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(台風の日)-2
 駅までの道みちを急ぎながら、少しだけ先刻のことを思い出してみる。いま心臓がちょっとどきどきしているのは、駆けているからというだけではないみたい。それにしても、突然でした。びっくりした。そういえば、確かにここ何日かはキスひとつしていない。けれど、私はどうして避けてしまったのでしょう。その少し前まで、こころの中で篤志の悪口をたくさん言っていたからかしら。それとも、お天気お兄さんのことを言われたからかしら。もしか篤志、ちょっと妬いていたのかな。いやいや、そんなことはない。きっと溜まっているだけでしょう。そうよ。きっと、それだけ。私が避けたのも、あんな寝起きの冴えない顔を近づけられたのだから当り前のこと。あのぼさぼさ頭の、目やにの付いた顔のままで迫って来られてもね、ちょっとね。誰だって、避けるわよ。そうよ、篤志がわるい。ああ、でも、やっぱり、私も、ちょっと悪かったかな。ふふ。はい、ちょっとだけ私も悪かったです。篤志くん、ごめんなさい。だいじょうぶ、君はきちんとすれば、お天気お兄さんよりもずっといいよ。少なくとも私はそう思っています。一度立ちどまって部屋のほうへ振り返りたい衝動を感じたけれど、それもなんだかへたな気取りのような気がして、やっぱりそのまま、前みて小走り、駅へと急ぐ。
 部屋から駅までは、私の脚で普通に歩いてゆくと十分近くかかる。自転車を使えば三分くらいで行けるのだけれど、駅前には駐輪スペースがない。何より、私は自転車を持っていない。私は持っていないのだけれども、篤志は何だか高そうな自転車を持っている。彼はそれを外へ停めてはおかずに、いつもいちいち部屋にしまっている。「愛車よ。愛車よ」と言って溺愛している。私よりもあからさまに、愛している。それはどこかのオートバイメーカだか自動車メーカだかが作った自転車なのだそうだけれども、どこのものだったか、私は忘れてしまった。それから、その自転車につけるサドルやらハンドルやら、いろいろな部品を何万円も出して買ってくることもある。そのたびに篤志は買ってきた部品について、それがいかに素晴らしいものであるか、うんちく講義をとくとくと始める。しかし、自転車自体にすら興味が持てない私は、ましてやその部品など、まったくどうでもいいのである。それでも私はとてもやさしいので、その講義をふんふん言いながら聞いてあげる。素人ふうの、間の抜けた質問も、ちゃんとしてあげる。「下らない」なんて、決して言わない。言わないけれど、始まって十五分もすると、さすがの私も飽きてくる。やさしくもなれなくなってくる。「ごめんなさい。もう勘弁してください」こころの中でお願いをし始める。それに十五分も経てば、喋る篤志の方でもその日買ってきた部品そのものについての説明は、さすがにひととおり済んでしまう。でも、喋る篤志としてはまだ飽き足らないものらしく、大抵カタログなどを持ち出して他の種類の部品との比較をはじめたり、「本当はこっちのほうがいいのだけれど、これは高くてね」など言いながら、幾つかの部品について検討など熱心に始めてしまって、だんだん講義らしくなくなってくる。私もそれをいいことに、半ば上の空で相槌だけをひとつふたつと打ちながら、喋りつづける篤志の頭の越しにテレビを見ていたりなどする。それでも、自転車の話をする篤志はお構いなし、自分の思った講義が終るまで喋りたいだけ喋っている。私にはさっぱりわからないことで、なにやら一人で興奮していたりなどすることもあって、本当に私に向って喋っているのか怪しいこともある。このあいだもいつものように新しく買ってきたへんてこりんな鉄の輪っかについて、それのどこがいいのだか、結局私にはわからないままだったけれども、毎度の如く多少興奮ぎみに喋る篤志を眺めているうち、「よくもまあ、そんなに喋れるなものだなあ。自転車の話をするときの篤志の口は別物みたい。