.26)-6
秒で消した掲示板からメールが送られてくる。なんかいっぱいアイコン作ってるなぁ。エライ、おれ。せっかくだから、使おう。
(2002.2.26)-7
知ってますか。「愛」とやらを受け入れなかったのは、ユダの方なんですよ。駄目な奴ってのはこういうもので。
(2002.2.26)-8
全部自分のせいなのにさ、そのせいでどこにも行けなくなって、失うことすらできなくなって、持ちきれない、持ちきれない、つらい、つらい、つらい、助けてください、あなたのせいだ、助けてください、解放してください、あなたが私に罪を犯させてください、ひとりではできません、ひとりでは罪人になれません、罪人になっていいと言ってください、罪人になれと言ってください。罪人? 決まっているじゃないですか、あなたを害う人間のことですよ。それ以外に何があるんですか。ねぇ、お願いですから、もう、解放してください、私が悪いんです、私は悪いんです、罪深いんです、だから、罪を、決定的な罪を、ひとつ。それをさせて。希望が、これが、縛るのです。相応しい、などと、そのような。希望が。潔らかな、などと、そのような。希望が。鉄の処女、悲鳴、血の涙、希望が、そのような、私には。ああ、お願いですから、もう、解放してください。終わりにしてください。
(2002.2.27)-1
わーい、楽しいオプションパーツだぁ。と、思って適当にやったら見事に失敗。短い。歪んじゃったし。妙な線を一気に引くからだ。剣というのもどうかと思うので、ここはやはり大鎌に致しましょう。ああ、そうすると右手をかきなおしたほうがいいのかしら。やれやれ。んと、そうか、そこまでするなら、旗とかでもいいんだなぁ、そうだなぁ、そうしよう。。。とりあえず、今日は調子悪い。50%sample
(2002.2.27)-2
顕在化した衝動や欲求など、所詮表層、表皮に過ぎない。本体がその正体を隠すために、わかった気にさせる、ということをさせているに過ぎない。売らなければならない、裏切らなければ、ここはおかしい、あなたはおかしい、私はおかしい、あなたといる私はおかしい、あなたといれる私はおかしい。どうにかしなければ、裏切らなければ、破壊しなければ、誰もがもっとも愚劣だと即座に認めるような選択をしなければ、それを実行、遂行、完遂しなければ。逃れる、逃れる、膨張する太陽か、溶けてあなたの一部なるなど、それは私のプライドが、憧れが、許さないのです。私はあなたでない。あなたでない。あなたでない。あなたといる私はおかしい、あなたを求める私は理解できない。それは違う、間違っている。壊さねば、破壊しなければ、爆破を、吹っ飛ばせ。私は私だ。汚濁、混沌、汚物垂流し、異臭、悪臭、よるな人間、私を変えるな。私は持っているぞ、そんなもの、既に。今さら付けようとするな、押し付けるな。ああ、裏切らなければならない、憎まなければならない、ぶち殺さなければならない、あいつはいてはならない、あいつがいるうちは死ねない、あいつがいる世界は、憧れる、あいつの見ている世界は、憧れる、あいつが救ってみせる世界は、憧れる、いやだ、私は死にたい、死にたい。死にたい、死にたい。あいつがいると死ねない、汚いやつらに売らなければ、掃き溜めの中に沈みこませなければ、ぶち殺さねば、破壊せねば、ここにはもういなくていいと、いないと、言えない、やれない、なら、あの人を。害え。
(2002.2.27)-3
どこぞのマイナーなやばい宗教とかはこういうことを言っているのでしょうか。いや、これは決して集団にはなれないな。ぼつぼつとひとりひとりでやるしかない。何しろ、よるな人間、だからな。
(2002.2.27)-4
君が死んだら、この世は無意味になるから、ぼくが死ねる。だから、
(2002.2.27)-5
いえすさんはまことにえらいひとで。ほんとうにばんにんをすくうひとで。
(2002.2.28)-1
今日は午後は仕事を休んで、渋谷に行きました。会社をひとり早く抜け出してきて、まぁ、学生時代みたいだわ、なんて思いながら、駅まで歩いて、丁度電車は出てしまったところでしたので、仕方なくポケ―とホームで電車を待っていたら、ホームのスピーカーテストが始まりました。「これからの放送は構内スピーカーの試験放送です。えー、本日は晴天なり。本日は晴天なり。本日は晴天なり。以上、構内放送試験でした。」あの、今日の東京の空は白っぽい灰色で、ぐじゅぐじゅ水っぽいように見えるのですが。上一面、まったりとそうなのですが。昨日の夜からそうみたいなのですが。ときどき小雨も舞っているような気がするのですが。んと、記憶違いですか。いや、記憶て。目の前が現に、そうじゃん。。。ん、ああ、そうね、そうね、そうでした、あんたが言うなら間違いないよ。今日は晴天。そうに決まってる。寒いんだか、寒くないんだか、よくわかんない、雨降りさせたいんだか、そうじゃないんだか、よくわかんない、こんな今日でも、晴天。きっとあんたの脳みそがよく晴れてるんだ。そうに違いない。おうよ。三回も繰り返したんだから、そうに決まってる。ちょっと賽銭をあげて拝みたくなりました。でも、実際は途中でちょっと恥ずかしそうなニュアンスが加わっていた気もしたので、失格。やりきれ、駅員。