付け替えているのではないかしら」つくづく不思議に思えてきて、休まず延々と喋る篤志の頬を試しにプニとつねってみたら、急に変な顔をしてそこで講義を止して黙ってしまった。どうやら、いたく傷ついたようである。それから数日機嫌が悪かった。それで私は、篤志の自転車を借りることができないのである。部屋から駅までは、特に歩くことが苦になる距離ではないのだけれど、このところ遅刻寸前の朝がとても多いので、自転車をちょっと使いたい。篤志はその自転車で通勤しているのだけれど、どうせ毎朝、今朝のようにのほほんとしているのだから、駅まで歩いて、私が駅前に乗り捨てて行ったのを拾ってゆけばいい。など、身勝手な名案を一昨日あたり、ふと思いついたので、早速「ねえねえ、ちょっと」言ってみたら、たちまち篤志はムスッとした顔になって、「やだ。ダメ」言下に却下されてしまった。それで私は、篤志があれ以来うんちく講義をしていないことを思い出し、篤志のお楽しみに水を差したことの重大を改めて思い知って、「あれは失敗だったなあ」と反省したのだ。そのような次第で、さしあたって今の私としては、電車に間に合うよう、普通に歩いて十分の道のりを走るより他ないのである。
 駅の西口、改札を抜けたところでガタガタと駅が揺れて、上のホームに電車が到着したことが知れる。上り一番ホームへの階段をのぼっている辺りの人々の足が小走りになる。私もこれに乗らないといけない。駆け足になって階段をのぼるとそこにはいつもの満員電車。毎朝のおなじみなのだけれど、やっぱり私は毎朝うんざりする。半人分の隙間の空いていたドアに、どうにか身体を背中から押し込んだ。なんだかかまぼこみたい、ふと思う。ひとを挟んでしまうことを恐がるように、ドアは何度か動きを止めたり後戻りしたり、時間をかけて閉まる。閉まり切ったドアに身体をもたせ掛けて、これで間にあいました。どうにか遅刻せずに済みそうです。
 一息ついて、今日はドアに張り付いているので外が見えます。私は背が低いので、満員電車の中ではほんとうに埋もれてしまう。背が低いというのはいろいろと損なことが多いけれど、満員電車もその一つ。まず暑いし、ひとの中に埋まってしまうと吸い込む空気が何だかどよどよする。汗だくの人の正面になってしまうとべったり苦しい。香水の強い人も苦しい。「もしもし、綺麗に着飾ったお姉さん。その香水臭います。くさいです。今夏の流行のジバンシイの何番なのかも知れませんが、ちょっとつけ過ぎのようです。女はなにごとも控えめの方がいい。その方があなたの好きな男もきっと喜びましてよ」お婆さまみたいな小ごとを言いたくなる。けれども、今日の私はドアの隣で苦しくない。そうして外が見えます。ドアガラスの向うには変わり栄えのしない都会の雑踏に朝。白く汚れてくすんでいるガラス越しに見ると余計に何だかみんなぼんやり映る。その向うでもうだいぶ高く昇っている太陽の光はそれでも真夏の頃よりは少し弱まって、幾分のどかな色をしているように見える。都会の欠伸。眠くてだるくて、まだ重い目をこすっている。今日のこの朝、目覚めたいと願って目覚めた人はこの空の下にいったいどれだけ居るのでしょう。目覚めるべきだ、そう思って目覚めている人は、この都会の中にいったいどれだけ在るのでしょう。深い夜も永い夜も、みんなみんないずれは終って、そうしてその跡にやって来るのはこんな掠れた色した何もない空。太陽は、いったい何をしに私たちに上にやってくるのですか。こんな空の下にいてみんな不思議に思わないのかしら。考え込んでしまわないのかしら。私もこんなに一生懸命この電車に間に合うように、篤志にもあんなに素っ気なく、冷たくあしらうようなことをして、なんだか逃げ出すような風に出てきてしまって。こんなことで、いいのかしら。あんまり唐突だったから反射的に避けてしまった、ただそれだけだったのだけれど、篤志から見ればやっぱりあれは拒絶したということになるのでしょう。ちょっとショックだったかしら。悪いことをしたかしら。私のこと、嫌いに、なったかしら。心配です。気になるから、はやく謝ってしまいましょう。窮屈にドアに押しつけられた身体で、右の腕をもぞもぞくねらせて鞄から携帯を取り出した。こういうことは、メールでやりましょう。
『さっきのは、別に厭だったとか、そういうのじゃないから。気を悪くしていたらゴメンナサイ。気にしないでね。今日はきちんと早く帰ります。晩御飯は有犀へ行きましょう。おいしいワインが飲みたいな』
 篤志に謝るというのはどうも苦手、慣れない。安心して、並んで眠る、その隣で寝言をむにゃつかせても恥ずかしくもないようなひとに対して、真面目な顔して謝ったり、お礼を言ったりするのは、へんに照れてしまっていけない。いつも、我ながらまずいやり方でしかできない。キュッと口を結んで真剣な顔になって何か話をしようとしても、すぐになんだか後ろの脇腹のあたりがへんにくすぐったいような気がしてへれへれして、冗談なのか本気なのか、自分でもわからなくなってしまう。寝言の癖は、昔からの私のちょっとした苦しい弱点なのだが、篤志と一緒に寝起きするようになってから、篤志の言うように、「睡眠中の意思が弛緩するようになった」ためか、とみにはげしくなって来たようなのである。この癖のために、何かにつけて私は篤志にからかわれている。「寝言日記を附けようか」など、あながち冗談ともつかないような顔で言われる始末なのである。しかも、これはちょっと認めたくないのだが、その中で篤志がどうのこうのなど、むにゃむにゃ言うことがまま有るようなのだ。いちど、ある日の午後、目覚めると隣で一緒に眠っていたはずの篤志の姿が見当たらないという夢を、いや、これは言わない。恥ずかしい。思い出すだけで顔が真赤になってしまう。ともかく、これでいいことにして、送信しましょう。電波よ、私のおもいよ、飛んでゆけ。まずい言葉ですけれど、どうにかちゃんと届いてください。はい、どうやら無事に飛んでいったようです。これでよし。
 送ってしまってひと安心。また窓の外をぼんやり眺める。どうやら電車は川に差しかかるところのようです。私の降りる駅までに、電車は途中ひとつだけ、小さなこの川を跨ぐ。古い家屋やら小さなアパートやらがごたごた密集している地面に入った小さなひび割れのように、川は蛇行して下ってゆく。三メートル程の高さのコンクリートで縁取られた生活排水を運ぶ小さなどぶ川である。この川を北の方へ少し遡った川沿いには篤志の勤め先がある。篤志は釜屋傍訓という、いかつい名をした洋画家を記念した美術館のスタッフをしている。美術館はこのあたりの建物のたてこんだ街並の一画に何だか唐突にぬっと一つそびえて建っている、黒っぽい煉瓦造りの洋館である。釜屋傍訓という人は大正から昭和の初期にかけて活躍した人だそうで、詳しい経歴などは忘れてしまったのだが、若い頃は欧州を廻ったこともある人だそうだ。私も、一度だけその美術館に作品を観に行ったことがある。美術に詳しくないのでよくわからないのだけれど、黒煙のような力強い絵を描く人だと思った。なかのひとつに、造船所の夕暮どきを描いた大きな絵があって、そこには二人の若い工員が肩を組んで歩いている姿が描かれていた。私はその絵をたいそう気にいってしまって、しばらく立ちどまって絵を見つめていたら、一緒にまわっていた篤志が引き返してきて隣に立って、「お前は男のような趣味をしている」と言った。私は自分を一応女だと認識しているので、その言葉は私には少し失礼にあたると思ったので、ムスっとして絵から目を篤志の顔へ移すと、篤志はまっすぐ絵を見つめている。見つめたままぼつりと「俺もこの絵は、好きだ」そのときの篤志の眼は、私の想像するこの絵の中の二人の工員の眼の輝きと同じものを持っているように私には思えた。そして篤志の隣にこうして立っている私もまた、同じ眼をしているような心もちにもなった。静かな美術館の中で篤志とふたり、その絵の港にいるような感覚を味わっているような気がして嬉しく、つま先立ちをしてちょっと背を高くして肩をいからせてみたくなった。




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