(2002.2.28)-2
まぁ、そんで、おえかき教室の申込書を出して、これからの日々是悶絶を確定させて、ぶらぶらと渋谷へ戻って、電気屋でタブレットをチェックして、本屋へ行って、「我が闘争」が角川文庫から出ているらしいので、探したのですが、見つからず、本が本だけにもじもじしながら店員さんにお願いして、探して頂いて、待っている間に読み始めた魯迅と合わせて買ってきました。「庭木・街路樹」ハンドブックも。「空の名前」はこれに満足して、今日は曇りだし、やめ。
(2002.2.28)-3
それから、CGIをちょっとやってみたくて、Perlなる言語の本を柱の脇に置いてある椅子に座って、足を組んで、思いきり前を通る人の邪魔をしながら、小一時間ほど読みふけりました。なんだ、簡単じゃん。て、いうか、別にPerlじゃないくていいじゃん。シェルか、Cでいいや。こんなの。<FORM>の中で、実行ファイルを指定するだけじゃん。で、実行ファイルではprintfで標準出力にだして、その最初の一行を"text/html\n\n"てやるだけじゃん。アーハー。サーバの方も特にCGIを置くことについてとやかく言ってないし。うちのサーバ、あからさまにUNIXサーバだし、ていうか、光ファイバーってただのLANだし。となると、面倒なのは、部屋のPCに環境を用意することだけですな。これも同期やらまわりの人達からかっぱらってくればいいわけで。本体のほうも、Cなら、会社のコードかっぱらってくればいいわけで。あとは、中身ですな。うーん、やっぱりそっちが問題なのかぁ。ふぅ。
(2002.2.28)-4
gccとgdb、あるならddd。あとはエディタか、これもgvimがあるみたいだから。おお、なんだ。すぐできる。しかし、何が楽しくて部屋に戻ってまでデバッグをしなきゃならんのだろう。
(2002.2.28)-5
ぬぁ、やっぱり意外と面倒っぽい、UNIXってとこがやっぱりあれなのか。ネックなのか。みくろそふとはMS-Cなのね。ボーランドとか使わないと駄目なのね。UNIXエミュレータとか必要だったりするのかしら。そうなると、Linux入れちゃったほうが速いのかしら。ああ、そうなるとファイルの共有とかはどうなるのかしら。ぎぇぇ!ああ、そうか、だからPerlなのか、なるほどね。ふーん、ふーん、ふーん、やっぱり本一冊か、二冊買ってきて検討しないと駄目そうだなぁ。
(2002.2.28)-6
ぬ、コンパイラ発見、RedHat製ですけー、信用してよろしかろう。gvimも難なくゲット。あとは、デバッガだー。あ、gdb入ってる。よしよし、あとは適当にgdbのグラフィカルな奴を探せばいいわけやな。とりあえず、入れちゃおー。
(2002.2.28)-7
ああ、vim立ち上げると、会社みたいですごくいやだ。コンパイラも落としてきたけど、インストールは見送り。気分悪くなってきた。
(2002.2.28)-8
ああん、でもgvimにはhtmlモードがあるわ。すばらしい。タグが色違いで表示されるわ。ついにメモ帳ともお別れなのかしら。いじいじ書くの、結構好きだから、ずっとメモ帳だったけど、キー操作、もうvimの方がうまいもんなぁ。
(2002.2.28)-9
申込書を届けに宮益坂をきょろきょろ歩いていると、学生服を来た人の流れとすれ違います。方角からいって、青学高だか中だかの連中で(もう、ぼくは中学生なのか、高校生なのか、よくわからない。とくに東京の若いもんは、もう、全然。)、青学といえば、降谷建志です。その頃の降谷建志といえば、四角い空と世代の知性です。と、思って、空を見上げてみると、10階以上建てのビルが空の両側をピッチリ塞いで、残された空間では、灰色の雨雲がどよどよしています。路地に入れば、きっとほんとに四角い空になってしまうでしょう。そうか、あの男、ここで育ったんだ。眉剃った顔で、煙草をふかしながら、苦々しげにここから空を見上げていたんだ。そうな、窮屈でな、退屈でな、ここから出れば何でもできる。何でも。具体的には、、、わからないけれど、とにかく、何でも。そうだ、こんな空しかない、こんなところでうろついてるから駄目なんだ。大人どもよ、歌を聴け。俺の歌を聴け。もっと自由になれ。もっと、もっと。
(2002.2.28)-10
ああ、今日は普通のトーンでした。おやすみなさい。


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